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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
妖都征圧阻止編
36/265

35話 最強の人間

遅れました。

今日はこれで投稿は終わりです。

もうそろそろ終盤となりますので楽しみにしてて下さい!

 悟美は貞信の行方を探る。

 すると突然、背後から奇襲が襲う。

 悟美は反射神経で体を動かし、奇襲を逆手に反撃を与えた。

 食らった相手は棒で殴られた衝撃によろけるが、直ぐに気を取り直す。

「っ…見事だな」

 反撃をモロに食らったのは貞信だった。悟美は嬉しそうに笑みを歪める。

 その人物は悟美にとって求めていた相手だった。

「シシシッ!私の遊び相手が来てくれたわ!ありがとう」

 場違いなお礼をする。しかし、それにすら気に留めない貞信。

「挨拶はいい。どうせどちらかは死ぬのだからな」

「冷たいわね。一緒に死んじゃうって考えないのかしら?」

「無論だ。戦とはどちらかの命が消える。ワシか主殿のどちらよ。のう、其方の名はなんと申す?」

「新城悟美よ。貴方は?」

「ワシは佐藤貞信。500年の時を生きる武士。戦国の世で命潰え、妖界で生を頂戴し、閻魔大王より加護を受けるまで異能のみで剣技を極めた異形者だ」

 風格が違う。悟美はその凄まじい妖気に思わず胸が高鳴る。

「良いわ!これが武士の頭角。なんか面白いわ‼︎」

「白髪に戦場に相応き黒き纏い。血が激る紅い瞳……実に美しい」

 貞信は悟美の笑みを見て素直なことを言う。

「初心なら惚れぬ者はおらぬ美貌のう。ワシが女でも惚れたやもしれぬな。そして、容姿に似合わず凶暴な人格者。異名に例えるならば、主殿は殺戮の天使と言ったところか」

 貞信は賞賛する。先の戦いを視察していた貞信は悟美に通り名を言い渡す。

 武士精神の故の相手の特徴を率直に口にする。相手を敬い、その相手を全力で葬ることを望む。

 そして、貞信はかなり珍しい人間だった。

「殺戮の天使か〜。シシシッ!私にピッタリだわ」

「肉体年齢は18と、かなり若い。加護で調整したか?」

 貞信は興味ありげに聞く。

「知らないわ。私が望んだわけじゃないし」

「美人とは哀れなものだ。加護なければ老いを止められず、寿命に縛られる。生あるものに死は訪れる。主殿のような完成された肉体が保たれるのは、その加護のお陰だからの」

 皮肉なことを淡々と言う。

 女性を否む傾向が強い貞信は、悟美の容姿が端麗であると評価するが、そんな加護に頼った美貌は忌むべきと断定する。

「まやかし、紛いもの、もどきに縋る加護。ワシは要らぬ。必要なのは剣を極めし究極の域。決して美貌が産める産物などではない」

 戦国の世に生まれた貞信からすれば、容姿など単なる人目に付くものだと言う。

「意味が分からないわ。ねえ?早く遊びましょ!」

 悟美は貞信の意味不明な言葉に興味などなく、ただ戯れたいがために戦闘態勢に入る。貞信も悟美が退屈していると察し、勝負の構えをする。

「フッ…最近の日本者にほんものとは話を理解せぬ、か。では主殿に一騎討ちを挑むとするかのう……」

 貞信の強さは秋水や名妓を遥かに上回る。

 唯一、秋水に支配されていない人物であり、負けを認めた上で下に付いたのだ。秋水はある事情で貞信を支配しようと考えておらず、共に閻魔大王からの加護を受けている。

 強者らしく、獰猛な顔付きは健在。歴戦ある闘気は限界まで練り上げられていた。

 悟美はそんな貞信を面白く感じない。

(こんな人欲しくないわ。意味不明なこと並べるし、容姿なんて興味ないのに)

