42話 妖怪裁判
二部投稿です。きちんと続くという意味を込めて投稿しました!文字数が過去1番多いです。今日、この作品の一部を文学賞に投稿するので、早くとも、なろう系小説ではひと月は投稿しないので、告知という意味も含めてです。
pixivの方では『猫じゃらし』として活動しています。3月1日に『妖界放浪記』というタグでキャラクターのイラストを投稿します。そちらの方で文学賞の報告はします!それと転すらの二次創作も3月3日から投稿再開しますので、楽しみにしててください‼︎キリがいいところでまた頻度を減らして投稿する可能性があるので、ご了承下さい。
天が疼き、地が騒がしく、海が大荒れ。
天より神が見下ろし、地は妖怪が騒めき、海は騒ぎを拡散する。
妖界の世界に大きな変動が起き始めていた。
妖怪と人間という隔絶した種族関係が崩れ、大きな波紋を広げる。
『來嘛羅』、『雪姫』、『幸助』の名は人間妖怪問わず広く伝わる。
彼の人は妖都で起きた喜劇を広める。彼の人は妖都で起きた悲劇を広める。彼の人は噂を聞きつける。彼の人は天に伝える。彼の人は海を渡り情報を飛ばす。彼の人は事実を偽る。
ある者は喜び。ある者は激怒。ある者は恐怖する。ある者は喝采する。ある者は興味を抱く。ある者は動く。ある者は騒ぎに耳を貸さず。ある者は天より見下ろす。
悪行尽くした秋水が、災禍様と人間によって滅ぼされた。
多くの者が注目するには十分過ぎた。
人間を手助けする妖怪などたかが知れている。しかし、今回のケースは誰もが驚きを隠せなかった。
太古の妖怪が人間側に加担し、その人間に名前を付けられたからだ。異例な事態に妖界全土が震えた。
太古の妖怪は表に出ない。数人または数体の妖怪を除けばあり得ない。彼等は中立者として表舞台に姿は現さない。
閻魔大王、八岐大蛇、酒呑童子、大嶽丸、大天狗、ダイダラボッチ、天逆毎、鵺、そして九尾狐といった名の知れる者程の太古の妖怪達が積極的に動くことは確認されてこなかった。精々、酒呑童子と大嶽丸が各地の都市部を周り暴れるぐらいか、八岐大蛇が癇癪を起こし人間を食らう事しかあり得なかった。
九尾狐は妖都:夜城の繁栄を見守り、閻魔大王は地獄を司り、ダイダラボッチは地を統べる。太古の妖怪は均衡を保つためにその身を隠し通すことが定めだった。
“ある禁忌”もこの世界では途轍もなく影響力を持ち、それらを犯す事自体が大罪に匹敵する。
その存在から加護を受ける人間は数少なく、余程の人間でなければ加護を与える行為も禁じられていた。
しかし、『來嘛羅』と名を賜り、妖都の守護者が公に動いたこと。更には、たかが人間に対し、名を捨てて実を取るような行為を行った九尾狐。
『雪姫』と名を賜り、混妖の分際で太古の妖怪に口悪く嫌味を言い続け、人間との親睦を大きく図ろうとした雪女。
『松下幸助』はその二者に名を与え、二者からの寵愛の加護を受け、妖都を征服しようと目論んだ山崎秋水を共闘し討ち滅ぼしたこと。
世間からすれば、幸助達の成した功績は讃えられるものだけではない。
妖怪から感謝されたが、大きく反感を抱く形で幸助達は世間に認識されてしまった。
多くの妖怪が注目したのは、妖界における絶対規則である“妖怪裁判”。
この世界で人間と妖怪に対する善悪の効力を発揮し、決定権が認められる裁判。人間が妖界で何かしらの大罪を犯した場合に機能する機関であり、主に、摂理崩壊・都市政略・妖怪支配・人権侵害など、妖怪に何かしらの害が人間からもたらされた場合のみ発動する裁判なのである。人間が妖怪に食われたり支配されても機能せず、ただ妖怪のための機関なのだ。
妖怪の権利を保護し、人間の権利を剥奪する場とも言える。
