47話 見守る妖怪
ちょっと分量多めです。
そりゃあそうですよね。分華と九華は狙われの身です。こんな簡単に外に出れるのは、來嘛羅のお陰でしかありません。
そして雪姫が恐ろしい行動に走っているのも少し恐怖……。
少し一波乱ありますので、楽しみにしてて下さい!
ところで、このメンバーでリーダーシップ取れそうな奴いるのか?
仕切れる奴がいないと落ち着かない。
俺は確認をとってみる。
「20日間過ごすんだが、あんたらの中でまとめ役できる奴はいねえのか?」
「はっ?テメェ何言ってんだ?」
「そうよ。別に要らないと思うけど?」
双子は意味が分からないと首を傾げる。俺は大学通っていた頃を言ってみた。
「いやなに、俺らの中でサークル長とかあっただろ?こういう交流の時はそういう奴がいるって決まってるんだよ。ただ遊ぶだけじゃつまんねえし。まとまりを意識するんだったらリーダー要るだろ?」
悟美達はまったく理解出来てるように見えない。それどころか、双子も何やら考え込んでいる様子。
そういえば、悟美と紗夜は100年前の人間だったな。明治か大正に生まれた頃じゃ大学は行ってねえのかも知れねえ。
「なあ、悟美と紗夜はいつからこの世界に居たんだ?」
俺は二人に聞いてみた。
「う〜ん、多分生まれた頃からずっとこっちだわ」
「わ、私は……122年前の5歳の頃ぐらい。それ以外は……」
悟美は参考にならねえが紗夜の方は正確に覚えているみたいだ。でも、肝心な俺の質問を答えてくれる気がしない。
「あ、そっか。じゃあ分かんねーよな?あんたらに聞いたのが不味かったな」
知らない事を聞いても意味ないと思った俺は、この話題を持ちかけたことを後悔する。
双子も何か知ってる風な感じはねえし、俺より若い時に来たんだろうな。
俺の結論としては、こいつら全員が大学を知らない。
大学自体を知ってるかも知れないが、通ったことがないんだろう。妖界の世界に学校のようなのはねえし。
学校といえば、誰かがほざいていたな。
お化けは学校も試験もないってな。
その後、何事もないように全員がその話題を聞くこともしなかった。
妖都:夜城は1週間あっても回れない。摩天楼や巨大な城、数千店以上構え、老舗・新店舗問わず妖都を埋め尽くす。全てを徒歩で渡り歩くのならひと月も掛かる。
乗り物や妖術があれば移動は短縮される。
妖都だけで広大な広さを誇る。最都・古都・怪都は妖都と同等の地脈を持ち、それ相応の守護者である太古の妖怪が生きる。
來嘛羅のように一人でその役目を担う都市があれば、怪都のように数十人が都市を守護する形もある。
都市やそれに連なる町は管理され、人間や妖怪もその町に順守した生活を与えられる。
秋水の妖都征服計画により、人間と妖怪は一時的に犬猿の仲へ堕とされたが、秋水が地獄へ堕ちたことで仲は綺麗に解消された。
秋水が拠点にしていた地下は、元々來嘛羅が避難用で妖都と同じ広さで造った地下空間だった。
妖都が崩壊したことで地下空間を無くした。妖都崩壊の際、甚大な被害を生み出してしまった要因は不要と判断し、來嘛羅は二度と造らないと誓った。
地下空間を無くした代わりに、來嘛羅は緊急事態に備え、あるものを造っているのを誰も知らない。
俺らは妖都最大の摩天楼に匹敵する城の周辺を散策した。
「おっ‼︎たこ焼きあるんじゃねえか!食おう!」
勝手に歩き回る分華は次々と店で購入していく。
「あーまた始まった」
呆れを露わにする九華。
「何が始まったんだよ?」
「弟は手当たり次第買っちゃう癖があるのよ。はぁ…喧嘩といい買い物といい、分華にはいつも困らされてるものね」
