149話 御礼
就職先が決まりました。ですが、かなり衝撃的な内容で、今後の生活に大きな影響になります。その件はまた後日話しますので。
しかし、その混乱よりも、妲己に対する怒りが勝った。唇を噛み締め、混乱する感情を鎮める。
気を保ち、その怒りを幸助ではなく妲己に向ける。
「如何わしい性欲で触るな!おまえは出ていけ‼︎幸助の肌をそれ以上晒すな‼︎」
悋気丸出しに言葉を吐いた。
修羅の形相に、妲己は臆した。本来なら笑い飛ばすところだったが、雪姫の態度が只者ではないと察した。
思わず、本来の威厳など感じられない慌てた様子を見せる。
「す、すまなかった。遊び過ぎたようだ。ワレは外へ…様子を見に行くとしよう」
気分を害したよりも、雪姫に気を遣うように顔がシュンとなっていた。
一部始終間近で見た幸助があまりの怖さに、タオルのような物に包まって震えていた。
雪姫はそっと忍び寄り、幸助に話し掛ける。
「もう大丈夫。淫乱狐は居なくなったから」
自分でも気付いていないが、雪姫が無自覚に喜色を浮かべていた。
邪魔が消えたから、その反動で思わず本心が出てしまっていた。
しかし、幸助は雪姫の顔を見ていない。
「帰ってくれよ…!もう裸見られるの嫌だ!」
相当トラウマを刻まれたのだろうか。幸助は泣きじゃくっているみたいな声で拒む。
そんな幸助に雪姫は母親のように背中を摩る。
「幸助。あの狐は居なくなったから大丈夫。今は私しかいない。私は見ないから、あなたは服を着なさい」
恐怖を和らげるような優しい声掛け。幸助の心は雪姫の言葉で落ち着きを取り戻し、いつの間にか個室から出て行った雪姫に感謝し、服を着始めた。
「死ぬかと思った……妲己め、俺の身体をイヤらしく触りやがって!次々と服を着せ替えやがってもう疲れた。裸見られたし、俺の貞操も狙っているような目付きだった…。マジで怖かった」
妲己に食べられるのではという恐怖に駆られ、すっかり弱気になっていた。
その時に雪姫に助けられたのは大きかった。助けられた感謝は大きく、雪姫に何かした方が良いのではと考えが過ぎる。
「なあ……雪姫?もし良かったらで良いんだけど…あんたの服、選ばせてくれねえか?」
幸助は雪姫にお礼をしようと思わず口走る。
まさか、幸助からそんな言葉が出てくるなど思いもよらなかった。
雪姫は個室の外でその言葉を聞いていた。彼女は幸助がお礼をしてくれる事に驚いていた。
驚かせないように、雪姫は幸助に話し掛ける。
「……急にどうしたの?私に、お礼なんて…」
幸助も声を聞いて安堵する。
「あ、いや…そうじゃなくて……。そりゃあ…助けてくれなかったら妲己に襲われるんじゃねえかと思ってな。だからその礼をだな」
「何それ…幸助は服は嫌いなのでしょ?」
「嫌いってわけじゃねえよ。ただ…裸が見られるのが嫌なんだよ」
幸助とて、異性にあられない姿を晒すのは辱めである。
「じゃあ、どうして?」
「雪姫はさ、その死装束を変えようとしないのか?」
「…ん?変える必要はない。これで十分だから」
雪姫は『雪女』の時から着こなしている死装束を着衣している。妖精であるが、妖怪であるのは変わらず、服を新調する必要がない。そもそも洗濯やお洒落に気を遣う妖怪は少ない。
妖怪にお洒落は必要ない。雪姫もまた、そう考えていた。
「駄目だろ流石に。俺言ったよな?その服があると冷たく見えるって」
「……」
服を確認する。
どうでも良いと言い捨てていた服を見て、雪姫は割り切れない気持ちになる。
この服を別に気に入っている訳ではない。伝承通りに着こなし、自身を『雪女』としての象徴であった。
妖怪の印象付けとしてはこれほど適した服はない。
だが、今は『雪女』という名前ではない。
「俺は雪姫がお洒落してるところ、一度でいいから見てみたいぜ?死装束って、死人を象徴してて俺とあんたで共感する部分がある。それも悪くないと思ったが……俺だけが雪姫に何かされているのが落ち着かねえ。古都でこうして楽しめるんだ、雪姫にお礼させてくれよ」
幸助の純粋な気持ちが伝わる。
心の中に蠢いていた怒りや嫉妬のもやが晴れていくのを感じる。
こんな自分にお礼してくれる。それなら厚意に甘えても………。
