18話 新たな変化
人を殺すことに躊躇いない主人公が最近怖いと感じています。何故、人を殺して平気でいられるのか?それが謎であったので、この物語の主人公は初めての討伐に心がへし折られる経験を含めています。精神が未熟な年代である主人公の成長はどうなるか?今後も期待してて下さい。
少し表現不味かったらすいません。一応、このやり取りも後に必要となってきますので。
空間にある城の寝床に幸助を寝かせ、雪姫に確認をする。
「其方は元々人として生を受けた身じゃ。じゃから、それなりには気付いておるかと思う」
「私に関係……そういうことね」
雪姫はある事を思い出し、來嘛羅が話そうとする話を黙って聞くことにした。
落ち着いた態度で雪姫に幸助の精神状態を語る。
「人間は傲慢であるのだが、時には臆病な側面も持っておる。人の世を何千年と見てきたから分かるのじゃが、幸助殿は生涯一度たりとも殺生をした事がないのじゃ。それ故、今日起きた出来事に気が動転してしまい、精神に乱れが生じた。己で同じ同胞を殺めた罪の意識は計り知れない。人間界では人を死に至らしめる行為は禁忌じゃが、此方は違う。言い聞かせてはみるが、恐らくは罪の意識は消えぬ仕舞いじゃ…」
幸助が犯した罪を話す來嘛羅の表情に曇りはないが、何処か隠せない気持ちがあった。
会って一日ばかりしか経っていないが、來嘛羅は名を貰った事に敬意はある。自分の庇護下にある幸助が精神的に損傷させてしまったことを悔やんでいるのである。
妖怪と人間との価値観はあまりにも違う。幸助はれっきとした人間だ。人間の世界に居た時の感性を持つ幸助は、罪の意識の重さに潰さる。人に手を下すこと自体をした事がない彼では、最悪廃人に至るだろう…。
雪姫ではどうしようもできない。それは重々承知であるし、來嘛羅も雪姫に確認を取る。
「少し記憶を弄る。其方はどうするかの?かなり荒治療になるが」
「構わない。私では幸助は救えない…。あなたが救って、お願い」
「承った。じゃが、妾が今からする事は其方の心を傷めるものじゃよ?」
來嘛羅は確認を取る。雪姫は、その言葉に何の意味があるのかを既に知り得ている。
「……あなたのまやかしが必要よね?化け狐のその男を惑わす妖術で幸助の概念を変え、罪の意識を消し去るのでしょ?」
「うむ、その通りじゃ。妾の妖力を幸助殿に流し込み、妾が妖術で脳へ直接干渉して思考の概念を上書きする。幸い、名付けによって深く繋がった故、簡単な作業にはなるのじゃがな。脳を操作するにあたって——」
來嘛羅は記憶を操作する際、ある行為を兼ねる。
記憶を改変する神経に深く干渉する必要があり、脳に近い部分から施すのが最も記憶を改変しやすい。だが、その部分が人にとっては不可領域の部位なのである。
それも、幸助にとっては初物。
雪姫は恥ずかしさを殺し、ある事をお願いする。
「幸助の……初めてを貰わせて」
來嘛羅は耳をピクッとさせる。
來嘛羅は雪姫の気持ちを察する。
「……そうじゃったな。其方、幸助殿に心底惚れておったな」
雪姫は幸助が好きなのだ。
だからこそ、幸助に渡したい物がある。
來嘛羅はそれを踏まえて、雪姫に聞いたのだ。雪姫はそれを理解した上でしたいのだ。
「良かろう。本当は妾が初物を奪うつもりじゃが、其方が強く望むなら今だけは譲ろう。5分消えておるから雪姫、気が済むまで好きにすれば良い」
空間を展開し、來嘛羅は空間内から消えた。
「随分アッサリなのね。…そっか、化け狐は男を食い散らかしていたから、私に譲ってくれたのね?」
嫌味を言いながらも口元は正直だった。
眠っている幸助に歩み、幸助の顔を手で持ち上げ、顔を近くする。
「起きていたらもっと良かった。でも、初めてを貰えるなら、どんな形でも受け入れる」
一人だからなのか、雪姫は悦んだ。
雪姫は唇を湿らせ、幸助の唇に接吻した。
接吻はとても優しく、唇にある体温を分けるような思いやりが込められていた。
(懐かしい気分。こんなに想いやる口づけが落ち着くなんて。これなら、私の一部を幸助の中に…)
