135話 嘘と真実の織り交ぜ
今回は長めです。かなり書き足している部分があり、内容も辻褄が合うように変更している部分があります。
褒姒が何を目論んでいるか?まだ幸助に何を突きつけてくるというのか……。
「まず、わたくしめが幸助さんを覗き、加護する者を確認しました。少女のような妖怪、雪姫様、來嘛羅様、妲己殿。この四人から貴方は加護を受けました。それは間違いないですね?」
「ああ間違いねえよ」
「そのご様子では、五人目には気付いていらっしゃらないのですね?」
不思議な事を言う。
褒姒は四人目が俺に加護を授けたと言っているのだ。
「なんのことだ?」
当然、俺も心当たりはない。
「侵入者を古都で二人現れました。その際、幸助さんの加護に違和感を感じ取り覗いてみました。すると、加護には本来あり得ない妖怪が庇護していたのです」
「あり得ない妖怪、ですか?」
「1000年もその姿を誰も見せず、その妖怪は加護すら与えないのではという噂さえありました。しかし、あなたの加護を見てその噂は嘘であると確信しました。幸助さん……大変危険な妖怪に魅入られておりますよ?」
褒姒の目は真剣だ。この突き刺すような眼差しは真実を言っている。
俺は自分の加護する妖怪を知覚出来ない。しかし、妖怪は俺の加護を見抜く目を持っている。
指摘されるまで俺は知らなかった。
「……そうか」
だが、俺は驚きはしたが、口は冷静だった。
妙な気配ぐらいは感じていた。
あの時、身体が勝手に動いたのはそいつの仕業だと思えたからだ。
この世界は俺の知らない現象で在り来たりだ。
褒姒の言葉はそれを証明するように、俺の加護の正体を明かす。
「その様子、既に心得ているようですね?その妖怪の加護が『玉藻前』だと……。先程、死の淵で何か取り憑かれたように生還していましたし、薄々気付いているようで…」
「そう…なるのか」
嬉しい筈だった。
なのに、俺は一喜一憂すら口から叫べなかった。
心が死んだように返答してしまった事を悔やみもせず、俺は酷く冷静だった。
「理解しているならばこの先は解るはずです。玉藻前はあなたを憑いて目論みを計画していると思われます。しかし…いつ加護を与える隙が……」
思慮深く考え込む褒姒。
心当たりある時期を推測する。
「もしかしたら旅の途中で加護を受けたとか……いや、それだと雪姫も気付くよな?」
「そうですね。加護を操作するに長けた妖怪にしか視えない細工が施されているようですし。遠隔で何処かから……」
またしても言葉が途絶える。
褒姒がここまで真剣に考える表情は初めて見た。何処まで考えてくれるのか期待してしまう。
俺の理解に及ばない相手である玉藻前のいる場所。そこを見つけ出す鍵になるのかも知れない。
「幸助さん。わたくしめの推測ですが、古都である霊脈を超えた先に死の山脈デスバレーがあると言いましたが、そこには多くの魑魅魍魎の妖怪が棲んでいます。そこに玉藻前は潜んでいる可能性があります」
「なんだと⁉︎」
さっき言っていた死の山脈とやらに玉藻前が潜んでいると考える褒姒は、それでも疑問が尽きない顔をしている。確証がないのだから仕方がない。
「最都:新来は誰も場所を突き止められてはいません。現に、わたくしめの配下だった者達からの情報では現代妖怪も死の山脈に出現したと聞いております。だからこそ僅かにあなたの加護と現代妖怪を結び付けられます。玉藻前は死の山脈付近を根城に最都にいるのだと」
褒姒なりの推測が的を射ているかは俺に確信出来るものではない。だが、それなりの理由があるのだと俺は思った。
「俺が玉藻前から加護を受けた、つまりは相当近くにいる可能性があると?」
加護は触れなければ庇護する事が出来ないならば、俺に触れる機会があった筈。だが、俺は玉藻前らしき人物に触れられた覚えはない。
辰元とか言う奴らが俺に触れたなら分かる。間接的に触れて加護を与える手段を持っていても不思議ではない。しかし接触もなく、俺は辰元の抜け殻となった死体を見たに過ぎない。
未知の力さえ持っている妖怪である彼女は別の手段を持っているかも知れない。その可能性を考えるも、俺は加護の本質について知らない部分がある。
四人も受けて、ただ身体能力と潜在能力が上がっただけじゃなく、俺の身に何か起き始めている違和感は少なからず感じる。
