44話 不運な時代生まれ
すいません、大分お待たせしてしまいました。
就職活動が詰まっていまして、とても書ける状況でも投稿する余裕もありませんでした。
今回は長めの長文であるので、目が疲れやすい方は気を付けて下さい。
來嘛羅は表情を真剣にし、これから始まる放浪の旅について話してくれることになった。
結界の中であるが、誰も立ち入れないように強固な結界を二重に張り巡らし、來嘛羅は飾られた椅子に座り込む。
不思議なことに、また俺と來嘛羅の二人だけで話すみたいだ。
「さて、幸助殿よ。20歳を迎えればお主は妖都を旅立たなければならぬ。“放浪者”というものがなんなのかを知って貰わなくてはならぬ。よいか?何も言わなければ話を止めぬ。聞きそびれがあった場合は聞き返すのじゃぞ?」
「了解。俺の今後に関わることだから遠慮なく質問するぜ」
「そうじゃった!お主の連れの者を一人、此処へ喚ぶとするかの」
何かに気付いたようで、來嘛羅は誰かと話し始めた。
1分しない間に吹雪が俺の横から突如吹き荒れ、俺のよく知る雪姫が現れた。
喚ばれた雪姫は來嘛羅を見ると冷たく睨んだ。
「化け狐、私と幸助の旅を邪魔する気?」
ん⁉︎なんで怒ってるんだよ!
「おい、來嘛羅は別に邪魔しようなんて言ってねえぜ?」
「…さっきまで化け狐に懐柔でもされたのでしょ?」
「…怒ってるのか?」
「別に……」
ホント、來嘛羅と出会ってから機嫌悪い時が多いな雪姫は。
なんで俺と來嘛羅でいると怒るんだ?分からねえな。
「これ!また見せつけるか?妾が時間を割いて其方らを導いてやろうと言うのに、其方は妾に敵意を向けるでない」
「煩い。幸助を誑かす化け狐に何を言っても構わないでしょ?私は事実を話してるに過ぎない」
「おい、言いがかりはやめようぜ?」
「幸助…」
雪姫は渋々と黙り込んだ。
雪姫が静かになったことで、來嘛羅が全てを話してくれた。
俺が知るべき全てを。
まずは、九尾狐の正体。更に、妖怪の誕生する経緯だ。
「妾の本来の姿は九尾狐の根源じゃ。妖界が誕生し、閻魔が同時に概念として生まれた頃、妾も概念として生まれた。人間という知能を有した人類が人間界に現れ、自然を恐れた人間が壁画や書物に妖怪…否、まだ人間が妖怪という文字すら分からぬ状態で記しおった。その瞬間、妾は神獣として生を受けた」
妖怪としてではなく、神獣として妖界に生まれたと言う。
しかし、妖界は妖怪や幽霊しか受け入れない。神や神獣としか崇められていない架空生物は天に封じられ、妖界に訪れることは許されない。
神は人間界に訪れることは許され、天地創造より多くの神が人間に手を貸してきた。
しかし、現在は神は息を潜め、人間界に干渉することはなくなったという。
妖怪として妖界と人間界を行き来するには、“妖怪”という伝承が僅かでも記されていなければならない。
「人間が妾を妖怪として恐れ、妾は神獣から霊獣、そして怪物・妖怪として認知されるようになったのじゃ。妖怪は人間の感性や思想で変化する生物。もし、神が妖怪として一度でも伝承に記されるものならば妖界に堕ちてしまう。妖怪に堕落する者は多いのじゃが、少々厄介な力を持っておる」
神や神獣も、人間に妖怪と記されれば、神であろうと妖界へ堕ちることが可能になる。
だが、神や神獣だった妖怪は、他の妖怪とは違うものを持っている。
「元々神であった時に記された力を扱える点じゃ。じゃが、その者は妖界の秩序に反する行為を嫌う故、刺激さえしなければ出会うことはあり得ぬ。妾もその一人なのじゃがな」
神だった妖怪は特に秩序を保とうとする。そのため、余程の危機がない限り、神に属する妖怪が出現することはない。
そう言ってしまうと、本当に來嘛羅や閻魔大王は働き過ぎに見える気がするんだが。
九尾狐は最初は神獣として神の使いだった。それから霊獣となり、怪物として記されるようになり、妖怪の妖狐、太古の妖怪として『九尾狐』が生まれた。
「神は均衡を保ち、人間の善悪を全て掌握する。妾すら辿り着けぬ叡智に至る者ばかりじゃ。羨ましくは感じぬが、やはり神が妖怪として記されてしまう度に妾の心労は募るばかりじゃ」
近年は妖怪として言われている神々が多い気がする。
それが來嘛羅の不安を増やしてんのか?なんか不思議なものだな。
「止める術は…?」
「ない。あるとすれば、人類が滅ぶ以外になかろうて」
「そんなことは誰も望まない。化け狐は人間界を根絶やしを考えてはいない?」
雪姫も怖えこと言うのかよ⁉︎
「それは心配するでない。妾が滅ぼしたいと思うことすらない。人間は妾妖怪の要じゃ。丁重に扱い、望むがままに死を与える。善人には天に昇る夢を。悪人には地獄へというのが妾の信条じゃ。決して安易に殺生は行わぬ」
來嘛羅は無用に人殺しをしてなくて安心した。
てか、意外と伝承通りじゃねえ部分もあるじゃないか!
