147話 蚩尤
2話目です。3話目は少ししてから投稿します!
古都に滞在して7日が経ち、都出の準備をする幸助達。しかし、幸助の噂の真偽が可笑しな方向に伝わっていた。
——妲己という妖怪を懐柔し、古都の支配を目論む不届き者がいる。
この噂は事実も混じっている為、些かにも虚偽ではないとは言い切れない。妲己が否定すればそれまでなのだが、妲己はそれを全く否定しないのだ。
それどころか、妲己は誇らしげに都市中に言いふらしている。
「何をワレの婿に目を向けておるのだ?貴様ら、一切合切首を刎ねてやろうか⁉︎ワレの婿となる予定のコイツに触れるな!捌いてやる‼︎」
と言うものだから、妲己が丸め込まれたと思われても仕方がないと思うしかない。実際に「裁く」のではなく「捌く」というのだから恐ろしいのだ。
出鱈目としか思えない噂が古都に広まってしまい、幸助は誰かしらの護衛がなければ移動が出来ない。幸助を悪意持って狙う者が続出している。
幸助は四六時中、雪姫と妲己に挟まれるように歩かされている。
「クククッ!これは良い様じゃな?ワレを見て平伏しておるぞ!貴様もこのザマを楽しんでいるか?」
「あ…いやぁ…」
「なんだ?ワレが偉大に見えぬか?貴様はワレをしかと見るのではないのか⁉︎」
幸助の否定的な態度に腹を立て、妲己は凄い剣幕で周りを威圧する。それにより、道行く者が妲己に怯えて頭を下げる。
この光景の気色悪さを知っている。止めようとするが、その度に妲己が苛立って反抗する。
「分かった分かった!あんたは偉大だよ!だから、周りの奴らにも寛大にしてやれよな?」
必死に宥める。
彼女の機嫌を宥める事が出来るのは、皮肉にも幸助しかいない。
「そうであろうな!ワレが心狭かったな⁉︎では、少し大人しくしておこう」
「それで頼むよ…」
睨み付けることは無くなったが、その代わりに妲己からのスキンシップが激しくなる。豊満な胸に引き寄せ、妖しげに笑う。
「なあ……俺を抱き込むように抱き付くなよ…」
「別にいいだろ?貴様がワレを望む発言をしたのだぞ?妖怪を嫁にするなど、貴様が初めてだ。嫁ぐ身として振る舞うのが常識だろ?」
妲己は我儘な性格。それは『妲己』の伝承でも記されており、本人もその事を自覚している。今を満喫したいという我の強い欲求に支配され、妲己は幸助に強い関心を向ける。
拷問に精を出さなくて済むという点では有り難い。だが、幸助には地獄でしかない。
隣から凍り付くような殺意を向ける雪姫が睨みを利かせているのだ。ずっと冷気を放ち、妲己の邪な言葉が出る度に冷気が凶器となって襲う。幸助が一番怯えているのは雪姫の殺気である。
「口を包みなさい淫乱狐。あなたの勝手な威嚇で敵を生んでいる。それを自覚しないで幸助を危険に晒さないで」
雪姫が馬鹿狐から淫乱狐に変えたのは『九尾狐』を嫌っているからであり、唯一名前で呼ぶのが褒姒だけとなった。しかし、その雲行きも怪しくなってきているが……。
「クククッ、このワレがコイツに心底から欲しているのは分かっているはずだ。他の者が見なくとも、コイツだけに見て貰えれば後は何も要らない」
幸助の必死な説得を勘違いしている。それにより、妲己はより一層我儘になった。
「それは依存しているようね。淫乱狐は幸助に発情して何が良い?」
特に赤面もせず、真面目に雪姫が問う。隣にいる幸助が思わず「自重しろ…」と言ってしまう。
身を震わせ、妲己は穏やかな顔で幸助の頬を舐める。
「民衆の心が離れた今、もはやワレを好こう者は誰もいない。こうして、ワレは貴様という人間に愛着とやらを持てるようになったのだよ。不思議と…貴様を抱くと胸がモゾモゾする」
「だからそれが淫乱狐なのよ!いい加減、幸助を自分のものと誇張するのをやめなさい‼︎」
いつにも増して感情が露わになる雪姫。
その怒号に惹きつけられるように、狙う者が湧いて出てきた。
数百メートルから標的を狙う人間達は、静かに長弓で狙いを定める。
狙いは幸助。一瞬の隙を窺い、息を潜めるように弓を張る。
