37話 支配と屈辱と偽物
イヤらしい戦い方をする秋水。それを跳ね除ける幸助という感じです。
真っ向勝負かと思えば、姑息な手で戦う。しかもかなりウザい戦い方であるものだから幸助も我慢ならず。
今日は終戦まで書き終えますので楽しみにしてて下さい!
一部は大半の楽しみは回収するつもりはないですし、楽しみということで二部以降で明かします!
俺は秋水との対峙を果たし、今は倒すために刀剣を振るった。
「チッ、ガキがよく動きやがる」
俺を睨みつけてくる秋水。俺は秋水の持つ剣に凄い殺意を感じた。
怨念とも言うべきか、それともなんかの力が働いているのか。とりあえず、食らったらヤバいしか感じられねえ。
そのせいか、さっきから攻撃に遅れをとっていた。
呪いそのものを帯びた剣が怖いと感じていた。
手に汗が滲む。喉が絞めつけられる苦しさで咽せる。それをなんとか押さえながら戦う。
俺の手が多少痺れるのは、恐らく呪いによる麻痺がそうさせているんだろう。手のひらと指に力が入らない。
「呪剣っと言ったところだろ?俺の手がさっきから凄え痺れるんだよ」
「だろうな。オレ様の呪剣は触れた相手に状態異常をもたらす優れものだ。テメェ如きに使うのは勿体ねえがな」
得意げに能力を教えてくれた。
だが、まだ俺は本気を出せてねえ。
違う…。俺は本気でこんな奴を殺そうとは思っていなかったみたいだ。情が命取りになるのに。
俺が変な感性が残るから本気が出せない。
なら、俺は思考を変え、こいつが悪だと思えば。
こいつが死んだとしても悲しむ奴はいないと思えば……。
「やっぱ、あんた自体をぶった斬るしかねえな!」
俺は妖術を行使する。雪姫の妖術がなんで使えるのかは、俺にも分からない。理解というかより、俺自身が元から使えると思った。だから使えたと思えなくもない。
だが、理屈が通じるほどの世界でないともう知った。
ならいいや。俺は思い通りに名を呼べばいいんだ。
妖怪に名付けできたのなら、《名》は他のものにも付与できるはずだ。九華や悟美の時に散々使えたんだ。
今回も頼むぜ‼︎
俺はイメージして生気を滾らせる……。
秋水が俺を見て動きを変えやがった。剣から異能に変更したな。
刀剣に意思を込め、万全な心意気で集中する。
『未来視』。俺は雪姫と來嘛羅の勝負、悟美との戦いでこの力を認識した。相手が何をしてくるか、どんな攻撃が襲ってくるかが視える。
「てめぇ、やっぱ着物女の異能を使いやがるな⁉︎」
俺の目にはっきり視える。不可視だと思った幽霊の無数の手が襲ってくる。刀剣に意思を込める。
「『幻影打破』‼︎」
視えない手は幻。なら、幻を斬ればいい。俺を触れるなら俺も触れる筈だからな!
刀身に意思を具現化させ、斬れない手を斬る。
「雰囲気が変わったな…。やはり殺すべきだな」
秋水は幸助の雰囲気が変わったことに気付く。
異能《王》を発動し、《幽霊》を行使。
秋水の異能は駒として支配した人間及び妖怪の力をそのまま扱うことが可能。相手を屈服させるまたは最初から下として見下す妖怪を支配することで、他者に宿る異能または妖術を扱う事が可能。
多くの妖怪と人間を場所を分け、その力が知られないように妖都と宵河に隔離していた。
支配した者が死亡していなければ、死ぬまで力を行使することを強制できる。
文字通りの駒として最後まで有効活用する異能なのである。
雪姫に凍結させられた名妓は死んではいない。よって、異能の行使が可能なのだ。同等に分華と九華の異能も発動できるのだ。
《幽霊》を発動し、不可視化の腕に幸助を襲わせる。
しかし、幸助が異常な動きを見せ始めた。視えない筈の腕を斬り落とし、その攻撃そのものを視ているようだった。