「九尾狐って人の魂を食らう妖怪。俺はそれを知っているが、來嘛羅は違う気がする」
來嘛羅は不思議そうに顔を覗かせる。
「ほう?妾が人喰らいではないと申すかの?」
「いや、そうじゃねえんだ。來嘛羅は断じて無惨に人を殺めないってことだ。ちゃんと善悪を見て判断して手を下しているんだったら、凄い良い妖怪なんだなって」
「ンフフフ!お主は素直に妾を見てくれておる。全員じゃったら無駄が生まれることはなかったじゃろう」
無駄?何が無駄なんだ?
「無駄って妖怪のことか?」
「……違うの」
來嘛羅の雰囲気が一気に冷たくなった。
空気が冷え、俺は來嘛羅の目を見て萎縮してしまった。
見開く目は狐目と変化し、來嘛羅の怒りを感じた。
金瞳が輝き、その眼差しは俺を凝視する。
「人間じゃ。浅ましい智恵によって、多くの不純物を生み出しおった。お主も閻魔大王の話を聞いたじゃろ?現代妖怪について」
「ああ…」
「浅はかな智恵で生まれた妖怪は憐れなものじゃ。知性を吹き込まぬ伝承が多く、人に危害を加える妖怪ばかりじゃ。妖怪とは一時の現象で生まれてはならぬ。古代、原始、歴史、中世代までは妖界は平和じゃった。詳細に記された妖怪は人並みに知性を持っておる。じゃが、興味本位で生み出されてしまった妖怪は違う。妖界を知らぬ者が暴れ、多くの被害が出ておる」
「その妖怪というが、ネットから生み出された現代妖怪ってわけなんだよな?」
インターネットや何かしらのサイトに現代妖怪は広められていたのを俺は見た。
アレは妖怪であるが、なんか恐怖心を煽るものばっかりに感じた。
「現代妖怪は恐怖心を糧に強さを増すしか知らぬ。日本妖怪や中国妖怪のように神や人間の姿、感情を吹き込まれずに、ただ恐怖を対象にする。いとも簡単に人間に危害を加える記述が多く、討伐処置も何も書かれておらぬ妖怪も存在しおる。太古より欠点を一度も見せておらぬ閻魔は兎も角、妾や他の妖怪を滅ぼせる存在じゃ」
現代妖怪は除霊や討伐方法が記されていない伝承が多く、出会ったら死に繋がる妖怪が殆どだ。俺だってそんな妖怪に出会うなんてごめんだ。
「妖怪を記す際、古来より人間は弱点という欠点を与える。当然、妾にもそれは与えられておる。じゃから無闇に生み出してしまった現代妖怪というのは脅威でしかない。妾が知る限り対処が無理じゃと判断した者は数え切れぬほどに」
妖怪を滅ぼす。俺にとっては悪夢そのものだ。
俺は本物の妖怪に手を下したくはねえ。
「でもそうだったな…。來嘛羅もそういうの抱えてるんだった」
「お主は妾の伝承を熟知しておる。それも、誰よりも誇れるほどに。恐らくじゃが、妾以上に九尾狐という妖怪を知っておろう」
こんなに褒められるだなんて嬉しいな。
照れ臭い気分になり、俺は少しニヤけてしまう。
「そして…お主は玉藻前についてよく知っておる」
來嘛羅が本題に入った気がした。俺は口の緩みを直し、來嘛羅に聞く。
「俺も知りたかった。なんで來嘛羅が玉藻前じゃねえんだ?」
九尾狐は確かに種類が多い。
妲己や華陽夫人、クミホ、褒姒が代表的だ。
特に、玉藻前はこの四人の誰よりも知名度が群を抜いている。
俺が知る限り、人名を有した九尾狐は五人。俺は來嘛羅を玉藻前だとばかり思っていた。