法廷を司る者は地獄の支配者である閻魔大王。証言者は秋水によって支配された妖怪と悟美達。
被告人は幸助、雪姫、來嘛羅、分華、九華。そして地獄に送られた秋水と名妓。
秋水と名妓に肉体はなく、魂のみの存在として、発言以外は機能しない肉体に縛られる。
幸助、雪姫、來嘛羅は閻魔大王の判決に異を唱えることも許されるが、事実を偽る行為は大きな罰が科される。異能、妖術を行使することは許さず、逃走または大きな不正があった場合、その場で地獄行きが科される。
閻魔大王は自身の器である人間の亡骸に憑依し、“妖怪裁判”を取り仕切る。しかし、閻魔大王とて判決を下す側。ここに私情を挟むことは許されず、公平な立場の下に彼に全ての決定権が与えられる。
人間妖怪問わずに行われる公平な裁きであり、私利私欲に乱した者達に適切な断罪を与えるのがこの場のしきたり。
太古の妖怪の前に全ての妖怪は頭を下げ、この場に集う來嘛羅と閻魔大王のみ頭を上げることが許される。
人間の身である幸助達は立ち尽くすことが許されるが、口は開いてはならない。裁判という中で発言が許されるのは、太古の妖怪と閻魔大王に許可された時のみ。
俺達の目の前には、人間の姿を模した閻魔大王が座っていた。しかし、放たれている妖気が途轍もなく恐ろしさと恐怖心を掻き立てる。
「皆のモノ、この場に集い感謝するぞ。これより、妖都:夜城の壊滅に携わる裁判を開始する。罪人は七人。それぞれ名を挙げよ」
堂々たる怒声が響き渡る。俺は思わず萎縮してしまうほどの眼力を見てしまう。
閻魔大王の座り方。傲慢とも思えるほどの他者を見下す姿勢。俺と同じぐらいの身長なのに数十倍にも錯覚させる妖気。威厳ある顔つき。
來嘛羅が最初に名乗り出る。
「妖都:夜城を守護する九尾狐。しかし、今は名を改め、名を來嘛羅と賜った者じゃ」
次に雪姫。
「妖都:夜城に隣接する亡夜に住む者、雪女です。私も同じく名を改め、名を雪姫と賜りました」
雪姫の後に俺が名乗る。
「半年前に人間界で生涯を終え、無名によって妖界へ降り立った松下幸助という者です」
俺は敬語で名乗った。流石に、ここで言葉間違えたら不味いしな。
その後、分華と九華が名乗り、死んだ筈の秋水と名妓も名乗る。
複雑な気分ではあるが、殺された筈の二人を見るとなんか嫌だな。
名乗りあげたところで、閻魔大王は告げた。
「七名にそれぞれ罪状を告げる‼︎」
まずは、この事態の発端となった秋水と名妓、双子の姉弟に判決が下される。
「大罪人:山崎秋水、秋山名妓、黒山九華、黒山九華。貴様らは妖界の四大都市である妖都:夜城の征服支配を目論み、多くの人間や妖怪の人権を蔑ろにした。更には妖都を壊滅させ、多くの負傷者を築いた。人間であるが故の大罪は極刑に値する。よって!貴様らに与えられる罰は地獄だ‼︎三獄の内、秋山名妓は修羅道。黒山分華と黒山九華は畜生道。山崎秋水は地獄道。即刻、地獄へ堕ちるがよい‼︎」
容赦ない地獄行きが言い渡された。あまりの脅迫に体が身震いしてしまう。
だが、俺の隣から異を唱えた者がいた。
「閻魔大王。判決に異を唱えることを許してくれたまえ」
閻魔大王は口を閉じ、來嘛羅を睨む。それは発言を許可するという意図を感じた。
「黒山九華と黒山分華は妾の庇護下に降っておる。故に妾の所有物を奪われてはたまらぬ。今後、この二人の生奪与奪は妾が自由にするということで良いな?」
この場を支配する閻魔大王と傲慢な提案する來嘛羅。流石に地獄行きの二人を許すなんて……。
「承知した。貴様の発言を尊重し、今後二人の所有権は九尾狐が握ることとする」
「願い受けて下さり感謝するぞ」
あっさりオッケーしちまった。閻魔大王はノリがいいのか?
