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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
放浪前記
70/265

69話 妖怪の気持ち

少し長めです。

幸助が目を覚まし、ある夢を見た事で、これからどんな目に遭うのか?恐らく、まともな事ではありません。幸助自身がどんな行動に出るかは彼にかかっています。


まだ2章は続きます。暫くは楽しんで下さい!

いつまで寝ていたのか、俺には分からねえ。

少なくとも、あれから俺は一度も目を覚ました覚えはなかった。

不思議な夢を見ていた気がする。


俺が九尾狐に殺される夢だった。




長い旅をしている夢。そして、來嘛羅が手配してくれた悟美達がいた。だけど、なんでか雪姫がいなかった。

理由は分からない。何かあったのかと不安を抱きながら、ただ歩き、ある都市を目的に歩き続けていた。

夢にしては妙に現実のある夢だった。

歩いているのに疲労が溜まり、休むと疲れが抜けていた。まるで夢の世界で生きている感覚だった。

都市に着いた俺は巨大な城に招かれるように入った。

暗い空間だった。重苦しい空気で息が圧迫され、視界が霞む。

空間に座る者を見た。空間に似合わない美女が居た。

『来ましたね。我が欲する狐の器』

『あんたは……⁉︎』

その姿を見て、全てが彼女に奪われたように俺は近付いた。

実に悪魔のような美しさだった。

幼なげな顔。しかしそれを感じさせない清楚な雰囲気。落ち着いた態度で笑いかける笑みが俺を誘う。

來嘛羅とは違う異彩の美貌。全ての常識を覆す魅惑。

思わず俺は彼女に告白したい衝動に駆られる。

この人こそ…俺が長年夢見た妖怪。


逃げようとするが誰かに押さえつけられ、身動き一つ取れなくなる。

必死にもがき、俺は懸命に助けを求めた。

『雪姫‼︎來嘛羅‼︎助けてくれ‼︎』

そう何度叫ぼうが誰も助けてくれなかった。

助けを叫んだ先に、來嘛羅とよく似た尻尾に口が塞がれる。

『待たれよ!好きと思ったのは偽りだと言うのです?ワタシは待っていたというのに……。残念なこと』

なんとも不思議な喋り方。まるで一人が話しているようには思えない口調だった。

俺を見るなり、彼女は気味が悪い笑みをしていた。笑い出し、俺の顎を持ってこう言った。

『人は何かに縋りたくなる種族。そして、縋った先が史実という伝承。ワタシも歴史に記された数多くいる妖怪の一人でした。本来ならばワレは受け皿にもなれなかった。己がする欲に溺れるただ一人のワレであった。だが、人間はワレを混合させ、必要のない伝承をその文献に記した。これは如何なる屈辱と侮辱だ。貴様もワレをそう見ているのか?……しかしそのお陰でワタシは、『九尾狐』を超えた災禍様となり、この魂はわたくしめをただ一人の存在として受け入れてくれました。これもすべて愚かな思想を記した人間の仕業おかげ。時代は人を変え、人は伝承を書き改め、伝承は妖怪に変化を与える。時には善、時には悪と…。そして、あなたという珍しき存在がいる事で、我が伝承は人間に好意的に受け入れて貰えるようになった。時代は人間を選ぶと言うように、時代は妖怪も選ぶ。ワタシは室町、戦国、江戸、明治、大正、昭和、平成の時を得て、その伝承は強く刻まれた。人間は女を妖怪に仕立て上げる傾向が強い。それはある種、女に憧れ、女に怯え、女を妖怪に喩える事こそが人間が織りなす妖怪の誕生。女がそんなに怖いと言うのならば、ワタシが貴方を妖怪に変えてあげよう。男が妖怪に変化すれば、ワタシの気持ち以外にも気付くでしょう?妖怪好きの貴様ならば殺されてもどうでも良いだろ?人間が嫌いなあなたは何も気兼ねする事もなく、妖怪になる事も厭わない。だからこそ、ワタシは貴方の異能を我が物にしたい。珍しいこと、その異能は唯一の可能性がある。しかし…貴様は何も知らないのだろ?己の異能を理解出来ず、他者の力に縋る貴様は愚鈍。本当の自分を知る術を見つけなければ……』

