139話 妖怪の苦言
天邪鬼が人変わりしたような様子ですが、本人が抱いていた本音です。それと、ここで秋水の支配についても若干触れています。天邪鬼が幸助と会った時には、既に支配から解かれているのです。
あと告知したいことがあります。2月5日は予定があるので、その日は投稿を休止します。
天逆毎は大した妖怪ではないと、最初は待ち構えていた。
だが、幸名の姿を見て、その心待ちは間違っていると改める結果となる。
「分華!九華!ゆきなが退屈しちゃうじゃん!もっと遊ぼうよ‼︎お兄ちゃんに越されちゃう!」
場違いな発言で來嘛羅達がいる庭に来た幸名。天逆毎は目を大きくして自身の目を疑った。
「馬鹿な⁉︎狐神!この妖怪に何をした⁉︎どう見ても『妖怪万象』ではないか⁉︎」
対して、來嘛羅は得意げに笑みで答える。
「驚くのも無理はないじゃろうて。此奴は幸助殿の妄想から具現化した妖怪じゃからな」
普通だろという態度。しかし、天逆毎の態度は更に昂る。
「阿呆めが!これが驚くなと言われて驚かない者はいないぞ⁉︎秘術を誑かしておいて何様のつもりだ‼︎」
まさに言う通りだ。
『妖怪万象』とは純妖しか保有しない秘術の中の秘術。切り札とも呼べる代物を、混妖である幸名が使用可能なのが理不尽なのである。
しかも、幸名という少女を見て、可笑しな点を見抜いた。
(混妖であるには違いない。純妖にしか会得出来ない秘術を永続的に発露させている。どちらにしろ、この異常事態の妖怪を飼う狐神は何を企んでいるのやら…)
変化を好む天逆毎でも、この事態を容易に受け入れる器量がない。
幸名は天逆毎を見て興奮を隠せないのか、三本の尻尾をブンブンとさせている。
「ほぉぉー…‼︎もしかして天逆毎⁉︎」
双子を無視し、天逆毎の元に駆け寄る。
目を輝かせ、天逆毎の体を触りたい衝動に駆られる。
我慢の出来ない子供のように触りたそうにする幸名に天逆毎の感情は冷めた。
「貴様…何故妾の服に触ろうとする?」
「天狗の頂点たる妖怪、それを目の前で拝めるこの昂揚感が堪らない!今すぐにでも抱き締めたいワクワク感で襲いそうだけど、ゆきなはちゃんと自重する。その代わり、お兄ちゃんでも見れなかった天逆毎がここで見れたのは何かの縁。良かったら…握手でも…」
余程、怖いもの知らずに成長したのか、まるで幸助と同じような性格。会いたい妖怪を見ると心が躍るのは、幸名の心のままの心情である。
「こ、こうか…?」
冷めても対応はしっかりする。天逆毎の手を掴み、幸名は言葉にならない程の喜びを表現した。
「あぁー‼︎これが天逆毎との握手!お兄ちゃんが知ったら喜ぶかも!えへへ、怖いもの知らずって良いね!こうして触りたい妖怪に触れられるなんとも言えない感じが。ありがとう天逆毎!」
「敬称で呼べ!妾を崇めぬとは罰知らずめ!」
「いいじゃん!妖怪も人も一緒だよ!ゆきなは好きな人を好きになって幸せになりたいの!」
畏怖しない態度は敬意に値する。幸名にせがまれても対応し、嫌々でも肝が据わったその様に作り笑いを見せる。
「まるで……あの小僧と似て酷いものだな」
思わぬ光景に、天邪鬼は呆れて笑った。
もし、あの時、敵意を向けなければこんな話し方をしたのだろう。そう思ってしまい、僅かばかりに後悔する。
しかし、今度はそれを帳消しにするぐらいの恩を返さなければならない。その為に天邪鬼は天逆毎に懇願した。
仇を恩で返したが、恩を恩で返していない。
今回の來嘛羅に招待された経緯は、天邪鬼の強い願いがあってのこと。願いを叶えるべく、天逆毎は彼の言葉とその心意を受け入れて欲しいと來嘛羅に招待を懇願した。
