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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
妖都征圧阻止編
33/265

32話 本当の恐怖

もう少し掘り下げたかったのですが、彼女の過去は抑えめで書いています。本当に可哀想な目に遭っているのは誰なのか?ただただ、閻魔大王が恐ろしいです。

過去編を書きたいのは山々ですが、彼女の具体的な過去を書こうとすると本当に文字数がオーバーしてしまいます。

大事な部分だけ掘り起こして書きました。


1番最強と自負していた彼女が1番最弱でした。最強は誰か?今後の展開で予想してみてください。

「雪女の伝承なんか碌なものじゃないわ。小泉八雲が書いた伝承は読んでみたけど、面食いだったみたいね?老人を殺して若い人を生かすとか…妖怪の分際でヒト様を選んで生かすことが意味が分からないわね」

 雪姫は話を静かに聞く。

「それで?私をなんて思う?」

「クソみたいな女ってこと。で、男に自分の話をされたらそのまま子供と男は殺さずに消えちゃって。本当にくだらなくて面白かったわよ?雪女の話は」

「わざわざ感想まで言ってくれるのね。でも残念ね。それを知っても尚、私に挑むのは?」

「雪女は男が欲しいのですよね?あの男を秋水様は容赦なく殺しますわ。逃してしまった落ち度は受けなければですが。ですが、秋水様に捨てられなければ問題ありませんわ」

「随分、その人間に虐げられているのね。あなたの表情、とても辛そう」

 雪姫の問いに名妓は眉を顰める。

 雪姫は名妓の曇った表情に違和感を抱く。

(もしかして、この人の子は何かに怯えてる?)

 今まで人を救った雪姫から見た名妓の表情が、自分に対する恐怖でないことを察する。

 死の表情とは易々と見る機会はない。しかし、雪女はその死に際を何度も見たことがある。

 雪姫もまた、妖界で何度も悲惨な末路を見届けてきた。

表情の僅かな変化を見落とさない。雪姫は彼女に相応しい死を与えることを決心する。

 他人の心を平気で抉る煽り言葉で、雪姫の戦闘欲を削ぐつもりだった。

 伝承を聞かせれば大抵の妖怪は否定し、我を失う傾向がある。妖怪は自ずと伝承に掻き乱される種族だと名妓は心得ている。

 しかし、今回はそんな下らぬ冗談が通じないと手応えで感じた。逆に妖怪の雪姫に覗き込まれている不快感を感じた。

「女は殺す伝承はなかったですわ。人間の男にしか手を下せない雪女に負ける気はしないですわね!」

「人の子だからってあなたに手を出さないとでも?それとも、私に対して警戒でもしてる?大丈夫…初めてだけど、あなたを殺す覚悟はできてるから」

 雪女の伝承は古来から近年まで幅広く存在する。それぞれ伝承に違いがあり、様々な力を持つ。しかし、共通する伝承が存在する。

 『死』と何らかと結びつく伝説が雪女にはある。

 死を司る死神のような妖怪とも呼ばれ、その証拠に死装束を纏う。

 そんな雪女である雪姫の覚悟が決まった瞬間、人間である名妓に襲い掛かる。




 吹雪が荒れ荒れしく舞い上がり、雪姫は吹雪へ消える。

「何処っ⁉︎不味い‼︎」

 名妓は異能で自身の周りに絶対防御を張り巡らす。

 その判断は正しかった。雪姫の刀身が既に目の前に迫っていたのだ。

 目はシリウスの目で光り、敵を葬ることを強く望むんだ殺意に満ちた瞳が映る。

「よく塞いだね。でも、あなたはいつまで保つ?」

 再び姿を消し、吹雪の中を駆け走る。

 名妓の異能は《幽霊》。不可視の幽霊を呼び出し、変幻自在にその形を変えられる攻防に優れた異能なのだ。攻撃を無効化したのも、幸助を握り潰したのも霊による攻防。

 名妓は雪姫の太刀筋に死を感じた。凍てつく刀身が自身に容赦なく降り注ぎ、必死に防御に徹する。迂闊に動けば死ぬと本能が訴える。《幽霊》が使えなければ死んでいた可能性がある。