だが、そんな事はなかった。閻魔大王が俺を見た瞬間、もの凄い形相を向けてきたのだ。
「では、続ける」
そう発言すると周りの妖怪も真剣な表情で俺を見る。
「太古の妖怪であらせる九尾狐と雪女。貴様らは名を改め、『來嘛羅」と『雪姫』と名乗ったことに間違いはないな?」
臆することなく來嘛羅が胸を張る。
「間違いではない。妾が望んで名を得たのじゃ」
「そうか。ではそれを咎める理由はないな」
禁忌を犯したというのに処罰しないのか?
俺は閻魔大王に疑問を抱いた。
「雪女…雪姫と改めた者も同様だ」
少しばかり安堵した。雪姫が処罰されずに済んだのは良かった。
俺を再び凝視するなら、視線の圧に、俺は緊張感が身体中から訴える。
冷徹な閻魔大王として、裁きを下す……。
判決が言い渡される。
「松下幸助。まず、罪を下す前に【浄玻璃の鏡】の前に立て。罪状が不可欠な今、生前の罪に伴い罪を言い渡す。発言は許す故、お前が侵した罪をまず説明せよ」
【浄玻璃の鏡】には生前の自分の人生を客観視できるもので、閻魔大王が全ての人間の罪を量るために用いる神具。その身を写し、これまで起こした罪を映像として映し出す。大抵の人間は小さな罪を重ねているとされている。大きな罪であればあるほど、鏡に映し出される映像に罪の意識を傾ける。
俺は閻魔大王に言われるがままに足を進める。震えが止まらず、俺はあまりの緊張感に吐き気が催す。
秋水と戦った時と比べるまでもなく、圧倒的な不利な立場の中にいた筈だった。俺が人間ということで厳しい目を光らせている。
俺が人間だからという理由で睨んでいるのか?それとも、大罪人として見られているのか?
とりあえず、俺の立場というのは秋水とさほど変わらねえみたいだな。
人間であるというだけで、何か起こせば罪を着せさせられるのか…。
圧倒的に俺が好印象に思われていねえ感じだから、てっきり見捨てられるかと思った。
なのに、來嘛羅に助けて貰った。
俺は場の雰囲気に呑まれそうだった。
自分の罪か……。嘘を吐けば、本当の意味で別れることになるだろう。
「お…私の罪を述べればよいのですか?閻魔大王」
俺は畏まって膝をつく。
「では罪状を述べるがよい。知る限りで説明するがよい。その業次第では、大きな罪状になるだろう……」
閻魔大王が人間の姿であるのか、ヤケに人間らしい雰囲気がある。
深く息を吸って、俺は震える口で吐いた。
息が詰まる。雪姫や來嘛羅、悟美達と別れるかもしれない。そうなれば……。
やめよ。俺が犯した罪を正直に言えばいい。憶えていることを………。
……あれ?憶えてる罪と言ったら何だっけ?
