138話 天逆毎
新たな妖怪、久しぶりの双子の黒山姉弟、來嘛羅です。天逆毎は知っている人はまあまあいると思いますが、この物語では“災禍様”として地位に君臨させています。そして幸名再登場、次回でその変化が分かります。
幸名の成長と黒山姉弟のスピンオフは気が向いたら番外編で作ります。
幸助が妖都:夜城を旅立ってから3ヶ月が経ち、妖都:夜城も以前に増して増築が見られ、街並みが活気に溢れていた。
それは当然の計らいで、多くの日本妖怪が來嘛羅に従事した結果でもある。彼女の支配力さえあれば、都市のひとつは容易く楽上が築かれる。
しかし、來嘛羅が施したのは命令ではなく、率先であった。
誰もが積極性を持って行動に移し、來嘛羅の意思に動かされたように都市の復興が進んだに過ぎない。
來嘛羅が望んだ都市であれば、他の妖怪や人間が思惑を汲み取り、結果にしてみせる。
來嘛羅が施したのは、妖都全土に生息する生物の意思統制をしただけ。
此処、妖都に不穏な知らせも噂も流れない。秋水が消えて半年を迎えようとしている頃、妖都には平和な静かさが生活に馴染んでいた。
そんな退屈を嫌う妖怪は数が多く、大抵の妖怪が謀反など起こせば瞬間に討伐される。
だが、例外な妖怪が存在する。特に、この世界でも名が知られる“災禍様”だけは例外なのだ。
“災禍様”である『天逆毎』が動いた。
『天邪鬼)』や『天狗』の祖先であり、江戸の伝承より生まれた新参者。しかし、その実力は神を凌ぐといわれ、神の血を引く女神として伝承に記されている。女神が妖怪となるケースはあるが、その生まれは異質である。
『天逆毎』はスサノオの猛気から生まれた存在であり、性別に似合わぬ怪力や牙を持ち合わせている。『八岐大蛇』を討伐した者の血を引く彼女は気性が荒く、獰猛な一面を持っている。
日本妖怪は神に属する妖怪は比較的に少なく、“災禍様”に名を連ねる妖怪の大半は鬼が占めるが、『天逆毎』は女神という伝承を持ち、“災禍様”に僅か300年前にその身を置き、“妖怪大戦争”においても活躍を見せた。
彼女は単独で“太古の妖怪”に属する神の妖怪を数体滅ぼしている。異形なる者として、他の妖怪からその力を怖れられている。しかし、“妖怪大戦争”の記憶は当然消されており、実力の行使が出来ない現状に強い不満を抱く。
容姿も怖れられる要因にもなり、人間には友好とは言い難い。
姿は人間に近いものの、顔は獣のように鋭い目付きをしており、天狗のように高い鼻を持ち、長い耳と牙を持つ。天狗の容姿を強く持つその姿は一見すると人間に危害があるように見え、人間である者は普通なら接しようとすらしない。
だが実のところ、天逆毎が手を出すのは神だけである。人間に対して、意外にも好感を抱く。
彼女は『九尾狐』同様に“変化”を望む。
「調子はどうだ?秋水の支配から解けて、何か変化はあるか?」
「問題ないですとも!お陰ですこぶる体調は良好です!」
「そうか……なら安心した」
身内に砕けた態度で話す天逆毎。自らの眷属である『天邪鬼』や『木の葉天狗』、『小天狗』などの天狗一族をその身で引き受け、今やその数は年々増えている。名のない妖怪も天逆毎自らの妖術で天狗へと変え、『大天狗』への進化を見届けている。僅かであるが、消滅した伝承へ姿を変える天狗も確認されている。
天狗は妖術を多種に扱い、戦闘特化した妖怪種族である為、妖怪達の間では、戦争を仕掛けようとしているのでは?と噂まで囁かれている。
「しかし良かったのでしょうか?このような低俗な我々に時間を割いていても?」
配下である木の葉天狗は自らを被虐する発言をする。
天逆毎はその言い分を否定する。
「自らを低俗を呼ぶな愚か者めが!あの人間に支配されたからといって低俗に成り下がる理由がない。生きている。こうして、お前らは妾の前に生きて姿を見せてくれている。それだけで嬉しいものだ」
妖怪としては珍しく、部下に怒りを晒さない。伝承に逆らうように、天逆毎は彼らを擁護する。
主従関係は厳しく取り決められており、妖怪の地位でも一族の間でも大きな問題として絡んでくる。仕舞いには、争いに発展することさえある。
日本妖怪では特に傾向が見られ、『天狗』・『河童』・『鬼』・『九尾狐』以外を低俗と見る者が多く、鬼という種族が最も人間妖怪問わずに見下す。
鬼と勘違いされる天逆毎だが、眷属に向けられる感情は穏やかで厳しく、穏和である。
「お前らはなんだ?己が人間というか弱い生物に敗れた事を恥じるのか?強さに己を恥じるのは良いが、恥じて自らを見失うのは違う。くだらぬ劣等感で死を、首輪を望むな。お前らは妾の大事な妖怪だからな。決して敗北を恥じるな。生ある者が務めるべきものは従属や支配などではない事を忘れるでない」
それ故、天逆毎は眷属の仲間すべてにこう言い聞かせている。
敗北を羞恥とは考えていないのだ。まるで、生きていれば良いと言っている様にも捉えられる。
