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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
放浪前記
72/265

71話 呪い

お久しぶりです。

コロナも大分マシになり、体調も快調へ向かっています。


さて、雪姫に接触したこの妖怪と人間たちの正体。後々に明かすとしますが、全員が幸助よりも厄介な異能や体質を持っているのは察しつくでしょう。名前聞いただけじゃピンと来なかったりしますが、作中で明かしていきますので楽しみにしててください!

雪女ユキオンナ』で在り続ける限り、自分は人間を殺める妖怪で生きなければならない。その運命から脱するには、“ある禁忌タブー”である人間から与えられる名を頂戴するしかない。

だが、雪女には迷う理由があった。

生まれた町に未練があった。

死んで記憶を失った自分が生まれたのは亡夜なやという小さな町だった。そこで、雪女は他の妖怪と人間と親密になった。

妖怪は生まれ育った場所を離れる事を嫌う。それは雪女であった彼女にも根付いた考えを尊重する妖怪。

それと、何よりも、非常に許せない罪悪感が雪女を襲う。

亡夜は自分の居場所であり、新たな新天地とも呼べる故郷の町。新たな都市に招待と言われた時、雪女は女の提案を断る思考に変わっていた。


自分も妖怪・・なんだなと思い、雪女は女の話を断ることにした。

『ごめんなさい。私にあなたの話、なかったことにさせて貰う』

『それは⁉︎…どう言うことか?』

女は雪女が断るのに理由がないとばかり思っていた。僅かに動揺の様子を見せた。

『私は妖怪『雪女ユキオンナ』。だから、人を殺めるのは仕方がないのかも知れない。人間を自然という形で殺め、私自身も人間界で数知れないほどの罪ある人間の心臓を凍らせた。正直、もう人間界には行きたくはない…』

『なら話は簡単な事よ。貴殿が名を捨てれば解放されるというもの。名を改め、我が加護の庇護下に入ることを勧めよう』

女は雪女を欲する。だが、雪女は首を縦に振らない。

『どうしてだ?その名は貴殿にとっては禍を生むしかない哀れな妖怪の名。名で記された伝承の悲劇、貴殿は既に背けたくなるほど痛ましく見てきたのだろう?人間を殺めることを心の底では望む種族はいない。……あの『九尾狐キュウビキツネ』は別だがな』

雪女は女が話す際の表情に注目する。笑顔を絶やさないその顔から、僅かに見える憤怒の形相。

この女が太古の妖怪の『九尾狐キュウビキツネ』の近しい妖怪なのだと雪女は察した。

(どうして…?太古の妖怪の名が出てくる?いや、この際どうでもいい。問題は、彼女が私に執着する理由。そして、あからさまに私を逃そうとしない無駄のない警備。彼女の使い人は私が逃げないように見張っている。数は五人…全員が人間ね)

雪女の家を取り囲む使い人は五人。全員が白い装束を纏い、一切の肌の露出を許さない。少女、成人男性、成人女性、老婆、巨大な体躯の男性と特徴はバラバラ。

それぞれが人間であるが、何処か人間とは違う気配を感じ取った。

少女と成人女性から特に、人間にはない妖力を感じた。

信じ難いが、女から感じた妖力と微妙に似ていた。

雪女を逃さない。そういう見え方ができるのだが、何か違和感を抱く。

(この女が私を誘拐するのなら容易い筈。妖界はある程度の伝承反逆は許される。人間界では死を与えても、この世界では人間に危害を加えなくて済む)

人間界では伝承に従わざる得ないが妖界は違う。

妖界では妖怪は己の自由意思で動ける。流石に、『八岐大蛇ヤマタノオロチ』などの人間を食らう妖怪が自由意思なくして伝承通りに動けば、人間は殆ど死に絶えている。

それがないのは、妖界の世界では妖怪の意思は縛られないからである。

雪女はこの世界で一度たりとも人間に危害を加えたことがない。

(無力化は容易い……いいえ、それは不可能に近い。だって、この女は私では勝てない)