それが加護の影響であるのだけは自ずと身に沁みている。
褒姒が玉藻前の行動を予測出来るならば、その答えに納得したのだろう。
「はい。仮に玉藻前が遠隔操作で加護を与えたとしても、その距離に制限はある筈です。死の山脈まではここより2年の時で渡れる。そこが限界だと思われます」
「はい?2年…?」
とんでもない距離を言い渡してきた気がして、俺は聞き返してしまった。
特に疑問視するわけでもなく、褒姒はその距離の訳を明かしてくれる。
「驚くも無理はありません。妖界は世界が拡張し続けております。妖怪の数が増えれば増えるほど土地が拡大し、古都と怪都の狭間は今や魔界の間と化しております」
「っ…」
「現代妖怪が世界拡張の原因となり、僅か100年足らずで怪都との距離は手の届かない未開地に等しい。残念ながら、わたくしめの妖術でも彼の地に赴くことは叶いません」
あまりに現実離れした距離。それを理解するのを拒む自分がいた。
だが、そんな距離の先に玉藻前がいるなら……。
「行きますよ俺は。だからその間の支援をして貰えると…」
藁にも縋る気持ちで援助を申し込む。
だが、褒姒は俺よりも至って冷静だった。
「なりません。あなたは偶然にも現代妖怪のいない道を歩んできたに過ぎません。もし『テケテケ』などと言った知名度ある妖怪に襲われれば助からないでしょう。怪都の近くに最都があるとは推測しましたが、あなたには無理だと申し上げます」
聞いたさ!そんなヤバい妖怪だってな⁉︎
だが、俺は自分を押し通す!
「無理じゃねえ‼︎俺は行くぞ最都に‼︎怪都の近くだって言うならばな!」
譲れない約束があるんだ。ここで退いたら何も出来なくなると危機感がそう働いた。
俺の我儘に対し、褒姒が蔑んだ目を向けた。
「穏便に済ませば良いものを……。ですが、幸助さんが玉藻前に目を付けられたとなれば、今後は混沌の渦の目となるでしょう。わたくしめから忠告致します。松下幸助さん、旅をここで終えることは出来ないでしょうか?」
席を立ち、褒姒が唐突に俺の放浪の旅を中止しろと言う。
それは俺を『玉藻前』に近付かせてはならない危険とのことだろう。
“三妖魔”の加護を持った今、迂闊な接触はさせない。
危険視よりも俺を心配してくれているようだ。
「勿論、妲己殿をお救いしてくださったそれなりの御恩として衣食住と生活の安全を保障させていただきます。旅は古都と妖都の両方で十分です。1000年これから生きる者である幸助さんが退屈に暇を弄ばないように致します。わたくしめが守護する限り、幸助さんの欲しいままを提供し続けます」
俺には無意味な待遇。正直、面倒をみてくれるという優しさを断るのは心苦しい。
だが、こんな決められた充実が欲しいんじゃない。
「悪い褒姒さん…いや褒姒。俺、來嘛羅と約束したんだ。きちんと連れて来るって。それなのに、永遠に立ち寄れない妖都を放っておけねえよ。好きな人が待ち焦がれて俺を待ってくれてる」
戯言に近い我儘。褒姒はそんな俺から目を離さない。
「死ぬかも知れませんよ?あなたの余計な行動で“妖怪大戦争”だって起き得るかも知れない。それをご存知で口を開いているのでしょうか?」
守護者としての圧力をこれでもかと感じる。現に逃げ出したい気持ちを振り払おうと気合いで褒姒を睨んでいるからな。
「分かってねえよ。大体、それは妲己が狙われて殺された場合だろ?だったら俺が守ってやるぜ!だから、あんたの意思に反して俺は動かせて貰う」
俺には夢中に追い求められるものがある。俺は來嘛羅との約束を果たしたいのだ。
「……」
「あんたも分かってたんだろ?俺が断るだなんてよ」
すると褒姒は、口元を隠して笑みを溢した。
「出来れば、ここで承諾して下されば後悔しないで済むかと思ったのですが。自らの保全よりも幸助さんは來嘛羅様との契りを守る事を選ばれた。ならば、わたくしめも相応の覚悟をさせて貰うと致しましょう」
少しばかり笑みを浮かべる褒姒。どうやら、試されていたようだ。
「魂胆が見えねえよ……。ま、ちょっとビビったがな」
「まだありますので大丈夫ですよ。ではお話し致します」
「えっ…?」
褒姒が不可解なことを言ったのを聞き返す間も無く、話を切り替えしてしまった。
今度こそ、褒姒は俺に話してくれた。
