58話 無い記憶
連続して色々ありますが、この件はこの章の内に回収されます。
誰なのか?そして、何故幸助だけが憶えてられるのか?前者は直ぐに分かりますが、後者はまだ明かしません。
5章か6章あたりになるかと思います。
紗夜が直ぐに寿司屋を見つけた。見つけたのを報告しに、紗夜が悟美の影から現れた。
「此処から500メートルくらいにコウスケ君が…言ってたお寿司屋さんがあ、ありました」
ホラー映画より怖いな。墓地からゾンビが出てくるみたいで普通に気味が悪い。
本当にこいつの能力が何なのかが検討つかねえ。
「紗夜は影の中を移動できるのか?」
俺はちょっと興味本位で紗夜に聞く。紗夜は俺が声を掛けるなり悟美にしがみついて嫌がる目を向ける。
腹立つな!俺が何したって言うんだよ⁉︎
「怖いのね紗夜は。シシシッ、幸助君は怖くないわ。愚鈍だけど」
「おい‼︎」
「あは!怒ってる〜!でも、今日はお寿司屋さんに行きましょ」
やっぱ悟美は仲良くなれそうもねえな。
紗夜の案内を元にやっと着いた。
「幸助君、此処で合ってるかしら?」
「ああ間違いねえよ。此処だ」
俺は当たり前のように答えた。
それよりも、雪姫と来た時と全く店の外見が変わっていないことに驚いた。
妖都崩壊で大半は建物が様変わりしていると來嘛羅が話していた。
大抵は外見も変わるものだと思うのだが、妖都が壊滅しても変わらない店もあるんだな。
俺は暖簾を潜り店内に入る。
「あれ…?何も変わってねえ……」
失礼なことを言ってしまった。
店内の雰囲気、大将の様子、机の配置の全てに変わりは見られなかった。
まるで、この場所だけ時間が進んでいないみたい。
「へいらっしゃい!」
笑顔で俺に挨拶する大将。
「五人いいか?」
「かしこまり!……って、にいちゃんは以前雪女と来た人だな?」
「えっ⁉︎俺のこと知ってんのか?」
「知ってるって。にいちゃんは妖都じゃ有名人になってるさね。顔も名も、災いもな?」
俺がこの世界で初めての“放浪者”となった事で、俺の知名度はかなりのものとなった。
妖都に限らず、俺の全てが余す事なく噂や事実として広められた。俺が“妖怪裁判”で話した内容やその結末、俺の悪行と善行、己の出生や加護の妖怪、俺の人間界での人生など数え切れない情報が何かしらの形で広まった。
閻魔大王に裁かれた人間は情報を隠す事が許されず、全てが明かされた状態となる。
今の俺は、妖界の世界で丸裸な人間ってわけだ。
俺を知らない奴が居ない。だが、逆に俺を知ってくれる妖怪が多いとも考えられる。
「そっか!俺有名人になっちまったんだな⁉︎あはは!」
俺は嬉しいと一人で笑った。
「今日は握り寿司を食いに来たのだろ?早く座ってくれねえか?」
俺達以外にも食べに来ている人が席に座っている。
「あー悪い」
俺はそう言って席に座る。
「凄い落ち着く……」
紗夜は店内の雰囲気に馴染んだようで、茶を啜っている。
「何頼む?」
「え、えっと…このユメサカゴとオナガダイ、ドンコのつみれ汁、メヒカリの唐揚げ、ノドグロの刺身。まだまだあります」
「深海魚だっけ?紗夜は本当に変わりものが好きね。私は大トロ、カニ、クジラ、さば、タコ、しらこかしら。紗夜も今日は大丈夫でしょ?」
「う、うん…」
悟美や双子もメニューを見ていた。俺もメニューを見て何を食べるかを考えている。
しかし、俺の気が穏やかでいられないのは、あの女性が見つからないからだ。
秋水の野郎に手を出されちまったら仕方がないと諦められたのだが、分華の《分身》は能力を持つ本人でなければコピーができないと言っていた。分華はやってないと一点張り。
俺はそんな女性を待っていた。
「へいおまち‼︎」
席に持ってきた人は大将だった。その手に持つ寿司はとてもではないが五人で食べ切れる量ではない。二十人前ぐらいあるなこれ…。
「あ、ありがとうございます」
「ねえちゃん良く食べるねー!ま、人は成長するんだし良い事だ!」
