26話 口約束
遅くなりました。
後3話投稿します‼︎
目が覚めると、俺は布団の中にいた。
和室のようでとても住み慣れた部屋。
見たことある空間だな。雪姫の住処に戻ってきたみたいだ。
「起きたのね幸助」
雪姫が抱きついてきて、思わずヒヤッとした。
「冷て‼︎」
抱きつかれた途端、もの凄い冷気が体に染みる。
「三日も寝てた。私達、ずっと心配してた」
「心配してるなら、もう少し表情柔らかくしてくれよな。いつもの雪姫だから、怒ってるようにしか見えねえんだ」
寝起きの文句が言えるなら生きてるみたいだ。
「あれ〜?幸助君やっと起きたのかしら〜?おはよう」
恐ろしいものが体中を走り抜けるのを感じる。この声は……。
なんで俺の家にいるんだこいつ⁉︎
「あ!あの‼︎…おはようございます」
こいつに至っては誰だ?見たことがない奴じゃねえか。
「あんた誰だ?」
「わ、私は‼︎…あ、ああ‼︎」
逃げちゃったよ。俺が誰かと聞いただけなのに…。
「駄目ですよ。紗夜ちゃんは男嫌いなんです。人間の男が大嫌いですので」
「……なあ?俺と雪姫の家になんで居るんだ?そこの羽根生やした……ってええっー‼︎」
俺の目の前には、天狗が二人いた。思わず声を上げてテンションが上がる。
「漸く目覚めたかの?目覚めから仰天するとは大したものじゃ。事情を話すから寝衣を着替えおくれ」
俺は着替え、來嘛羅から今の経緯を聞いた。
「そういうことか。俺達を秋水の手下と思って悟美が襲い、烏天狗と悟美は加護を來嘛羅に受け、女天狗も紗夜の加護を來嘛羅と合併。で、此処にいるのは、秋水の奴から遠ざかったわけだな?」
亡夜に戻ってきたのは來嘛羅の案だとか。
「妖都にいるのも窮屈での。数日は目が届かぬから安心せい」
俺が気を失っている間、どうやら悟美は烏天狗を吹き飛ばしたのだとか。その事実が一番恐ろしい。
妖怪を吹っ飛ばした奴が仲間とか、仲良くできる気がしねえ。
「來嘛羅、今後の動きとして俺達はどうすればいいんだ?」
來嘛羅の進めた出来事に俺は疑問を抱くつもりはない。
「そうじゃの。この人数だけでは危ういのは明白じゃからの〜」
來嘛羅は人差し指を口元に当てて考える。
來嘛羅が何を考えているかは分からない。
「俺は來嘛羅や雪姫、烏天狗達が優位に動ける作戦なら乗るつもりだ。陽動でも囮でも構わねえ。妖怪を全て助けるとかならやってやる!」
俺は進んで特攻になっていいと思った。
「確かに、陽動なら誘い出せるであろう。じゃが、お主は妖怪が苦しんでるのをどう救うつもりじゃ?」
「あっ、それは…」
「無理じゃろうな。どんな手段を使ったとしても心を傷める結果に終わる。言ったであろう?妾は未来が視えると。」
來嘛羅は俺が妖怪を傷付けられないと知ってるんだ。
「でもさ、俺は能力が《名》だし、異能の中では最弱の類なんだろ?秋水の奴の討伐の力になれる気がしねえ…」
悟美と戦って分かった。俺の能力は恵まれていなかった。
刀剣と『未来視』で精一杯の抵抗ができても、倒せなければ意味がない。
俺にできることといえば、囚われた妖怪を上手く誘い出すぐらいなのかもしれない。
気合いや根性、妖術で粋がっていた程度で、妖怪を支配してる奴には勝てない。
無念さで胸が焼けそう……。
「それがお主の理由かの?」
「っ‼︎」
俺の思考を読まれた。
今の心情は最悪としか思えない。
「お主が何故、秋水如きに敗れるのかが分からぬ。何故、悟美に勝てなかったから諦めようとする?」
「悟美は俺では抑えられなかったんだ。しかも、雪姫を怪我させてしまった。こんな俺が妖怪を救えるわけがねえ」
罪悪感が心を押し潰してくる。二度も助けてくれた雪姫をボロボロにした罪は重い……。
「こんな俺に何ができるって……言うんだよ」
思わず本音がボソッと呟いた。
パンっ!と一瞬、両耳に痺れるように痛みと声が聞こえた。
「やめて。そんな責任だけで自分が落ち込まないで!」
「痛っ‼︎何すんだよ⁉︎」
雪姫に文句が言いたくなった。
俺の口より速く、雪姫が口を動かす。
「幸助!私に言ったの忘れた?助けられた恩を返せないクソ野郎にはならないって。あなたを私は三度救った。二回しか幸助は助けてくれてない。あと一回返さなかったら許さない」
「三回⁉︎」
