52話 オニイチャン
この展開は想像通りでしょうか?
一応妖怪も名前程度だけ紹介です。モブキャラが多い気もしますが、きちんと名前が出てくれば何かしらの章に組み込むことがあります。
さて、主人公に初めての妹が出来た今、彼は何をするのか?楽しみにしてて下さい。
俺はその現場を目撃したのだ。
鬼の二人は一万円で買われた。
買ったのは意外にも人間だった。
ご令嬢気取りの可哀想な女が、金で二人を買った。
「さっ、アタシのペットとして従いなさい!ねえカネー?お金払って頂戴」
周りには誰もいない。しかし、女は誰もいない方向に声を掛けた。
すると、女の隣に札束が突如現れた。
手品ではなさそうだ。それに、この女からは少し嫌な気配を感じる。
「その気配…あんた、『金霊』を憑依させてんのか?」
俺は金の妖怪で思い付いた妖怪の名を口にした。
女は驚くが、直ぐに怪しい笑みをする。
「詳しいのねぇ?そういえば、君を知ってるさね。“放浪者”の烙印者、松下幸助だったかな?あと2ヶ月ないうちに消える子さね」
「そうだが。俺はあんたに覚えて貰えて嬉しいぜ?」
「ふぅ〜ん。君の顔…悪顔で少し好みかも。でも、金になる匂いがしないさね。この鬼はあげないさね!」
「いらねよ。それよりてめぇ…そいつらをどうするつもりだ?一万払って買ったからには、それなりにいい生活させてやるんだろ?」
妖怪を鎖で縛っている時点で、支配人は俺の怒りを買った。
何よりも許せないのが、俺の目の前にいる女がペットみたいに鎖を握っているということだ。
「買ったものはアタシの所有物。汗水垂らして貯めた金で買ったこいつらはアタシのもの。名前も付けてあげて、アタシの世話役にして働かせるのよ」
俺は一瞬躊躇う。こいつ、ちょっと正当な事を言ってる風だからムカつく。
「貯めた金でどうこうするのは勝手だが、妖怪を支配するまでねえだろ?妖怪は友達、あんたはそうじゃないのか?」
俺は女に詰め寄る。
俺が睨み付けた途端、女は俺に睨み返す。
その目は金と奴隷を欲する執着した目だった。
「アタシのする事に文句さえ?なら、心外にも程があるさえ。アタシのする事に口を出すお子様は嫌いよ!」
「俺も金持ちみたいなのは嫌いだよ!そうやって人や妖怪をものと見やがるクズは見過ごせねえんだ。悪いが、そいつらを幸せに出来ねえと言うなら……俺が奪ってやる」
妖怪を平等にしろ。
俺は強い眼力で睨んだ。殺意も混じり、今にも殴りかかりそうだった。
女は本性を晒す。
「ハンッ!アタシはガキが嫌いだよ‼︎……そうか、ならこれがお前にはお似合いか?」
それは醜く、人間の汚点だと思えた。
女は何か閃いたようで、俺に笑みを押し付けてくる。
「アタシの奴隷共をお前の妖怪と戦わせてあげる。勝ったら全部解放してあげるさえ」
やっぱクズだ。
俺は受けて立つ。
「受けてやるよ。で?俺が負けたらどうなるんだ?」
「このアタシに従いなさい。妖都を出て行ったあと、君には稼いで貰うから。一億…もっと稼げるさえ。その若い肉体と罪名なら」
「へっ!負ける気がしねえな。だが生憎だが、今日は妖怪を引き連れていねえんだ。俺一人で十分だぜ⁉︎」
「人間が妖怪に勝てる訳がないさえ。君の愚かな覚悟に敬意して、全力で敗北を味わせてあげる!」
俺と女が睨み合う。
分華はいつの間にか何処かへ行ってしまった。
帰って来たらぶん殴ってやる!