紗夜が満面な笑顔で礼を言うと、目の前に置かれた寿司を美味しそうに食べる。
数日こいつの食べ方見てきたけど、一番食べ方は綺麗だった。というか普通に少食のイメージしかなかった。
だが、寿司の時は貪るような汚い食べ方だな。俺はドン引きした。
「シシシッ、紗夜ったら焦り過ぎ。お寿司は一番好きだからしょうがないか〜」
口元に付いたご飯粒を悟美が指で舐めとる。紗夜は構わず寿司を堪能する。
「ちょっと分華⁉︎アンタはもうちょっと綺麗に食べなさいよ!」
「良いじゃねえか!俺の方が綺麗だと思うけどな?」
分華も多少食い方は汚いが、慣れちまったのかそうは見えねえ。
俺もそんな光景を見ながら寿司を堪能。うん、滅茶苦茶美味い‼︎
寿司は日本人の心の拠り所って言っても良いんじゃないかな?寿司生活でもいける気がする。
それぐらい、此処の寿司は格別なのだ。
油はキツくないし、口溶けが良く、しゃりやわさび、醤油が逸品。人間界じゃ再現できない旨さだ。
寿司の握りも凄い。大将は蛸の妖怪だから一度に何個も握れる。握り方はちょっとアレだが、真心込めているようで見ていられる。
これが人間界にオープンしたら繁盛するだろうぜ。
俺達が食べ始めた頃には店内に居た客は全員出ていった。お昼が意外と遅いのもあり、もう暫くは誰も来なさそう。
俺はまだ来てない油揚げの味噌汁を大将から受け取り、大将に言われた。
「にいちゃん、この前も油揚げの味噌汁頼んだな?」
覚えられていたみたいだ。
「まあな。凄く染み渡るし、コレのお陰で來嘛羅と出会えたって言っていい」
「災禍様に名を与えたというのを聞いた時は腰を抜かしたほどだったな。オレが食べさせた人間が秩序を破ったと衝撃もんでよ!抜かした後に3日間寝込んじまった」
「あ…すいません」
俺のせいで寝込んだのなら謝らないわけにはいかない。俺は申し訳ないと謝った。
「いいってことよ。で、なんでまた油揚げ入りの味噌汁を?」
「俺の故郷の味にしたくて、だな。暫くは妖都に帰れなくなりそうで。來嘛羅が俺を待ってくれると言ってくれて、妖都に帰ってくるまで生きてちゃんと俺の気持ちを伝えたいんだ。だから、出て行く前に飲んでおきたかった。出会った味を忘れねえように」
「くぅ…オマエさんってヤツは……‼︎」
急に下を向き、体全体が震えていた。俺は怒らせてしまったのかと焦る。
だが、大将は違ったみたいだ。
俺の肩に手を回し、大将へ引き寄せられる。
「いい話を聞いちまったよ!さっ、今日はサービスしてやる‼︎好きなだけ食え!」
おいおい⁉︎大サービスじゃねえか‼︎
「大将さん懐が広いわね!遠慮なく頂くね」
「私も……もっと頼みます」
悟美と紗夜は注文の手を再び動かす。当然、サービスと聞けばの反応だが、頼み方が大胆だった……。自重しろよ。
大将が注文票に泣きながら書く姿があまりにも可哀想に思ってしまった。
ごめんなさい……。
俺は心の中で手を合わせて謝った。
1時間くらい経ち、漸く皆んなが落ち着いた。俺は多少遠慮はしたが、紗夜が一番食べていた。多分50貫は余裕で超えてる。
満足した紗夜の満面な笑顔がその証拠だ。
「御会計は……零……ゼロ…あ、あぁ…ゼロだな」
こんな大将を見たくはなかった。なんだか、俺達が悪いことした気で心許ない。
俺だけ店内に残り、大将に少し待ってほしいと言った。
聞いてみたい話もあるし、ちょっとした謝罪をしようと。
「俺の仲間が遠慮なく食べてしまってごめんなさい」
「いやいやいいんだよ。あんな美味いって言われながら無我夢中で食べてる人を見るのがオレの仕事の生業なんだ。オレが言ったもんだし、気にする必要は要らん」
凄い人だな。こんな大将はなかなかいない。
生業と称してまで俺達に気を配ってくれるその精神性が凄い。
俺は話すか躊躇う。流石に怒らせる気がしてならないから。
「嬉しいなそれなら。でも話したいのが他にあって…」
「ん?なんだい言い難いのか?」
「っ……」
本当に話して良いのだろうか?