潔く認める。目の前で自分に執着する女は遥かに強い。

太古の妖怪である女と『雪女ユキオンナ』である自分では獅子と兎というもの。

悔しいが、女に勝てる見込みがゼロなのだ。

(なら私が取るべき行動に限りがあると知っている筈。太古の妖怪と言えば、私が逆らう意思を見せなくなる。最初にさりげなく呟いたのもそういう理由ね)

それに女は策士なのだと雪女は推測する。

実力は歴然の差。目の前の女が誰なのかは知らない。名を明かさぬ妖怪に挑むのは自殺に等しい。大人しく言うことに従順になるのが礼儀なのだ。

雪女の身である自分が逆らう意思を見せても従わなければならない。

妖怪としての意思ではなく、自分の意思としてそれは許せなかった。

妖怪に従う妖怪ではないのだから、自然と腹が立つ。

(この女の要望は受けてはいけない。明らかに悪巧みをする魂胆が見える。それに、『九尾狐キュウビキツネ』の名に敬称を入れないということは愚者かそれを超す超越者。どちらにしろ油断はできない)


太古の妖怪に対する呼称は、殆どの妖怪は敬なければならない。

例外もいるのだが、大抵の妖怪は太古の妖怪である災禍様に対し、敵意を見せてはならないからだ。

妖怪は気紛れというとおり、匙加減で死ぬ可能性があるのだ。

純妖に属する者は問題ないが、混妖の妖怪となると話は違う。

死亡すれば、全てを失う危険がある。変態者かわりものでなければ叛逆の意思を見せることはしないのが定石。


それでも、雪女は女の話に否定の意思を見せる。

『あなたの意図に従わない。残念だけど、私にはあなたのありがたい提案に前向きに考えることができない』

自分の事を優先としなくなった瞬間だった。

『何を言う?貴殿は我が頼みを潔く断ると言うのか?』

『断る?それは違う。私はその話に共感できなかったに過ぎない。あなたの目的を知らず、何を私に求めているのか分からない。話に乗せるのなら、まず、邪道で世界を変えたい理由を話すことね。でも、話したところで、私に邪道を歩む理由がないけど…』

雪女の決心がついた。

この時より、雪女は人間の味方になる事を決心することを胸に誓った。

雪女は自分だけの問題なら簡単に放り投げただろう。だが、女の怪しい持ち話を聞いているうちに気付きたくなかった事実に気付き、悪の道かと思われる誘いに乗る気が冷めたのだった。

『何故だ…?貴殿は名を捨てたいのだろう?なら、我が提案に応じるのが吉というもの。『雪女ユキオンナ』という名を捨てたくはないのか?』

既に女の発言の中に答えはあった。雪女はこの世界の実態を明かす。

『あなたは分かっていない。私は『雪女ユキオンナ』という名にこの上ない地獄を味わってきた。人間を殺め、心を痛めた。望んで殺生がしたい人はいない。私も…そして、あなたもでしょ?』

堅い意思を示す。

もう雪女は揺るがない。そう断念せざる得ない女は嗤った。

『ふっ…我が成す道に間違いなどない。貴殿は転生したばかりで我が言葉を信じられぬのも無理はない。心を痛めると言ったか?我が心は貴殿よりも遥かに痛めているぞ』

女は非常識に答える。

わざとらしく自身の胸に手を置き、女は先程の態度とは変わった哀燐の表情をする。

『演技も白々しい。あなたが何で心を痛めたのかは知らないけど私には関係ない。哀れみを求めていいのは人間だけ。あなたは傷を負っていると話すのに九尾狐に対抗心を燃やす。どうしてあなたの話を信じられると思う?分からない』