いつ助けてくれたんだ?天邪鬼の時と來嘛羅の時しか覚えてないな。逆に助けたのは、九華の時と悟美の時……ヤバい。助けて貰った方が多い。
「俺全然約束守れてねえじゃねえか‼︎」
雪姫は冷静になって俺に聞く。
「理解した?幸助、自分で言っていたことを守れてないの。私を助けるつもりで、支配されている妖怪達を助けて欲しい」
弱みを握られたからには責任を取れってことなんだな。
なんだか、秋水も悟美も怖くなくなってきた。
雪姫の方がよっぽど面白いぐらい怖いぜ。
「じゃあ雪姫。俺が助けた方が多くなった時、何してくれるんだ?」
弱みを握りたくなってきた。気紛れっていうか嫌味も含めてな。
「幸助の好きなこと。してあげる」
「言ったな?撤回とかなしだぜ?」
「いい。でも、幸助には厳しいと思う」
雪姫が落ち着いた笑みで頷く。
本気で約束してくれた。だったら、やるべきことは決まった……。
「よい目じゃ。お主の恐怖が綺麗さっぱり消えおったぞ。今のお主になら、妾の体を捧げてもよいかも知れぬ」
お、おおっ‼︎マジか⁉︎
だけど、雪姫が凄い目で來嘛羅を睨み付けてる。
「幸助を誘惑しないで化け狐。幸助はあなたを所望ではない」
「そうかの?幸助殿は其方よりも妾に気が向くみたいじゃぞ?」
冷たい雪姫と余裕な來嘛羅。約束したばっかりだけど、できれば來嘛羅とかにして貰いたい。
あの神々しい尻尾に埋もれて……。
「幸助、今厭らしいこと考えた?」
「ちょっと…な」
「そう……」
雪姫は目を細めて睨んでくる。
今後の方針は決まった。
4日後、俺達は妖都の地下と宵河を攻めるのを決行する。
だが、俺は残念に思ってしまった。
來嘛羅が俺と来てくれないのだ!
なんでかと言うと、來嘛羅は単独で宵河にいる人間を倒すと決めてしまったからだ。
俺は頑張って説得した。でも……。
「來嘛羅。なんであんただけで人間のいる方を攻めるんだ?一人だと危ねえじゃねえのか?」
「そうじゃな。じゃが、お主に問い返す形になるが、お主一人で四十以上の人間を相手にできるかの?相手は全員異能を使うのじゃぞ?」
「そ、それは…」
そうだった。妖界にいる人間は全員が能力持ちだった。分華の多分《分身》と九華の《忍法》は凶悪だったな。分身で他者も作れるみたいだし、忍術もあの程度ではない筈。
「お主は妾にとって命より大事なのじゃ。もしものことがあってはならぬ。危険が少ない方で皆と一緒におるとよい。妾の心配などせんでもよい。妖怪は死なぬし、ましてや、妾は太古の九尾狐と恐れられる妖狐じゃ。お主が死んでしまっては悲しむ者がおる。じゃから、雪姫達と共に秋水を殺すのじゃ」
「秋水は妖怪を支配してる奴だ!來嘛羅なら俺と一緒に簡単にやれる筈だ‼︎頼む!俺と雪姫達と一緒にやろうぜ‼︎」
俺はどうしても居たかった。なのに、なんで居てくれねえんだよ…。
「それはできぬ」
やたら俺の言葉に頷いてくれない。
「なんでだよ?」
「すまぬが、妾は秋水を手にかけれぬのじゃ。これはお主には話していなかった。妾は秋水を間接的に懲らしめる。じゃから、お主は直接秋水を殺しておくれ。閻魔大王に直接手を出すのを止められておるからの」
そう言う來嘛羅の表情はとても悔しそうだった。だから、それ以上追及はできなかった。
俺は謝った。
「ごめん來嘛羅。本当はあんたを守ってみたかったんだ。好きな妖怪を守りながら戦ってみたかったんだ。來嘛羅は強いけど、その…女だから、俺が守っ—っ‼︎」
俺が言いかけている間に、來嘛羅の優しいハグが俺を包んだ。
とても甘味の香りが鼻に入って、抱かれるままに体に力が入らなくなる。
來嘛羅は俺の耳に囁く。
「幸助殿は檸檬が好みじゃろ?強い匂いは苦手のようだったから、妾の香水を混ぜておる。どうじゃ?」
そうだったんだ…。俺の好きなフルーツの匂いだったんだな。嗅いだことあったけど、こんなにも、癒される匂いだとは知らなかった。
「幸助殿は奥が深いの〜。檸檬の花言葉は知っておるか?」
「……分からない。ただ、俺はこの匂いが好きで。何も」
「ンフフフ、お主も花というのに興味を持つとよい。檸檬の花言葉は“心からの思慕”じゃよ。花や木を好む者はそれだけでどういう人物なのかが理解できるのじゃ。恋焦がれるその心を大事にし、妾を思い出しながら戦うのもよいぞ?」