「普通に良いんじゃねえのか?あいつ、凄く楽しそうで」
「…そうね」
分華は目に付いた商品や食べ物を持ちきれないぐらい買った。俺達はそれを見て微笑ましいものだと思い込んで他人事のように見ていた。
俺でもドン引きするぐらい買ってるから他人として関わりたくねえ。
「ヘヘっ!たくさん買ってきた。九華の分と紗夜の分…あとはテメェの分だ」
「あれ?私のは?」
悟美以外全員に大量に買ったたこ焼きを渡す。分華が悪い顔して悟美に嗤う。
「テメェにはねえよ軍服女。俺の機嫌を損ねた返しだよ」
「分華!悟美にもあげなさい」
「はっ?ヤダよそんなもん。俺の機嫌を何回も悪くしたヤツにあげ——ッタアー‼︎」
九華にゲンコツを食らわされ痛がる分華。
「悟美にちゃんとあげなさいよ。ほら、分華が持ってるたこ焼きを」
痛がる分華から強引に奪い、たこ焼きを悟美に渡す。
「えへへ、ありがとう」
「どういたしまして。ごめんなさいね、ホント巫山戯てるよね?」
「私は良いわ。たこ焼き、自分で買えたから」
「いやいや、アタシ達は烏天狗さん達にお小遣い貰ってるし、あのバカ弟の為に叱ってくれてるだけでも助かるのよ」
「じゃあ後で私が仕置きしてあげる。大丈夫、加減はできるから」
「ごめん、やっぱりやめて欲しい」
最初に出会った頃より随分と理性的な奴だな。
九華が派手に技を出していたから短気かとそればかり思ってた。
しっかり分華を面倒見ている九華は凄いな。
姉と弟ってだけでこんな違うもんなのか。俺も兄弟とか欲しかったな。一人っ子だった俺の身としては、姉かお兄ちゃんでも欲しかった。
双子を俺は羨ましいと思った。
「手は出さないでおくわ。でも、次こんな形で揶揄ったら…分かるかしら?」
悪戯小僧みたいに笑う悟美。九華は渋々謝って場が収まった。
「収まったなら行こうぜ。後2ヶ月で俺は暫く帰れなくなるからな」
俺は些細な喧嘩やアホなことで時間を潰したくない。一刻も早くこの都市を堪能したい。
「でも…まだ始まったばかりです。あ、焦らなくても…」
紗夜は焦らずに町を回りたい。反対しようと思ったが、俺以外は紗夜の言葉に否定はしなかった。
「そうね、紗夜の言う通り」
「俺も」
「幸助君は焦り過ぎ。きちんと町を見ていかないと落ち着かないわ」
「マジかよ…」
よく考えたら急ぐ必要ねえな。
勝手に輪を乱すのなら別だが、生憎、俺は妖怪に睨まれるような行動は避けねえと。
雪姫がずっと気にしていたからな。
俺の周りに敵意を向けてくる奴らがいるって……。
幸助達は悟美や九華に連れ回されるように次々と店を回った。
たこ焼きやアイスクリーム、たい焼きといった日本文化にも存在する食べ物を堪能し、服屋や宝石店、釣り堀などを午前中で回り、昼食まで停止不可だった。
しかし、幸助は雪姫に忠告されていたことを再び忘れていた。忍び寄る魔の手がすぐ近くだというのに。
幸助や秋水の部下だった九華達を狙う輩は待ち構えていた。
町の隙間から彼等は機会を伺う。
数は三人。名はなく、その力は並の妖怪に及ばない。しかし、隙さえあれば刺し違えるほどの実力は持っている。
「おい、あいつらだ」
「ケッケッケ、オレらをコケにしやがった双子までいるぜ」
「あの双子はお前らに任せる。俺はあの“放浪者”を殺す」
三人の標的は既に定められている。幸助、九華、分華の三人を狙うつもりだ。
「待てよ兄貴。流石にあいつだけはやめとけって」
「あっ?怖気ついたかデブ」
「怖気ついたならいい。閻魔大王様が恐れていたと噂する人間だ。抹殺して名を頂戴しよう」