女性がいない事について、俺が聞いて良いのだろうか?
俺の言葉でこの人の機嫌を損なうようだったら俺の責任になる。
俺の意思は左右され、口で言おうとはできない。
大将が気にしている素振りが一回もなかったし、何か喉をつっかえる感じがする。
俺は数秒頭の中で悩み、こう聞いた。
「今日は女性店員の方、来てないんですか?先月、俺と親しく話していた人なんだけど。今日姿を見ていねえから、今日は休みなのかなーって…」
精一杯濁した。
大将はなんとも言えない様子。俺の質問に対して何か言い難そうな顔をし、俺はそれを聞いてはいけない質問だったと後悔した。
死んだって率直に聞けねえし、俺が偽者と会ったっていうのも可笑しいし、聞いても大丈夫だと思った質問がこれで精一杯だ。
なんて聞けば正しかったのだろうか?俺には濁すしか出来なかった。
率直に聞ける奴がいるなら知りたい。
俺は大将の答えを待った。
一瞬だが、答えが返ってくるまで長く感じた。
女性が今どうなっているのか?
ちゃんと無事に生きているのか?
今は体調不良で休んでいるだけなのか?
俺は大将の答えを知った………。
「深刻な顔をすると思ったら変な事を聞くとはな⁉︎何を思ってそんな言い難そうに聞いてきたんだ?可笑しなにいちゃんだな」
大将は悲しむ様子はなく、なんだか俺が変人扱いされた。
妙なテンションに俺は戸惑う。
「俺が可笑しいだと⁉︎」
「勿論だ!というか、ここの店はオレの老舗でな。オレが80年頃前からたった一人で切り盛りしてきた由緒ある寿司屋だ。オレのルールっていうものもあって、寿司は男が握るって断固として貫いてきてる身としては女は受け入れてねえんだわ。だから可笑しいと言ったんだよにいちゃん」
返答に困る回答が返ってきて、俺の頭はこんがらがった。
俺は幻聴で惑わされてるのか?なんだ……?俺が何か可笑しな事を聞いたのか⁉︎
「え…俺、変なこと聞いちまったのか?」
「何言ってるんだよにいちゃん?オレが間違ってるのなら別に構わないぞ?誰も雇った覚えもないがな」
俺はある真実を目の当たりにしてしまった。
この大将は何者かに記憶を書き換えられたのだと。
しかも、それは紛れもなく妖怪の仕業。何か目的があったに違いない。
なんで寿司屋に潜んでいたのかは知らない。
だが、妖都崩壊した後に行方をくらましたのだろう。
疑問はあるが、俺だけはあの人を記憶していた。それだけあればなんとかなるだろう。
20日間の交流が終わったら來嘛羅に聞いてみよう。妖都だったら全部知ってるかも知れねえから。




