3話 助けられた対価
お待たせしました。
ストーリーはまだゆっくり進めていくつもりで、第一部は数ヶ月は確実に掛かるものとなります。
何か、質問やコメントしたい方は遠慮なくして下さい。お答えできる範囲で受け付けています。
いつも、読んでくださり、ありがとうございます。
だが、その返答は思わぬ形で返ってきた。
素手で俺の首に手刀をかます寸前で手を止めた。その合図がなんなのかは、俺には分からなかった。
だが、俺への警告なのかと感じた。
「危機感が足りなさ過ぎ。私の存在も知っているようね。手を出さないのはどうして?」
疑問を返されてしまった。俺は嘘を付かない。
伝承の雪女は人の生気を吸う力を持ち、嫌な事を嫌う。嘘を吐けば、天邪鬼の二の舞になるのは明白だ。
「妖怪が好きなんだよ。だから本気で相手に出来なかった」
率直に言った。それに対し、雪女は不思議そうな顔をする。
「妖怪が好き?随分能天気な人間の子ね。あんな嘘好きなあいつも?」
「そう言われると、好きな方だな。でも、どちらかと言うとあんたの方が好きだ」
告白では無い。確かに目の前の雪女は凄く美女だ。
だからって、告白をすると思ったら間違ってる。
俺が好きな妖怪はこの人ではない。
雪女は手刀の構えをやめ、奥ゆかしく微笑する。
「愉快な人の子もいるのね。私よりも他人を考えているみたいで。余裕、あるみたいね」
「んなっ⁉︎」
「そんな焦る声を立てなくていい。人の子の悩みには興味はある。あなたは気難しくない人の子で助かる。下がってくれなければ、氷漬けにしてしまうところだった」
無名もしれっと食べられると言うし、この人も氷漬けにするって言うし。妖怪の価値観が、俺とかとは全く違う。
言うのを忘れていたのに気付き、俺はちゃんとお礼をした。
「そういえば、助けてくれたお礼、俺言えてないです。本当にありがとうございました」
「いい。ただ、その御礼だけだと、少し足りないかな」
足りない。聞いた俺は一瞬、冷や汗を掻いた。
ルールや決まり事には煩いと無名が言っていた。
俺の命を対価にされるのは避けねえと……。
「私だって、一応は妖怪の端くれ、流石に御礼だけで済まされるのは許容出来ない」
「そうだった。妖怪ってやっぱり対価求めるんだな」
「……場所、変えましょ」
雪女は片手で何か印を結ぶと冷気を纏った雪が舞い上がり、俺達を包み込む。
舞う雪が目に入らないよう目を瞑ったが、それは一瞬だった。
「着いた」
そう言われ、目を開ける。
目の前には、部屋が広がっていた。直接見た事ないけど、この家がどんななのかは一目で分かる。
「此処は…?」
「私の棲家」
完全に日本家屋だ。自然素材の木材で組み立てられた支柱や壁、畳。縁側、床の間、書院などの独特のスペースもある。囲炉裏があり、かなり古風な部屋の構成になってる。
部屋の大きさは広く、1人で住むにしては持て余す。
「あのー…」
「何?」
「何故、俺をこんな所に連れてきたんだ?対価と関係しているのか?」
雪女は表情が綻び、静かに開く。
「私と、此処で過ごして欲しい」
「一緒に…ですか?」
「そう。人の子を保護する。私があなたを助けたのだから、その対価」
なんだか、俺はこの人に助けられるというか、匿って貰う形だな。
確かに、天邪鬼のあの態度を見たら、人間は妖怪の糧として見られている感じだったしな。
でも、俺は疑問が募る。
糧として見ない妖怪が何故俺を助けるのか。それが不思議でしょうがない。
「どうして、人間の俺を助けたのですか?俺の不注意で襲われたのに助けてくれたのです?」
思った疑問を無意識に訊いていた。俺自身はこの人の気紛れで助けられたのだと思う。
他の妖怪達がヒソヒソ話していたのが耳に入ってはいたが、人間だから、気紛れで助けたのだろうか。
「……人間は弱い。それと傲慢、欲深過ぎる。あなたはまだまとも、でも、それ以外は自分勝手だった」
偏見を口にする雪女の表情は、痛ましいほど冷たい。
俺は黙って聞く。
「人間はいつも自分勝手。私は何度もあなたと同じように救い、その人生を無駄にして欲しくなく善意を尽くした。人の心は気紛れで、時には私を恐れて消えた…。尽くしても私の目の前から消える。私の前から忽然と消えては温もりが消えていた。妖怪は死生観に疎い、そう言われるのは仕方がない。でも、妖怪だって死は怖い……」
表情が変わらない。変わらない表情は冷たさを増す。
「私は元々人の子だったし、人の心は理解しているつもり。なのに、私の気持ちは偽善と罵って目から消え…そして温もりが冷たさとなって目に現れる。老若男女全員が、私の元から去って消えちゃった…」
自分の子だったらこの人、発狂しそう。人に肩入れし過ぎな気がする。
「じゃあ助けたら意味ないんじゃないのか?そこまで精神的に追い詰めてまで助ける理由がないと思うんだが」
気持ちだけで成り立つ関係ではないのは知っている。それでも、この人は無償で助けていた。
並ならぬ気持ちでやっていないのだと俺は共感した。
「人間だから。人の子は助けるのが私の信条。この妖界に迷う子は常に命を狙われる。そんな子は大抵、神隠しで迷い込む。あなたもこの地に迷い込んだ。それに罪などないし、罪無き者が食われるところを見ていられない」
「だからですか?俺が死ぬところを見たくない、それで俺を助けたと」
人間よりも妖怪の方がまともな気がする。
歩道で倒れた人に差し伸べなかった人間よりも素晴らしい行動力と、雪女を心の中で讃えた。
「そう。私は元々人間の女だった。所謂、混妖という種族に属する妖怪」
雪女はとある人間から妖怪へ変異した混妖。その言葉はとても神妙性がある。
「進化ではない。人間と自然の怨念を取り込んだのが私なの」
「でも、混妖は純妖でも人間にでも変われるんだろ?」
俺の問いに、雪女が一瞬止まった。
「どうしてそれを?」
「あんたは人間から生まれ変わった妖怪って言っただろ?だったら、なんで混妖のままで居続けるんだ?純妖になれば力は増し、妖怪としての強さは上がるんじゃないのか?」
確か、無名が言っていた気がする。混妖は、唯一、妖怪にも人間にも化けれると。
「あなたの考えは凄い。でも、それは妖怪が自分だけを思う場合。私が純妖になったら誰も近付かなくなる」
「どうしてだ?」
「純妖になってしまったら、私は完全に人間から見放されてしまう。純妖は人間とは馴れ合うほど馬鹿ではない。特に、太古の妖怪は人間の生気を吸い取り、魂までも捕食されてしまうの。純妖になれば力は増す。正しいけど、同時に人の子への尊厳が失われる危険がある。私はそれが怖い……」
雪女の言葉には不思議なものが感じる。
多分だが、雪女は純妖になろうとしたんだ。なのに、それを踏み潰されたんだろう。