56話 天才妖怪
振り出しに戻るかと思えば、少し違う形となりました。しかし、この状況を保たなければ、今後のストーリーに大きな動きがあるので、彼女には暫く大人しくして貰います。それにしても、來嘛羅の幸助に対する企みは一体……。
これは長い時間かけて明かします。
大事な時間に浸っていると、俺達の前に大きな影が降りてきた。
「お主の異能はやはり感慨深きものじゃな?幸助殿よ」
聞き覚えある好みの声に、俺は意識がそちらに向く。
しかし、ゆきなは警戒していた。
「あ……ああ…」
「怖がらなくとも良いぞゆきなよ。其方に危害を加えるつもりは二度目はないから安心せい」
「っ…お兄ちゃん!この人だよ!この人がゆきなを拐ったんだよ⁉︎」
「嘘だろ⁉︎いやいや…まさかな」
衝撃な事実を聞かされ、気持ちが乱れる。
「來嘛羅、あんたが、そ…その、ゆきなを見世物小屋に放り込んだのか⁉︎」
俺は疑心暗鬼を抱く。
來嘛羅は悪びれもなく答える。
「そうじゃ。お主の思考を読み、妾はゆきなと名を賜った妖怪を捕まえに行ったのじゃよ。まったく…幸助殿が描きおった妖怪、大変な力を有してしまっておるぞ?その女、妾が見つけ出さなければ“災禍様”に至っておったぞ?」
ゆきなを拐ったのは來嘛羅であるのは事実である。
しかし、俺はとんでもない事をしでかしたと來嘛羅は言う。
「妄想だけでそうなったのか?」
「そうじゃ。お主が妾の力を見てしまったばかりに、その妖怪に情と共に力までも注いでしまった。『雪女』・『無名』・『九尾狐』の鱗片を持つ『幸名』は恐ろしい力を宿してしまっておる。残念じゃが、幸助殿と旅をさせる事は妾が許さぬ。それに、雪姫にこの事を知られれば大きな亀裂を生んでしまうであろう」
突然現れ、いきなり俺とゆきなを引き離すと言う來嘛羅が鬼に思えた。
「なんでそんな事言うんだよ⁉︎ゆきなは俺を慕う妹なんだぞ?暴走は絶対にないって…」
俺ゆきなは離れる事を嫌と拒否する。
その証拠に、俺にしがみつくゆきなは力が強くなっていた。
來嘛羅には、俺の反抗が読めていたのだろう。特に睨みつける訳でなく、妖艶な笑みは色を濃くする。
「幸助殿。お主が妖怪を人間、それも家族に等しい感情を抱いておるのは、はなから知っておった。じゃが、その感情は行き過ぎれば自らを苦しめる種となろう。秋水は全てを支配しようと目論む悪鬼の心を持つ人間じゃったが、お主はそれを勝る邪念を持ち得る異形なる者。異能の本質を理解せぬまま使えば、お主は本当に望むものに辿り着かぬぞ?」
すると、俺は突然の甘い香りに誘われるように、意識が揺らぎ始めた。
來嘛羅の妖香を嗅いでしまい、全身が脱力するように力を失う。
「來嘛羅……俺はそんな奴にならないって…。だから…ゆきなは………」
「残念じゃが、お主は放浪の旅で大事な物を失う定めなのじゃ。それが何かは今は言わぬ。お主が最も大事にすべきものが消えた時、幸助殿は己の全てを理解出来よう。なに、お主は妾が居れば何も要らぬ思考を持っておる。その心さえ失わなければ、この來嘛羅がお主の一生面倒見てやるとしよう」
俺は眠気に抗おうにも力が入らない。
ゆきなを忘れたくない…。
俺の初めての、妹を忘れたくは………。
「お兄ちゃーんっ‼︎」
ごめんなゆきな。
もし忘れても、お前と再会した時には思い出してやるから。