『ショ…ショーは中止、中止です‼︎観客の皆さんご退席ください‼︎』
慌てて見世物小屋を畳もうとする支配人。
しかし、ここで思わぬハプニングが起きた。
「ギィヤアアアアアアッッーーー‼︎」
鎖に繋がれた少女が突如、人間とは思えない声を発した。
ゼロ距離で叫ばれ、俺達は耳に軋む叫び声に塞ぎ込む。
鼓膜が破れそうな断末魔に近く、意識が錯乱する。
小さい見世物小屋で叫ばれた声は、見世物小屋の主柱をいとも簡単に破壊した。
超音波のような攻撃性のある音で、俺を除いた全員の意識が吹き飛んだ。
「あぃ………」
聞いた事ない声で倒れた女を見て、俺は密かに喜んだ。
気を失ったなら勝負はお預けだな。
そう悠長に考えられたらそう考えただろう。
だが、目の前に鎖に繋がれた少女へ視線が魅入ってしまう。
支配人も気を失っているし、このまま連れ去るのも悪くないだろう。
金は持ち合わせていない俺では、この子を買ってあげられない。いや、買うのも嫌だがな。
見られるのが嫌なのか、少女は恥ずかしげに初々しい態度を見せる。
「ぅ…あう……スケ…」
辿々しく何か訴えようとする。
喋ろうとしている。
「どうしたんだい?何か喋ろうとしているのか?」
俺は優しく聞いた。
少女の身の丈は俺の腰辺りまでしかなく、俺はかがみ込む姿勢になる。
恥ずかしがるだけで、少女が俺を物怖じする様子はない。
少女は直感で感じたのだろうか?俺が少女を作った本人だと。
「あ……あ…な、な…たは?」
発音が安定しない。声は幼女そのもので、華奢な声帯を発する。
俺が目の前にいるのに、少女は逃げる素振りもしない。
俺を見る目が純粋で、俺は吸い込まれるように話しかけた。
「もう大丈夫だ。悪い奴は君がやっつけたんだから、もう怖くないよ」
小さい子には優しく接する。俺はちょっと子供が安心出来るように諭す。
すると、少女は無言で俺を抱きしめた。
そこで気付いた。
もの凄く体が震えていた。
そして少女は、何かが込み上げるようにブワッと涙を流し始めた。
「怖かった……食べられるかと思った…」
啜り泣く少女は俺を離さんばかりに抱き付く。
俺は少女を、兄のようにしっかり抱きしめ返す。
「悪かったよ。俺のせいで生まれたお前が苦しんでいるのは見ていられない。苦しかっただろ?辛かったんだよな⁉︎本当に…俺の勝手な妄想で生まれるとは思わなかった。許してくれ…。いや、許せる訳がない。俺がふと思ったのが原因だ。怒るなら…罵るなら構わねえ。俺が全部悪い…‼︎」
少女に感化されるように、俺も涙が出ていた。
罪悪感が一気に押し寄せてくる。
俺の身勝手な妄想で怖い目に遭わせ、こんな場所に連れて来られた恐怖はさぞ怖かっただろう。その責任の重さが胸に突き刺さる。
抱きしめる際に感じる心の安らぎ。俺はこの心地良さに救われた気がした。
俺に顔を埋めてくる少女は何か言いたげに言葉を発する。
「お……お…オニイ……オニイチャン?」
顔を向け、あざとい瞳で俺を見る。
俺の心に突き刺さる。
こんな妖怪にお兄ちゃん言われたら、俺の頭が可笑しくなりそうだ。
「やめてくれ‼︎頼む‼︎俺がどうにかしそうだ‼︎一人っ子の俺にその言葉は……くっ、可愛い奴だな⁉︎俺をお兄ちゃんと思ってくれるんだな⁉︎」
「う……うん。オニチャン…オニイ…チャン……オニイチャン!」
連呼する少女は笑顔を取り戻した。
その笑みは、『雪女』だった時の雪姫が見せてくれた美女の笑みと全く一緒。
不本意ながら、俺は雪姫の笑顔が忘れられなかった。
だから、俺がふと思った中に、雪姫の笑顔が思い浮かんだのだ。
俺が妄想した妖怪は、かなり俺の欲望が入り混じっていた。
しかし、なんで俺が思い浮かべた妖怪が生まれたのか?
その理由はよく分かっていないが、少なくとも2週間前に思い浮かべた想像通りの妖怪が目の前にいる。
理屈は分からねえ。けど、それがどうでもいいぐらい、今の状況を望んでいた。
分華の奴がどっか行ったのを忘れ、俺は見世物小屋を後にした。




