51話 罪深き禁忌
既に幸助が考えているという描写があります。
この妖怪、幸助の願望を詳細に再現したような妖怪です。
容姿を見て、幸助が如何に彼女達を掛け合わせたのかが分かると思います。
それと、ここで一般的に知られる妖怪と少しマイナーな日本妖怪が数人名前だけ紹介してます。前話とは違い、れっきとした妖怪です。
カツ丼を食し、暫く散歩のように妖都を探索する。
ここで、初めて別行動を取る事になった。
「おいテメェーら!」
不機嫌に睨み効かせる分華。
その意図が分からず、九華が質問する。
「分華?一体何に怒ってるの?」
「分からねえか?なんでこいつらといなきゃなんねえんだよ‼︎」
急な拒絶反応をする分華。しかし、理由があった。
「なんだよ分華。今日は何したいんだ?」
「へへっ、ちょっと探索がてらな、別行動がしたいんだよ。ずっと一緒だと寄りたい場所に行けねえし。人選はもう俺の中で決めてるから、後は好きにしていてくれ」
分華は鬱憤が溜まり続けており、流石に10日も経過していれば離れたいのだろう。
姉に言われる苛立ちと悟美に狙われる恐怖は俺も同感だ。
どうせ、俺は一人で行動するだろう。そう思った。
「その人選…どうやって分けるの?」
「決まってるだろ!俺は男だ。だから、こいつと行くんだよ!」
俺は肩を掴まれ、親しげに腕で絞められる。
俺は焦った。分華に俺は選ばれちまったのだ。
「なんでだよ⁉︎普通、一人だろうが!」
「うるせえよ馬鹿。テメェーは俺と来い!」
逆らっても良いが、分華が急いでいるようだった。
まるで、何かに急かされている様子だった。
普段見せない様子だから、何かあるんだろうな。
「後は三人で好きにしやがれよ!俺と幸助は今日行動な!」
「チッ…あんたとかよ…」
「そういう事だ!1日覚悟しろ‼︎」
俺は腕を掴まれ、分華に言われるがままに連れてかれた。
雪姫達も行動を変える。
幸助の方は雪姫が。
悟美達の方は烏天狗達が。
三人は別々に動き、幸助達の安否を影から見守る。
來嘛羅の戯れに付き合わされている事に気付いてなどいない。
10日という半ばに差し掛かり、來嘛羅が面白い企てをしていた。
空間から幸助の様子を窺い、來嘛羅は悪戯に笑う。
退屈凌ぎに、幸助の性格を測ることにした。
知らず内に、幸助は試されていたのだった。
俺は分華に引っ張られ、小さい小屋へ入っていく。
「おい…此処は何処だよ?」
「見世物小屋だが?テメェーは妖怪好きなんだろ?それで思い出したんだ」
小屋というか古屋だな。お世辞にも小屋の中は綺麗とは言えない。
人が十人入れるかどうかの狭さで、連れられるままにイスに座らされる。
「なんだよ、此処でやる見世物って…」
「へへっ、ここはテメェーも変わりもの好きなら堪らねえ場所だ。名のない妖怪が此処に連れて来られてな?荒野や村落の妖怪が見世物にされているんだよ。そいつが使う妖術を見て、妖怪に伝承を付けるんだぜ?そしたら、そいつは自分のものになるってもんだ。どうだ?テメェこういうの好きだろ?」
はっ?
こいつは何言ってんだ?