(俺でも手こずる相手だぞ?こんなガキに視える筈が…)
完全に下と見下した相手が予測不可な攻撃に対応することに嫌な気分になる。
《幽霊》を一度突破しているからこそ、初見で無ければ見抜けるのだ。幸助は集中させることで先を視る。それを知らない秋水では、幸助の行動を理解できない。
「ガキ、テメェーはオレ様を舐めてやがる。異能は他に使えるんだよ!」
手を合わせる。肺を膨らませ、九華の《忍法》を行使する。
「火遁:赤兎馬!」
兎と馬の動物型の炎を口から吐き出す。
「おいおい、動物の形を模ったやつかよ」
幸助は気合を入れて振り回す。水のように刀剣が透き通り、螺旋を描くように掻き消していく。
「『水流旋盤』‼︎」
振り回した刀身が加速し、その勢いで秋水に突撃する。
幸助の行動は秋水には力任せに見える。子供らしい突進方法で、まるで死に怯えていない。
それが愚かに見えた。
秋水は変則に幸助に走り出す。
幸助は警戒し、刀剣で秋水の動きを封じようとする。しかし、秋水は妖怪を支配下に置いているため、その妖力で肉体を活性化させ、本来の身体能力の十倍で動く。
「狡っ‼︎てめぇやっぱ妖怪の力も使えるのかよ⁉︎」
「フハハハ!オレ様の力は支配なんだよ!触れたらアウトだぜ?」
幸助は秋水の腕を狙い刀剣を振る。しかし、それらの猛威を掻い潜り、秋水は幸助に触れた。
「ヘヘっ!終わりだ‼︎」
秋水の手を握り潰す態勢に入る。支配したと確信する。
握り潰した瞬間、幸助が無惨にのたうち回る姿を秋水は想像した。
一気に潰し、秋水は酷い顔で笑う。
「フハハハハッ‼︎これでテメェーはオレ様の奴隷だぁ!苦しいだろうな⁉︎泣き叫びやがれよ!」
秋水は錯覚していた。
そんな様子など、幸助は見せていない。
「おい、何で笑ってやがる?俺はピンピンしてるぜ?」
「オマッ‼︎……何平気ズラかましてるんだ?オレ様が支配しただろ⁉︎泣けよ‼︎」
「おいおい、俺がてめぇみたいな奴に支配されると本気で思ったのか?よく手のひら見てみろよ?青い炎なんか灯ってねえぜ?」
幸助の指摘に視線を向ける。その手には青い炎などなかった。
秋水は自分の自信を初めて打ち砕かれた怒りに燃える。
「テメェ…‼︎オレを侮辱しやがったな⁉︎このガキがっ‼︎」
目に血走り、歯軋りをする秋水。幸助はその様子を見てモヤモヤが消えていく。
「なんだよ。あんたの異能は大したことがねえな!俺は妖術で体中に不干渉のバリアみてえヤツ張ってんだよ!そんな姑息な支配の力なんか効かねえーんだよ‼︎」
幸助は秋水の異能の正体を知っていた。そもそも、幸助には『未来視』による先の結果を視ることができる。
触れた途端に発動すると気付いた幸助は、自分の体に來嘛羅が使用していた結界を模倣し、雪姫の妖術を応用した『雪昌結界』を身に纏っていたのだ。
秋水の《王》は他者の異能と妖術を使う以外に、相手の肉体に触れ支配する能力を持っている。『未来視』で数十秒先で支配されると予め知っていた幸助は、『水流旋盤』を攻撃に見せかけて目眩しにしていた。『雪昌結界』を同時発動させ、自分の服と皮膚に肌に直接触れられないように結界を張り巡らせたのだ。
來嘛羅のように巨大な結界技術はないが、固有結界を見たことでそれを模倣することに成功していた。体を覆う程度には技術はあったのが幸いし、幸助は支配から除外されたのだ。
更に幸運なことに、秋水の《王》は一度触れた後、再び干渉することができないというデメリットが存在していた。
(オレの支配はもう使えねえってわけかよ‼︎クソッ‼︎こんなガキに知恵が回るなんて知らねえよ!閻魔のヤツ、そんな情報くれてなかったな。巫山戯やがって!)