「んなっ⁉︎そんな風に思っちまったら逆にヤバいだろ⁉︎」
「悪くはなかろう。誰かを想うことは、お主にとって力となるからの。4日後に一度別れるが、また会える」
それは励ましではなく、來嘛羅の確信だった。俺にはそう思えてならなかった。
それが余計に嬉しかった。
來嘛羅は既に結果を視ていた。
幸助には言わないのは、結果を知っていることで変わってしまう未来があるからだ。
人は未来を知りたがり、良ければ前に進もうとし、悪ければ別の道に進もうとする。
妖界の世界の未来は不変とされたが、望まれない異分子が入り込んだことで、未来に大きな影響を及ぼした。
來嘛羅が以前視ていた未来は、妖都を支配した秋水だった。
手を出せない以上、來嘛羅にはどうしようもできなかった。自分は退屈と称し、空間内で永遠と過ごそうかと考えていた。
そして、暇潰しに視ていた未来には別の未来が映し出されていた。
その目で視た未来に來嘛羅は救われた。
來嘛羅は不変を嫌い、新たな変化を求めていたのだ。それが今は叶いつつあり、心が躍っている。
金瞳は静かに狐目へ変わる。
「その目は?」
俺はその目を初めて見た。俺はその目の魅力に神性を感じた。
カッコいい……。
「フッフッフ、幸助殿なら知っておる筈じゃ。妾は人間の姿を模した妖怪。こんな妾を真髄から好いてくれたのはお主が初めてじゃよ」
そう言って俺から離れ、優しく首を撫でられた。
「俺が初めて……。おっしゃああっーーー‼︎」
俺は胸に込み上げる感情を晒した。
「うむ、喜ばれるとちと恥ずかしいのぉ…」
來嘛羅は妖艶な笑みを浮かべていた。
俺は悟美に聞きたいことがあった。正直、俺はこんな奴と馴れ合いたくはない。
だが、俺は秋水を吹っ飛ばすために友好な関係にしておきたかった。
「幸助君、何の用かしら〜?」
「なああんた、なんで烏天狗を蹴り飛ばした?育ての親だったんだろ?」
「烏天狗のこと?いつもの癖でやっちゃったわ。でも、烏天狗がいけないのよ?」
別に俺は悟美に正せとは言わない。人間なんか、正せと言われて正せる奴なんかたかが知れてる。秋水の奴は屑。分華も人間性は最悪。九華も口が悪かった。
俺は悟美に強要しないし、別にやり返すとかはしねえ。だが…。
「だからって、てめぇの価値観で烏天狗に仇を返すな馬鹿野郎!來嘛羅に従うって言ったあんたは絶対だ。妖怪好きの俺の前で、理由もなく妖怪に手を出すな。いいな?」
俺は悟美の胸ぐらを掴んで、壁に押し付ける。
「女の子に手をあげちゃうんだ〜。まあいいわ。私は女としてみられるよりはマシだし」
「俺はあんたの気持ちを聞いてるんだ。なあ、絶対に妖怪に手をあげるな!」
だが、こいつは反省の顔をしないで謝ってきやがった。
「シシシッ!別にいいわ。妖怪が好きなら悪い妖怪にも?」
「……それは」
「でも、ちょっと面白いかも。幸助君の目的は知らないけど、私と利害は一致してるかもしれないわ」
「あんたと、か?」
「えへへ!その通り。烏天狗と女天狗が秋水を憎んでいたし、私がそれを果たしてあげる。今回は妖怪には手を出さないようにするわ。その代わり、つまらない遊びでもしてたら、本気で今度こそ叩き潰すね」
「殺すってわけだろ?まあいいや。とりあえず俺が仕留め損なったら俺が殺られるってことなんだろな」
「あは!よく分かってくれるのね⁉︎じゃあ、一番強い貞信とは遊ばせてね?」
「そいつって…秋水の奴に操られている奴だろ?」
「シシシッ!でも、烏天狗が面白いぐらい強いって言ってたから。幸助君には秋水を譲ってあげるわ」
こいつの言ってることが全くではないが、理解しようにも分かち合える気がしねえな。
妖界の世界にも善悪は存在する。俺は妖怪は善と決めつけるのはできない。逆に悪と決めつけられない。
でも、嫌いになることはあってはならない。
妖怪だって、この世界の住民だ。誰にもそれを侵害する権利はねえんだ。悟美の言っている果たしは多分、秋水を殺すことなんだと言われるまでもなく理解した。
妖怪を救い、秋水達を倒す。俺が成すべきことはそれしかない。
「分かった。俺があいつを倒してきてやるぜ。面倒な奴は任せるとする」
「えへへ!紗夜とは違った意味で面白いわ。ちゃんと後始末までだよ?」
妖怪を力で苦しめる奴は俺が許さねえ‼︎