『もう良い。我が言葉を真面目に聞いてくれる者ではないと知った』

『…勝手ね』

雪女の拒否に参ったのか、女は苛立ったように拗ねた。雪女はそれを軽く微笑う。

女の目的は何なのかは明かされなかった。だが、女は雪女に立ち去る間際に不敵に笑った。

そして、ある呪いの言葉を与えたのだった。

女は人差し指を雪女に向けて差し向け、呪いを込める。

『我が言葉に耳を傾けぬ愚か者よ、我が呪いをくれてやろう。『呪詛』というものだ。人間の味方をする愚か者にはとてもありがたい呪いだと思うぞ?さあ、愚か者に相応しい餞別だ』

指から禍々しい黒光くろびかりが雪女の魂へと撃ち込まれた。

撃ち込まれた途端、黒光くろびかりは雪女の体へと消えていく。苦しさはなく、痛みも感じない。撃たれたところを触るが特に何もない。

『何を…したの?』

『ケケケケ!直に気付く。愚か者が我が提案を無碍にした報いだ。『雪女ユキオンナ』の伝承をこの世界でも機能する呪いをお前にかけた。名を持つ限り、お前は人間に死を運び、その手で掴んださちきょうに転じる。ケケケ、お前が我が都市に足を運び、その呪いを解くならば、その呪いを解いてやろう。だが、我が都市に来なければその名は永遠にお前に刻まれるだろう』

ご満悦に女は笑う。

呪いを受けた雪女は静かに睨む。

『一体…あなたは何者?人間を嫌い、人間に忌み嫌われる雪女わたしに興味を示し、更には手に入らなければ私に呪いをかけるだなんて。あなたは、そこまで執着する妖怪なの?』

『知る必要はない。『呪詛』を撃たれたお前は永遠に『雪女』の名に肉体は縛られる。名を捨てれば呪いは消える。だが、人間から好意を込めて名が呼ばれなければその呪いは解けない。我が誘いに応じない罰として刻むがいい!ケハハハッ‼︎せいぜい我が呪いに苦しみ、愚かに助けを求めるが良い!』

そう言い残し、女は他の人間を連れて亡夜を去った。


雪女に直ぐには変化が起きなかった。だが、その異変は徐々に現れ始めた。


雪女は初めて、迷い込んだ人間を保護した。人間を助けたいと思い、雪女は人間に危害を加えずに住処へ招く。

しかし、人間は自分を拒絶するように発狂し、自分の元から突如立ち去ってしまった。

人間の行方を探したところ、数日後、妖怪によって食い殺されていたのだ。

人間の死体を見た雪女はその時、女にかけられた呪いの恐ろしさを呑み込みたくなかった。

『嘘……そんな…』

転生して初めて見た死体が人間とは皮肉なものだ。自分の手で殺めるのではなく、他の妖怪に殺された人間というのは初めてなのだ。

その時、感じた感情は怒りだった。自身が成してきたことを呪いたくなる怒りが込み上げる。

『こんな…あんな事で他人に影響するだなんて…可笑しい。絶対にあり得ない』

信じたくないという気持ちを溢す。だが、雪女にはどうしようもできない。諦めずに迷い込んだ人間を救う。それしか手段はなかった。

何故、雪女が人を救おうと思ったのか?それはあまりにも単純な理由。自分が殺めた人間への償いとも言える行動であり、他者に自分の意思を理解して貰いたかった。

こんな『雪女じぶん』でも、人間を救うことは出来るのだと………。




二人目、三人目…五人……十人目になってもその呪いは消えることはなかった。

無惨にも食い殺された人間を丁重に埋葬し、不安な日々を過ごす。

その内、雪女にとって最も背けたくなる噂が流れた。

人間が消えることで亡夜に住む妖怪達はヒソヒソと噂していた。

『ねえ知ってるかい?雪女は人を救って見捨てているらしいぞ?』

『そうね〜。あそこの女は人様の殺されるところを見てわざと泣いているのよ。自分が有名な妖怪だからってあまりにも惨たらしい!』

『人間を尊ばぬ妖怪などクズでしかない!あの女は亡夜から追い出すべきだ‼︎』

雪女には聞こえなくとも噂でそれは出回る。やがて耳にするようになり、立場を理解せざるを得ない。

雪女はそれ以来、自分の姿が分からないようにフードを被り、外出するようになった。妖力を抑え、雪女とは思わせないように自分を抑えた。しかし、それでは根本的には解決に至らない。


