55話 幸名
こんな我儘な妖怪も居ていいかな?そう思い、彼女を書いてみました。我儘な面がある分、その願う願望は強いと分かるでしょうか?
ちょっと変わった自分の呼び方をする妹妖怪ここに誕生。好みの方はいるでしょうか?
ちなみに、当て字かと思われますが、幸って、ゆきと読めるんですね。初めて知った時は面白いなと思いました。
俺が見世物小屋から連れ去った少女をどうするか決めかねている。
お兄ちゃんと慕われたのは嬉しいが、俺が“放浪者”というのを忘れたわけじゃない。一緒に旅したいのは山々だが、この子を守り切れる気がしない。
残念だが、この子の決心でも聞いてみるしかない。
俺は隣に座る少女に聞いてみた。
「さっきの俺、どうだった?」
「うん!お兄ちゃん凄かった!それに妖術が面白かったぁ‼︎くびれ鬼を凍らした時のお兄ちゃんは凄くかっこよかった‼︎こんな見ず知らずの妖怪を見てくれる最高のお兄ちゃんだなーって嬉しくなった‼︎」
キラキラさせて俺を褒めてくれる。照れ臭く、俺はちょっと顔を赤らめた。
「嬉しいな……褒め過ぎだぜ?」
「ううん、そんな事ないよお兄ちゃん!お兄ちゃんが見世物小屋から助けてくれなかったらこんな楽しくてドキドキする体験できなかった。知らない人に連れ去られてひもじい思いして、知らない人に買われるかと思った……」
「怖かったよな。お前が連れ去られたのは……俺のせいだ」
少女の頭を撫で、俺は申し訳ない表情で謝った。
本当なら、俺が少女に恨まれても仕方がない。
俺の勝手な妄想で生まれた妖怪に殺意を向けられても文句が言えない。
そんな俺に、少女が純粋に好意を寄せてくれる。
怒りや悲しみなどなく、俺を本気で慕ってくれる。
こんな子が本当の妹なら良かった。そう思えるほど、俺を慕ってくれているのだ。
「お兄ちゃんのせいじゃない。こんな妖怪がいて欲しいって思ってくれていた事自体が、妖怪が嬉しいと思える時なの!妖怪は些細なことで生まれてくるのが当たり前。誰かに居て欲しいと思われないと妖怪は生まれてこないの。怖がられたり、好かれたりしていても、人が“存在して欲しい”と、心の何処かで思わなければ妖怪は居られない。それをお兄ちゃんが……ん…創造してくれたんでしょ?狐の妖怪…雪の妖怪…恩人の妖怪を掛け合わせて…ん…が誕生した。いっぱいいる人の中で、お兄ちゃんに居て欲しいと願われて生まれて…幸せなんだよ⁉︎」
少女は自分が生まれたというのはしっかり認識している。途中、何か自分を指しながら必死に妖怪が生まれてくる事を話してくれた。
それに、さっきから少女自身が自分を呼称していない。
「私」や「アタシ」とか言わない。言おうとしてるが、なんか迷っている感じだ。
「恥ずかしげもなく言わないでくれよ。流石に想像した妖怪に、妄想した妖怪を当てられるのは怖えぞ?」
「やったぁ…お兄ちゃんを怖らがらせられた!」
「怖がってねえよ!」
嬉しそうに笑う少女が微笑ましい。
ちょっと雰囲気も良い感じなんだが、もう時間的に数時間も分華達と出会っていない。
可笑しい。そろそろ見つけられるだろうと思ったが、別に見つかって欲しいとは思ってなかった。
今はこの少女と……。
そういえば、早く名前を呼んであげたい。少女少女って他人行儀になっちまうし、無名の時と同じ結果にはしたくない。
「なあ、名前とか呼んで欲しいか?」
俺は率直に聞いた。
少女は可愛らしく指をツンツンさせ、俺をまじまじと凝視める。
「うん……」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに答える。
俺は少女の選択を快く受け入れることにした。
名前を与える行為。つまり、人間になる事を望むという。
妖怪ではなく人間になれば、異能を獲得し、俺と同じ人間として生活をしなければならない。
他の妖怪に喰われるかも知れない。
そんな不安はあるが、決めてくれた覚悟に口答えする訳にはいかない。
少女が良いなら……。
少女は幸助に親愛を抱いた。
条件は満たし、幸助に名を得る事を可能とする。
この世界に生まれて直ぐに、ある者によって見世物小屋へ連れてかれた。
覚えている限りの記憶では、大きな尻尾を持っている狐の妖怪。
偶然にも、自分の容姿と何処か似ていた。
少女は薄々気付いていた。連れ去った者が並ならぬ妖怪であると。
抵抗は出来ず、ただ生まれた事を後悔するもなく、見世物小屋に売り出された。
多少なりとも、見世物小屋に来る者達を恨みの視線で見下していた。
しかし、幸助の姿を見た時、本能が察した。
——生み出してくれた親だ!