「最初に言ったが妾は九尾狐の概念と称される存在、つまり、妾は妲己、華陽夫人、褒姒、クミホ、玉藻前の根源妖怪とも呼べる存在じゃ」
俺と雪姫は目を合わせて驚いた。
「化け狐が六人⁉︎こんな事実、知らない」
「六人は知らねえぞ⁉︎」
雪姫は驚く。俺も思わずデカい声で驚いた。
來嘛羅は静かに諭す。
「これ。妾の正体を晒してこの有様では保たぬぞ?まだ序の口と言ったところじゃからな」
「い、いやでもよ、來嘛羅がその六人目っていうのがびっくりもんなんだよ!俺が知らない九尾狐はいないとばかり思っていたのに…」
羞恥心や嫌悪感、罪悪感を一気に味わった。
俺が知らない九尾狐がいるだなんてマジかよ⁉︎
叫びたくなる事実だ。來嘛羅が好きなのにその來嘛羅を知らねえ俺が恥ずかしいじゃねえか‼︎
混乱するばかりだ。ここまで俺が取り乱す事実を本人から言われ、泣きそうになるぜ。
「気を立てるでない幸助殿。じゃから言ったじゃろ?妾を好んでくれる者がお主で良かったと」
「え……?」
「妾は概念妖怪、それ故、妾を好む人間や妖怪は誰一人居らんかった。否、妾の血肉を求める妖怪や人間が幾度なく挑んできた。全てを血の海に変え、妾はこの妖都を守護してきたのじゃ。彼奴らのように恋沙汰も抱く時間がないほどに」
もの寂しく俺を見る。
なかなか話しが理解できなかった俺だが、來嘛羅が妖都に身を置いている理由が分かった気がする。
俺は來嘛羅の言いたいことを理解した。
「なあ來嘛羅。妖都を守ってきたのはこの都市にいる妖怪や人間のためじゃないんだろ?來嘛羅の持つ何かを守るために妖都に身を潜めた。そうなんだろ?」
「幸助?あなたは何を言ってるの?」
「どうなんだ?來嘛羅」
來嘛羅は黙り込んだ。その表情は珍しく本音で言い渋っているようだった。
俺にも言いにくそうなことほど、ソレは重要な秘話なんだろう。
扇子で口元を隠し、一時考え込む。
「うむ……。お主と雪姫ならば話して良かろう」
決心したかのように口を開く。
「妾が先程、神獣と申したじゃろ?幸助殿なら分かるはずじゃ」
俺に敢えて質問してきた。
俺は來嘛羅が言いたいことを躊躇いなく言った。決して悪気があるわけではない。
ここで來嘛羅が問題として抱えている事を曝すのが良いと考えた。
「どれぐらいの妖怪が知っているか不明だけど、九尾狐が神獣の時の伝承が元になっている。それは、神獣である九尾狐の血肉を食らった者には恩恵がもたらされる。人を食らう妖怪の側面と吉凶を運び込む神獣である概念的存在の來嘛羅の血肉を食ってその力を得るだけじゃなく、あらゆる妖怪からの妖術や能力を跳ね除ける加護を得る。で、合ってるんだろ?」
狐は古来より精霊や妖怪同等に見られ、なんらかの力を持つ特別な動物とされていた。年を経て妖力を増した狐は尻尾が増えていき、最終的には九本まで増えるといわれた。これが九尾の狐である。
その際、中国の伝承には九尾狐の血肉を食らうことで特別な力を得ると記されている。
皮肉な話だよな。人が動物を食べて栄養を摂るように、妖怪を食べて力を得るんだから。
俺には許容出来るものではない。力を得たい為に好きな人が食われてたまるかよ。
ん?待てよ……。
俺、何か忘れている気がする。
気のせい、か?
