5話 傾国の妖怪
この話を見てくださる皆さん、いつもありがとうございます。展開はゆっくりでいきますので、楽しんでくださると嬉しいです。
妖怪の価値観は実話にしてみたかったのですが、あまりにも少ないですし、キャラクターの性格が崩れるのが怖いので、統一して書いていきます。好きなキャラクターとかいれば、気軽に話して下さい!
妖怪の住処はそれぞれ異なる。
村落に住みつく妖怪。
町の隅に家を建て生計を立てるような妖怪。
都市を住処として優雅に暮らす妖怪と働く妖怪。
村落・町・都市に属さず、自然物に化けて人を襲う妖怪。
妖怪の住処を知る者がいれば、その住処すら見たことがない者も珍しくもない。太古より生きる妖怪は、特に、その姿を見せたことはない。
何故ならば、太古の妖怪は姿を滅多に現さないのだから。
妖怪は姿を晒す者と晒さない者に分かれる。あまりにも死生観に違いがあり、生き方を探る妖怪にとって、死とは人生の一環でしかない。
妖怪は死なない。これは絶対の摂理であり、妖怪に死の概念はない。
存在が消えない限り、妖怪は永遠に不滅である。
そんな妖怪の中で災禍様と呼ばれる存在は、特に異質さを放つ妖怪だ。遥か昔より生まれ、人間の恐怖や憎悪から誕生した妖怪の強さは桁違い。
強さは妖怪や人間で束になったとしても対抗は不可能。潜在能力や生きた年月、伝承の認知度に格差があるからだ。
地獄を恐れ、人間の伝承からなる恐怖から生まれた閻魔大王。生贄を恐れ、人間の恐怖から生まれた伝説の生物の八岐大蛇。天変地異を恐れ、人間の恐怖が伝承となって生まれたダイダラボッチ。国を恐れ、美女の凶悪さを兼ね揃えた存在を恐れ、他国に広く伝わり生まれた九尾狐。
恐怖だけでは妖怪は生まれない。それに基づく伝承や神話が存在しなければ妖怪は生まれない。人間の知的世界から、名を明確にしなければ妖怪に転じない。
名を持たなければ単なる概念しかなく、名を持たない妖怪など恐れも伝承にも残らない。
名を持つことによって初めて、妖怪は妖界に住むことが許される。
数は古来から増え続け、数十万以上に等しい数に達する。
数が増えたのは人間の知的世界が増え、さまざまな名を持つ妖怪が誕生したからである。
地域の伝承が国を巡り、他国にも広まり、世界中に伝わった。それにより、妖界の世界は以前にも増し繁栄した。
日本妖怪、西洋妖怪、中国妖怪の枠を超え、世界妖怪へと変わる。妖界もそれに伴い、多くの妖怪が住み着いた。
人間界と妖界が繋がっていることで、妖怪も人間に合わせて数が多くなっていく。
人間がいるから妖怪は生まれ続ける。
この摂理が崩れた時は………。
此処、妖都:夜城にも太古の妖怪は住んでいる。妖都という都市部に住む妖怪は少なくはない。
だが、普段は姿を見せず、妖怪にも人間にもその姿を拝められた者はごく僅か。
ある者は死を唱え、ある者は神と崇め、ある者は概念と呼ぶ。それほど、太古の妖怪にお目にかかれない存在なのである。
太古の妖怪と恐れられる一人は、妖都とは隔離された空間を住処とし、時偶に気に入った人間を食らう。
「うむ……。此奴は穢れておる。欲に溺れた人間とは食い切れるものではない。じゃが…」
残すのは勿体無い。そう妖怪は呟き、血肉としてなった人間を腹に収める。
「最近の人間は志も魂も下らぬ。異能を持つといっても所詮は人間個人の欲じゃ。美味と感じられぬ」
ご立腹な態度を取りつつも、自分の指や細腕を繊細に舐める。散らかした後は特に気を遣う。
人間の姿をした妖怪ほど、人間には友好的である。だが、機嫌を損ねれば死があるのみ。
この妖怪もまた、人間の姿をしている。だが、立派な妖怪である。
万物を見る金瞳は、常に誰かを探している。
神々しい尻尾は、常に待ちきれぬばかりに揺れる。
黄金色の狐耳は、誰かを聞いている。
妖艶な姿は、誰かに取り繕うための姿。
未知なる香りは、誰かを虜にするための妖香。
言葉には、常に気品を感じる声帯が混じる。
「そうじゃな、下界に降りて退屈凌ぎでも……。無理じゃったな。今は忌々しい秋水とやらがいるんじゃった。さて、頼れる人間…それも妾に相応しい男はいるかの〜?」
彼女から溜息が漏れる。悩んでいる問題に、心は落ち着かない。
仕方がなく、彼女はある者を通して状況を確認する。
「ほう?今は亡夜におるのか。これはまた随分な使われようじゃな。腹立たしいの!」
一人怒りを言い放つが誰もいないため、声だけが静まり返る。
「町に人間がおればいいのじゃが。……うむ?雪女に凍らされておるみたいじゃ。しかも、人間も引き連れておる」
しめた、と彼女は人間を見てそう考えた。
雪女が人間に加護を与えるなど無理な話だと彼女は思った。
だが、先を見たい彼女は、未来を視た。数秒先から数年先までを自在に見透す目を持っている。その強力な瞳力で視たものは……。
「フッフッフ…フハッハッハッハッ‼︎」
その目は何を視たのか?視た彼女は高笑いした。思わず咽せそうになるまで笑い続けた。
そして、金瞳は光り、彼女は嬉しさに揺れるような微笑をする。
「良き未来じゃ!妾の全てを解決してくれる男が来てくれるとはの⁉︎目は紅葉のような美しい瞳。肉質も体格も申し分ない程に鍛えられた肉体。妾達に好意を抱く物好き。妾を愛してくれる男。異能も素晴らしきものじゃ!よい。妾の積年の恨みを晴らせるのじゃ‼︎」
彼女は訪れるであろう希望に胸を高鳴らせる。
「もしかしたら、妾の全てを捧げられるやも知れぬ。幾千も生きてきたのじゃ。妾は………本気で生を味わいたい。この世は全てが退屈じゃ。太古、古、妖狐、仙狐、災禍様、九尾狐と呼ばれるのは飽きて嫌いじゃ。妾はたった一人の妖怪に過ぎないと言うのに」
彼女は生きることに失望していた。幾千という時を生きる太古の妖怪は退屈なのだ。
人にも妖怪にも姿を気軽に晒せない。その身分としては窮屈でしかない。災禍様と崇められた存在はまともな生活を望めない。
人間からも妖怪からも神として崇拝される者に、自由は与えられない。
彼女は数え切れぬほどの人間を食らい、数え切れぬほどの悪行を尽くし、その名を人間界に知らしめた。名誉とは讃えられぬ悪行、それは事実。
だが、そんな妖怪である彼女でも、退屈と感じた今の心境は理解に及ばない。
退屈とは、心が廃る始まりなのだ。心が廃れば感情が希薄になり、物事に対する意識がなくなる。望まぬ退屈というのは、思う以上に過酷なのだ。
「人間の世も妖怪の世も変わらぬものじゃな。妾が望むのは……」
彼女が望むのは“変化”だ。町の発展や知識の向上、衣食住の変化を見てきたが、それは単なる時代の流れでしかない。
彼女はその先の未来を視てみたいのだ。
訪れるであろう不変の真理が崩壊した今、彼女は快哉を叫ぶ。
彼女の成したい願望は、やはり九尾狐そのものだった。