144話 未来を視る者
酒呑童子の配下は全員が強者。そして、怪都を襲っている理由が彼らしい。朱音の異能は、並外れたものであって、先を見抜く恐ろしい異能です。しかし、戦闘向きではないので最も最弱として味方からは疎まれています。強さで測る世界で彼女を庇護下に置いた酒呑童子を妬む者は意外と多いです。
ちなみに、この物語の酒呑童子は情に熱い妖怪で、元々人間の伝承もあったので混妖の扱いです。“三妖魔”で唯一、彼だけが元人間というのも良いですかね?
自分は玉藻前と同等に好きな妖怪ですので、多くの活躍をさせてあげたいものです。
此処に集う者皆が、酒呑童子の言葉に不審がるのは無理もない。
1000年間、妖都へ一度も赴かず、この地に息を潜めていた。幾度なく太古の妖怪を相手して生き延び、その実力を持ってこの拠点が存在する。
場所が特定されないように、怪都から遣いとして出てくる妖怪達を捕え葬ってきた。1年前までその手段を幾度なく使い、古都への連絡手段を妨害してきた。
しかし、今日は酒呑童子の方針が一変している。それに違和感を抱かぬ者はいない。
「そうですよ!酒呑童子様はアタシ達が倒してきた魔女を見過ごせと言うのですか⁉︎」
「俺も同感だ。あんた様が魔女を葬れと、これまで数百の魔女を狩ってきたんだ。今更変えろとは些か可笑しな話だ!」
キュオンと揮は猛反対する。
この二人は、酒呑童子が妖界に生を授かってから最も長い付き合いのある人間である。率先して酒呑童子の為す事に加担し、これまでに幾多の功績を積んできた。
人間を殺せと言えば殺害する。妖怪を通すなと言えば確実にやり遂げてきた。
多少の無茶も頷く二人だが、今は頷く事が出来なかった。
そんな二人の訴えに酒呑童子は態度を崩さない。
「余が決めた事に異を唱えるか?それも分かるが、訳がないわけではない」
「では何故⁉︎」
「相変わらず犬みたいに吠える奴だ。黙って話を聞け」
キュオンを黙らせ、自身の考えを共有した。
「妲己が退位した事は西園寺が事前に占ってくれた。《予兆》でそれは視えていた。間違いないのだろ?」
指名され、答えようとする朱音。
彼女は揮と同じ時期に迷い込んだ人間であり、妖界で彷徨う中で酒呑童子に拾われた。
身の丈は七尺と大柄で、遺伝子の異常によって成長が30歳過ぎるまで身長が伸び続けた。
身長に見合った和を模した服を好み、酒呑童子のお気に入りの一人である。大きな特徴としては、戦闘を好む集団で唯一、穏和で平和的思考を有している点である。
問われた朱音は淡々と申した。
「はっ。私の未来予知によりますと、その未来はひと月前に映し出されていました。妲己は退位し、褒姒が新たな守護者となる。更には、拍車を掛けるように、各地の怪異が活発化し、大嶽丸と玉藻前が大きな行動に移行致します。それから7年後、“三妖魔”が発端の合戦が始まるのは免れないかと。現在起きた結果とこれから起きる未来、どちらも特に変化はございませんでした」
朱音は《予兆》という未来を見透す異能を有し、これまで酒呑童子の所在が見つからないのは、彼女の異能による事前察知によるもの。
その精度はずば抜けており、数秒から1年の間であれば確実な予知が可能である。幸助の持つ『未来視』とは比べるには精度があまりにも桁が違い過ぎる。神の域に踏み込んでいる未来予知を可能にし、常に絶対的な未来を見据える。この異能を使い、事前に相手を知る事も可能である為、酒呑童子が彼女を庇護者の一人に選んだ理由も頷ける。
「間違いではなかったな。やはり貴様の異能は素晴らしき性能!褒めて遣わすぞ!」