消える記憶はないと信じたい。
消えるんじゃなく、俺の頭に鍵がかけられるだけだから、いつかはお前を呼んでやる。
こんな俺を慕ってくれて……。
「ありがとな……ゆきな」
俺の意識はそこで途絶え、見世物小屋に誘われたところからの記憶は全て消えてしまった。
來嘛羅は怯えて動けないゆきなを無視し、幸助を尻尾で抱き抱える。
「やれやれ、分華を操り様子を見ておったが、幸助殿の感情はあまりにも大き過ぎるの。妾に好意を抱いておらぬなら、妾の術を跳ね除けたのであろうに。実に可愛いものじゃ。それ程、妾を好く証拠じゃ」
幸助は『九尾狐』をどの妖怪よりも愛してやまない。それが幸助自身の弱点であり、來嘛羅には絶対に敵わない。
既に幸助の記憶改竄も済まし、残りやるべき事を果たすべく、ゆきなへと妖しい笑みを向けた。
「妾が怖いかの?」
「…っ‼︎」
ゆきなは恐怖して動けない。
自分よりも格上の存在を目の前にして、動物本能が逆らうなと訴えている。
太古の妖怪、それも自らの根源的妖怪を前に生きる希望を失いかけていた。
そんな彼女に來嘛羅は優しく話しかける。
「そう怖がるでないぞゆきなよ。お主は幸助殿によって生み出された妖怪じゃ。手荒な真似はせず、妾の下で暮らせば、いずれは戻ってくる幸助殿と共に過ごす事を約束しよう。どうじゃ?妾に逆らってでも取り返すというならば、其方はここで消えるのみじゃがな」
恐怖が鎮まる。來嘛羅の言葉は半信半疑で信じ切ってはいない。
「ば…化け狐。お兄ちゃんの記憶を返して!せっかく覚えてくれる大事な人なのに、ゆきな…消えちゃう…」
「ほう?やはり幸助殿の妄想と異能は妾の範疇を超えてしまったか。既に“災禍様”の実力を持っておる自体が恐ろしいものじゃ。あの『妲己』ともよい肩を並べられそうの」
「お兄ちゃんの記憶、返して!」
「ふむ…話を聞かぬのは雪姫の精神を引き継いでおるようじゃな?さて…其方は妾の眷属にしてしまおうかの?」
來嘛羅の妖気が辺りを支配する。
ゆきなの人格を消し、自らの配下として従わせるぐらいは容易である。
しかし、ゆきなを本物の眷属としては従えさせられない。
何故なら、ゆきなは『雪姫』を模倣した存在でもあるのだ。
來嘛羅の妖気を掻き消し、強い敵心を突如晒す。
「お兄ちゃんを返せ化け狐ぇ‼︎ゆきなの大事な人を奪うなら痛い目にしてやるから!」
涙を流し、銀髪は逆立つ。
制御は不能。自らの手で従わざる得ない。
「話を聞け!……仕方がないの。其方の気が済むまで、妾が思い知らせてやろう」
ゆきなの身体に変化が起きる。
吹雪が体を覆い、白い尻尾が三本と増える。
背丈が少女から僅かに成長し、18歳ほどの肉体年齢を取る。
來嘛羅を幼くしたような容姿であり、美貌は來嘛羅には劣る。
『九尾狐』に属する妖怪又は近しい妖怪の妖力は、並々ならぬ妖力を有する。
一本の尻尾で雪姫や烏天狗を超える妖力を有する。それが三本となれば、妖力だけでいえば、ゆきなは明らかに常識には囚われない妖怪だ。
まるで、『三尾』を見ている気分だ。
來嘛羅は多少の懐かしさに思わず笑う。
「ほう⁉︎段階を飛ばしおったぞ此奴!既に『九尾狐』以外は滅んでしまった伝承なき者まで取り込んでおるとはの⁉︎妾が其方を甘く見ておった。雪姫より数段厄介な妖力が痛いぐらい感じるぞ!」
刺さる痛みを感じ、ゆきなの妖気が來嘛羅を覆い尽くす。