可笑しいな、一つしか思い出せねえ。
「あの……すいません。罪を犯した記憶が一つしかないのですが…」
閻魔大王がニヤリと嗤う。
「それでよい。その罪を説明するがよい。人間界で起こした罪状を述べよ」
「分かりました。私が罪を犯したのは、車のエンジンを掛けたまま心臓を押さえているご老人の方と子供を道から遠ざけました。救急車でご老人が搬送された後、車のエンジンを掛けっぱなしということを自ずと反省しました」
俺が犯した罪。それは、車のエンジンを掛けっぱなしでお婆さんを助けたこと。
これが罪になるのなら閻魔大王の器量はかなり小さいと感じてしまう。だが、これが思い当たる罪だ。
閻魔大王は難しそうな表情で俺を見る。
なんだか、俺の罪が判別できないのかも知れねえ。
「それは事実として捉えてよいのだな?」
「間違いない…とは思います。それで、私への判決とは?」
俺は確認してみる。
すると、意外なことを告げられた。
「貴様の罪が不確定過ぎる。よって、今から【浄玻璃の鏡】で過去を洗いざらいにしよう」
不満気に俺に告げた。
俺は出現した鏡の前に立たされる。全てを見透す鏡を拝めるだなんて、人間の俺からすればかなり良いものなのだろう。
閻魔大王が俺を写した鏡を見る。
これで俺の全てが明かされる。そう思い、俺は静かに目を閉じた。
………。
……。
…。
2分ぐらい目を瞑ったのだろうか。俺に一向に判決が下されない。
「あり得ない……⁉︎」
と、閻魔大王の口から驚きの声が漏れた。俺は少し覗きたいと思い、鏡を覗いてみる。
【浄玻璃の鏡】は俺が見なきゃいけねえのに見てなかった。本人が見なきゃ意味ねえし。今更、この神具の能力の意味を忘れていた自分が馬鹿に思えてしまった。
「えっ⁉︎どうなってやがる⁉︎」
俺は鏡に映し出された光景に思わず声を上げてしまった。
しかし、それは閻魔大王も同じ心境だった。
何も映し出されていなかったのだ。
俺の容姿も周りの景色も。ただ透明な景色が鏡一面に映し出されているだけで、何もなかった。
妖怪が騒ぎ始めた。
「前代未聞だ!」と驚く者がいれば、「神の子だ」とか「有り得ない。異端児だ」と恐れる声がはっきり聞こえる。
「えいっ!静かにせい‼︎勝手に言葉を発するなどワシが許さんぞ‼︎」
鋭い声がこの場に響く。俺も含め妖怪も口を閉じた。
「松下幸助。お前は何者だ?」
「喋っても宜しいですか?」
「構わん」
信じられないと目を見開く閻魔大王。
「人間で、雪姫と來嘛羅から加護を受けた死人です」
隣にいる雪姫が笑った気がした。
「嘘を重ねるつもりか?死者なら何故出てこない?【浄玻璃の鏡】は全ての罪を隠すことなく映し出す真偽の鏡!まさか、細工でも施したか⁉︎」
おいおい、なんで俺が責められる番になるんだよ⁉︎
俺だって知りてえよ。そのやり方ってものを。
俺は苦笑いした。だって、本当に何もしてねえんだもん。
「閻魔大王。松下幸助殿の真偽は確かめられないとなると、この裁判の有用性は無くなるであろう。【浄玻璃の鏡】に映し出されぬ人間はおらぬ筈。しかし、今はその人間が現れたと考え、今回は幕引きにすれば良いじゃろ?」
「ぐぬぬっ…。それを本気で言っているのか?」
「うむ、誠じゃ。過去の罪状がはっきりせぬ以上、松下幸助殿の処遇は決めれぬ。今後、この者を妾の庇護下で管理するということで良いか?」
來嘛羅が勝ち誇ったように嬉々と言う。それに対し、俺への判決ができないということに納得しない閻魔大王。
「ならないぞ!罪を述べたので罪状を言い渡す!閻魔大王の名に命じて判決を言い渡す‼︎」
絶対行使権を使いやがった‼︎汚ねえぞ!
俺はもう駄目かと目を逸らしたくなる。
閻魔大王が俺への判決を下す。
俺への判決は……。
「判決を言い渡す。心して聞くがよい!妖都壊滅及び些細な罪を含め、【浄玻璃の鏡】で見透せない事態を加算し、お前への判決は罪状不確定により“放浪者”と処する。松下幸助は20の歳月を迎えた翌日、妖都:夜城より立ち去ることを言い渡す!この妖都及び全ての都市、街での滞在を不可とする!」
………。
え……?