幸助の支配に失敗したことで秋水は内心で不愉快と吐き捨てていた。
しかし、秋水はまだ手札を残していた。
「褒めてやんよ。テメェはオレを殺すつもりできたかもしれないが、それは間違ってるだろうな。本気で人がコイツらを殺せるか?」
秋水は印を結び、《分身》を生み出す。その数二十体。
(人を斬れはしないだろ、流石に)
心の中で勝機を確信した。幸助がまだ精神が未熟だと読み、《分身》にある者達を擬態させて放つ。
分華の《分身》は個体差があるのが特徴的で、触れた相手より格下の分身体として生み出せる。特に恐ろしいのが、触れた相手の個人情報も記憶し、その容姿や口調、記憶すらもそっくりな分身体を創れる。当然、秋水も使える……。
しかし、太古の妖怪である來嘛羅の力は殆どなく、劣化物にしても失敗作に等しい。強さが測れない故、その力を発揮できない。
幸助は唖然する。
分身体の中に幸助と同じ容姿がいた。雪姫や来嘛羅、そして天邪鬼までもがいた。更に侮辱するように、寿司屋で出会った妖怪と女性がいた。
幸助の表情はみるみる殺意に瞳を光らす。紅い目に怒りを燃やす。
「てめぇーーーっっ‼︎」
「フハハハハハッ!いいぜその悔し顔、似合ってんよ。さあテメェーはどうする?好きなヤツ、優しくしてくれたヤツ、好きな妖怪、同じ人間。果たして、ちゃんと始末出来るか?」
秋水は分華を通し、幸助が彼らと接触したのを機に記憶を汲み取り、一番嫌う手段を用意していた。分身体には本人の意思はないが、その時点で触れた相手の情報が保存されている。
人間を殺すことを罪と嘆いた幸助では分身体を殺せない。そう確信した。
俺は唖然した。
雪姫、來嘛羅、烏天狗、女天狗、天邪鬼、悟美、九華、分華、着物女、寿司屋の店主と女性の人、半分が知り合いが俺を目掛けて襲ってくる。
……夢か?
俺はそう逃げたくなった。
雪姫の太刀を見てはっきりした。現実だ。
「やめろ!雪姫‼︎」
「煩い。あなたはそうやって気を緩める。隙があるから死ぬの。あなたは一人じゃ何もできない」
俺は冷たい雪姫を見たことあるが、こんな殺意に満ちた目は知らない。
「お主、相変わらず妖怪には弱いの。そんな心構えでよく戦えたものじゃ。妾の目は節穴のようじゃ…。よもや、お主を好きになった妾が愚かじゃ」
違う。
「小僧!儂を忘れたとは言わせんぞ‼︎その血肉、食らってやるわい‼︎」
違う…。
「シシシッ!幸助君は臆病者だわ。そんな腑抜けた顔しちゃって〜」
違う……。
「お客様一人で何ができますか?早く諦めたらどうですか?」
こんな偽物でも、俺は覚悟が試される。
俺の中で渦巻く感情が分かった。
そっか……。俺、こんな偽物でも好きなんだな。
ここまで細部まで拘ってくれる秋水は良い奴なのかも知れないな。
來嘛羅の美貌、雪姫の冷たさ、悟美の笑い方、烏天狗達の造形。立派なもんだ。本物に負けてねえのかもしれない……。
でもな。俺が恋したいのはこんな偽物じゃねえ。
俺は刀剣で來嘛羅を突き刺した。
「ゴフッ⁉︎お、お主…?」
「悪いな。心奪われた妖怪はてめぇじゃねえ。俺に愛をくれたのは本物の來嘛羅だ!」
俺は急所破壊を行い、次々と偽物の首を刎ねていく。血が飛び、俺の顔や服に容赦なく付着する。
偽物は弱い。弱い偽物を本物と認識しないように……。
俺が無心を通しながら殺していく中、秋水の言葉が耳に入る。
「フハハハ!血迷ったか⁉︎好きな妖怪に手を掛けやがって‼︎」
苦しい。痛い。罪だ。そんな言葉が俺の頭の中で飛び合う。
手を下した罪はある。だが、こんな偽物を好きになりたくねえ。俺が好きになったのは本物の妖怪。偽物に恋心を抱きたくねえんだ!
「雪姫…。悪い」
俺は最後に残った雪姫の胸に刀剣で刺す。
「幸助……」
「俺はあんたに救われなければ命はなかった。俺はラブじゃなくてライクで雪姫が好きだ。不味い料理、意外と美味かったぜ」
雪姫には言えない。間違いなく凍結させられることを言った。普段言えないことが言って、すっきりしたかった。
心のモヤが消えた。
「なあ秋水。てめぇの小細工、大したことがねえな‼︎妖怪を道具としか見ねえてめぇの脳みそはミミズしか詰まってねえのか?」
「あっ?」
秋水は低い声でキレる。
「こんなくだらねえ策で俺が心折れるとでも思ったのか?なら心外だぜ。俺の心をへし折りたければ本物出してこいよ!てめぇが信用して愛する妖怪をなっ!」
こんなクソみたいな心理戦なんか受けたくねえ。反吐がする。
秋水が意気揚々に手を広げて叫んだ。
「じゃあ本物出してやるよ‼︎テメェはコイツらも本気で殺せるもんなら殺してみやがれ‼︎」
笑い出したかと思いきや、頭上から落ちるように妖怪が現れた。
「あはは…こりゃあヤバいな」
俺は苦笑いした。