「合っておる。妲己や玉藻前には彼奴らの血肉に意味はない。妾のみが、他の者に食われることで妾の力を得られる。得られる生命力は限られておるが、常識外の力を扱えるようになる。事実を知るのは閻魔や他の九尾狐、一部の太古の妖怪のみじゃ」
やっぱ合ってた。そして、それらは“ある禁忌”と同様だと言う。
「化け狐、今話したことで気になったことがある」
雪姫は肝が据わったように静かに聞く。
「なんじゃ?」
「一体、誰に狙われているの?」
知りたいことはちゃんと聞くのが雪姫の長所なんだろう。元々、俺に聞きたいことがあれば攻め寄ってでも聞いてきたし、兎に角、雪姫は知得しないと落ち着かない性格。
「やれやれ。幸助殿と同じく其方も率直に聞くの。雪姫は名を貰ってから裏表がなくなったかの〜?」
「巫山戯ないで。私の質問に答えなさい」
揶揄う來嘛羅に容赦なく冷酷に聞く雪姫。
「分かったのじゃ。じゃが、やっと本題に入れるから助かるものじゃ」
來嘛羅が肩の荷を下ろしたようにリラックスし、一息吐く。
「教えて。あなたを狙う妖怪は誰?」
「妖怪だけではない。じゃが、最も妾を欲するのが、中国大陸を渡り、日本の地を踏んだ玉藻前じゃ。彼奴は概念である妾の力を全て欲するが為に、幾度もなく刺客を送り込んでおった」
これは初耳だ。というか、かなりヤバい案件じゃねえのか⁉︎
妖都が狙われているって、秋水の奴だけじゃねえのかよ。
そっか……。來嘛羅が食らう人間って、もしかして…。
「……刺客全員、食ったんだな?」
俺は重たく問うた。
來嘛羅のしてきたことを俺は察した。理由なく食べるわけはなかったんだ。
罪人である人間を食らうことで、來嘛羅自身の罪悪感がないのだ。
來嘛羅が邪悪な笑みを見せた。
「そうじゃ。妾はその人間全てを美貌で誑かし、逆に血肉を食らってやったのじゃ」
雪姫の顔が青ざめ、みるみる悲しみの混じった殺意へと変わる。
恐らく、刺客だった人を騙して食った來嘛羅に対する怒りなのだろう。
それに対し、俺は來嘛羅の言葉と表情に胸が高鳴った。
こんな怖い事を言うのに俺は怖いと感じなかった。それどころか、こんな妖怪が俺の前で本音で語ってくれているのだと思うと、喜びに震える。
感性が可笑しいなら笑えよ。
俺は九尾狐の本音が知りたかった。
恐怖よりも好奇心が勝り、今の心情は最高潮に達している。
「自分を守る為に必要な手段だったのが食らうことなら、俺は來嘛羅の行動に異を唱えないぜ」
「幸助…⁉︎」
「うむ。分かってくれるのじゃな幸助殿」
「ああ!俺は來嘛羅の言葉を信じる。玉藻前に狙われているのなら正当防衛ってわけだ。雪姫が信じなくても、俺は信じてる」
雪姫が冷たく俺を睨んでくる。
「幸助。この化け狐は嘘を吐いてる。人の子をそんな簡単に殺す化け狐の言葉を信じないで」
俺はムカっとした。
「流石に怒るぞ⁉︎來嘛羅がこんな場所で嘘を言うわけがねえだろ!雪姫は直ぐ否定に入るなよな⁉︎俺は信じてんだ!助けられた身として信じるのは、恩を返すのと一緒だろうが‼︎」
來嘛羅が嘘を吐かない。少なくとも俺の前では。
好きな人を信じるのだって、俺なりの気持ちを信じてえんだ。
俺の恋は本物であると‼︎
「……分かった。けど、幸助?私も化け狐に助けられた恩は感じているけど、それはあくまで幸助を地獄へ堕ちずに済んだからに過ぎないの。もし、あなたが地獄へ行くのなら一緒に行くつもりだった。あなたが一人にならないように、私はあなたを守りたい。私が言いたいのは……幸助自身の安全。これから外へ放り出され、化け狐の命を狙う玉藻前を捕まえなければならない。だからこそ、私は化け狐の言葉を信じられない」
胸を掴み、雪姫は苦しそうに俺に訴える。
俺は雪姫に対して悪い気がした。
「言い過ぎた…悪かった」
「そう……でも幸助、あなたが妖怪の言葉を疑わないのは知ってる。せめて、疑う心は捨てないで」
なんか絆された感がある。
「分かった。ちゃんと頭に入れておくから」
あーあ、また本題から外れちまったよ。
來嘛羅が苦笑いして待っているのが目に映る。
「のう…話を聞く気はあるかの?」
太古の妖怪も、こんな会話に苦笑いしてくれるっていうのが分かって、人間らしさを感じた。
一度切り替え、漸く今後の本題に入れた。
「ふむ、幸助殿と雪姫には妾の代わりに成し遂げて貰わなければならないのが、閻魔の前で声明した“三妖魔”の連行じゃ」
漸くだ。俺は体に力が入る。
「その三人は強敵…そもそも、俺なんかが相手になる妖怪なのか?」
“三妖魔”の強さはよく分からない。來嘛羅の実力もよく知らないから測りようがない。
「無理じゃな。彼奴らは中世に存在した伝承に記され、時代を追うごとに追記され続けておる。その強さは妾すら計り知れぬものとなっておる。並大抵、お主や雪姫では太刀打ちは無理であろう」
はっきり言われちまった。それどころか、來嘛羅すら理解出来てないと言う始末。
無理じゃね?