「実は、怪都からの連絡が途絶えたというのは虚偽です。数年越しでありますが、怪都からは何度も救援要請を賜っているのです。わたくしめは情報管理者として全て受諾し、多くの人間と妖怪を度々送っているのですが……残念ながら、デスバレーに到達する前に殆ど全滅。『不死人』だけが不死の妖術を駆使して難を逃れました」
「希望はあるんだな」
俺が行ったら死ぬという脅しは嘘ではないが、はっきりしたものではなくて安心した。
「覚悟決めた方を蔑ろにする趣味はありませんので。もし、最初の方で虚偽を申しておけば臆するかと思って大嘘を吐きました」
趣味が悪い。
てか、この人は相当な情報を隠してるから、妲己とは違った異質さを感じる。
「まあいいぜ。救援要請が来てるって事だが…」
「はい。『魔女』の方々が空を通じてこちらにお越しします。ですが、精鋭の魔女は稀にしか生まれない種族で、古都まで生きて到達した者は怪都が建国されて以来たったの六回。1年に一度は連絡を交換する事が条件なのですが、ここ3年は音沙汰が途絶えてしまっています」
「魔女か!てか、魔女って一人だけじゃねえんだな?」
どうでもいい質問をした。
「はい。『魔女』と『鬼』、『吸血鬼』といった多くの同種族が生まれる種族は珍しくありません。しかし、彼らも人から名を与えられれば伝承から消えてしまう存在。呼び合う際、彼らは人間界に存在する人の名以外で名を呼称します。そうすれば、彼らは伝承を失わずに自分の名を持つ事が許されるのです」
妖怪軍団とかある伝承を持つ妖怪は多い。
その中でも、鬼とか魔女は特に群れる事がある。
流石に全員を魔女や吸血鬼と呼ぶのは正直嫌だ。
「いまいちピンと来ねえな」
「それもそうですね。この話は別に今は関係ありませんので」
「後で聞くとするよ。で、続き頼むわ」
気になるが我慢した。
褒姒の話を聞いてからでいいと後回しにした。
「分かりました。魔女からは6年前より届き内容にはこう記されています」
尻尾から厳重に封をされた紙を取り出す。
「それは手紙か?」
「手紙ではございません。本来ならば極秘の通達です。安易に部外者にはお見せはしてはならない禁物。ですが、幸助さんが怪都:天霧に赴くと決心なさったので、これを開封しお見せします」
俺はその字を一瞬見てみたが、絵文字で書かれているようだった。
かなり古い文字で刻まれている。俺には解読すら出来ない。褒姒は読めるそうで、俺にスラスラと聞かせる。
その文は、非常に情に訴えるようなものであった。
「『拝啓。古都:霊脈を治めし妖狐の妲己様。この度緊急要請を望む。吾輩は唯一無二の『吸血鬼』の王、またの名を真祖と崇められし者。この通達を届けた者の声に耳を傾けて頂きたい。勝手であるが、吾輩の怪都:天霧は全ての連絡網及び物資援助が途絶え、多くの“災禍様”に西洋妖怪が滅ぼされてしまった。吾輩の配下、『バックベアード』・『ジャック・ザ・リッパー』・『アズラエル』・『ドラゴン』・『ハロウィン』・『魔王』を除き、多くの配下は一度以上の死を迎えた。“災禍様”は吾輩の統べる都市の掌握と吾輩の命を条件に住民の安全保障を申し込んできた。だがしかし、吾輩及び怪都の住民全ての者はこの申し出に屈さぬ覚悟。多くは望まない。だが、吾輩がこの激戦と化す怪都を統べるにはあまりにも犠牲を生んでしまった。天は吾輩を見捨て、地は怪都を蝕み、人間は吾輩から心が離れ、妖怪は吾輩の在り方を疑い、古の妖怪らは吾輩から消え、吾輩の配下はその状況に成す術なく、慕う者は無惨に殺され、忠義ある人間はその身を闇に堕とし、救助に現れる者は現れず。嗚呼、吾輩は汝らにすら見捨てられたと言うのか?“災禍様”による壊滅的状況から脱することは叶わない。中国、日本、神話、現代妖怪の被害拡大の上、10年に満たぬ内に怪都は壊滅の可能性あり。早急に救援を提供、怪都:天霧の壊滅の阻止を求む』……」
手紙の主の悲痛な訴え。今の状況を詳細に記し、迅速な対応を求める感情と要求が混じった。そんな救援要請の通達だ。
助けを求めているのが痛いほど伝わる。
それなのに、なんか回りくどさを感じた。
「なあ…この手紙、過剰表現し過ぎじゃねえか?」
思ったことを口にする。
「それはどうしてそう思いまして?」