内容は長く、俺は全ては理解出来なかった。

自分を名称する際に特別な変化があった。一人ワレは殺意、一人わたくしめは中立、一人ワタシは喜悦。

まるで三人が俺に話しているようだった。

それぞれが求める俺への訴え。そこに彼女…彼女達の本音が混じっていた。

ある一言が俺に強く響いた。


——お前ら人間に妖怪の気持ちなど分かるまい。


その一言は彼女達の共感なのだろう。

強い恨み。その一言は人間への確かな怒りを見せた。

俺は答えられなかった。

いや、俺に答えることが許されていなかった。俺自身がそう思ったからだ。

俺は目を瞑って、首を差し出した。

………。

……。

…。




「雪姫‼︎」

悪夢を見たような感触だった。酷い夢だ。

胸が絞めつけられ、もの凄い汗を掻いていた。

ベットから思いっきり起き上がり、汗の感触の気持ち悪さで現実に戻ったのだと理解した。

「ははは…夢で良かった」

呟き、俺はベットに再び横になった。

安心していたんだろうな。横で正座する雪姫を見て体が飛び跳ねた。

俺は思わずお化けを見たように驚いて盛大にベットから落ちた。

「幸助⁉︎…大丈夫?」

雪姫に擁護され、俺はベットに戻された。この時に感じた恥ずかしさは尋常じゃないほどだった。起きて早々に世話されるなんて嫌だ。

「うっ…あんまりだ」

「無理しない。幸助はひと月も寝ていたから無理に動かせば明後日に響く。怪我は治癒しているけど、今日は横になって」

スッと自然動作で俺はベットに戻され、布団も被さられていた。

「俺、いつから寝ていたんだ?」

「亡夜に行ったの覚えてる?」

俺は頷く。

「そう。幸助が一人で買い物した後、死人に襲われたの。腐食した死人にあなたは襲われ、危うく命を落とすところだった。助けがなかったらあなたはあの場で死んでいた。幸助、私の目から離れたばかりに……」

雪姫が口を噛みしめて睨む。かなり怒っていると直ぐに理解した。

「悪い。またやっちまった…」

俺も正気の沙汰じゃなかった状況だ。少なくとも、あの場で騒ぎが起きるなんて誰が予想できるか?

俺が原因で襲われたわけじゃない。なら、雪姫は怒らない筈……。

冷たい冷気が俺を襲う。部屋が凍りつき、俺に被せられた布団が凍った。

正座なのに、俺が見下されているような強迫ある目をしていた。

「あなたは何も分かっていない。幸助の考えは浅はか過ぎる」

「えっ?おい⁉︎なんで怒って——」

俺が言い返そうとすると、雪姫の態度は激怒した。

「口答えしないで!幸助、私が勝手に動かないでと言った。なのに、妖怪を助けようとしたばかりに死にかけた。無茶を押し通して出来ることなんて何ひとつない」

「でもよ、あそこであんたに助けて貰ったから…」

「助けた?それは偶々に過ぎないの。私が少しでも遅れたらあなたは命を落とした!加護を受けていてもあの攻撃をまともに受けて生きていたのが奇跡的に過ぎない。私の加護だけじゃ…あの攻撃は耐えられなかったのよ…」

雪姫の心配は俺が勝手に突っ込んでいったのが原因だ。

俺は妖怪が傷付くのをどうしても嫌だと思ってしまう。多分、俺は頭に血が昇りやすい。

「どうして心を痛めてまであなたに怒るのか理解していない!ひと月…ひと月も、あなたは眠っていた。死んでしまうのかも知れないと不安だった。自分を早死にさせる愚かな行動を慎んで」

「っ…‼︎」

あまりの怒気に何も言い返せない。雪姫が俺に対して言う言葉に反論する余地など見当たらない。

正論過ぎる。けど、俺だってこんな理不尽続きに文句を言ってやりたい。

「お、俺だってこんな状態になるなんて思わなかったんだよ!なんで俺が言われ……っ⁉︎」

俺は感情のままに言いそうになったのを堪えた。

普段、あれ程冷たい態度を取る雪姫には嫌な思いをしていた。

それだからか、俺は雪姫に対して容赦なく言った気がする。

だが、それは間違ってると雪姫を見て思ってしまった。


雪姫の恐ろしい剣幕の瞳に、僅かに潤っているのが見えた。怒りに感情任せではなく、感情を必死で抑えていた。

怒っているのは間違いない。けど、それよりも肝心なところを俺が見落としている。

俺に腹を立ててるように見える態度。それを反転すると雪姫の今訴えているのがなんなのかを理解する必要がある。

俺は見えるとこしか雪姫を理解していなかった。だからいつも怒っているように見えるしかなかった。

しかし、実は俺を信じてくれているんだ。

でなきゃ、俺に説教する筈がない。

俺が怒るのは間違ってる。今は俺がきちんと言わないとならねえ。

「雪姫…そんなに俺を心配してくれていたんだな?助けてくれてありがとう」

素直にお礼を言った。すると、雪姫の冷気は収まっていく。

理由なく文句言おうとしたが、俺が冷静じゃなかった。來嘛羅にも言われたことなのに、俺はカッとなると言いたくなっちまうみたいだ。

だからか、雪姫が俺の前でずっと來嘛羅に敵意を向けているのも。理由が分かると雪姫の行動原理が分かった気がする。

妖怪を愛したい。なのに俺は、そんな願いを叶える以前に酷いことをした。

まず、俺がしなくちゃいけないのはそんな段階が飛んだ恋じゃねえことを……。

「…悪かったよ。雪姫に大事に思われていたのに気付いてやれなかった。それどころか、あんたの親切心を台無しにするところだった。俺が気を失っているのに見守ってくれたのに口文句言いそうになっちまった。これじゃあ、俺が雪姫から立ち去った奴らと同じになる。危うく、雪姫の気持ちを踏み躙ることになるところだった」