そこに怒りが込み上げる筈が、少女は抱くことが出来なかった。
本来なら生みの親に殴り掛かる衝動に駆り立てられるのだが、幸助を怨恨の対象に思えなかった。
腹を立てて怒ろうと出来た筈なのに、殴る隙など幾らでもあった筈なのに、少女は一度たりとも憎悪に感情が支配されることはなかった。
幸助に懐いたのは、彼が自分の生みの親だからであり、彼の理想になれたからだ。
妖怪は、自分の生みの親を知った時から伝承を刻める。
妖怪が自らの伝承を知る事で、初めてその名を知覚できる。その手段として、妖界から人間界へ跳ぶ事が望まれている。
しかし、妖界で誰かにふと思い浮かべられて生まれた妖怪は、人間界に跳ぶ事が出来ない。親又は伝承が人間界に存在しないからだ。
少女は妖界で幸助に想像され生まれた妖怪。
普通、妖界の何処かで生まれたとしても、自ら望んだ親に出会える可能性など到底低い。
他の妖怪に蹂躙されるかひっそりと暮らすのどちらかでしかなかった。
だが、偶然にも少女は妖都の近くの荒野で生まれ、少女は妖都へ連れ去られた。
そして少女は、生みの親である幸助と偶然の初対面を果たしたのだった。
少女は幸助に人間と妖怪を選べと言われ、迷いがあった。
(どうして人間でいさせる理由があるの?ただ…お兄ちゃんに生んでくれたのが幸せなのに……)
当然、不満はある。
生みの親である幸助から二択を迫られ、自分はどうすれば良いのか考えた。
妖怪でいたい。妖怪であるから幸助に望まれたんだ。
自分を想ってくれている感情は読み取れた。別に嫌がらせで自分に言っている訳ではなかった。
(認められて生まれたのに。お兄ちゃんが居てと強く望んだから居るのに……でも、こんな妖怪は力がない…。お兄ちゃんみたいに力ある人間になれば認められる…のかな?)
少女の思考とは思えない向上意識。
その思いは強く、幸助という人間に強い希望の念を抱く。
——人間になれば傍に居られる。
そう思い込めれば、どれだけ楽なものだろう………。
しかし、少女は出来なかった。
人間となれば妖怪を捨ててしまう。
妖怪を捨てるとは即ち幸助の気持ちに逆らう。
妖怪で居て欲しいから望まれた自分が、望まれた人間の為に自分を捨てることになる。
嫌だ……。妖怪として認識してくれなくなっちゃう。そんなのいや‼︎
強欲にも欲する我儘が自分の理性が暴れる。妖怪としての生を望みたい。
幸助に言われなければ、そのまま混妖として生きていこうとひっそり思っていた。
だが、幸助の勇姿を見て決心しなければならない。
人間としての人生も悪くないと、自分を無理やり納得させる。
(そうだよね…。お兄ちゃんと居られるなら人間の方が良いよね?うん…我儘思っちゃダメだから……)
覚悟したような表情を偽り、自分は大丈夫だと口を大きくニコリとさせる。
苦しいが、これが自分の選択なのだと強く思い込む。
「なあ……大丈夫か?」
不意に見せる優しさに、少女は少し期待してしまう。
こんな自分を大事に想ってくれているんだと。
しかし、それは当然の質問であった。
「うん…大丈夫だよお兄ちゃん」
満面な笑みでそう答える。
そうすれば、自分に名前を付けてくれる。
名前ないよりは幾分もマシ。少女は自分の本当の感情を誤魔化す。
しかし次の瞬間で、少女の情緒は大きく揺さぶられた。
「じゃあよ、なんでお前泣いてんだよ?」
「ふぇっ?……あっ。ホントだ…」
知らず内に涙が頬を伝っていた。