俺は思考が停止した。
理不尽極まりない判決を下されてしまった。
地獄や畜生へ堕ちることはない安心感。俺がこの都市から消えなければならないという絶望感。どちらも襲い、俺は膝から落ちてしまった。
俺が妖怪に嫌われたと思い、込み上げてくる悲しさに沈む。
「すみません…。発言を許してくれませんか?閻魔大王」
俺は失礼を承知で聞いた。
「発言は許す。だが、罪の取り消しを申す事はならぬ。それ以外なら申してみろ」
「じゃあ聞きます。俺は永遠に妖都の出入りはできない。そう言うのですか?」
「そうだ。貴様の罪が分からぬ以上、その輩を妖都に置いておくことも街に滞在させることもできない。しかし、数日程度ならば妖都以外の滞在は認める」
情状酌量していると言いたいのだろう。だが、俺にとってはそんな事は別に良かった。
一番辛いのは、妖都から動けない來嘛羅に会えなくなるということだ。
守護者である來嘛羅が妖都を野放しにすることは許されない。だからと言って、無理やり連れて行くのも無理。
まるで、俺の欲望を罰したと言っても過言ではない。
もう……良いかな。
俺は諦めたその時、
「待たれよ閻魔大王」
救いの手を差し伸べてくれた。
「來嘛羅…⁉︎」
「よい。お主は何も悪行に手を染めておらぬ。ここは妾に任せるとよい」
そう小さく呟き、來嘛羅は閻魔大王に再び進言する。
「閻魔大王。この者を“放浪者”として処分を下す前にお願いがある。現在、妖界の均衡が不安定じゃ。日本妖怪は太古の妖怪で溢れ出ておるのに、この場に集う太古の妖怪は河童、鬼、天狗、天逆毎、閻魔大王、九尾狐だけじゃ。“三妖魔”である酒呑童子、大獄丸、玉藻前のいずれも生まれて現代まで姿を見せずとも、西洋と中国、日本と妖怪は均衡を保ちつつあった。しかし、100年前ほどじゃったな、この妖界に生んではならぬ妖怪で溢れかえってしまった。それはご存知であろう?」
來嘛羅はこの世界における最大の問題を告げる。
“三妖魔”は中世である世にその名を刻まれた太古の妖怪。日本の代表格である日本三大妖怪として、現在でも異例な強さを誇る。
しかし、あまりの強さ故に自我が強く、閻魔大王や九尾狐、他の妖怪の指示に従わない凶悪な災禍様として崇められている。
傲慢な欲望と不屈の精神を併せ持ち、彼等三人は異能すら持ち合わせている。当然、太刀打ちできる人間や妖怪はほぼおらず、自由奔放に暴虐のかぎりを尽くす厄災とも恐れられる。
交流どころか多くの町の略奪や侵略を行い、多くの人間までも奪い去っていく。
それだけならば、閻魔大王や九尾狐、他の妖怪も気に咎める必要はなかった。
しかし、100年前程前から情勢が一気に変わったのが大きな均衡が崩壊し始めてしまった。
人間界では第二次世界大戦が勃発化し誕生した妖怪を始め、太平洋戦争が終結し人々の心にゆとりが生まれ、多くの都市伝説が流行ることであり得ない妖怪達が生まれてきてしまった。
その妖怪達を“神の悪戯”と呼称する。
テケテケ、人面犬、貞子、口裂け女、姦姦蛇螺、未確認生物などの都市伝説がその類とされ、現代社会においてもその知名度は太古の妖怪に匹敵し、人間界のインターネット社会において拡散された架空妖怪。
それらがあまりにも狂暴さを兼ね揃え、規格外の強さを誇る。人間に生み出された現代妖怪の脅威に乗じ、大きな格差社会が引き起こされる恐れが懸念され始めた。
その者達で構成された新たな都市である最都:新来は脅威の存在として大きな拡大をみせる。
人間界で妖怪に対する認識が散漫する事で、名を持つ妖怪や近世に生まれた妖怪の大半が大幅に弱体化してしまった。