折角顔を見せて貰った分華と九華、幸名には妖都へ跳ばし、他の者が來嘛羅の空間に留まる。
この場において虚偽はあってはならない。決して嘘を吐かず、己の主張が彼らの間で取り決められる神聖な場と化す。
円卓や机はなく、來嘛羅と天逆毎が座る椅子が対面するように距離を離している。來嘛羅の傍には烏天狗と女天狗。天逆毎の隣には天邪鬼。
まずは天邪鬼が來嘛羅へ膝をつき、深く頭を下げる。
「古の妖怪で在らせられる『九尾狐』様。名を改め、來嘛羅様となった今、私、天邪鬼より深い謝罪を申し上げさせていただきたい」
「…申してみよ」
一礼し、天邪鬼は自身の素行を口にする。
「はい。今は地獄へ堕ちた山崎秋水の命により、妖都に属する亡夜に迷い込んだ人間を始末しろと命じられておりました。その時は既に、災禍様により支配は解放されておりました。だがしかし、松下幸助がこの地に降り立ち、この私は身勝手にも感情を昂らせてしまい、危うく命を奪いかねなかった。何故、この私が命令に従うようにあの者に手を掛けたのか…今思えば、何者かに操られているようにも思える最悪な選択。選択はしたものの、雪女によって阻止され、最悪にも封じられた事で頭を冷やす時間を頂きました。しかし、この身で人間である者の命を狙ったのは事実。如何なる辱めも罪も認め、松下幸助の庇護者である來嘛羅様に謝罪をさせて下さい」
本来ならば、謝罪の必要はない。
何故なら、妖怪が人間を襲うという行動に罪という罪悪感を抱くことはないからだ。
妖界に住む妖怪として、人間を襲う行動は当然であり、人間を憎む妖怪がいるのも事実。騙し、人間の尊厳を蔑ろにするのも咎めはなく、人間を襲う事自体が罪に問われるなどあり得ない。
それなのに、妖怪の身である天邪鬼の謝罪は異質である。
しかし、天邪鬼はそんな浅ましき妖怪ではなかった。
人間を騙す事は間違いなくあった。そして、純妖としての誇りもあり、人間に優越感を抱いたこともあった。それなのに、天邪鬼は謝罪の意を天逆毎に訴えたのだ。
嘘や真逆を好む妖怪が、虚偽を禁じた不利な場所で心からの謝罪を來嘛羅にする。
信じ難いが事実である。
だからこそ、來嘛羅には天邪鬼の行動が不可解なのである。
「天邪鬼。妖界の世で罪に悩むことがない筈。何を思って、妾の加護を受けた幸助殿へ謝罪の意を述べた?妾は妖怪の思考は読めぬ。偽れぬこの場で、その心を口にせよ」
言葉を噛み締め、天邪鬼は息を深く吸う。
落ち着かせ、自らが抱いた胸の内を明かす。
「…儂は、あの小僧の純情を踏み躙った。松下幸助…あの小僧は儂である事を理解した上で近寄ってきた。あの澄んだ瞳は何物にも変えられない目だった。まっすぐで、何も囚われない心の主を初めて見た。純粋な心だと見抜いていた……見抜いていたんだが、儂はそれを拒絶してしまった……」
言葉の途切れ途切れに後悔が混じる。
老人の声に起伏は見られないが、言葉の中に強い悲痛な思いが感じられる。この場にいる者全員が、天邪鬼の言葉を信じないわけにいかない。
「…続きを申せ」
來嘛羅は言葉詰まる天邪鬼を催促させる。
「儂は……あれほど妖怪に情を向ける者を知らない。知らなかった。知りたくもなかった…。こんな妖怪に殺される世界に似合わぬ変人がよもや居るとは、一体…誰が想像出来ようか。だから思わず感情が昂った。この手で小僧を……」
手をかけようとした手が震える。悪夢のようにぶり返す記憶に嫌気が差す。
伝承では騙す事を刻まれた妖怪は、強い罪悪感に自らの伝承を呪った。
相手が嘘を吐く人間だったら、ここまで腑に落ちる真似はない。寧ろ、嘘や偽りは天邪鬼の得意としているものである。
