7話 理解得難い
日常回も大事な設定に入っていますし、2話一緒のセットです。妖界の世界の日常は緩やかですが、隙あらば人が襲われる世界ですので、なかなか怖いです。加護の説明が欲しい方がいればコメントの方でお答えします!
あと数十話後に一応説明するつもりですが、早く知りたい方には教えます。
俺は初めて妖怪を退いたという浮ついた気持ちを抱いて帰宅。すると、雪姫は冷たい目で深い溜息をする。
「全く…幸助、あなたは再び天邪鬼と会い、その凍結を解いてしまったのね。勝手に手を出して死んだら、あなたは終わり。それ、分かってる?」
冷たく接しているが、雪姫はこれでも酌量しているのである。幸助が勝手に天邪鬼の封印を解いてしまったのを心配していた。しかし、その冷たい表情は心配という気持ちが汲み取れない。
俺がイラッとくるのは言うまでもない。
「なんで俺の行動が分かるんだ?あんた、俺を尾行していたのか?」
「はぁ……。私の加護は、幸助が何処へ赴くのかを感知が出来る。あなたがどんな場所へ何処に行っても私はあなたを見つけられる。そして、私は幸助の元に移動する事が出来る。まあ、これは加護のほんの一部に過ぎないけどね」
「ストーカーかよ⁉︎雪姫の加護があるから襲われないだろ?」
「弊害ね。その加護はあくまでも他の妖怪には殺せない、だけ。再起不能まで痛め付けるのは簡単なのよ?殺されないだけで粋がる人間は多い。そんな人間は大抵は集団で私刑を受けて、その身を滅ぼす。最後は自殺で消えるね」
雪姫は目を近付け、俺の頬と首筋を冷たい手で愛でるように触りながら言う。その仕草は恐怖を煽り立てる。
「私はあなたが初めて加護した。だけど、他の妖怪から加護を受けた人間は、幸助のように調子乗って手脚をもがれ、経絡はズタズタに、骨や臓物は剥き出し、最後は加護そのものを取り消され、愛想尽かされて死に至る。動けなくなった人間は腐るか食べられるのが可愛いものね」
雪姫は、他者に感情を晒すのが下手くそなのだ。
幸助には気付かれていない。幸助には、冷たいお姉さんという見解が既に定着されており、料理下手、冷淡、氷雪使い、澄まし顔という認識がかなり根付いてしまっている。
「俺を脅すなよ!散々俺を傷めるまでやりやがって‼︎俺だって、こんなに助けてくれたのには感謝しているが、傷つけた上にストーカーされるのは嫌なんだよ‼︎」
そう言って、幸助は寝床の和室に入ってしまった。
「あ……幸助…」
雪姫は毎日のように、心の何処かで虚無感を抱いていた。月日は経たないが、雪姫は幸助の身を心から心配し、親身に寄り添いたかった。
なのに、それらは幸助に勘違いされ、そして、雪姫の接し方に問題があった。
伝説上の雪女は男嫌いする事がある。しかし、それは相手が失礼な態度を取った時の話が多く、その逸話が、幸助の住む人間界での雪女の性格を根強く定着させている。
定着した結論を解きほぐす事が出来る程、幸助の思考は柔軟性に富んでいる訳ではなかった。
雪姫はそんな幸助を、見捨てる事は出来なかった。加護を授ける際、その気持ちが憎悪など一欠片も無かったからだ。
(私って…やっぱり駄目なのかな)
そう思いつつも、体が自然と和室へ向かう。
静かに戸を開け、横に寝つく幸助の枕元に膝をついて正座をする。
「幸助……」
幸助から聞こえてくるのは静かな寝息だった。それを見て、雪姫は心の中で安堵する。
「ごめんなさい。私、人の気持ちに寄り添えない妖怪で。こうやって、あなたのような子を守りたい。そこに嘘はない。私に一生掛かっても返せない程の大事なものをくれた。そんなあなたにしてあげたい。幸助が喜ぶようなものなら、幾らでも…」
そう言って、眠る幸助の頬を触る。
「本当は、あなたは私の事よりも他の人に気持ちを向けているのは態度を見て分かっていたの。それなのに、こんな冷たい女に名を授けるなんて。普通だったら寵愛と思ってしまう。でも、馬鹿ね…」
悲しいという気持ちが、ひんやりと冷たさを強調している。