「有難き御言葉。頂戴致します」
朱音は鎌倉の世に生まれた人間であり、名家に生まれた鬼才である。礼儀作法を重んじ、酒呑童子を絶対君主のように崇拝する。神隠しに遭い、荒野を彷徨っているところを酒呑童子に拾われたのだ。その恩義を忘れず、誰よりも率先し、全ての事柄を彼に報告する。
戦闘の腕はないが、唯一、異能で好待遇を約束された者である為、不満に思う者は数多い。しかし、未来が見える能力を持つので、謀反など起こすなど絶対にあり得ないのだ。その目で見なくとも、《予兆》が全てを知らせてくれる。企てる前に始末されてしまうのが常である。
「余は褒姒が気に入らぬ。あの仙狐の肩書を持つ妖怪は一度死んでいる。記憶を失っているに関わらず、ちょくちょくこの地に顔を出しているのが目撃されている。余は褒姒が何か企んでいる腹だと見ている」
「それは⁉︎いらぬ事態が起きると仰るのか!」
揮が焦るような様子を見せるが、酒呑童子は落ち着いた様子で答える。
「そうだ。西園寺が視た未来であの女、この地にある人間を放り投げるつもりだ」
「それは、一体誰ですか?」
「西園寺。貴様が視た全てを話せ」
朱音は一礼し、視た未来を報告する。
「はい。この死の山脈デスバレーに半年後、“放浪者”松下幸助を筆頭に、『雪女』・『妲己』・『すねこすり』・『蚩尤』・『夜叉』の五人の妖怪、今回の怪都から派遣される『魔女』を引き連れ現れます。人間である十六夜紗夜、新城悟美を引き連れるようです。目的は我が主君で在らせられる酒呑童子殿との交渉です」
朱音の言葉に真っ先に驚いたのは揮だった。
「馬鹿な!そんなあり得ない‼︎古都から此処まで辿り着くのに2年はかかるぞ‼︎未来を見間違えているだろ⁉︎それに討伐目的でもない奴らが交渉だと⁉︎舐められたものだ!」
乗り物に乗っても2年かかる距離を縮めるのはほぼ不可能。妖怪の中に、浮遊術や瞬間移動がなければこの遠い距離をどうにも出来ない。
感情が露わにする揮に対し、朱音は淡々と説明する。
「いいえ。松下幸助という男に付き添う十六夜紗夜という女が異能で移動しているのが大きな要因です。動けない夜に影を駆使し移動する為、通常よりも数十倍以上の速度で向かう事が可能となります。更には、妲己の保有する妖馬『赤兎馬』を使役した移動により、通常の速度を超えた移動を可能にします」
「誰だその女⁉︎」
「分かりませんね。この者が只者ではない事は明白なのが幸か否か。恐らく、頭領と思われる松下幸助よりも強者かと。十六夜紗夜、彼女の素性は妖都出身以外、何も得られません。異能による秘匿…または“太古の妖怪”の助力によるものか」
「チッ!男が女に負けるとは恥だな⁉︎」
揮は嫌な表情をする。
『酒呑童子』という妖怪の特性を知る者にとって、この話は不快でしかない。
それは、女性を連れ去る手癖がある。特異体質と称して、彼は頻繁に怪都やその周辺の人間を連れ去るのだ。興味がなくなればそれまでだが、めんどくさい程度に気に入られると最悪な被害を被りかねない。
男である者は強さを求められ、女は異能を求められている。
この話を聞いて、うずうずするのは彼の本性なのだろう。
「面白い!その十六夜紗夜と他にいた新城悟美という奴を捕え、今後の玉藻前への対戦に向けて戦力を補充するぞ!頭領としてこの地に来る男には、余が自ら歓迎しに行くとする!話が通じる奴ならば、協力関係を築けるやも知れないからな!」
酒呑童子はその性格に似合わず、意外と友好関係を築こうとしている。
身勝手に都市を侵略しては人間を誘拐するが、それは自身の伝承に従っているわけではない。