「秋水をぶっ倒した時の強さでもか?」
「あの程度で彼奴らが倒れるものならたかが知れておる。江戸に創作された妖怪が近年弱体化しておるのに、“三妖魔”は逆に力を増しておる。八岐大蛇や閻魔大王は強さが変わらぬというのに彼奴らだけは特異なるあやかしなのじゃ」
この世界における妖怪は、伝承の認知度で強さが左右される。
常に噂される妖怪なら兎も角、平安時代や江戸時代に一時的に広まった妖怪は最近は弱くなっちまった。
そのせいで、秋水の野郎にいいように操られちまったそうだ。
時代を追うごとに、妖怪の強さに偏りがあるだとか。
時代の流れについて来られねえ妖怪は弱体化し、伝承が破棄されれば妖界にも人間界にも存在出来なくなる。
文字通り、妖怪は本当の死を迎えることになる。
逆に、伝承を追記されたり、人や妖怪に伝承が刻まれれば生き延び進化をする。
『妲己』・『褒姒』・『華陽夫人』・『クミホ』・『玉藻前』の五人は伝承が広く伝わり、特に『玉藻前』は近年において新たな伝承や強さを記され続けている。
それと同時に、概念妖怪である『來嘛羅』はそれに伴い強さが増幅する。
「特異なあやかし?」
「そうじゃ。日本妖怪に属する者で鬼や河童、天狗、そして九尾狐に属する妖怪は皆、特異な力を有しておる。妾が最も良いお手本じゃな。概念妖怪である『鬼』・『河童』・『天狗』・『九尾狐』は太古より恐れられておる。それ故、その強さも地位も確立したものとなっておる」
鬼は古来からいるのは置いといて、河童は違う気がする。
「なあ來嘛羅。河童は江戸時代からだろ?ちゃんと河童として認識されたのは。なのに太古の妖怪になるのか?」
言ってしまえば、『雪女』よりも新しい気がする。
來嘛羅は俺の質問に面白く笑い出した。
「フッフッフッ!お主の質問は妖界の仕組みを探るようなものじゃぞ?よく畏れずに聞けるものじゃ!」
妖界の仕組みか。詳しく聞きたいな。
「そ、そうか?」
「うむ。妾が概念妖怪と畏怖されるのは、河童や天狗と同じような見解ができよう。何故、河童が太古の妖怪であるのかは単純な理由じゃ。河童は水の恐怖が元に生まれた妖怪。お主、水の中で人は生活は可能じゃと思うかの?」
クイズか?人が水の中で生活?
なんの質問だ?
「人が水の中で住めるってことか?」
呆れたように來嘛羅は言う。
「見解違いじゃな。もう一度分かり易く問うと、水中は怖いと思わぬか?」
「水が怖えってことか⁉︎それは思うな一応…。確かに水の中は息ができないし、溺れたら死ぬからな」
「そうじゃろ?実はそれも伝承になるのじゃよ」
え、どう言うことだ?
「伝承になるって、書物や何かに記されねえといけねえんだろ?河童が昔から恐れられる理由には繋がらない気がするんだが…」
「お主、伝承が何も記されなければならないという根拠はないのだぞ?誤って認識しておるな?」
「うっ…そう考えもあったな」
俺は気不味くなった。來嘛羅に指摘され、むず痒くなる。
「人や妖怪の心の中に恐怖や信愛、信仰などがあれば妖怪に転じる。じゃが、それは名のない妖怪にしか転じられぬ。伝承に記されてこそ、名のある妖怪として力を得るのじゃ。思考で描けるものではないぞ?」
つまり、俺が今、妖怪として何かを想像すれば、この世界にも生まれることになる。だけど、それは全く力を持たない妖怪として生まれ、誰にも認知されずに死ぬだけ。
今、ほんの少し考えてしまった。
「前戯はこれで良いじゃろう。河童は古来より水の精霊として不確定な妖怪で名のない概念妖怪として生まれ、『河童』として名を受けた妖怪が誕生した。要は、概念妖怪というのは人間の心や考え、環境から生まれた妖怪なのじゃ。妾は狐と女を結びつけて生まれた妖怪。古来からこの姿で生きてきたわけではない。人間の知能が発達し、妖怪を自然から人の形へ変えるように妖怪は進化し、人間の型を模った肉体に変化したに過ぎぬ」
むずい……。
妖怪が進化するのは人の考えで変わるってことなのか?