幸助は怯えている。この妖界に来てからずっと不安な気持ちを抱く。だが、唯一、安心出来る場所があった。
それは雪姫の目の見えるところだった。
雪姫に助けられなければ死んでいたという恐怖を払い切れておらず、文句や嫌な事を思いつつも、その内で思っていたのは雪姫に対する強い感謝だと理解した。
「私に対して、本気で私を拒もうとしないから狡いの。他の皆は恐れて出て行った。加護を受けなかった人間は皆命を落とし、妖怪に食べられた。だけど、あなたは私に名を付け、私の心を情愛に待たせてくれた。お陰で、守りたい人間を庇護下に置ける。私の気持ちに温もりを与えてくれて…ありがとう」
スッと立ち上がり、和室を静かに去った。自分の言いたい事を言えたのか、雪姫の表情はスッキリした笑顔だった。
朝目覚め、俺は雪姫に冷たく当たってしまった事を後悔した。
昨日、緊張していたから余計にキレちまった。絶対に怒ってるんだろうな…。
最悪な気分で寝床から起き上がり、戸を開ける。和室と台所は戸を1枚挟んだ近い空間だ。
毎朝起きると、雪姫が俺の為に朝食を作ってくれるのだ。今日はそれもないのだと一人後悔する。あんなぶっきら棒な態度を取った俺に、作る奴はいないだろう……。
開けた瞬間、そこにはいつも通り、手料理で作り終わって正座している雪姫が冷たい表情であるが、何処か待ち遠しい様子で、じっと待っていた。
「おはよう幸助。作り終わったから、食べよう?」
「お…おはよう雪姫。昨日は…」
俺は謝ろうと言おうとするが、雪姫が俺の言葉を遮る。
「構わない。冷めないうちに食事を摂りましょ?」
と冷たく返された。だけど、雪姫の表情に微かな微笑みがあった。
「また生か…」
「生の方が味がある。ちゃんと食べて」
怒った次の日は言い返したらヤバい。俺は黙って、出された物を口に頬張った。
外出の際のルールができた。
加護は受けているが、俺がこの前のようにヘマをしないために約束させられた。
「なあ…。俺は保護者がいないと駄目なのか?」
「駄目。幸助は全然恐ろしさを知らない。妖怪は気紛れ、私以外だったら食べられてる」
「加護を受けてんだから気にしな—イッ⁉︎」
部屋が凍った。
「幸助?もう一度言わないと、駄目?」
「い、いいえ‼︎一緒に来て下さい」
「うん、あなたならそう言うと思った」
強く断ろうとするとこんなことになる。部屋を凍結して、俺を脅迫してる。
保護者同伴で、俺は町を歩かないといけなくなった。人が居る町だったら恥ずかしい…。なんで俺は手を繋いで歩かなきゃいけねえんだよ‼︎
雪姫の方が身長は高い。だから俺は、雪姫を冷たいお姉さんとして見てる。
可愛げがあるようでないし、なんなら、料理が壊滅的に酷い。他の奴が食べたら吐くだろうな。何を考えているのかが分かれば少しぐらいは……。
やめとこ。俺はそんな読心術が欲しいわけじゃねえんだ。雪姫の思考が読めないから面白いんだと。俺はそう思って、雪姫と生活することに決めた。
「幸助。アユとイワナ、野菜買うけど、他に食べたい物はある?」
「い、いや特にないな。買い物掛かるだろ?待ってるぜ」
そう言い残し、雪姫が買い物終わるまで暇潰しに木のベンチに腰掛ける。雪姫はとりあえず買う物が多い。俺はあくびをして待つ。
「妖怪も怖え奴ばっかじゃないから、此処は心地が良いな〜!妖怪が人間襲うからって保護者同然で付いてくるのは目障りだな…。でも、それがこの世界では当たり前なのか」
自由に行動できたらもっと楽しいんだろうな。こんなに縛られた感じの生活、退屈しそうだ。
落胆する俺に、せめて、癒しがあればな……。
「にゃお〜」
猫か?こっちに来てから初めて見たな。可愛らしいとは言い難いぐらい身体中が汚れ、痩せこけている。
「どうした?お腹空いたのか?」
「にゃお…」
「随分小さいな。妖界で生きてる猫は過酷なもんだな。ちょっと待ってろ。魚買ってやる」
「にゃあ!」
喜んだ感じがした。猫の世話をして、妖怪に俺が無害な人間だと理解して貰えれば。
俺は無名から貰ったお金を取り出し、