自然と緊張感は消え、冷めた表情に薄っすら人らしい笑みが浮かぶ。
幸助の言葉を受け入れる。
「そう……。それならお願いするね幸助。私の服、選んで」
初めて人に甘えた瞬間だった。
俺は雪姫の服を選ぶ事になった。
しかも、俺と雪姫の二人きりでだ。妲己は雪姫に追い払われ、外で夜叉達と一緒に警備してくれている。
雪姫の服を選ぶなんて一生ない機会だろうな。
何故か、俺の前で律儀に正座して雪姫が待っている。何処か、期待しているような姿勢で待ち構えて見えなくもない。
「気合い…入ってる?」
「いいえ。幸助が何を選ぶのかを心待ちにしているだけ。さあ、早く」
「そ、そうだよな!じゃあ早く決めちまうか!」
ちょっと調子狂うな。雪姫がこんな風にお願いしてくるのは初めてだ。こうなれば、思いっきり雪姫の要望を叶えてやるしかない。
古都の服は古い物ばかりだ。しかも滅茶苦茶値段が高い。
今回は俺の所持金で払う。十式買っても全財産の十分の一も使わないが、普通に金持ちが買うぐらいの高値ばっかり。
買う物間違えたら無駄遣いだ。慎重に、雪姫の似合う服を探さねえと……。
個室で待つ雪姫の為に、俺は外の服を探してみる。
「何が良いんだろうな?あいつの服、和服が良いんだろうか……」
悩んでいると、猫の妖怪定員に肩を叩かれる。
「お客様?何かお探しですか?」
「ちょっとな…」
「先程の日本妖怪の美人さんですね?それでしたら、この妖魔水に100年浸した火豹の毛で織んだ衣はどうですか?それか極寒の秘境に棲む氷鳥の羽毛で編み込んだ羽織物は如何ですか?それとも、古都でも人間界でも希少種であるパンダをふんだんに使った暑さにも寒さにも優れた冷房性も暖房性もかね揃えた衣装はどうですか?」
妖魔水は妖力を多く含んだ水で、川や雨に流れる水ではなく、海の水に多く含まれている。水深によって妖力の濃度が変わり、空気中に含まれる妖力よりも遥かに濃い為、非常に妖魔水は妖怪に好まれる魔水である。
海まではかなり距離がある為、古都と怪都の間にある海に行かなければならない。
海に住む妖怪や怪物がうじゃうじゃいるから、容易に妖魔水を手にする事は困難。優れた妖怪に高い報酬を払い、回収しに行っているとのこと。
そういえば、妖都付近にも海はあると聞いたが、あそこから海魚は釣ってこられるそうだ。
次々に定員さんから奨められる服を手渡される。
「待ってパンダいるの⁉︎」
「当たり前じゃないですかお客様?この都市には中国から生まれた動物や伝説動物、精霊など居るのですよ?それらを捕まえ、養殖したり商品の為に飼っているのですよ?」
普通に居ると話すので、俺は古都が凄いところなのだと改めて思った。
どれも見てみたが、雪姫に似合いそうな服が見当たらない。氷鳥が一番似合うかと思ったが、これは大柄の女性だな。雪姫は俺より身長はあるが、筋肉質ではないし。
雪姫に好みを聞こうかと思ったが、それは違う気がした。なんせ、あいつへのお礼だから自分で考えなきゃならねえ。
服選びって…こんな難しいんだな。
「悪い…これじゃないんだ。もっとこうだな……」
俺は雪姫に着て貰いたい服を説明した。
「難しいですね。でしたら、新たに作りましょうか?1時間あれば出来ますので」
「マジか⁉︎じゃあ、雪姫に似合うヤツ作ってくれ!」
「かしこまりました。では、この書類に編み込んで欲しい材料と生地、装飾や紋様を細かに記して下さい」
俺は迷いなく書いた。
意外と決まっていたのだ。雪姫に着て貰いたい服は。
この世界に一人の親密な理解者を得た時から俺は雪姫を特別な感情で見ていた。
親か姉に近い。過保護でも、あいつは俺をいつも見てくれた。
心地良かったんだ。
最初は目障りと思っていたが、今は無いと困るぐらい俺が心配性になってしまった。
いつも文句や怒りの中には、俺を想う気持ちが伝わってくる。
そのお礼として、俺はプレゼントしたかった。日頃の感謝であり、そこに邪念は全くない。
雪姫にしか似合わない。それこそ、『雪女』の風格もありつつ、女の子らしく、誰もが好印象を持ってくれる服。俺に見せてくれた笑顔が何度もしてくれるような心地にする服。
そうだ。俺は雪姫のあの笑顔が見たい。
伝承に縛られない人の心を温めるような笑顔が………。