(攻撃速度が異常過ぎる。私が視えないだなんて⁉︎あり得ないわ。こんなが、雪女の筈がなくてよ‼︎)

 攻撃が幽霊に当たる時のみその姿を確認できる。だが、それも僅か1秒に満たない。

 妖怪と人間の身体能力に差がある。悟美を除いた人間では妖怪の速度に付いていけない。

 油断はするつもりはなかった。それでも尚、雪姫の攻撃は並みの妖怪を超越している。

 この場所は既に雪姫の領域内テリトリー。名妓は誤算をしている。雪姫は高速で移動しているのではなく、吹雪に消えているに過ぎない。

 吹雪が舞い、氷点下を悠に超えている。名妓は服装や装備が防寒対策がなっていない。吹雪に晒され、幽霊によって全身を囲うが寒さは凌げない。

 勝負は10分以内で着くだろう。凍傷も僅かに起こしており、体温も低下が確認できる。

 唇も青くなり、着物が凍りつく。

「出てきなさい!私に恐れているのね?ははは…早く出てきなさいよ‼︎」

 寒さで思考が回らない。寒さで眠気も襲い、眠気を抑えるのに必死になる。視えない雪姫を視界で捉えるのはもはや諦めていた。闇雲に《幽霊》で捕まえようとする。

 吹雪の中を歩き回ることは死を意味する。それと同様に、名妓は視えない妖怪を探す。

 雪姫は正面から戦わない。それに恐怖する名妓。恐怖が寒さを更に強める。

「視えないでしょ?それは当然のこと。私の領域であるこの場ではあなたは勝てない。不可視の異能を使っているのは既に分かってる。自分の守りに徹するなら最適ね。一体、何を思ったらそんな下らない異能を欲しがれる?」

 姿が視えない雪姫が名妓を煽る。

 それが名妓の気持ちに大きな乱れが生じた。

「巫山戯るな雪女風情!私の気持ちすら知らない妖怪如きで出しゃばらなくてよ‼︎妖怪は気楽で良くて!病気も死も怯えなくて…。人間を侮辱するな嫉妬女‼︎」

 名妓は激昂し、防御から攻撃に反転する。視えない雪姫を手当たり次第で探る。

「ユフフフ。それはあなたの問題、私が知らなくて当然ね」

 雪姫は視えない姿のまま返答する。

「私の問題?……人の温もりを知らない伝承の妖怪が出しゃばるな!人間に恐れられるのが妖怪の取り柄に過ぎない。たかが伝承の妖怪に何が分かるってよ⁉︎恋も愛も温もりも義心しか持てない妖怪は——っ⁉︎」

 名妓は発言を誤った。漸く、自分が何を失言したかに気付いた。

 雪姫が姿を晒す。白無垢の衣装を纏った妖怪が名妓の目の前に立っていた。シリウスの目は濁り、冷たい眼差しが名妓の恐怖を引き立てる。

 目の前に現れた。ならいける、そう思考が回れば違ったのかもしれない。

だが、目の前の妖怪は死を招く死神のようだった。それと同時に体が金縛りに遭ったかのように動かない。

(動けない…。寒さで動けない。どうして……?)

 名妓が相手しているのは妖怪だ。今まで理性の欠片のない妖怪や名のある妖怪を相手にした程度。全員が異能で屈服できる相手に過ぎなかったからだ。

 伝承が刻まれている妖怪が容易に挑むことはない。雪女という存在の恐ろしさを今身をもって知った。

 雪姫は他とは違う経験者だ。人間を救うために技量や剣技を極めてきた。襲う妖怪を捌いてきた。

 経験値や分析力が一段上だった雪姫が優勢だったのだ。

 恐怖で体が微動だしない名妓。

「あ…あぁ…」

 体が凍り始めている。触れていないのに、雪姫が近くにいるだけで凍傷と凍結が加速する。

「あなたは女、だから殺さないと思えば勘違い。私は愛する者が他の女に奪われそうだからあなたを殺す。しかし、加護を持つ人間は殺せない。それは嬉しいことかもしれない。永遠に雪の籠に入れるから」