「あからさまに必要のない文を添えている部分が多く見えたからだ。この文で緊急を要するなら、物資の支援は頼むと思うが自己感情を入れる必要はないだろ?」
『吸血鬼』がこの世界でどれぐらいの強さは定かではないが、少なくとも、その強さはかなりのものだと俺は思う。
映画や小説、歴史的にも吸血鬼に関する逸話は多い。それに比べ、一度か二度ぐらいしか知らない妖怪に泣き言を言うぐらい弱いとも思えない。
『吸血鬼』は『九尾狐』と同じく紀元前の神話の域からその片隅に記されている。
真祖っていう時点で強さは申し分ない。
助けを求めるだけなら、わざわざきな臭い文を書く必要もない。
褒姒は率直に俺に問う。
「幸助さん、この通達を見て疑問に思ったこと、正直に口にして下さい。あなたが何に違和感を感じたのか。事細かにお願いします」
口振からして、褒姒も何か分かっている様子。
「敵だと思われる妖怪の素性が判別出来てるのは文句はない。別にそこを疑おうとは思わなかった。言っていたよな?『玉藻前』が怪都の近くにいるって」
「言いました」
「じゃあなんで記載されてねえんだ?幾ら“三妖魔”だからって言っても大人しく1000年動かないのは可笑しい。伝承の中じゃ暴れ回ってるぜ?都市を侵略し、多くの女を拐ってるってな。通る旅人や行商人、おまけに朝廷への貢ぎ物を輸送する人々を襲う伝説すらも二人、こうして俺にちょっかいを掛けにくる玉藻前もいるしな。もし、聖人みたいな奴らなら妖都へ招かれれば来る筈だ。それがないってことは…」
「つまり?」
「伝承みたいに暴れてるって事だ。自論だが、あの三人がジッとするタイプじゃねえ。好きに暴れ、人様に迷惑かける事を生き甲斐とする奴らがひっそりすんのは違う筈だ。その手紙も書いてる内容が変だ。配下の名前をベラベラ明かすし、自分が無力だとか愚かだとか書いてるしよ。まるで、怪都に来いと誘ってるようなもの。手紙を出した魔女は何処にいる?」
「手紙は瀕死の魔女が持ち込んできたもの。わたくしめが手を尽くす前にこと切れてしまいました」
都合が良過ぎる。あまりにも都合の良い話だ。
「その魔女の死体は?」
「魔女は肉体を残しません。死が訪れれば肉体は滅び、他の魔女へとその魂は転生します。ですので、肉体からの情報は得られず。その魔女が偽物であっても分からない可能性もあります」
「なるほどな……その手紙が真実を伝えているとも限らないわけだよな?」
『魔女』は肉体を残さない。
それは情報を抜き取られない為の人材として派遣出来る。妖怪の中には情報を抜き取る妖術を使う為、それをさせない為に転生が可能な『魔女』を派遣する。
“災禍様”がいる危険地帯を通過しなければ古都に辿り着けない。
褒姒はそれを知ってるからこそ、この手紙の差出人を疑っている。
真祖ではなく、敵側の“災禍様”の誰かと。
僅かに、目論んだ笑みをするが、直ぐに真剣な顔付きで言う。
「その通りです。これほど情を絆されるような文を書く方ではありません。わたくしめは真祖とお会いした事はありませんが、何度も來嘛羅様と情報を交換している話はお聞きしております。その際、通達に刻む細工が施されています。ですが…この通達には一切の妖術の細工が確認されません。それこそ、守護者にしか刻めない妖術が存在しますので」
「ちなみに、それは教えてくれたり…」
「残念ながら、幸助さんに教えする事は出来ません。こうしている間にも、『玉藻前』はあなたの思考を探っているやも知れませんので。“三妖魔”がどれほどの繋がりがあるのか不明な故、口外致しません」
そうだよな。だから話せる訳がないんだよな。
仕方がないと思い、俺は肩の力を抜いた。
「はぁ…。なんか悪いな」
「いいえ。ですが、この通達が偽りだらけと知れたのは妲己殿が退位してくれたお陰。そして、幸助さんが『玉藻前』の加護を受けていた事で核心に至りました」
妲己の守護者降格と俺の加護の存在で手紙を解読し、褒姒はこの手紙を虚偽と断定できた。
《守護者》は俺達が持っているような異能ではなく、都市を守護する者が不正を看破し解き明かせる万能な異能。
持っている者は以前は三人だけだったが、最都:新来が100年前より出来てからは四人となった。
その四人目は誰なのかは誰も知らない。もしかしたら、今話題にした彼女の可能性が浮上している。