彼等は名を欲するが為に、名を持つ人間を標的にした。名は自ら名乗る事は許されず、人間によって名付けられなければ名は得られない。
彼等の計画はあまりにも杜撰で成功する確率は低く、幸助を拉致って名を貰い、その後すぐに始末する腹だ。
だが、一人は頑なに幸助の始末に反対する。
「兄貴、あの人間が『雪女』を手懐けているって噂もある。もし、それが本当だったら…」
「ケッ、ビビリが!そんなもん妖界では嘘が多いんだよ!噂に惑わされやがって!」
「そうだな。お前は臆病過ぎるんだ。そんな噂を信じるほっ——」
一人が突然声を止めた。それは、あまりにも唐突な出来事だった。
一人の首が地面に転がり、血が地面を汚す。死装束を着た女が刀で首を刎ねたのだ。
二人は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
「……あなた方には死んで貰う。幸助に手を出す考えをしたのは誰?」
自分達でも気付かなかったのが可笑しいぐらいの距離から声が聞こえる。声の主を見た途端、二人はその妖怪を恐れた。
「ヒィエエエー‼︎」
「そ、そんなバカな⁉︎」
噂を聞きつけたかのように登場した雪姫は静かに問う。
「殺すことに躊躇いなかったそこの人には消えて貰った。さあ、あなた方のどちらかは肯定していたね?凍らされるか斬られるか、どっち?」
冷たく問いかける雪姫の圧は名のない妖怪には死を早める。
二人は醜く命乞いをする。
「すいませんでした!もう二度と三人には近付きません!」
「はい!その通りです!改心しました‼︎」
雪姫は足元で土下座する彼等を見下す。
恐れている心は直ぐに判別できた。自分を恐れ、必死に命乞いする二人を見た雪姫は刀を二人の頭の近くに刺す。
「あなた方は私を恐れている。私に恐れるばかりで、あなた方は人の子を恐れていない。私の目にはそう見える」
二人は微動だにしない。否、する事ができなかった。
少しでも動けば斬り捨てられる。二人はそれを察して姿勢を崩せなかった。
雪女は『雪姫』の名を持ちながら力を失わず、今や知らぬ妖怪などいない。妖都征服阻止における『雪姫』の活躍は他の妖怪に認められている。
一方、単なる自己目的のために動いた彼等は名もなく、妖術もほぼ使えず、弱い存在を殺すことに躊躇いがない。
力の差は歴然。
雪姫によって、彼等に鉄槌が下される。
「私から奪った妖怪が誰だったの教えてあげる。あなた方のような名のない妖怪に食べられたの。助けて、助けて…助けたのに食べられた。私の大事な人を奪い続けておいて、のうのうと生きる妖怪が私は嫌い。今更、妖怪に情を抱く理由がない」
言葉の節々に怒りが入り混じる。雪姫の屈辱が刀に力が入る。
「っ‼︎待ってくれ!」
「待たない。人を脅かす妖怪はゼロからやり直しなさい。その人喰らいの穢れた魂が砕かれ、心からの謝罪をしなさい」
容赦なく二人の妖怪も生を断ち切られた。
その様子を見ていた烏天狗は恐ろしいと感じた。
「雪女、貴様…」
「見ていたのね?人の子を身勝手に襲うものだから私が手を下した。間違ってる?」
「間違っているとは言えないな。俺も悟美らが危機に晒されている時は迷わずだな」
「そう…まだ他の刺客がいる。幸助達の交流を邪魔者を食い止めるためにあなたの力も貸して頂戴」
「あ、あぁ…」
雪姫の心配は的中した。
幸助を狙う妖怪は多く、その影は自分にしか祓えない。そう思い、雪姫は陰から身の安全を確保する。
やり方は以前とは違う。威圧や脅しではなく直接的で、まるで自分の死期を早めるような愚行。最悪、他の人間や妖怪を敵に回しかねない。
何故、ここまでして人間の身である幸助を庇うのか?
