70話 誘う者
今日は大分投稿が遅れました。
実は今日新型コロナウイルスに感染してしまい、陽性反応が出てしまいました。
体調も酷く、体調が回復するまでは投稿を控えさせていただきます。勝手ですが、連続して休載してしまう事申し訳ございません。
体調が戻りましたら投稿しますので、気長にお待ち下さい。
幸助なら信用できる。雪姫は嬉しく思い、幸助に自分の身に起きた事を明かす。
雪姫がこれまで人間を助けた経緯。そして、名を賜ったことによる自分自身の変化について。
『雪姫』という名を賜る前の『雪女』は、500年前に妖界で生を授かり、『雪女』という名の妖怪として孤独に住んでいた。
しかし、自身が現在の記憶で憶えているのは400年前。何故、自身が一度死んだのかは知らない。
最も古い記憶を遡っても400年前しかなく、死んだ理由や誰に殺されたかは全く思い出せない。
混妖が一度死亡すると輪廻を巡って新たな妖怪として生まれる。その際、その記憶は全て消え、伝承と名、獲得する能力以外は全て消去される。
雪女も記憶を失い、亡夜という町で普通の生活を営んだ。
亡夜での生活はとても落ち着けるもので、他の妖怪とも仲を良好なまでに築き上げた。雪女は奥手というが、生まれたばかりの雪女は積極性があった。それが亡夜の妖怪達には評判が良かった。
昔の亡夜には、妖怪の他にも数百人の人間が住んでいた。人口は僅か1000人程だった亡夜にしては数が多かった。人間がそれだけ住んでいたとなれば、妖力が相当弱く、妖怪とも上手くやれていたのだ。
更には、日本の世が江戸時代に突入したばかり。世が戦国が明け、平和な時代に突入した事で戦に対する恐怖の方が勝る事が何かとあった。その為、妖怪に畏怖を感じる者は意外と少なかった。
雪女もそんな環境に慣れ親しみ、人並みの幸せを送れる筈だった。
しかし、そんな生活を崩壊させた因子が雪女に接触してきた。
太古の妖怪と名乗る妖怪が雪女の元を訪れた。
何人かの使い人を引き連れ、多くの人々にも印象深く残っている。
雪女もよく憶えている。憶えているからこそ憎く感じていた。
もし、差し出された返答を取り消せるのなら………。
ぱっと見ても人間にしか思えず、雪女も言葉を聞かなければ人間としか思えないほど、その外見と態度が人間そのもの。
女であり、貴族とは言えない身だしなみだが、上品な佇まいと動作。派手さはなく、容姿端麗というのを誇張せず、自分というものを誇示すらしない。髪も黒髪で、特に化粧に特質した染め方もなかった。
全員が女を見て思っていたのは、ただの戯れに来た女性だという認識でしかなく、害ある存在にはとても見えなかったという。
ただ唯一、女が只者ではないものを雪女は感じ取った。
女の瞳は紅く赫き、使い人とは異質な妖気を発していた。
その女は亡夜に入るとすぐさま雪女に話を持ち掛けてきた。外の者には何ともない人間に見えたが、家に入った途端、見たものを疑うぐらい豹変する。
堂々と土足で家に入り、その本性を現す。
『聞いて喜べ雪女。貴殿を我が都市へ迎え入れる事が決定した。我が目の限り、貴殿は数千年はその力が衰えないと未来を見た。さあ、我が新たな都市の住民とならぬか?』
非常に礼儀の欠いた誘い。とても受け入れられない提案を勝手に持って来られた雪女は冷たくあしらう。
『丁重に断る。あなたがどうして私を勧誘するのか?まずは、あなたの名を聞きたい』
雪女は女の言うことに興味がなく、名乗りもせずに自分を知る女に嫌悪感を向けた。
『そうか。だが勧誘する理由など決まりきっておる。貴殿の伝承はこれからも認知され続け、やがてはその力に恐れる者が多くなるであろう。しかし、貴殿の力はあまりの強さに身を滅ぼすかも知れない』
『私が力に溺れると言いたいの?』
女は態度を崩さない。傲慢という態度を隠す事をしない。
『左様。我が目は貴殿の末路を既に知っておる。その運命は貴殿にはとても辛かろうて』
古風な話し方と普通の話し方を織り交ぜる独特な話し方と自分勝手に相手を知るような話し方は、雪女には目障りでしかない。
『未来を語るなど根本的な真理を語らないのと同じ。私は、そんなでまかせを吹かれるのは耳に悪い。侮辱がしたいのならはっきり言いなさい』
『それは未来を恐れているからそう言えるだけ。貴殿はこの先、大事なモノを全て失う定めを人間によって記される。絶対に悲しむ結果に胸を痛めるであろう』
『辛辣な発言ね。雪女は確かに人の命を奪う。そしてこの先も奪うかも知れない。あなたが理解したように言うのも無理はない』
雪女は自分の事をよく知る。伝承は呪いのようなものばかりで、簡単に他者の命を奪う。
『雪女』のような悲運な妖怪は数多く、それら全ては力を有する者ばかり。力を持たない妖怪は人に危害を向けない善なる妖怪か名のない妖怪しかいない。
大抵の妖怪は人間に生死を左右する皮肉な力を持つ。
妖怪はその力を誇りに持つ事が多く、別に罪悪感を抱く理由もない。
しかし、雪女は違った。
雪女は人間を殺める自分自身が嫌いだった。
『そう言おうが、貴殿の顔は苦しいと嘆いておるぞ?』
指摘されたのに苛立ち、雪女は女を睨んだ。女は面白く笑う。