自らの意思で嘘を吐く者、無意識に嘘を吐く者、流されて嘘を吐く者、それらの人種は天邪鬼が罪の意識を向ける対象ではない。
震えるのは幸助の妖怪に対する純情な心を間近で見てしまったからだ。
天邪鬼の変わりようを見て、この場で勇気を出して烏天狗は怒声を浴びせる。
「ふんっ!大ボラ吹き妖怪が!たかが一人に罪悪感を抱くなど臆病者に成り下がったか⁉︎」
心にない言葉を吐いているのではない。信じられない姿を見て、烏天狗は感情を昂らせていたのだ。
「そんなつもりはないぞ烏天狗!儂は嘘のない発言をしたまで!」
否定し、凄い形相で吐き散らかす天邪鬼。
「それが臆病者と呼んだんだぞ!小僧を狙った事に罪を感じているのならば、ちっぽけな悩みだな⁉︎人間は様々な人種が居るというもの。それをたった一人に感化されて気が変わるほど、貴様の精神は擦り減ったか⁉︎」
否定しようとする天邪鬼に烏天狗が上乗せで返す。
「っ…」
「人間とは純粋な生き物。善悪を天秤にするような生き物だ。我が妖怪にはない個性がある。俺は間近でその個性に触れ、人間という人種を女天狗と共に育んできた。生まれや育ちで人格は変わり、俺たちに育てられた人間はまったくの我儘な娘達に育った。いや…影響を与えてしまったと言った方がいいんだろう。俺と女天狗の激情を学んだ悟美、その陰で悟美に強い憧れを持った紗夜。人間は何かに影響されて成長する生き物なのだ。俺は貴様の反省の理由ができん!」
自らの経験を告げる烏天狗の目は真剣そのものだ。
そこに悪巧みや悪知恵などなく、純粋な人間育成を語る妖怪であった。
「……人間は嘘を好む。だからこそ憎かった…。嘘を吐く人間がいるから儂が生まれてきたのだと!」
「自分を棚に上げるか天邪鬼!貴様の伝承は確かに人間の負を体現したものだろう。人間は実に勝手で、己らの都合に合わせて妖怪を生み出してきた。中には“三妖魔”のように地方や国を揺るがしかねない存在まで生み出した。俺も人間がこれほど惨たらしい人種とは考えただけで膓が煮え返る怒りに憑かれた。だが、貴様のように勝手に己を呪う理由にサジを投げる愚かさはない‼︎」
人間は状況に流される。
奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代といった妖怪が疫病や厄神、祟り神と恐れられた時代は酷いものだった。
病が流行れば人間の怨霊の仕業と恐れ、神隠しや都事変が起きれば妖怪の仕業と書き記された。
それによって、“三妖魔”を筆頭に多くの“災禍様”が誕生した畏怖の時代が存在した。
中には、この世に生まれてはならない妖怪すら誕生したぐらいだ。それらは閻魔大王が出向くまでに至り、厳重にその者達を地獄へ幽閉し、悪魔達や死神に監視されている。
日本と中国の国だけではない。妖怪という言葉が伝わり、各地の怪物や英霊、幽霊が妖怪扱いされ、西洋や神話、各地に記された伝承の者達が妖界に出現した。
それら全てが人間に生み出され、存在する事を強制された者達。彼らを無碍に扱えず、三大都市以外の法のない荒野に放り出すしかなかったのだ。
妖怪は、人間が怪奇現象などの未知な存在を認知する事で強さを得る。この世界では強さを基準とすると定められているが、人間は妖怪を認知度で彼らを恐れる。
神話に属する妖怪の大半が“災禍様”という状況の中、野に放たれた妖怪が“災禍様”で荒野を彷徨い、人間と妖怪に恐怖を知らしめている。
その為か、都市に属する太古の妖怪や災禍様が彼らを討伐し、その均衡を保ってきた。
全ての元凶は人間に収束する。この世界を生み出したのは人間であり、今の状況に至ったのも全て人間が生み出した伝承なのである。