頬を触り、少女は静かに動揺する。
「……」
「ち、違くてお兄ちゃん。これは嬉し涙ってもので…」
首を振って否定する。
しかし、幸助は少女の動揺に気付いていた。
「本当は違うだろ?俺が名前をあげちまうと妖怪でいられないのが嫌なんだろ?」
「っ⁉︎あはは…お兄ちゃんにはバレバレだったね。お兄ちゃんに隠し事出来ないんじゃ、妖怪失格かな。大丈夫…お兄ちゃんのこと大好きだから名前を付けて……」
「いや…お前が本当の自分で居てくれなきゃ困る。妖怪で居たいのに人間になるなんて、俺は納得しない。そんな可哀想な妖怪の自由を取り上げたくない」
親である幸助にはお見通し。
そもそも、妄想した時点の伝承は僅かにも少女に反映されている。
幸助は少女の存在にこう願った。
「ありのままで居てくれる妖怪が好きなんだ。誰かに強要されるんじゃなくて、あるべき心を持って欲しいって俺はお前の存在を願ったんだ!頼む、お前が本当に望んでいる事を言ってくれ!叶えてやるから!理不尽でも馬鹿な夢でも良いからさ!」
幸助の眼差しは、常に自分を見てくれる。
偽りもない瞳には、不可能が視えない。
目を見てしまい、少女は両手で顔を覆う。
「やめてよ……こんな妖怪受け入れてくれないよぉ…。こんな…こんな幸せな妖怪なんて……うわぁあああああ‼︎」
涙腺が崩壊し、涙が次から次へと込み上げ、遂に大声で泣き出した。
子供のように泣き、幸助にしがみ付き、駄々を捏ねる。
「ずっと…ずっと妖怪でいたいよー‼︎そんでお兄ちゃんのような強い人になりたいよー‼︎妖怪の力でばんばん倒して、お兄ちゃんと肩を並べて認められたい‼︎名前が欲しい!名前貰ってお兄ちゃんと同じように生活したい‼︎ご飯食べて、買い物して、好きに人助けがしたいよぉ!力欲しいし、今のまま居たい…それでお兄ちゃんから名前が欲しいのぉっ‼︎妖怪のまま、人の名前を持っていたい!」
それは少女の本音だった。
生まれた時に自覚した願望を吐いた。
幸助と共に生きたい。そして、名前が欲しかった。それでも妖怪で在りたい。
妖怪でありながら人間の欲望を持つ少女。
それが幸助が望んだ妖怪の姿だった。
曝け出し、幸助を困らせることを次から次へ心の叫びが口に出る。
「名前貰ったら人間のように生活して、それでも妖怪や人に馬鹿にされないぐらい強くなって、お兄ちゃんがいつも褒めてくれるような妹みたいになってみたい!名前貰えば呼んでくれる人が増えてくれるし、ちゃんとこの世界のただ一人だけになりたい!妖怪の呼称じゃない人間としての名前でお兄ちゃんと皆んなに呼ばれたい‼︎それで好きな事を好きなだけたくさん欲しい!」
雪姫のように伝承に嘆き自分の弱さを上手く吐けず溜め込み、來嘛羅のように地位に囚われ、無名のように役目を担わされ、秋水に支配された妖怪のように自由を奪われ、幸助のように何度も諦めようとする。
そんな運命を持たず、ただ自由翻弄に生きて欲しいという幸助の願望を持つ。
それが、少女の伝承である。
我儘な少女の感情を全て受け取った。
俺は思いっきり抱きしめ、その要望を叶えてあげようと必死に考えた。
難しいことではない。しかし、それを叶えるには、どうしても壁がある。
“ある禁忌”である名付けが必要となってくるが、そうなれば、この子の願望を叶えられなくなる可能性がある。
名付けすれば人間になってしまう。
この壁をどう超えるかが要となる。
「名前欲しいんだろ?でも、どうしても名前やっちまうと…」