鎌倉時代に入り、妖界に生まれた『玉藻前』を、彼は一度目にした事がある。
傾国の美女と謳われたその姿を見て、誰よりもその美貌と巨大な妖力を危険視した。自身よりも遅く生まれた筈なのに、桁外れた妖力と気配に恐怖で魂が震えるものだった。
直接手合わせもした。戦闘能力は自身が格段に上だったのに、妖術で圧倒された経験がある。精神支配を受けたが、持ち前の異能と精神力で跳ね退き、暫く身を潜めた。
鬼という種族しての本能。そして、混妖である自身の男としての危機感が彼女を敵と定めたのだ。
それ故、自己勝手に妖都に一度も顔を出さず、最強たる軍団を結成させてから玉藻前を屈服させようという算段である。
人間界で、人間に討ち取られた経験が、彼の獰猛さに水を差し、奥手な妖怪に至らしめた。
酒呑童子の発言に、朱音は突然の頭痛に見舞われる。
(痛っ!……軋む痛みが来たという事は未来が変わった⁉︎)
こんな一瞬で未来が変わる事はなかった。
視た未来は信じ難いものだった。
朱音は突然の未来改変に大きな動揺をした。
「どうした西園寺?驚いた顔をして」
「は、はい…誠に申し訳難いのですが、不吉な未来を拝観致しました」
「何⁉︎それは誠か⁉︎」
朱音は立ち上がり、酒呑童子の耳元で囁く。
「申し上げます。酒呑童子様は松下幸助という人間とはお会いするのを御避けて下さい。御会いすれば、立ちどころ逆鱗に触れるでしょう。どうか、御避け願います」
慎重な物腰で言う朱音に疑問を抱く酒呑童子。
「何故だ?」
「存じ上げません。ですが、松下幸助と御対面によって生じる未来とだけは分かります。まるで、酒呑童子様自らが怒りに取り憑かれるような激怒をなされる光景を視ました」
嘘であるならば酒呑童子も黙っていない。しかし、朱音の訴える言葉に疑う余地がない。
「ふむ……。奴が機嫌を損なう事をするようならば余は怒るであろうな。だが、その話が聞けた事で問題はなくなったとも言える。余が機嫌を保っておれば大した問題も起こらずに済むだろう」
朱音の警告に耳を傾け、その未来の自分の愚かさを内心は笑う。
未来を知っていれば問題ない。酒呑童子は自身ありげに吐き捨てる。
「余計な節介でした。申し訳ございません」
「ふはっはっは!いいぞ!存分に言ってくれてかまわんぞ‼︎常に危険を知らせる者、その心掛けは忠誠心の塊だ。遠慮なく物申すがよい!」
寛大なのか愚かなのか、酒呑童子は気前良く高笑いをする。
「話は済みましたか酒呑童子様!アタシ達はどうすれば?」
犬みたいに突っかかるキュオンは待ち切れない。そのせいで、敬うという気遣いがなくなり、自分勝手に聞いてくる。
しかし、これでも実力があるから誰も文句言えない。古参であるなら尚更だ。
「先程話した通りだ。とりあえず、魔女は誰も手を出すな。この上空を通過する際、下から狙う者を排除すればいい。それと、頭領の松下幸助率いる人間二人の女を条件に協力を申し込もうと思う。もしこの地まで辿り着いたその時には、奴等に無礼のないようにもてなせ」
意思を伝えた。酒呑童子が取り決めたことに従う彼らにとって、この決定にこれ以上逆らうのは無意味。
「「「はっ!仰せのままに」」」
「グゥ……」
三人は従い、ソーンは寝ているが承諾する。
仲間には情を向ける酒呑童子。
だが、新たに酒呑童子から直々に加護を受けた者により、その情に大きな差が生じた。
強さで愛情である加護を与え、強さによって待遇を重視していた。元々一番のお気に入りであった揮を重宝していたが、1年前に連れて来られた人間が100年以上維持されていた階級に一石を投じた。