俺はこんな場所を知らない。てか、妖都にこんな見世物小屋があるなんて知らなかった。
此処は妖都の周りに逸れた妖怪を捕らえ、伝承も名前のない妖怪を見世物小屋で見世物にする。
そして、その妖怪が使える妖術で妖怪の伝承を決めるという。
“ある禁忌”に触れており、こんな見世物小屋でやる事自体が可笑しい。直ぐに見つかる筈だ。
だが、俺は見世物小屋に座っている妖怪と人間に目をやる。すると、何人かは相当な実力者が潜んでいた。
変装しているが、『高女』と『つらら女』、更には見世物小屋の隅に『豆狸』が紛れて潜んでやがる。
知っている妖怪だし、相当な強さなのも分かる。
なんだか良い気分がしない。
それに、俺は嫌な予感がしていた。
妖怪もこんな娯楽に手を出してるのかと思い、少しばかり嫌な思いがした。
更には、腹の中が煮えくり返るような怒りが込み上げてくる。
「おい分華……てめぇ、俺を最低なところに連れてきやがったな?俺は…帰る!」
「ま、待て‼︎今は帰るな!」
怒りを堪えられずに帰ろうとする俺を止めてくる。
「離せよ‼︎帰るって言ってんだろうが‼︎」
「まあ待て。今は帰らない方がいい。ヤツらは俺達を逃す気がねえみたいだ」
さっきのはしゃぎようは失せ、分華は俺に小さく呟く。
俺はチラッと辺りを確認する。
分華の言う通り、妖怪達は俺を獲物のように見てやがる。
俺は冷静になり、席に座り戻る。
よく考えれば、この場に来た時点で俺は不味かった。
だが、他にも可笑しな点に気付いた。
「ありがとな、止めてくれて。ちょっと…見世物を見せて貰おうか」
分華に礼を言って、この気色悪い見世物を暫く観ることにした。
見世物小屋の支配人らしき奴が現れた。
『大変お待たせしましたー!司会を遣わされたデビィー・ボンでございます!』
でっぷり腹に油が乗っているような男で、欠けた歯や不衛生な髪が特徴的で、生理的に近寄りたくない。
身嗜みだけは一級品で、着こなしのスーツを着用している。腹が大き過ぎてはみ出している。
『さあさあー今日は三人の妖怪をこの場所に招き、新たな妖怪としてその名を刻んで貰いましょう!』
支配人が招き入れた妖怪は三人。鎖に繋がれ、三人とも虚ろな瞳で視点が定まらない。
二人は鬼のような見た目が特徴的、多分だが男だと思う。
しかし、一人の妖怪を見て絶句した。
雪のように輝く銀髪とつぶらなシリウスの目、無名と同じ白いワンピース。
無名の見た目に雪姫を染めたような容姿。
そんな美しさにプラスするように、白い大きい尻尾と狐耳を生やしている。
見覚え、というか俺は知ってる。
……俺は罪人だ。
この妖怪、俺が妄想した妖怪だ…‼︎
何故言えるかって?
妖怪が絶えず生まれると聞いた時、俺が咄嗟に居て欲しい妖怪を思い浮かべた。
來嘛羅がそう言った時、俺は思わず願ってしまったのだ。
——創作した妖怪と出会えますように……。
え?マジで叶ちまったよ⁉︎
なんでこんな早く生まれたかは知らないが、とりあえず俺が悪い。
『この妖怪達は素晴らしき人間の手によって生み出された妖怪!姿・形・伝説・妖術‼︎全て人間が思い描いたもの。しっかーし‼︎この妖怪は残念ながら意思疎通をしてくれません。ですので、このような形でありますが、彼らに名を与え、人間へと戻って貰いましょう‼︎』
支配人がそう客に言うと二人が暴れ出す。
意味を知っているのだ。彼らは名前を欲しがらない。
純妖ならば異能を獲得するが、混妖だとそうはいかない。
名前を付けられれば人間へと退化し、本来の人間よりも弱者になってしまうのだ。
それを本能で察し、鬼化している二人は鎖を解こうと暴れ出したのだ。
『活きの良い妖怪でしょう⁉︎では、暴れている者から順に名を刻ませてあげましょう‼︎』
二人は更に暴れる。しかし、頬には涙が伝っている。
俺は今すぐにでも助けたい。
だが、俺が動けばややこしくなる事は明白。迂闊に俺が出て行くわけにはいかねえ…。
騒ぎを起こせば、悟美達や雪姫に迷惑を掛けてしまう。
だがこの際、“ある禁忌”が、如何に恐ろしいのか見ておきたかった。
『名付けは一人五千円!さあ、彼らに相応しい名を頂戴するのは一体誰か⁉︎』
随分と儲けのいい値だな。五千となれば胡散臭い商売だと誰もが言うだろう。
だが、これは払う側にも利がある。
名付けには、方法が二つある。
異能による名付けだから気にしてなかったが、別の方法があると來嘛羅が話してくれた。
愛情か金で出来るみたいだ。
ひとつは、相思相愛による愛を誓い合った者同士の名付け。
これはかなり難しく、妖怪が他者を本気で恋する必要がある。
片方が熱情を持つ人間であっても、妖怪がそれに勝るとも劣らずの熱情を抱いていなければ名付けが出来ない。
しかし、名前を貰った妖怪は伝承とは異なる存在と認識される為、妖怪は人間になってしまう。
“ある禁忌”として行為を禁じられ、犯した者の代償として妖怪は力を失う。
もうひとつ、この名付けを愛無しで成し得る術がある。
それが金だという。
巫山戯てるよな?俺も最初思った。
だが、妖界は面白い世界で、ことわざが現実として起きうる場所。
聞いた事ある言葉を実践したのだ。
——愛は金で買える。
この原理に気付いたのは、『天毎逆』という太古の妖怪。
変化を研究している妖怪の一人であり、彼女がこの名付けの原理を説いたのだ。
試行したら、すぐさま結果に繋がった。
それからというもの、見世物小屋と称して、“ある禁忌”を密かに行われているのである。