噂とは未知な通信手段でもあり、どのような形であれど、生きるものにその噂は耳に入る。古くから伝達できる手段であり、あらゆる妖怪や人間はこの噂を自身の記憶として残す。

やがて『雪女ユキオンナ』の噂は妖都を超え、妖界全土にその噂は400年をかけてすべてのものに伝わった。

妖怪から恐れられ、誰も自分から近付こうとする者はおらず、人間もまた、『雪女ユキオンナ』と知れば狂うように逃げ、やがて絶命する。

それを耳にした女も、滑稽に笑っている様が見える。

雪女はその時悟った。

自分のやろうとしている事はすべて不幸に収束してしまうと……。

殺した罪悪感よりも助けられなかった絶望感が雪女を蝕み、己の存在意義を見失いそうになることも少なくはなかった。

だが、それでも諦めるつもりはなかった。助けられるまで、雪女は人間に手を差し伸べようとする。


得るものがなく、ただ失うばかりの時間の中で、彼女は遂に見つけた。


亡夜の町で買い物をしていた時に、それは訪れた。

『凄えぇ…‼︎マジで異世界に来たんだな⁉︎』

誰かの男の声を聞き、自然とその声に反応した。

その声はあまりにも無垢な少年と思わせる感情が伝わる。周りの妖怪が笑いを堪えるのに必死に対し、雪女はその声に何故か救われた気がした。

不思議な気持ちが胸に染みる。なんだが、以前にもこんな声を聞いた気がする。

純粋な興奮。男は確かにこの世界に目を光らせていた。雪女はその男を見て、直ぐに跡を追う。

しかし、男が声を掛けた妖怪があまりにも最悪な相手だった。

(不味い!あの子が妖怪に襲われてしまう。天邪鬼を始末しなければ‼︎)

刀を抜くよりも速く脚が動く。襲われる男を助けるために躊躇している場合ではない。

雪女は即座に抜刀。異常なまでの身体能力で男の前に立ち塞がり、妖怪から男を守る。

『誰だ⁉︎』

天邪鬼は目の前の雪女に警戒心を向け威圧する。

雪女は冷たく、優しく口を開く。

『覚悟がないのなら立ち去りなさい。その未熟な覚悟で挑む者を、私は助けたくはありませんので』

男からすれば、それはあまりにも気持ちを汲まない発言だった。

救いたい命が直ぐ背後に居る。なのに、自分の気持ちを素直に伝えられなかった。

自分の姿や声を知り、逃げるれば死のみ。ならば、『雪女ユキオンナ』というのを知らない内に逃げて貰うのが男の幸せなのだと思った。

一瞬の隙を突き、天邪鬼を凍らした雪女は後ろを振り返る。そこにまだ突っ立っている男が自分を見ている。

(どうして…?私は逃げろと言った筈。なのに、どうして私から逃げようとしないの?)

雪女ユキオンナ』と知られれば、この男に命はない。また自分のせいで死ぬ。そう、もう苦しみたくなかった雪女は、男に近付く。

震える姿を想像し、一刻も早く逃げて欲しいと思い、冷たく睨みつけた。

なのに、男は逃げる素振りを見せない。それどころか、心奪われたような顔をしており、男から漏れた言葉は、雪女の二つの心を揺らす。


『雪女……ですか?』


男が、ふと自分に対して言った言葉に悪夢を見たように思ったのと同時に、純粋な質問に雪女は気持ちが乱れる。

何故逃げない?雪女は戸惑う。

つい、その男を脅そうと手刀を見せつけた。

だが、それでも逃げようとしなかった。

その男とは………。

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