『だったら話は早いであろう?呪いの種族『雪女』を捨てたいのだろう?呪いしか生まぬ妖怪の名は捨て、新たな名を持てば貴殿も苦しまずに穏便に済む。なに、貴殿は最初の住民として我が配下に従うというのならば永遠の命と我が庇護下で安泰を約束しよう』
『……』
『ほう?やはり捨てたいのじゃな?』
雪女はその話を一度信じたかった。
女が話す内容は滅茶苦茶で可笑しなことばかり。別に無視するなら楽なものはない。
しかし、雪女はこの話に心が揺れてしまう。
名を捨てれば自分は『雪女』として消える。そうすれば、伝承に縛られることはなくなり、人間と同じ立場になれる。
それだけじゃない。人間となった自分を女が保護をすると言った。人間に成り下がった妖怪は非力となり、妖怪に襲われる危険がある。
自分の安全を考えれば、この話を呑み込んでも良いのだと。そう鵜呑みにしたい上手い話だった。
“ある禁忌”を犯しても自分は生きながらえる。そして、人間となった自分は助かる。
答えに渋る雪女に女は更なる提案をする。
『我が告げる未来は確定未来となる。その魂の器である『雪女』から解き放たれ、新たな一人として生まれ変わる機会を与える。この話を受けるというのならば、貴殿の力失い時は我が加護を授け、再び力を取り戻させてやろう』
『あなたは一体…何者?』
『貴殿の考えておる妖怪だと提言しよう。今は第四の都市の誕生に精を出す太古の妖怪とも教えてやる』
この女こそが、後に第四の都市である最都:新来を造った妖怪であった。
『どうして?妖都、古都、怪都の三つしか妖怪は存在できない。妖怪はそれぞれの都市の管轄下の元に生まれるのを定められ、私は日本妖怪だから妖都に生まれた。あなたが名を持つ妖怪である以上、妖界に四つ目を作るのは不可能な筈』
妖怪は伝承に沿って妖界の都市に生まれる仕組みが組み込まれている。
日本の伝承が強ければ妖都、西洋の伝承が強ければ怪都といった決められた場所に生まれる。
妖怪の都市への行き来は可能であるが、生まれる場所を改竄することは誰にもできない。日本妖怪は妖都でしか生まれない。
女も名乗りはしないが、何処かの都市に属する妖怪なのだ。
『考えが浅いな。そんな程度の低い概念に縛られる考えはあまりにも浅はか。やはり日本妖怪とは知恵が固くて困ったものだ』
侮辱だが雪女は別に怒りを感じたわけではない。
『そう…。それであなたは新たな都市を作って。何をするつもり?』
女の目的を聞く。
『我が目的だと?それは当然決まっている』
女歪んだ笑みは人間とは思えない悪魔の嗤いだった。女を見て、雪女の心が震える。
『この世界を滅ぼす。その為に、貴殿の協力が必要なのだ』
『……ふざけてる』
思わず本音が出る。
それも当然の反応。女が怪しい笑みで恐ろしい事を言うものだから普通に馬鹿げていると吐き捨てる。
しかし、女はそんな事を巫山戯ているとは微塵も思っていない。口元を裾で隠し笑う。笑い方はお世辞にも品があるようには見えず、少し野生味を感じた。
『ケケケケ!言葉と態度で済ますこそが日本妖怪が廃る理由。今の世は江戸で栄え、これから多くの妖怪が生まれる。だが、それは人の心が一時的に恐怖に縋る為だ。人は幸福だけを追い求めず、心の中では不安という恐怖がなければ幸せを実感できない種族。そんな種族である人間の手によって生み出されたこの世を我が力を持って崩壊へと誘う。貴殿はその犠牲者なのだ、分かるか?』
『意味が分からない。あなたの言葉が不愉快にしか聞こえない』
『よいよい、我が言葉を理解できぬでよい。この世の不条理を我が力で万々歳できる世界構造へと創り変える。そこには貴殿の持ちうる力を我が目的の為に使用したい』
女の言動は明らかなる妖界世界の均衡崩壊になりうるものばかり。雪女もその危険を指摘する。
『そんなこと…世界を本気で考えているなら間違ってる。名の知らぬ女、私はあなたが私を求める理由の恐ろしさを知らない。どうして、私にその話をする?私がこの話を断ればどうなる?』
雪女の興味はこの瞬間から失せ始めていた。それよりも、女が言う自分の利用価値の話に耳が傾いている。
だが、雪女がそう問うと女はもったいぶる。
『我が言伝を無視すると言うならばこの先は言わぬ。話を受けると言うのならば我が話の全てを語ろう。話さないというならこのまま引き下がるとするか……。さあどうする?』
女には雪女が迷う姿が目に見えている。だが、話の途中で雪女が自分の提案よりも話に興味が傾いたのも見ていた。
話の流れを変えたのは女自身なのであった。
『……』
『どうした?天命を選べぬと言うのか?貴殿は臆病者か?全てを受け入れれば目的を話すと言っておろうに。耳が聞こえないわけではなかろう』
意味を理解するには女の話を聞かなければならない。そうでなければ、女は絶対に話さない。
雪女が女の配下になる。それ以外に聞く術はない。
だが、雪女は女の目的を知りたかった。
この町で声を掛けられたのは自分だけ。自分にだけこの話をする女の心を知りたい。『雪女』という名を嫌う彼女なら、女の話に乗っても問題は大したことではない。名が変われば力を失うデメリットよりも人間になって危害を加えなくなるメリットを選ぶのが最適だと考えるべきなのかも知れない。