人型を保ち、妖怪の姿に侵される事もなく、『妖怪万象』をいとも簡単に成功させた。
「うるさいっ!今集中してるから黙ってよ‼︎」
「フッフッフ、雪姫よりかは幾分か我儘で可愛いものじゃ」
ゆきなが一歩動くと、数十メートルを飛び越え、來嘛羅の着物の端を切った。
『千里眼』と『未来視』を持つ來嘛羅でも、今の攻撃速度には驚く。
(誕生間もない妖怪がこれほどとは⁉︎幸助殿に心底から好いているとは言え、これはちと不味かろう。数センチズレておれば妾に怪我を与えられたかも知れぬ)
尻尾で抱きしめていた幸助がいつの間にか奪われていた。
ゆきなは幸助を取り戻すだけに、最大妖力を注いだのだ。
雪姫ですら怪我どころか着物に触れるなど出来なかった。
それを考えると、『幸名』という新たな存在は期待値が高い。
來嘛羅は楽しめると笑う。
尻尾の大きさと妖力は來嘛羅と同等で、來嘛羅の三本の尻尾に匹敵する。
しかし、それだけである。
力は解放したものの、生まれてひと月も経っていないゆきなの身体は持たなかった。
意識が保てないのだ。
そうなれば、もはや來嘛羅の敵にはならない。
力を解放し過ぎて、ゆきなは消耗する力に耐え切れず、先程の動きで妖力の全てを使い果たしたのだ。
諸刃の剣の如く、ゆきなは力尽きるようにその場で動かなくなった。
「お兄ちゃん……」
抱き抱え、幸助に顔を埋めて喜ぶゆきな。
逃げる余力があれば逸材であったが、助けるだけに全力を注いだ彼女の足は一歩も動けなくなった。
『妖怪万象』もたった数秒しか持たず、それに伴う疲労は鉛のように重い。
経験すらあれば、これ程のヘマはしなかったのだろう。
「面白い奴じゃ。実力は未熟者じゃが、才能は誰よりもあるの!幸助殿の記憶は完全には消してはおらぬ。其方が再び出会えば記憶を戻すように細工しておこう。それで手は打たぬか?」
敵だった筈の來嘛羅に好条件を突き付けられる。
ここで拒否すれば二度と会えない。ゆきなはそう思った。
自分は助かり、幸助も助かると考えていいと判断する。
「分かったよ……來嘛羅のお姉ちゃん」
慎みを覚え、敬称を改めた。
『幸名』は雪姫のように諦めは悪くない。
そこは引き継がれなくて良かったと、來嘛羅は内心笑う。
「初心な奴よ。では、ゆきなよ、妾の空間の中で一時過ごし、双子の姉弟と共にその才覚を磨くとよい。幸助殿がこの地に帰るまでは退屈じゃろうから、ゆきなには様々な依頼を受け持って貰うが良いか?」
「うん……お兄ちゃんをちゃんと返してくれる条件なら…」
「良かろう。妾も非情は好まぬ。新たな可能性が生まれてくれたのじゃ。もしやとすると、其方をいずれ最都へ向かわせられるぐらいの力を有すれば、幸助殿と早く会えるやも知れぬぞ?」
來嘛羅が約束する。
ゆきなは信じ、來嘛羅の言う通りに従う。
操っていた分華を幸助に抱えさせ、幸助は歩き疲れたと嘘の記憶を植えさせる。
最後に、ゆきなは幸助の温もりが欲しいということで、幸助の履く靴下と靴を脱がした。
「こら。幸助殿の草鞋を奪うでない」
「イヤッ!お兄ちゃんの匂いがないと追えなくなっちゃうからイヤッ!それにこの匂い…結構好きだから」
そう言うと、ゆきなは自身の尻尾に隠し入れた。尻尾に篭る匂いを嗅ぎ、悶々とする様を晒す。
來嘛羅はゆきなの性癖に苦笑いする。