なんか教授の話し方みたいで俺の頭の中がこんがらがってる。
でも、妖怪が俺達人間のあらゆる形で妖怪が生まれているっていうのは理解した。
「話が飛び過ぎてる。てか、俺が理解に追いついてねえよ」
「じゃが、雪姫は全て把握したみたいじゃぞ?」
雪姫の方に俺は顔を向ける。雪姫は俺に冷たく笑みを向ける。
「大丈夫。私が理解しているから。旅の時にゆっくり話してあげる」
多分だが、雪姫に今日のことを話されても頭に入る気がしない。
「あ、ありがとう…」
「ユフフ。化け狐、“三妖魔”について話して頂戴。あなたしか知らないのでしょ?」
「うむ。妾も余計な口を開いてしまったの。幸助殿の性格が憑ったかも知れぬな」
滑稽とばかりに笑う。
來嘛羅は俺達に“三妖魔”について語って貰った。その前に、俺達への謝罪も兼ねて……。
「今回ばかりは妾も無茶を言ってしまったことを詫びよう。本来ならば、妾が捕縛しなければならぬ手練れなのじゃが、生憎、先程も語ったように妾は迂闊に妖都を離れるわけにはいかぬ。玉藻前は妾の留守を狙うであろうからの。誠にすまぬことをした」
椅子から立ち上がり、手を地につけ、俺達の前で深く頭を下げ始めた。
俺は思わず止めた。
「謝らないでくれよ來嘛羅‼︎あんたは俺が目的を持って帰れる場所を作ってくれたんだから気を病まないでくれ!」
「さっきの語りから一転してのその態度、化け狐、どういう了見なの?」
雪姫は來嘛羅を見下ろすように冷たく見る。その際、微妙に口元が歪んでいた。
少しヤバい一面持ってるのかと思うと、雪姫との旅が怖くなってきた。
「其方の言うように、幸助殿に危険な役を担わせてしまった。じゃが、妾は幸助殿と同じく『未来視』を持っておる。妾は未来を視たのじゃ。“三妖魔”は幸助殿によって平定される未来を」
「なあっ⁉︎そんな馬鹿な‼︎」
俺は雷を打たれた衝撃だった。
直ぐにアホだと思った。
こんな俺が酒呑童子・大獄丸・玉藻前を攻略出来るわけがねえ。
「待て待て待て!俺が三人を連れて帰れるわけがないってさっき言ってただろ⁉︎言ってることが滅茶苦茶だぜ⁉︎」
俺の力がたかが知れているとさっき言われた。なのに、俺が“三妖魔”を妖都に連れてくるのは無理がある。
「確かに矛盾はしておる。お主の力では“三妖魔”の誰一人も倒せぬ。雪女の伝承を持つ雪姫ですら足元に及ばぬであろう。二人が協力したとしても、太古の妖怪と災禍様である彼奴らに傷一つ付けられるわけがなかろう」
容赦なく俺の力が及ばないことを告げられる。
当然だけど、少し傷付くよな……。
「どうして?そんな危険な妖怪に私達を差し向けるの?」
雪姫の質問に俺はうんうんと頷く。
來嘛羅は体を起き上がらせ、來嘛羅は自分の目を指す。
「未来を視たと言ったじゃろ?この目で視た未来は事実となる。数十年先まで見透すことのできる代物なのじゃが、この目で先を視た未来は良くないものばかりじゃった。妾が出向いたとしても“三妖魔”を連れて来れる未来が視えなかった。この意味を示すとすれば、妾にはどうすることもできぬ」
「來嘛羅が無理なら俺も無理だろ」
『未来視』が俺にも使える理由は不明のまま。だが、未来を予測ではなく、確実な先読みが出来るこの力はチートなんだろう。
そんな力を持っても“三妖魔”を捕まえられる未来は視えない。となると、俺には到底敵わない相手になる。
チート級の『未来視』を持っても“三妖魔”が捕まる未来はない。
だが、來嘛羅は諦めている様子はなかった。