 悟美も容姿には興味がなく、ただ快楽に身を委ねるためにその身を使う道具としか考えていない。

 他人に異を唱えず、望んだものを羨望する悟美の精神は常軌を逸している。

 加護も所詮は延命に過ぎない手段としか捉えておらず、自分探しをしているような節が見られる。

 天性の身体能力といえるものを悟美は持ち合わせている。そこに《狂乱》が組み合わさったに過ぎない。

「語りたいならいいわ。私はこの世界で最強の狂人になって認められたいの。そのためだったら恐怖や美貌なんて欲しくないわ」

 悟美は心の余裕を見せ、笑う。悟美に恐怖という二文字は存在せず、目の前の貞信を単なる遊び相手としか思っていない。

悟美からすれば、論理的な人間性など求める対象にならないのだ。

 ただ純粋に快楽を追い求める悟美の渇望は計り知れない。

 だからこそ、貞信という人間は悟美の欲しがっていた遊び相手なのである。

「さあ始めましょ?私は相手が強ければ楽しんじゃうから!」

「狂女と戯れる武士は、ワシだけかもな」

 悟美は三節棍を構え、貞信は刀を取り出す。悟美は笑みを絶やさずに凝視し、貞信は真顔で挑む。

「では……参るっ‼︎」

「アッハハハ‼︎」




 狂人の脅威を放つ悟美。武士の生き様を見せつける貞信。

 両者の武器は火花を散らし、互いに乱れのない動きを見せ、互いに実力を確かめ合う。

 狂喜と沈黙が交互に飛び合う。

(楽しいわ‼︎烏天狗とは違って本気でやり合っても壊れないのは楽しい〜!)

 悟美は昂揚する。今まで相手した相手の中で、一番手応えある相手に生き生きしていた。

 久方ぶりの強者の前で悟美は、己の感覚が覚醒してくることに気付く。

 貞信もまた、秋水よりも強者である悟美に戦闘欲が掻き立てられる。

(不規則な乱舞に得難い破壊力。ワシの剣技に迫る勢いだな。これほど生きてきた中で気が高まる接戦は嬉しく思うぞ)

 実力は現段階では互角。異能を使わずとも、その洗練された経験技量は互いの実力に嘘がないと頷かせるほどのものだった。

「素晴らしい。中国に伝わる武器と聞いたが、それをいとも簡単に扱うとはな。誠に愉快なことだ」

「そうね!貴方の動きは一番歯応えを感じるわ。ねえ?もっと楽しみましょ?」

 互いに牽制し合い、その潜在能力を見抜く。

 三節棍は中国武術で扱われる三つに折れた棍棒。リーチは長く、他の武器よりも使用方法は多種多様。同時に、その扱いは武器の中でも難しさを極める。

 自分の思い通りに扱うには長年の経験をいい、三節棍自体に馴染めなければ自身を傷付ける危険を備えている。自傷することなどよくあり得る武器として知られている。

 それを悟美は幼少期に既に扱い慣れるまでに至っていた。そうなれば三節棍の強さは格段に上がる。攻防に優れているだけではなく、体を有効(フル)活用し、相手を翻弄する戦術も組める。

 悟美の扱いに長けた三節棍の振り回す速さは目で追えない。貞信は長年の勘で培った剣術で弾く。

「楽しいわ!もっと強くしていいかしら?」

「くるか狂女」

 悟美の言葉と共に破壊力と速度が上昇する。互いの激しさがぶつかり合う。

 太古の妖怪ですら習得に数百年要する域の身体能力を発揮する両者。間合いに入る地面や柱は粉々に消え、互いに疲れすら見せない。




 しかし、悟美に変化が起き始める。《狂乱》の力を一粒発揮した途端、全能力が飛躍的に上がった。

 戦闘慣れしている貞信ですら遅れをとってしまう程、悟美の身体能力を兼ねた攻撃は狂暴さを増す。

 パキンッと刀身が折れた。貞信は静かに悟る。

「ワシの刀を折るとは…」

「バイバイ!」

 悟美は無防備で攻撃極振りで三節棍を振り抜く。

 だが、貞信は隙が生まれた瞬間を待っていたのだ。

 刀が折れたことで勝機とばかりに真正面から来る悟美に一撃を与えるなど造作もない。

 貞信は折れた刀を捨て、腕から刀を生やした。

「あ……あれ?」

 悟美は思わず伸びた刀身に心臓を貫かれたのだった。

「油断したな。ワシの異能を知らずに突っ込んだ主殿は死んだ。最後に言い残す言葉ぐらい、考えさせてやる」

 勝ち誇った顔で血を吐く悟美に伝える。

 貞信は《刀魔》を死んだ際に獲得した。刀を生成し、己すらも刀と化す異能。物欲により発芽した異能は物に変化するだけでなく、寿命や容姿にも影響を及ぼす。魂さえ無事であるならば生死すら超越した人間となる。

 人間の欲は様々であり、その数は無数。妖界に降り立つ人間達は、欲求に従い異能を獲得する。

 貞信が獲得した異能は物欲から生まれた欲望。刀に執着し、戦場で肌身離さずに持ち歩いていた。刀を愛し、刀と同化したいという無自覚な願望が妖界で叶ったというわけだ。

 刀の化け物。刀の魔人。刀の武人。様々な通り名で貞信は恐れられている。

 加護を受けなかった頃から妖力すら跳ね除けた異能。そして強靭なる洗練された剣技は妖怪達に広く知れ渡った。

 災禍様と恐れられる妖怪も数十斬り捨ててきた。

 並々ならぬ戦闘力の差が勝負を決めた。

 ………。

 ……。

 …。

 かに思えた。

 悟美は不気味な笑みで貞信を見ていた。

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