秋水による妖都征服計画が進んだのは、日本妖怪の弱体化が主な原因だったと考えられている。
閻魔大王が秋水を影で手引きしていなくとも、いずれは支配されていたのだ。
何よりも、最都が生まれた事で西洋妖怪や中国妖怪へのちょっかいや侵略が目立ち始めた。
妖怪同士の戯れを無視するという妖界に定められた秩序が崩壊している今、來嘛羅はこの場で訴えた。
「妖界は秩序を保ち、常に争いの絶えない世となった。しかし、人間の創造により新たに生み出された妖怪が猛威を振るい、神の血を引く妖怪すら凌駕する化物が現れた。この調子で人間界から生まれた妖怪が秩序を乱し続ければ、いずれは“三妖魔”もそれに加担するであろう。妾が守護するこの大地に侵略を許さなかった筈。それなのに、妾の機嫌を損ねた閻魔大王の戯れに妾は怒りを覚えておる。そんな事態になっておることを知らぬ愚者ではなかろうに…」
「……何が言いたい?」
探るような來嘛羅は閻魔大王を睨む。
『契約』を科されたばかりか、秋水という傲慢な人間に自分の都市を荒らされた気分晴らしを兼ねて來嘛羅の怒りは沸点に達している。
それを察せないほど、閻魔大王は落ちぶれてはいない。
仮にも九尾狐と讃えられ恐れられている存在。そんな者に敵意を向けられるのはやぶさかなのだ。
暇を持て余す妖怪は少なくはない。その鬱憤晴らしに妖都を選んだに過ぎない。閻魔大王もまた、地獄という案内人として暇を持て余し、余興のようなものだった。
地獄という概念は古い。宗教による認知により概念が生まれ、閻魔大王を筆頭に多くの地獄の門番や番犬、魔物が生まれた。彼等は地獄から出ることは許されず、地獄からの傍観が殆ど。
しかも、“三妖魔”や現代妖怪よりも恐ろしい妖怪達を妖界に放たないために厳重に管理している。妖界に彼等を放てば、人間界への侵入を許してしまう。
地獄を司る閻魔大王以外では、彼等を抑え込むことができず、理を反した強さを持ったとしても消滅させることすらできない。
彼等は、人間でも幽霊でも妖怪でも神でもない何か………。
閻魔大王の主な役割は、人間への適切な判決と案内、そして、封印された妖怪達の監視。
來嘛羅が閻魔大王に激怒しないのは、そのような退屈な場所で死ぬまで居続けなければならないことを熟知し、その退屈さに敬意を払っているのだ。
しかし、今回は仮にも自分の領地を侵されたのだ。それ相応の対価を要求するのは当然とばかりに判決に異を唱える。
「妾の要求を暫く享受せよ。その代わり、達成できぬなら松下幸助を地獄へ差し出す。“放浪者”という烙印を授けては良いが、達成した暁には取り消しを望む」
「何を望む?“放浪者”という判決を上回る地獄を所望する貴様のことだ。何かしてくれるというわけだな?」
「妾の加護する人間、松下幸助による消息が掴めぬ者達を妖都へ連行してくるのはどうじゃ?」
今だに成し遂げられた者はいない。“三妖魔”である酒呑童子、大獄丸、玉藻前の妖都への帰郷を提案した。
彼等三人は脅威であるが、逆に、連れ帰れば日本妖怪の均衡を保たせることができる。
新たな都市が築かれた事で力関係やバランスが崩壊しつつある。現代に生まれた妖怪の脅威に打ち勝つためには、強力な彼等の協力が必要を申し立てる。
どの都市も、代表者がいなくては務まらない。
そこで、來嘛羅は千年の時より戻らぬ妖怪を幸助という人間を使って妖都へ連れて参ると提言する。
「勿論じゃ。それに、“三妖魔”が帰ってくれば妾は帰って良いじゃろ?」
「それはそうだが…。しかし、仮に“三妖魔”は日本妖怪屈指の最恐妖怪と恐れられる妖怪だ。そんな人間一人で何ができる?」