「……」

雪姫の表情は冷たい。だけど、俺をずっと見ている。

「そうだよな…。雪姫も流石に怒るよな?俺に言える立場がなかったんだ。俺がいつも勝手に動いたから悪いんだ。迷惑かけた分、俺を叱ってくれ」

俺が雪姫に迷惑をかけるから余計に俺に本気で怒れないんだろう。俺が馬鹿なことに頭突っ込んで巻き込まれ、仕舞いにはこうやって手を焼かす世話までさせた。

だから俺に怒るなら怒って構わねえ。そう覚悟する。

「幸助……分かった。あなたがそれで気が済むというのなら」

「いいよ。俺は今後も迷惑をかけちまう。だから、この際だから雪姫の事をきちんと知っておきたい」

「そう……。私の事を知りたいって言ってくれたのは二回目。あなたには話してあげる。私が怒っていることもね」

雪姫だって温厚ではない。怒る時ははっきり怒る。

「あなたはまず、常識がなさ過ぎる。化け狐に提案された交流会が何も意味を成していない。あの子達に迷惑ばかりかけて。それだけじゃなくて、他にも可笑しな言動もあった。妖怪は人を襲う種族が多い。なのに幸助は妖怪を無理に助けようと自分を犠牲にした。自分を大切にとそう教えた筈なのに…。私が料理する度に冷たいと言って文句は言う。けどしっかり食べてくれるから文句は言わないけど…」

お母さんのように怒れば、姉のように怒るその様子を、俺はただ聞くしかなかった。

言われるがままに言われるが、俺が全部悪いのは明確。ここで俺が反論するのは違うと納得させられる内容。


雪姫は正座を崩し、席のある椅子に腰をかける。

「なあ雪姫。此処は何処なんだ?」

俺はついつい忘れていた。あまり長居は出来そうもないだろうし。

「はぁ…此処は宿屋、幸助が覚さなかったから前の家を売り払って今日までずっと此処にいたの」

じゃあ安心した。これで俺は心置きなく話を聞けるわけだ。

「悪い…俺はこの体勢でも良いか?」

「良い。幸助の楽な姿勢で聞いて貰えれば大丈夫。後は誰にも聞こえてはいけないから…」

雪姫は手を近くの壁に貼り付ける。すると、一瞬で壁や窓が氷で埋め尽くされ、床も天井も凍らす。凍らずに残ったのは俺のベットと雪姫の座る椅子のみ。

「おい…」

「幸助。私はあなたにだけ知って欲しい。他の人の干渉は許さない。それがたとえ、化け狐でもね」

雪姫は俺の額に優しく手を当てる。ひんやりとした感触と頭が割れそうな痛みが同時に襲う。




雪姫は來嘛羅が覗き見している事を知っている。

誰にも聞かれたくない。そう思い、幸助の中で待機する來嘛羅に警告する。

「幸助。私はあなたにだけ知って欲しい。他の人の干渉は許さない。それがたとえ、化け狐でもね」

そう言い、雪姫は幸助の中に居るであろう來嘛羅に冷気で威嚇する。幸助が耐えられるから問題はないが、普通の人間や妖怪では凍結する。

耐性が付いた幸助からすればいい迷惑である。

來嘛羅は大人しく遮断し、雪姫の意図に従う。

(これでよし。化け狐に聞かれたら弱みを握られるかも知れない。幸助は化け狐に化かされているから。私が幸助の安全を守らないと)

信用しない雪姫は來嘛羅を嫌う。嫌悪感よりも別の感情で來嘛羅を意識して嫌っている。

「幸助。今から話す事は他言無用。今日話した内容を誰かに話したら、次はあなたのことを殺します」

畏まり、雪姫は真剣な眼差しを向ける。

「改めやがって…。てかその台詞…小泉八雲の怪談と似てるな?」

「見ていたのね?なら、私が話す事の重大さも知っている筈。あなたでも…」

「うっ、マジで脅しにきやがって。そんな前置きしなくても俺は言わねえよ。この世界の伝承の力半端ないし」

「ユフフ、幸助は他言しない。だから言っただけ」

言葉に似合わず、奥ゆかしく微笑む雪姫。

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