136話 幸助の大罪
怪都の話から一変、幸助が起こした異常を向ける褒姒。その真意はどうなることやら……。
妖都と古都の先の都市である怪都に誰も辿り着いた事がない。怪都で真祖が守護者を継承したタイミングと一緒で、怪都の最新情報と共に最都に関する情報はほぼ無に等しい。
ただ判るのは、最都から溢れるのは現代妖怪で、全員が“災禍様”という異常と思われる程の強さ。
「もしかして…俺がやらかしたからか?」
妲己が退位を願い出た。その理由は俺が原因だ。
俺に夢中になるかのように即刻辞める意思をし、俺の旅に付いてくる始末。
そして褒姒は妲己の後を引き継ぎ守護者となった。そのお陰で貯めていた情報の整理が可能になり、作業が進められ、この手紙の虚偽を見つけた。
邪魔がいなくなったから捗った。そう思えなくもない。
もしかして、俺は褒姒に嵌められたのではないかと思ってしまうぐらい、彼女の成すがままに今に至っている。
褒姒は俺をに薄く笑う。
「どうでしょう……」
妖しい笑みは俺をどう見てるのか?俺は聞く勇気がなかった。
褒姒は俺がどう関わって来るのかを聞かせてくれた。
「幸助さん。あなたは既に『來嘛羅』様・『雪姫』・『無名』・『妲己』・『玉藻前』という四人が“災禍様”以上に肩を並べる妖怪から加護を受けています。ただの人間が五人の妖怪に憎まれず愛されるなど、これは史上に稀にですら見られない事態です。その加護は隠す事は出来ない。この加護を察した者は迷わずにあなたを殺しに襲ってくるでしょう」
俺は五人からの加護を受けている。その影響による恩恵は大きな有利性と不利益を得た。
加護は重ねる事でこの上ない潜在能力の限界突破が可能になる。俺は既に自分を超えている。
同時に、俺の加護は敵を刺激するには充分過ぎる。
「山崎秋水は憎悪、松下幸助さんは愛心。これは似て非なるもの。彼は異能の異質な程の進化を果たし、妖都を我が物としようとした悪意ある行動に全ての妖怪は感化され、人間ですら彼を悪魔と称えたことでしょう。それにより、多くの妖怪が憎悪で加護を与えた。しかし幸助さんにもそれが言えてしまうのです。妖怪に好かれ、妖怪の寵愛を一身に注がれた肉体は例をみない進化を遂げています。それを善しと思わない者がいないとは言い切れない。事実、妖怪が加護を与える際、愛などほぼ無いに等しいのです。心からの愛欲に絆され、自身がその者に恋に近しい感情を理解していなければ加護は与えられない。ですが、寵愛する妖怪が好意のみをあなたに与えている。これは異常とも捉える事態です。わたくしめはあなたに感謝はしていますが、好意はそこに含まれておりません。ですので、此処で加護を与える事は出来ません」
妖怪は人間を食い物と見る。決して全員では無いが、純妖の妖怪は人間の血肉で更なる力を得るために食らう。
人間は生気に満ち溢れた種族であり、糧でしか取り柄がない。
しかし、一度で人間を食ってしまえば一時的にしか摂取が出来ない。大量摂取は可能とするが、妖怪が人間を定期よく食らうとはならない。
定期的に人間から生気を摂取する方法、それが加護である。
加護を秘術として作ったのは『人間』である。
「加護を生み出されたのは『人間』様です。あの御方は中立者として我々すべての種族の調和を考えてくださり、共存の道を作って下さいました。しかし、その願いも今は無きものに等しい。時代の衰退により餌としか見ない妖怪、悪感情でしか憎めない妖怪、人間嫌い、殺意でしか見ない妖怪が蔓延る妖界では実現は不可能とまで思い切る始末。しかも、近年ときては妖怪を玩具や討伐対象として正義を騙る人間が増えました」
そんな食欲を反転させたような感情が愛欲である。
しかし、それは難しい感情であり、加護を与えられる妖怪が近年は多くなっているが愛欲で与える事は少ない。
純粋な加護を持つ者は古都と妖都にすら僅か。
それも、最近は大きく変化した。
「……ですが伝承の恐怖が薄れ、妖怪に愛着を持ってくれる人間が増えた。これは大きな進歩と言っても過言ではありません。恐れられる存在でしかなかった妖怪に好印象を抱く時代となり、我々も人間に向けていた負の感情は薄れつつとなりました。人間界での妖怪に対する印象変化とも言える。恐怖に怯えるのではなく、恋愛対象まで抱く人間も多くなり、あらゆる形で妖怪を認識するようになってくれました。お陰で妖怪の中には自身の伝承を快く受け入れる者も増えてくれました」
妖怪は自分の伝承を嫌う傾向がある。
勝手に創られて生まれた妖怪が人間を憎むのも当たり前だ。