天逆毎は本気でそう言っているからこそ、聞き分けの悪い『天邪鬼』や『鼻高天狗』といった天狗の中でも『大天狗』同等の力を持つ妖怪が心酔する。
天逆毎は妖都に住む妖怪であるが、意外と姿を晒している。來嘛羅にも何度も接触しており、その都度、今の現状の不満を愚痴っていた。
今日も來嘛羅に呼ばれ、その空間へと足を運んだ。
「待っておったぞ天逆毎!ほうほう…土産物もわざわざ。今日は天邪鬼を連れて来たのだな?」
椅子に座る來嘛羅は親しげに挨拶をする。天逆毎も獰猛な顔に笑みが浮かべる。
「狐神もさまさまだな。お前に招かれる際に油揚げを持ってくる約束だからな。ほれ、これがお前が食べたがっていた土産だ」
「丁重にどうも。これは美味な油揚げじゃの〜。早う口にしてみたいの」
ご満悦に油揚げを受け取り、傍にいる女天狗に渡す。
「烏天狗と女天狗も久しいな。ところで、お前らの人間は健在か?」
天逆毎が悟美達の様子を尋ねた。
烏天狗と女天狗は頭を深く下げて順に申し上げる。
「災禍様。我ら天狗一族に愛を身籠らせて頂き恐縮の限り。女天狗と共に悟美と紗夜を育て、今や旅をする立派な大人へと旅立たせました」
「ワタクシ達にこれほど人間に触れる機会をお与えになるだけではなく、その支援も常に頂いたこと、海より深く山より高い御恩。誠に感謝致します」
実は昔、烏天狗と女天狗は天逆毎の下で仕えていた。人間と共に住みたいという要望が強かった二人に住処を与え、神社を烏天狗達の住処と定めた。
更には、悟美が暴走した際の抑止力と烏天狗達の生活支援まで担っていた。
「別に当たり前のことをしたまで。妖怪も人間も平等、故に援助など特に不満は抱いていない。お礼がしたいのであれば、今後もあの子達をしかと見届けるように」
「はい!ありがとうございます‼︎」
女天狗は素直に認められ、親のようにお礼を何度も言った。
天逆毎は來嘛羅の空間で血を嗅ぐ。
怪我を負っているような鮮血の臭いが鼻を刺激する。
「狐神。この鼻にくる生き血の臭いは一体なんだ⁉︎」
血を流した者がいるのかと思い、その足で血を追おうとする。だが、來嘛羅は特に慌てる様子もなく、天逆毎を扇子で差し止める。
「そう焦るでない天逆毎。妾の大事な子達じゃ。随分派手に励みおるから血が絶えないのじゃ」
「っ……そういう事なのか?しかし、あまりにも同じ人間の血が臭うのはなんと言う?」
「幸名という幸助殿が創造した妖怪、なかなかの力を有しておってな。これがまた厄介な性質と妖術、『妖怪万象』を所持しておるのじゃ」
当たり前のように語る來嘛羅に天逆毎は睨む。
「お前!あの大罪人が伝承なき妖怪を生んだと言うのか⁉︎何を血迷った⁉︎何を貴様は吹き込んだ⁉︎」
天逆毎は察した。そして感情が昂り、來嘛羅に怒気を向けた。
「そう昂らせて襟を掴むでない。妾の召物に傷が入ってしまうであろう?」
「今はそれどころじゃない!何を無視している⁉︎生まれたてのヤツを人間に出会わせただと⁉︎絶対にあってならないことだ!その首、この手でへし折って——」
天逆毎が來嘛羅の首に手が触れかけようとした瞬間、庭より投擲された分華が飛んできた。
目の前に飛んできた分華を天逆毎が素早く掴む。
「痛てえ……クソッあの妹強過ぎだろ…」
大分怪我をしているが、文句が言えるぐらいの元気はある。
天逆毎は無言で分華の顔を覗く。その顔は天狗と鬼が混ざったような形相。それを間近で見れば……。
「うわああああっーーー‼︎天狗だぁーーー‼︎」
意識を天逆毎へ向けた分華は絶叫した。“災禍様”を見るのは初めてなのであった。
妖都を制圧する際、秋水達が見た妖怪は“厄災”までが知っている存在であり、それ以上である“災禍様”を知るのは秋水と貞信だけであった。
双子である九華と分華が“災禍様”に出会うのは初めて。その恐怖は計り知れない。
「分華!ちょっとあんた何やって…きゃあああっ‼︎分華が鬼に捕まってるわよ‼︎」
姉である九華も焦る。
天逆毎は自身が天狗と言われ、その顔が僅かばかりムッとさせる。
「妾は女ぞ?お前ら、この美を見て恐るとは…なんと情けない人間だ。狐神、まさかお得意の記憶消去でも施したか?」
思わず改竄したのかと疑ったが、來嘛羅からは当然のように否定された。
「妾もそこまではしておらぬ。分華に僅かばかりの恐怖を取り除いただけじゃ」
「それにしても……はぁ…お前の保護する人間はいつもなんかなぁ…」
二人の態度があまりにも制圧者には似つかず、この者達に妖都が支配されかけたと思うと腹が立ってくる。
「なんじゃ?妾の庇護者を罵っておるのか?」
「もういい。お前の気紛れには付き合いきれない。大罪人が産んだと言う妖怪とやらを拝ませて貰うとしよう」
双子を放っておき、天逆毎は來嘛羅が保護する妖怪を呼べと言う。
來嘛羅は得意げに指を鳴らす。
「幸名よ来るのじゃ」
呼び掛けに応じるように、純白な狐妖怪が現れた。