「すいません、鮭三匹くれませんか?」
俺は猫の餌を買おうとする。狸の妖怪婆ちゃんが笑顔で接してくれた。
「ほぉ〜?人の子かい?久しぶりに見たね〜」
「久しぶり?」
「もう数十年前だったかね。雪女が助けた老人が最後にずっと来ないのよ〜。ふふっ、あんたが久しぶりの来訪者ってことだね」
「じゃあ、もう俺以外に人間は居ないのか?この町には」
「居ないよ。もっとも、最近はこの町どころか他の町や妖都にも人間が少なくなってると噂があってね。悪い噂じゃあ、妖怪王を名乗る不届者がいるらしい。あんたはそんな輩じゃないだろ?」
この町からだいぶ離れた場所に妖怪の都市がある。今の俺の足で行けないぐらい離れている。
そこには、多くの妖怪が多数住んでいて、加護を受けた人間もいる。会ったことはないが、会ってみたいな。
「そんなことねえよ。俺は今、雪姫と一緒に住んでるからな」
「そう…ん?雪姫?雪女は何処へ?」
天邪鬼とは違うが、どうやら驚くみたいだな。そんなに『雪姫』って言うに驚くんだな。
てか、妖怪王を名乗る馬鹿がいるんだな。妖怪が好きなら良い奴だろうけど。婆ちゃんの顔を見るとそうでもないらしい……。
お金を払って、俺は猫の元へ戻る。猫は律儀に待ってくれていた。俺を見て嬉しそうな鳴き声で出迎えてくれた。
「にゃお〜‼︎」
「へへっ、飛びつくなよ。可愛いじゃねえか」
すっかり俺に懐きやがって。本当に猫は可愛いぜ。
「ほら!お前の好きな魚だぞ〜?焼いた方と生、どっちがいい?」
猫の好みは焼きか生か。手のひらを余裕で超える魚を提示する。
猫は飛び付いて、焼きの方を食べた。
「にゃ〜」
「美味いか!焼きがもう一枚あるから食えよ」
猫って焼き魚が好きなんだな、頭にメモしておかねえと。
でも、生食べて欲しかったな。
「にゃあ〜‼︎」
満足したみたいだ。鳴き声に生気を感じるが、身体は相変わらず痩せこけてるな。まあ、あの二つ程度で腹膨れるわけねえよな。
俺は猫を抱き、汚れた身体を叩いてやる。
「妖怪達はなんでこんな可愛い奴を見放してるんだ?誰かに育てられていないみたいだし、雪姫に頼んで飼わせて貰おうかな」
雪姫なら頼みぐらいは聞いてくれるだろう。
折角だし、こいつに名前付けちゃお。猫に名前あると愛着湧くし。
俺は猫の名前を考えてやる。
「さっきからすりすりして気持ちいいか?ってかなんだ?俺の体を擦るたびに太ってないか?」
ガリガリに見えた筈の猫が急に太った。しかも、体重も一気に増えて。
「重っ‼︎こいつ、どんな成長してんだ⁉︎」
妖界の動物も植物同様に成長が急速かよ⁉︎自然界崩壊しねえか?
こんなに成長が速いのなら、名前ない方が可哀想だ。
「じゃあ、尚更名前あげねえとだな!お前の名前は……そうだな。『すね子』。すね子だ」
すりすりする奴だから単純な名前で良いだろうな。まるで、俺の生気を吸って太っているような……。
待てよ?こいつ、もしかして⁉︎
「幸助、あなた何を抱えてるの⁉︎それ、生気を吸い尽くす妖怪すねこすい!」
やっぱり‼︎気付くの滅茶苦茶遅かったー‼︎
「にゃあ〜‼︎にゃにゃっ‼︎」
雪姫が来た瞬間、すねこすいは俺から離れた。
すねこすいは確か、道中や雨の中で現れる筈。こんな町、雨降らない日に出るなんて思わなかった。猫か犬の見た目をするが猫の鳴き声をする愛くるしい動物妖怪。
人間の体に擦り付け、その者の生気を吸って生きながらえる妖怪だ。
「おい!ちょっと待ってくれすね子!お前を飼う相談がまだっ—」
俺の制止を聞かず、そのまま行ってしまった。
「あ、すね子…」
「幸助?ちょっと話したいことが。いい?」
「は、はい…」
すね子が行ってしまった悲しさが直ぐに消されたと思うぐらい、雪姫が怖い。
「すねこすいとお金、後は勝手に歩き回ったこと。私に分かりやすいように説明して。大丈夫、私は怒らないで聞いてあげるから…」
雪姫の目が怖い。まるで、お姉さん超えてお母さんになった雪姫の口からは恐ろしい言葉が吐かれた。
俺はその後、こっぴどく怒られたのだった。