怖られるだけの存在を人間は避けようとし、自ら生んだ妖怪を嫌悪視する。妖怪側からすれば身勝手も良いところ。
長話に勝手に割り込むように声が漏れた。
「凄え…。それで人と妖怪は仲良くなったのか⁉︎」
しかし、俺の感動は簡単にあしらわれる。
「簡単な話でしたら秋水のような人間が暴れるわけがなかったですよ?」
褒姒が放った言葉は静かで重苦しい。
怒りが空気を圧縮しているようだった。
「っ…」
「秋水は我々妖怪の弱体化を知って、來嘛羅様が治める妖都:夜城を我が物としようとした。閻魔大王様が糸を引いていたのは紛れもなく事実。幸い、幸助さんの活躍で支配は免れましたが、それにより新たな波乱が起きてしまいました」
淡々と話す彼女だが、なんとも言えない顔をして話していた。
「何が起きたんだよ?まさか、また不仲になったとか…か?」
褒姒は目を閉じる。再度俺を見る目は妙な緊張を促す。
そして、震える声で言った。
「それ以上の深刻な事態になったのです。妖都崩壊、初の“放浪者”、“三妖魔”の捕縛。幸助さん……あなたの所為です。あなたが秩序を乱し、多くの妖怪の抑えていた悪感情を引き出したのですよ…。妖怪はあなたを見て、誰もがこう思ったのです。不審極まりない人間。妖怪を踏み躙る存在であり、多くの被害を生んだ悪人。それをたんぽぽを眺めるような気持ちで他人事のように観ているあなたが唯一許せないのです。幸助さん?妖怪は何を最も大切にするか分かりますか?」
予想外にも俺を恨む発言だった。
気迫を感じないというのに、褒姒からぶつけられる言葉は棘がある。
「……分からない」
「そうですね。あなたは知らないです。本来ならば、『九尾狐』であるわたくしめと妲己殿で秋水を討ち滅ぼす予定でした。そうする事で、妖怪の認識も変わらずに済みました。妖界において妖怪の強さは絶対的な力。太古の妖怪に敵わないと知覚させる必要がありました。そうすれば、妖怪は強さという湖に沈み、波は立たなかった。しかしあなたが全てを崩壊させた。波が立ち、湖は海のように広まった。もう、あなたは引き返せない程の大罪を撒き散らしたのです」
褒姒は立ち上がり、座ったままの俺にゆっくり蔑む視線を向ける。
その目は殺意に満ち、先程の感謝すら感じない態度を目で示す。
「あなたは閻魔大王様に裁かれる以前に、我ら妖怪の常識、概念、絶対、無常を破った…‼︎その対価は死で済む話ではありません。魂…将又生の過程、存在自体を対価として支払っても足りない。松下幸助さん、わたくしめは今の乱れた秩序にあなたを重ね腹を立てています。こんな噴気初めてですよ?」
俺はその場から動けなかった。
褒姒の憤怒が桁違いなものだった。俺に怒りを向ける明確な理由がある。妲己の我儘より理屈に適っている。
「怒って…るのか?俺が全部滅茶苦茶にしたこと」
褒姒は俺の前で立ち止まる。見下す視線に疾しい気持ちは起きず、畏怖すらしている。
“笑わない美女”が怒らないと云うのは、全くの嘘だというのはこの時知った。
腹黒さはこの人が一番狂ってる。
「はい。妲己殿をお救いしたこと。そして、わたくしめに守護者の地位を譲って下さったことには感謝致します。ですが、やはりあなたの犯した罪というのは許せません。旅をする者に支援という約束は守りますが、あなたの今後の行動次第では彼女達を人質に獲らせていただきます」
「はぁ⁉︎」
今度は他人に話が入った。こいつは雪姫達をどうにかするつもりだ。
「あなたの思考は大方読めます。『九尾狐』を受け入れた人間の思考など読めるのですよ?雪姫・悟美・紗夜・すね子の生死を握らせて貰います」
平気で命を奪う気だ。
俺は好きな妖怪に初めて敵意を向けた。
「優しい人かと思えば……てめぇ…‼︎」
こんなに俺に告げ口してくれたのに、終わったかと思えば裏切られた。その怒りは俺の中で許せないものだった。
「あら?わたくしめを敵視しますか?『九尾狐』が好きな筈だと常々聞いておりますが?」
「てめぇは別だ!流石に俺の仲間を殺す気なら容赦しないぜ!」
「そうは言ってますが、あなたは我々妖怪を殺せない。敵意を向けたことは褒めましょう。ですが、その敵意に愚かさを感じている震え、それはどう見てもわたくしめを殺すことに躊躇いがあります」
そうだ。俺は褒姒に敵意を向けた事に後悔し始めている。
好きな『九尾狐』の一人に思わぬ怒りに駆られてしまった事に腹を立て、心中後悔した。
【絶無】に触れ、俺はただ好きと思った妖怪を斬ろうと血走っていた。
もし、俺が仮に手を下していたら……。
「クソッ‼︎」
醜態を晒した。俺は息をするように冷静になっていく。