「しかし雪女よ。あの人間を少し過剰に過ぎないか?知られたらタダでは済まぬぞ?」
烏天狗は警告する。しかし、雪姫はその言葉を受け入れない。
「違う。幸助は私を拠り所にしている。あの子は自分の弱さを見せてくれた」
「ん…それはどの人間にもある話だ。悟美や紗夜だって…」
「それはまだない筈。あの二人が胸の内を明かした時はあった?」
逆に雪姫が質問し返す。烏天狗は口をつぐむ。
悟美と紗夜は一度たりとも本心という表現を晒した事がない。それを思い返し、烏天狗は何も言えない。
「ほら、あなたはまだ人の心を本当の意味で知らない。牛若丸という人間を相手にし、幾人かの人間を保護してきたあなたでもその心を知る術がなかったのね」
「っ…」
「私を睨んでも仕方がない。伝承に語られるといっても妖怪の本心は誰にも理解されない。私はただ、雪に迷える人の子を救いたかった」
『雪女』という伝承に従い、彼女は数多の人間と接触を図った。
しかし、それらの殆どが悲運な結末を迎えるものばかり。
伝承通りに人間界の妖怪は従い、伝承のままに人の前に現れる。
悪を働く者、何も為さない者、正義を果たす者、生死を左右する者、国の転覆を目論む者など数え切れない。
その中で、自身の意思とは別に従わざる得ない妖怪も存在する。
『雪女』はその美しい美貌と死装束で死を運ぶ死神と恐れられ、古き時代より雪の妖怪として畏れられた。
そんな彼女は『雪女』という名が嫌いだった。名を誇れず、名に畏怖すらしていた。
無意識に助けを求めていたのかも知れない。
少なくとも、妖界では珍しく人の殺生をしなかった彼女は人間を保護しようと尽力した。
しかし、『雪女』と恐れられた彼女を理解できない者は離れていく。
『雪女』の呪いのようなものがあったのか、彼女と出会って数ヶ月過ごすことができずに立ち去り、妖怪に襲われ、不審死を遂げる者が後を絶たなかった。
光明が視えず、自身の人生を呪った。呪っても救われない心を救ってくれる人物を自ずと欲する。
誰でもいい。こんな自分を救う誰かと出会いたいと、そう思い焦がれて………。
時が経ち、消耗し切った心は報われた。
松下幸助という一人の人間を救い、家に招く。
しかも、時が経った影響なのか、将又、幸助自身が特殊な人物だったのか、自分の正体を知っていた。
それどころか、『雪女』である自分を全く畏れず、自分の境遇を知っても尚、それに腹を立ててくれた。話を聞かせたら逃げ出す人間ではなく、自分を可哀想だと腹を立ててくれたことに報われた気がしたのだ。
腹を立ててくれたことに喜び、幸助の本当の保護をしたいと思った。
更には、“ある禁忌”である名付けをして貰った。
名を『雪姫』と頂戴した。
加護は与える人間に強い感情があれば与えられる秘術。人間を本当の意味で保護を可能とし、自分の庇護を受けられる。受けた者は妖術に対する耐性を獲得し、時には個人の潜在能力を開花させる隠し要素もある代物。
大事な存在だからこそ、与えるべきものとして存在する加護を彼女は幸助に授けた。
最初に自身を本当の意味で救ってくれた。それが雪姫の心情を変化させたのかもしれない。
それと、雪姫は幸助に助けを求められた。臆病な側面を明かされ、本当の幸助を知った。
その心中を打ち明けられても尚、揺るぎなく彼に尽くしたい。
『雪女』としての心理なのか、それとも『雪姫』としての心理が働いたのか……。
雪姫は影から幸助を眺める。
「あなたの安全は私が全て叶えてあげる。20日間、気を損ねる事なく楽しみなさい」
慈愛に満ちたシリウスの目が灯る。
雪姫は切実に願う。幸助の安全を見守る。




