133話 約束の再会
幸助と褒姒。この2人は何かと縁があったのでこのタイミングで会えたのはよかったです。呼び方を敢えて変えてますので、そこを見ると褒姒が如何に幸助に信頼を寄せていたのかがわかります。ま、まだ問題はありますがね。九尾狐の伝承を舐めると痛い目に遭いますので……。
3章最後ですが、まだ続きます!
俺は褒姒さんの居るであろう茶の間に来た。
息は上がり、死ぬ気で走ってきた。
何だよアレは⁉︎マジで殺されるかと思ったぞ!
生きた心地がしない。あのまま夜叉に追われていたら死んでいたのは間違いない。
俺は冷静を取り繕い、目の前にある大きな扉をノックする。
「どうぞ。お入り下さい幸助様」
中からは落ち着いた褒姒さんの声が聞こえる。
扉は勝手に開き、俺はサッと中へ避難した。茶の間で書類に目を通す褒姒の姿を拝む。
「失礼します……ほ、褒姒さん」
「褒姒で構いません。わたくしめに気遣いは必要ありませんので」
「で、では…失礼します」
この人だけには敬語がやめられない。
何度も会う度に、褒姒から懐かしいものを感じる。
安らぎといったもの。それとも、俺の心の安定剤に近いもの。
兎に角この人がいなかったら駄目だと。
だが、守護者となった褒姒がこれほど話し辛いのはどういったことだろうか?
九尾狐の中でも、特に伝承が少な過ぎる『褒姒』。
“笑わない美女”として有名だが、妖怪としての伝承は一番少ないのだ。
傾国の美女たるその涼しげな顔は、とても奇怪に見える。
恐怖が妲己だとすれば、褒姒は美で物を言わす。褒姒が美の意識があると思えるぐらい、守護者になってからの服装は様変わりしていた。
顔付きは若干妲己に似てるが、妲己のような野生みの目は感じない。仏のような喜怒哀楽の感じない穏やかな目をする。
だからこそ確信を持てた。
この人に会ってるんだと……。
この人があの時の店員さんだったことを。
「お話があるとかねがね聞いております。わたくしめのような粗末な妖怪に気遣って下さるとは、幸助様の感慨深きに感謝致します」
俺が頭を下げるべきなのだが、褒姒は俺に深くお辞儀をする。
俺もしようとするのだが、なんでか頭が下げられなかった。
「あ…いや。なんで?」
体が萎縮している。褒姒を再度見ると緊張が高まる。
明らかに態度が可笑しい俺に褒姒は無表情で語りかける。
「……張り詰めているご様子。守護者を前にすれば、普通はそう態度に出てしまうのが普通です。今の幸助様はわたくしめを守護者と認識してしまわれております。妲己殿の時は『九尾狐』としか見ていませんでした。今の褒姒は完全なる守護者です。幸助さんはそんなわたくしめを敬っています。故に、わたくしめを心の底から崇拝の対象としてしまうのです」
《守護者》を持つ者には服従する精神を植え付けられる。
しかし、そこに支配はなく、その者が《守護者》を持つ者にどれほどの崇拝の心があるかによって変わる。
俺はかなり褒姒を意識している。それだけでこの有り様だと言う。
「どうすれば?」
「呼吸をするように意識を鎮静化するのです。わたくしめを見ず、恐怖を内に留めなさい」
俺にアドバイスをしてくれる褒姒。その言われた通りに目を閉じ、意識を内に向ける。
來嘛羅にも言われた事のある精神の安定もこれと一緒で、戦闘中に興奮した状態を鎮静化出来る。
深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。
さっきまでの異様な緊張感が消えた。
「それでよいのです。余計な事を思い込まず、ただの客人として接して下さい。それと、何かご用件だったのでは?先程、夜叉が怖しい形相をしていたそうで。幸助様は殺されかけたのでは?」
「見て…たのですか?」
「はい。わたくしめが節穴と思われたのならば失礼というもの。この都市の地脈は全て掌握し、わたくしめの脳と神経にあらゆる情報が伝達するように繋げているのですから。多少の疲労はございますが、この地に棲まう者は全て把握しています。侵入者が居れば即座に感知致します」
この人は俺の考える以上の妖怪だ。
褒姒の管理は完璧過ぎる。妲己以上に強固な都市となった今、全ての者の居場所は特定される。
監視されるのがごく当たり前なのだ。
都市を守護する者は全てを統括し、他の都市に劣らぬ体制を築かなければならない。
古都は妲己から來嘛羅、來嘛羅から妲己、妲己から褒姒へと四代続き、これまで2000年以上の安泰を保ってきた。
古都を始め、妖都、怪都、そして最都が生まれ、各都市の都市機能が発達。その際、多くの問題を抱え、多くの厄災に見舞われた。