矢を放ち、幸助へと一直線。
しかし、彼らが知っていればこんなヘマはしなかった。
護っているのが二人だけだと、思い違いさえしなければ……。
「風の精霊よ。悪き心の弓矢を祓いなさい!」
華名が風を支配し、矢は木っ端微塵に粉砕される。
「誰だ⁉︎」
刺客が声を発した時、彼らの運命は短いものとなった。
「シシシッ‼︎手応えある玩具かしら⁉︎」
屋根を突き破り、刺客の一人を三節棍で捻り潰す。不意の攻撃に為す術もなく、意識が刈り取られる。
「キ、貴様…まさかあの男の従者か‼︎」
「えへへ。そう見えるかしら〜?私が幸助君に従っているように?」
「なんだと…?」
「強者が私に懲らしめられて絶望に堕ちた顔が見たいの!あの子が私より強くなったらそうするつもり。それまではちょっと強そうな貴方達と遊んであげるわ!」
会話する気もなく、悟美の暴力の前に捩じ伏せられる。
逃げる者多数。だが、彼らに逃げる場所などなかった。
彼らの影から紗夜が現れ、無言で筋肉繊維を的確に斬り込み、行動不能にする。
それでも逃げようとする者には、夜叉が襲いに掛かる。
「暗殺が失敗した者の末路は死です。潔く死を選びなさい」
長刀で頭から一刀両断する。
暗殺は元から分かり切っていた事。この都市で守護者が褒姒となり、秩序や法律がリセットされた事で、今まで以上に人々が荒れてしまっている。このような暴挙に出る者は後が絶たず、数日間はこのような状況である。
褒姒はこれらの為に全ての秩序に基づく法律を定め、漸く今日施行される。
昼の12時に施行される時まで、幸助達は死守をしなければならない。
特に狙われやすいのは、幸助に限った話ではない。よく暴れている悟美にその敵意は向けられる。
「これで終わりかしら〜?紗夜、周りを確認を——」
悟美は紗夜に話しかけた途端、背後から石剣が迫っていた。
「その命、頂戴致する‼︎」
悟美は目視せずに避ける。
距離を離し、その者に悟美は笑う。
「外したか」
「いい動きだったわね。牛さん」
姿を隠しもせず、堂々たる敵意を放つ妖怪が現れる。その者は、空に響くような声で名を明かす。
「俺は牛じゃない。『蚩尤』だ!」
中国神話に登場する妖怪の『蚩尤』である。
獣身で銅の頭に鉄の額を持つ。四つの目と六の腕を持ち人の身体に牛の頭と鳥の蹄を持つ混妖であった。今は純妖と至り、その力はかなりの物である。
神の伝承を持つ妖怪である為、その力は全盛期より衰えず、“災禍様”として申し分ない。
全ての腕に石剣が握られ、豪快な妖力の変動を感じる。悟美が彼を見逃すはずがない。
「どうでもいいわ。私には分からない妖怪だし。ところで、私に何のようかしら〜?」
「ふんっ!その実力を見て俺が挑みたいと思った。是非とも、俺の憂さ晴らしに付き合ってくれないか?」
性格に似合わない律儀な言葉遣い。
蚩尤は凶暴さで知られる妖怪であるが、勇敢な妖怪でもある。張り合える相手を見つけては挑むのを忘れないという程の戦闘狂であるが、律儀に相手に敬意をみせる。
蚩尤の頼み事に、潔く返事をする。
「良いわ。こんなに逞しい妖怪とやれるなんてついてるわ!じゃあ、ここでおっ始めるかしら?」
今かと待ち望み、悟美の気分は高まる。表情から見ればそれは明白。紗夜も止めず、悟美の影に潜り込む。
「それも良いが、此処だと都市の中で迂闊に荒らす事は大罪となる。場所を変え、牛の刻になるまで愉しむとしよう」
やる気満々なのは蚩尤も同様だ。
しかし、自分が戦えば古都は破壊しかねない。その為、場所を移す必要があるのだ。
「えへへ!もしかして妖術で跳ぶのかしら?」
「ご名答だ。俺が霧で連れて行ってやる」
蚩尤がそう言うと、二人だけが霧に隠れていく。
「じゃあ、私はしばらく遊んでくるわ!夜叉、後は二人で頑張ってね〜」
手を振り、満面な笑みで悟美は消えて行った。
夜叉は静かに頬を緩ます。
「遊びって……やはり異常者は考えている事が理解できないものです」
二人の結末を見送る事なく、幸助達の護衛を続けた。