雪姫の頬は紅潮し、一度唇を離す。
そして、再び唇を重ねる。
今度は普通の接吻ではなく、雪姫自身の妖力を口から通して幸助に流し込む。
己の妖力を人間に与える行為は、妖界において滅多に見られない。妖怪が人間の真似事をする自体が希少であり、ましてや、妖力を与える事自体が超希少なのである。
妖力は人間にもあるが、妖怪の妖力とは異なる性質を持つ。 人間に妖怪が妖力を注ぎ込む事例が確認できてない中、雪姫が初めて行ったのだ。
加護を持つ人間。それも、自分の妖術を扱える幸助ならば可能だと。賭けではなく、愛する確信として捧げる。
雪姫は躊躇う事なく、妖力を許容範囲で注ぎ込む。
自分の物と誇示するように、幸助の黒髪に雪姫と同じ色が僅かに混じる。青色のメッシュに染まり、幸助の前髪と後髪に変化が生じる。
今度は幸助の生気を自分の中に取り込む。
この行為はよくあり得るのだが、
自分に大きな変化を与えることになるとは、雪姫自身が知る由もなかった……。
接吻を終えた雪姫は、酔いしれるように幸助の顔を優しく愛でる。
「これで、もう大丈夫。私が離さないから……」
満足したのか、雪姫は5分が経過するまでそれ以上干渉する事はなかった。
心待ちしている來嘛羅が戻り、雪姫を見て思った事を口にする。
「ふむ。其方も愛が深いの。我が物としたいが為に妖力を捧げるとは。雪姫も正気の沙汰じゃないぞ?それ程まで、妾がせんとする事に嫉妬するのじゃな」
雪姫の表情に人間らしい生気が宿ったのか、その笑みは大人びたものだった。
「嫉妬する。私の幸助の初めてはあげたくないもの。もう、この子は私と一心同体。妖力を共に分かち合った仲だから」
雰囲気がガラリと変わった。雪女だった筈の雪姫は、内面すらも人間らしく明るくなった。
幸助の生気を雪姫の妖力を同じ量で交換した為、幸助に準ずるものを獲得したのだ。
「フッフッフ、大層なことを言うおる。混妖の特性を十二分に発揮しおって。まさか、新たな種族になるとはの。妖精……人間と妖怪の狭間の存在へと進化した者は其方が初めてじゃ。これはこれは、誠に不思議じゃよ」
妖精。純妖とは違う種族であり、人の血肉や生気を糧にする必要がなく、人間とあまり変わらない種族。
來嘛羅が指摘する以前に、既に進化していた。
進化するのは通常二つに分けられる。
人間になりたいと願い、力の大半を失う代わりに人間と同じく異能を獲得する。これにはリスクがあり、人間になった妖怪は死ねば自我も魂もなくなる。
純妖になりたいと願い、強力な力と『妖怪万象』を獲得する。しかし、進化することで人間に対する殺意や食欲が抑えられなくなる危険を持っている。大抵の妖怪はそれを気にしないが、雪女であった雪姫は違う。
力は欲しい。でも人間は食べたくない。
その願いが受諾されたように、雪姫は幸助に『雪姫』と名を貰った直後、進化を果たしていたのだ。
純妖のように強力な存在でありながら、血肉を必要としない超克者の誕生は、妖界では雪姫が初めてだった。
雪姫の姿は変わらないが、その内面に大きな変化を及ぼした。そして、雪姫の持つ願望が開花していた………。
來嘛羅は上機嫌だ。目の前に様変わりした雪姫を見て、僅かに込み上げてくる興奮を覚える。
「あなたもやってみれば?でも、純妖じゃあ私みたいにはなれない」
「よく喋ること。やはり、幸助殿の生気は一味違うのじゃな?」
來嘛羅は雪姫の言葉を羨ましがる。
今度は自分の番とばかりに、眠る幸助の唇に深い接吻をする。
雪姫とは違い、來嘛羅にはやるべき事がある。
幸助の頭に尻尾を被せ記憶を読み取り、その記憶そのものに干渉し改竄する。
接吻をしたまま、幸助の深層心理まで入り込む。
約束通り、幸助の記憶を改竄し、自身の妖力をふんだんに注ぎ込む。
接吻が終えたことで來嘛羅は落ち着いた様子で雪姫に言う。
「終わったぞ。これで、幸助殿はもう死生観で怯える事はない。数日は目覚めぬから妾の棲家で休まるがよい」
その表情は、母性に溢れた麗しい笑顔であると雪姫は感じた。