「そうでないぞ?妾が向かえば捕まえられぬが、お主が出向くことで今だに姿を眩ましておる“三妖魔”三人を連れて来られる。そう金瞳は視たのじゃ」
「どういうこと?化け狐は幸助が外へ行けば捕まえられるって。そう言いたい、の?」
「そのままの意味じゃ。“三妖魔”を妖都へ連れて来られる人間は幸助殿だけじゃと言っておる」
俺が成し遂げる未来を視たと言い切る來嘛羅。
でも、揺らぎなく言う限り、來嘛羅が嘘を吐く様子には全く思えない。
「俺が確かに三人を連れて来る、そんな未来が視えたで良いんだな?」
俺は納得したかった。無茶振りに付き合うのも悪くないが、俺が“三妖魔”の三人を連れて来れる確定した未来を欲しかった。
連れて帰れば、妖都に居られるだけじゃなく、來嘛羅にも会えるからだ。
一生会えずに死ぬより、確実に生きて会える方が断然良い。
「視えた。妾の目に狂いはない…じゃろう。じゃから安心せよ。妾が視た未来は確定しておる」
來嘛羅は真剣な表情で頷いた。
「後先見えねえわけじゃないなら構わないぜ」
「構わないのじゃな?一つ忠告するが、妾の視た未来はいつ訪れるかは分からぬぞ?」
「訪れるのは確定してるんだったら大丈夫だろ。何年何十年掛かっても達成できるんだったら問題ないな」
一生会えない事実がなければ別にどうなろうが構わない。
俺だって、未来のない約束に応じない。慎重に約束事をするよりも、何か条件付きの方が俺的には確実で安心できる。
無利益でも、あまりにも危険でも、約束さえ守ってくれるなら、俺はどんな事でも頑張れる。
そして、俺と雪姫に“三妖魔”の神出鬼没した場所を教えて貰った。
聞いた話をまとめると、この世界には四つの都市が存在する。
日本妖怪が住む妖都:夜城の他に、現代妖怪の住む最都:新来、西洋妖怪が住む怪都:天霧。そして、妖界の中で最も古い都市の古都:霊脈。
その都市の内、最都に玉藻前の出現記録、怪都と古都に大獄丸と酒呑童子が出現記録を残している。
都市を回るには、太古の妖怪でも別の都市に移動する手段は困難を極める。山や海、異常気象の起きる道を避けるには、妖術による移動が推奨されている。
尚、雪姫の移動手段では妖都に属する町以外には跳ぶことができない。
來嘛羅でも古都にしか跳ぶことができない。
つまり、俺と雪姫は徒歩による移動が強いられているというわけだ。
都市から都市への移動間には大した町はなく、村落が多くある。
村落は妖力が充満する危険地帯。そこを横断しなければならない。二人だけでは、旅の序盤でくたばってしまう。
來嘛羅は既に手を回しているようだった。
「うむ。ではお主に、良き相手を付けよう。幸助殿と雪姫では旅の途中で倒れてしまうじゃろう」
「誰なんだ?」
心当たりはあるが、俺のイメージは少人数で長旅をする。そして、男女比は均等に、メンバーもバランスを取るように上手い具合に構成される。
來嘛羅なら、俺の理想的な構成パーティができると思う。
「お主が知っておる人物じゃ。妖都征服阻止に参加してくれた者を付けよう」
……ん⁉︎参加してくれた人物って……。
俺は嫌な予感がした。
來嘛羅は結界を開き、二人の人間を招き入れる。俺はその人物を見て、驚愕した。
「おい…おいおいおい⁉︎マジで言ってんのか⁉︎こいつらって…‼︎」
軍服の女と黒影の服を着た女が結界へ入ってくる。
「あ、あの……呼ばれてきました」
「シシシッ!やっとお呼びね。烏天狗と女天狗と戯れていたのに飽きていたのよ。來嘛羅、呼んでくれありがとう」
怯えながら悟美にしがみつく紗夜と、怖いぐらいの笑みで待ち遠しくしていた悟美がいた。
俺は悪夢を見てるのか?