「うん…妖怪の力がずっと使いたい。でも…名前貰っちゃうと消えちゃう」
目を潤わせ、不安そうに呟く少女が気難しく考える。
「そうなっちまうよな?お前の要望は叶えてやりてえよ」
俺も考え込む。
うーん、この子の我儘を聞いてあげたい。
あげたいんだが……難しいんだよな。
人間の名前を与えても尚、妖怪として居られる妖怪になりたいと願う少女のお願いを聞いてあげたい。
名前あげて妖怪のままなら問題はなかった。
しかし、名前を付けてしまうと妖怪で居られなくなる。これが超えられない壁というものか……。
俺は俺の力を振り返る。
『雪女』・『すねこすり』・『九尾狐』に名前を与えた。
それぞれ『雪姫』・『すね子』・『來嘛羅』と名付けた。
そこで、俺はある共通点に気付く。
三人とも、妖怪のままなんだよな。
俺が三人に強い感情を抱き名前をあげた時、誰も変化が起きなかった。いや、既に変化が起きてるのかも知れないが、誰もそんな変化を見せてくれた感じはしない。
せいぜい、雪姫が『妖怪万象』を使っているぐらいだ。俺も『妖怪万象』が使えるから別に気にしてなかった。
俺の能力って、もしかしてだが、妖怪の伝承を無視出来るのでは?
そうか!
この子を救える可能性が全然あるぞ‼︎
俺は心からガッツポーズをする。
「お兄ちゃん…?笑顔が怖いよ…」
「えっ?……あ、悪い」
気付かなかった。俺はいつの間に笑っていたのだ。
邪悪に満ちたような笑みを浮かべ、俺は一人で笑っていたのだ。
気持ち悪っ…。
「うっ……でも何か思い付いたの?」
「まぁな。お陰で、お前の要望を叶えられそうだ!もう心配しなくて良いぜ?俺の能力は《名》だから、俺がお前に名前を付けてやれば何も心配要らねえよ」
俺が安心させると、少女はパァっと嬉しそうに目を輝かせる。
「やったぁーーーっ‼︎お兄ちゃんの異能すっごい‼︎」
喜び方が大袈裟だが、可愛いから微笑ましい。
「へへっ、そうだろ?お兄ちゃんがお前に良い名前付けてやるからな!」
これで解決だ。俺が名付けに特化した能力で良かったと、初めて自分の能力を誇らしげに思えた。
俺が名前を考えようとしたが、少女がなんだか言いたげに肩をツンツンしてくる。
「ん?どうしたんだ?」
「あのね……名前…ん…が考えても良い?」
「えっ…?お前が?名前を?」
「……うん」
どうやら、自分で名前を考えたいみたいだ。
俺は不満なく承諾した。
「良いぜ。お前が好きな風に考えても。俺はそれを呼んでやるから、しっかり考えろよ?」
すると、少女は俺から離れ、容姿に似合う純粋無垢な笑顔をする。
真正面に面で向き合い、少女は喜色を見せる。
そして、少女は自分を呼称する。
「あのねお兄ちゃん。こんな我儘な妖怪の名前を呼んで欲しいの。『幸名』って!ゆきなの名前は『幸名』だよ!」
『幸名』と名前を言った。
幸せと書いて名と書く。
“幸せな名”という意味を込めたんだろう。
ゆきなは自分の名前を幸せに呼んで欲しいと、そう願ったに違いない。
俺の名前、無名の名前、雪姫の名にちなんだ少女の名前に、俺は心から込み上げるものを感じた。
なんていう名前なんだよ……。
凄く良い名前じゃねえか‼︎
再び抱きしめてやった。
驚いたような顔をするわけでなく、ゆきなが受け入れるように笑う。
「大事にしろよ。『幸名」
「お兄ちゃんが居るんだもん。ゆきなはお兄ちゃんと会えて良かったよ」
こうして、俺に妹が出来た。