 雪姫の言葉の意味を理解してはいけないと強く否定する名妓。

 だが、吹雪が体を麻痺させ、感覚が無くなっている自分がいた。足元と腕が麻痺して動かなくなり、雪姫に支えられるように体が倒れる。

「寒い国でこの格好は自殺行為。しかし、私がいると知りながら何も考えずに秋水に媚びる女は哀れなこと。物言えば唇寒し秋の風。この言葉の意味は分かる筈。人の悪口は自分に災いを招く。あなたは幸助を侮辱し、私を咎した。あなたは今、何を思う?その人生に悔いがないように思い返しなさい」

「違う…。秋水様に媚びたのは……」

 意識が朦朧する中で、名妓は自分の愚かさを反省する。

 天然痘を患い、親や友人に軽蔑され、親に邪魔者扱いを受けた。

 世は戦争激戦期である太平洋戦争の真っ只中。誰もが国のために命を落とす中、名妓は自分が生きたいことを強く望んだ。

 その願望は間違ってはいなかったと言い聞かせて…。

 名妓は生まれた時代を後悔した。目や耳を塞ぎたくなる事実が彼女を苦しめた。

 太平洋戦争が終結することはなく、次々と親戚や友人が戦死する情報を聞き、泣き喚いてその現状を拒もうとした。

 自分は悪くない、これは夢なんだと。何度も病床で震えながら現実に目を背けた。

 非国民。名妓は多くの人々からそう呼ばれた。病気を患う彼女にとって、その事実は最も否定したかった。

 そして、その病気の床につく名妓に最後が訪れた。

 それは、あまりにも拒みたい事実だった……。

『お…お父様?』

 銃を突き付けられ、放たれた言葉は信じられないものだった。

『男だったら生かすつもりだった。だが、病気を患う女にこれ以上の出費は無理だ。死んだ奴らに報いるには、お前は邪魔だからな』

 14歳の名妓には信じ難い肉親の言葉だった。

 それを肉親に言われた名妓の性格は歪んでしまった。

 強く生きたいと望んだ結果、名妓は死んでも尚生きたいと志願した。

 そして、誰かに必要とされたいと思い、誰かに縋りつかざるをえなかった。

 縋りついた末に行き着いたのは皮肉にも閻魔大王だった。

 運悪く目を付けられ、その身を委ねることを望んでしまった。心の穴を突かれた名妓は変わってしまった。

 人の役に立ちたい。ただ一心に望んだ幼い心は瞬時に歪んだ。

 後から妖界へ来た秋水に従い、秋水に認められたいが為にその身を挺して秋水に従った。

 その結果、人間と妖怪の尊厳を脅かした。




 そんな名妓にも永遠の眠りにつく頃が訪れた。死ではなく眠り。最後になるかもしれないと言葉を選んで…。

「わ…私、仲良しが羨ましかった。上下関係がないみたいな感じで。恋も愛も温もりも知ってる人が狡かった。なんで生きたいと分かって欲しかったのに気付かなかったのって自分を呪いたい。秋水様は結局…私を一番の捨て駒に従っていたことも知ってた。なのに、私はあの人に捨てられたくなくて。あんな時代に生まれてこなければ……」

 雪姫は優しく抱きしめる。

「大丈夫。あなたは悪い人じゃない。悪い人が多かったから歪んだだけ。でも、多くの人を蔑むことは許されない。尊厳を無視して他人を妬むのは悪い人。関係ない人を巻き込んだあなたには永遠に眠って貰うだけ」

「うん……死ぬよりはいいかな」

 名妓は雪姫に委ねるように体が氷に覆い尽くされ、氷柱の中で、安らかな眠りについた。

 雪姫は死装束は戻り、幸助の後を追うことにした。

 だが、『妖怪万象』を使ってしまった影響で大分体力と妖力が消失してしまっていた。

「化け狐の言ってることが正しいだなんて。この力、幸助を守りたくて得たのに…」

 走るのが苦しい。だが、それでも幸助の手助けができるように足を進めた。

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