「幸助君?“放浪者”として行っちゃうのは残念だわ。折角面白そうな異能持ってるのに。だから頼んじゃったわ。貴方に付いて行って旅してみたいの!」
「俺に構うなよ。あんた、俺の肋骨折ったの根に持ってるからな?」
「えへへ!それは終わった話でしょ〜?その代わり……あれ?誰を倒しのかしら?忘れちゃったわ」
「双子を倒してくれたんだろ?まあ、それは凄い助かったぜ。憎いが、ありがとな」
折られた恨みはない。雪姫に完治して貰ったし、何よりも、俺が秋水の野郎を真正面から戦えたのが悟美の功績だ。アレがなければ、俺は分華と九華の双子の脅威に集中しなきゃならなかった。
「そうだ。紗夜って言ったか?あんたも手伝ってくれてありがとな!」
紗夜もかなりの活躍をしたと烏天狗から聞いた。なんでも、紗夜は分身の分華を単身で殺したと聞いて驚いた。
こんなか弱そうな女が生意気な分華を倒すだなんてな。信じられねえ。
「あ、どうも。こ、コウスケ…君?で合ってますか?」
「幸助で合ってるぜ」
でもな、紗夜のおどおどした様子は俺の好みじゃねえな。
強いのか弱いのかが全く分からねえ。
俺が紗夜に疑いをかけると、悟美が俺に聞いてくる。
「幸助君、紗夜は私よりも強いわ。疑っているのなら、やってみるかしら〜?多分瞬殺されちゃうけど」
「なあ…⁉︎こいつがか⁉︎」
俺は紗夜の顔をまじまじと見る。すると、急に涙目になって悟美の奴にしがみつき始めた。
「こんな人嫌です‼︎悟美ちゃん、この人怖いです…!」
「紗夜らしいわね。でも、幸助君は私より雑魚だから心配しなくて良いわ。興味深い力持ってるもの、簡単に危害を加えないわ」
なあ來嘛羅。俺はこんな奴らとやれる気がしねえよ。
しかし、俺は知らなかった。悟美と紗夜の二人の恐ろしさを………。
幸助と悟美達が交流している間、雪姫は彼等に不満を抱いていた。
「化け狐、また質問いい?」
「なんじゃ?」
「人の子を付けるってことで、合ってる?」
「紛ごうことなき事実じゃ」
雪姫は目を細め、來嘛羅に訴える。
「不満かの?」
「不満ね。悟美と紗夜という人の子の実力は私を超える。そこには不満はない。でも、幸助には精神的に悪い」
「ほう、その訳とは?」
「幸助は20歳を迎える前、更には恋沙汰をしたことがない。なのに、異性の分配が不均等。幸助が一人に対し、私も含めて異性は三名。だから、人数を減らすかあの二人を変更して欲しい」
雪姫は幸助の価値観や私生活に支障をきたすと危惧している。
事実、男一人に対し、女は三人。雪姫は異性の配分が悪い事を指摘したのだ。
幸助も立派な男。だからこその心配があった。
ふしだらな関係を嫌う雪姫は、幸助の色んな危機を回避すべく行動に移す。
「それは心配なかろう雪姫よ。其方が心配するまでもない。幸助殿は妾以外に意中となる相手はおらぬ。じゃからこそ、妾は“放浪者”となった幸助殿を無事に送り出せるように人選をしたまでじゃよ」
雪姫は來嘛羅の言葉に悲しみの表情を浮かべた。
それは雪姫の心を抉られるような言葉が胸に突き刺さった。
(幸助が化け狐にしか興味ない……。私を、どう思って……)
一瞬、嫉妬に近い感情を抱くが、直ぐに邪念と振り払う。
(いけない。私は紛れもなく幸助が好き。だけど、それは恋愛などの恋沙汰ではない。ただ純粋に、私を頼ってくれる人の子、だから…)
好きという感情が確立されないまま、雪姫の幸助への気持ちは封じられる。
來嘛羅には見られまいと悲しむ表情を袖で隠し、一瞬で気を変える。
「そう…。あなたが言うのなら心配ない。幸助は化け狐以外に欲情はしない。だから、あの二人を当てたのね?」
「そうじゃ。じゃが、幸助殿は妖界がなければ、悲運な人の子として人生を終えたかも知れぬぞ?」
「……そうであったのかも知れない」
互いに幸助の価値観を知る者同士。來嘛羅は幸助に同情し、雪姫もまた、來嘛羅の言葉を否定しない。
幸助の価値観が人間界では通用しない。そもそも、伝承を読み漁り始めた頃から、幸助の価値観は妖怪に影響されていたのだった。
人間よりも妖怪を好む幸助に情欲は生まれなかった。だが、この世界に転生してからは違う。
もしも、妖界という世界がなければ、幸助に幸せにはなれなかった。そう思わずにはいられない。
数多の人間を見てきた二人は、幸助の在り方を否定する気はなく、快く受け入れた。
その結果、幸助は妖怪である二人を信じるようになった。
元々、そういう気質があったのは間違いはないが、幸助自身の性格に難があると二人は感じた。
幸助が悲しき時代に生まれてしまったと來嘛羅は同情する。
幸助が化け狐を好きになってしまったことを雪姫は嘆く。