「この者は“三妖魔”すら屈服させる力を持つ。幾千年見てきた中で最も可能性を秘めた人間の子じゃと断言する」
「異能…か?」
「左様。妾に名を与え、それでも尚、妾と雪女じゃった雪姫は力を失わずに妖界で脅威を示した。その意味はなんじゃと思う?」
「“ある禁忌”に反する者もまた、この世界には現れなかった。混妖、純妖は名を受ければ消えるが定め。それを覆したその力は脅威というわけだな?」
「うむ、その通りじゃ。この者が秋水を打ち倒したのもそれに起因する。他の者では支配されて終わりじゃったからの」
來嘛羅は“三妖魔”の一柱である玉藻前の代わりに妖都を守護している。元々中国妖怪の彼女からすれば、日本妖怪に肩入れする理由はなかったのだ。
しかし、來嘛羅もその事態を重く見て、日本妖怪の味方をした。
見返りは求めず、ただ妖都の安泰を望んだ。
“三妖魔”が最初から妖都にいれば、閻魔大王の戯れに対処が可能だった。
周りの妖怪は俺を見るなりざわつき始めた。それらは俺を恐れるような言葉ばかりだった。
俺は來嘛羅の言葉に滅茶苦茶驚きを隠せない。
まず、來嘛羅が玉藻前じゃないってことに驚いてしまった。
それに酒呑童子や大獄丸が日本妖怪なのに妖都に居ないのも気になる。かなり悪質な妖怪と見られているのは、どうも人間界だけではないんだな。
俺は少し人間らしいと思ってしまった。
「妾の加護を受けたこの者ならば成し遂げてくれよう。じゃから、“放浪者”という烙印を与えても条件を満たせば自由の身にしておくれ」
來嘛羅は俺を認めているが、それはかなり無茶があると言いたい。
秋水より化け物と称されるべきの妖怪に勝てるわけがねえ!來嘛羅の強さが異質なのは認めるし、他の妖怪も強いと言える。
ここまで俺に肩入れする理由はなんだ?まさか本当に……。
「分かった。松下幸助に下した判決は、“三妖魔”の者達を連れた際に再度行うとしよう。その代わり、道中で地獄へ来た際は地獄行きを言い渡すぞ」
閻魔大王は俺と來嘛羅に対し強く言った。
「構わぬ。絶対に死なぬし、妾の愛しの者は成し遂げてくれる。安心して激務に励むとよい」
「余計な世話だ。日本妖怪、中国妖怪、西洋妖怪に匹敵する現代妖怪を抑えられるのなら、こんな激務に身を焦がすことはないわ。早々に準備をし、20歳の翌日に立ち去るがよい!これにて“妖怪裁判”を終了する‼︎これ以上の異議を申し立てることは許さぬ!」
幸助に言い渡された判決は、罪の中では、今だ執行されたケースが無い判決だった。
地獄や畜生などに堕ちる罪人。主に妖怪の殺生や人権を損害した場合に科される罪。
人間を捨て、妖怪となる転生。妖怪を忌み嫌う者に科される罪。
自由を全て奪われ、永遠の時に等しい拘束をされる封印。人間で有りながら妖怪として人間界に名を残した者達に科される罰で、これまで“六名”の人間に罪を言い渡されている。
放浪者。罪を洗いざらいできぬ者に科されるもので、過去が覗けない危険者に科される罪。
妖界において、人間が生きれる場所は数が知れている。日本妖怪が蔓延るのは妖都:夜城や付近にある町にのみ。更には人間が定住できる場所はほんの一握り。妖怪が人間を受け入れるケースなど本来はあり得ないぐらいなのだ。
妖都の大半の人間は飼い慣らされているものであり、烏天狗や女天狗のように愛情を持って接してくれる妖怪など、実は少ない。
妖怪は気紛れ。無名の語った通り、幸助が偶々雪女に気に入られたからに過ぎない。でなければ、妖怪に飼い慣らされるか食われていたのかも知れない。
人間と妖怪の関係性とは、弱肉強食に等しい相柄で成り立っている。
裁判は終了し、幸助は消沈した。