褒姒は誰よりも、今の怪都の状況を心から心配する。
「そうなんだな。凄えな…」
幸助は褒姒の成す行動に息を呑む。
「ありがとうございます。幸助様はそんな事よりもお聞きしたいこと、つまり、今後の道しるべが欲しいと気になっているご様子。わたくしめに何をお望みで?」
声は優しいが、その声に似合わぬ無表情の顔は恐ろしく無常。
「俺はこの先について聞きたい。今は來嘛羅に聞く事が許されてねえんだ。頼む!あんたなら“三妖魔”を捜せるんじゃねえのか?」
「“三妖魔”……ですか。妲己殿は何も知らぬ籠の鳥でしたので教えておりませんでしたが、貴方様になら教え致しましょう」
褒姒も『九尾狐』に連なる妖怪。多少なりの嘘を隠す事を好み、気の狂っていた妲己には教えなかった。
教えれば激怒し文句になると思い、來嘛羅にすら黙っていた。
彼女も悪女と恐れられて妖怪に至ったのだ。その無表情から読み取れない思考は恐ろしく、狡猾さを持っている。
しかし、褒姒が幸助に明かす理由はあった。
恩義を重んじ、彼に自身の秘匿を破り、知りたい情報を教える権利があると判断したのだ。
褒姒も人間に友好な妖怪。その心は常に人間を想い続けている。
「ホントか⁉︎」
「はい。その代わり、幸助様には約束して頂きたい事項がございます。もしも事項を破る事があれば、わたくしめが幸助様の未来を摘み取るかも知れません。他言禁物です」
何か惹かれる部分があったのだろうか。褒姒は幸助を狂わせたいと一瞬考えてしまう。
問題が片付いた事で、褒姒は幸助に思わぬ感情を抱いた。
この人間を手駒てやろうと。
「他言禁物って…」
「…いいえ。幸助様には悪いお話にするつもりはありません。先程の言葉、取り消して頂けないでしょうか?」
「お、おう…別に気にしねえよ」
「そうでしたか。それでしたら、今後の彼ら“三妖魔”の動向を教え致します。決して嘘偽りのない真実を全て…松下幸助さんにお話し致します」
褒姒が言い方を変える。親しみのある呼び方で彼を呼んだのだ。
その時、幸助は彼女の正体を理解した。
「っ⁉︎やっぱあんただったんだな?俺を導いたのは…」
「薄々気付いていたようでしたね。ここで隠すのも如何なるものかと思慮し、打ち明ける事を覚悟致しました。そうです。幸助さんを導いたのはこのわたくしめです」
改まって褒姒は頭を深く下げ深謝する。
「松下幸助さん。このわたくしめの礼をまずは承って頂けると嬉しゅう御座います。妲己様…いいえ、妲己殿の闇を祓って下さり有り難く存じ上げます」
深々と頭を下げる褒姒。
その姿勢を見て、幸助も息を呑む。
「……いいえ褒姒さん。俺こそ妲己を救わせてくれてありがとう。あんたに救援を求められなければ妲己のことなど知りもしなかっただろうし」
「幸助さん。それは当然のことです。わたくしめの我儘と言うもので危うく命を奪われかねなかった。妲己殿の心は荒み、見る影もない程に獣へと変貌してしまった方を救えるのは人間の者のみ。怨念を取り込んだ心身の闇を祓い、その心を持って口説き人に救われなければ助かる術はなかったのです。無茶を押し付けた身分で不敬を謝罪させていただきたく」
声は弱々しかった。
本来ならば、自らが妲己の救済を望んだ。しかし、既に死んだ身としては他人も当然だった。
本来の褒姒ではなく、転生した褒姒であるのでは意味がなく、真意を伝えたとて伝承の『褒姒』としか軽蔑されない。
役目を担えない己を呪いたくなった。褒姒に妲己は救えない。また、來嘛羅であっても純妖を受け入れなどしない。
否が応でも人間である者に任せるしかなかった。
選ばれたのは秋水を討伐した松下幸助。彼に託す以外選択肢しかなかった。
妖怪を愛し、人間に不信を抱く彼ならば、褒姒は一目で幸助を見抜いた。
人間であり、同じく死人である善人者の彼が適任だった。
妲己の救済は、褒姒の我儘から始まったことである。
「わたくしめが余計な情を抱いたせいで人間の幸助さんに不快な迷惑を掛けたのは承知。我儘をどうかお許し下さい…」
褒姒の紳士な態度に文句は言えようか?幸助は優しく答える。
「許すって……あんたも我儘するんだなって面白いことだぞ?」
「それは…妖怪だからですか?」
「伝承違いってところだ。ホント、この世界の住民って未知でいてくれて嬉しいんだよ」
「……分かりかねます。ですが、松下幸助さんらしいのでしょう」
互いに本音を隠す必要はない。
この一時の間だけ、幸助と褒姒の心は言葉で交わされ、互いの意思は伝わった。




