132話 禁忌に触れし者へ死罰
玉藻前はちょくちょく行動しています。立場的に過剰し過ぎだとは思いますが、來嘛羅でも探れない程度には上手く動いています。
彼女が幸助に加担する理由は異能ですが、まだ幸助の異能ははっきりと明かしていません。來嘛羅がここで嘘を吐いたというのは明確になりましたので、幸助の異能が謎のまま。
猶予は残り5日しかない。
その間、俺はやり残した事をしに、ある人物に会う事をお願いした。
「マツシタコウスケ。貴方は新たに守護者にご就任された褒姒様とお会いしたいと申したのですか?」
「ちょっとな。俺、褒姒さんに挨拶をしたいと思ってな」
やり残した事。
俺はその人にきちんと言えなかった事を言いにいかないといけない。
なんでか、彼女にはとても恩がある事をされた気がする。
勘違いだったら恥ずかしい。だが、その勘違いも直ぐに解ることだろう。
「一体何を……分かりました。褒姒様は茶の間でお待ちしております。私がご案内致します」
夜叉は察してくれたようだ。
ゆっくり歩き、俺は夜叉の後ろを付いて行く。
「すいませんが、気を悪くする発言をするかも知れません」
「ん?なんか都合悪かったのか?」
「いいえ。褒姒様とは関係はありませんのでご安心を。私がお聞きしたい人物について話してもよろしいですか?」
突然夜叉が俺に尋ねてくる。
真剣な表情で話すあたり、余程重要なのだろう。
「大丈夫だ。俺が答えられる奴なら話してやるぜ?」
「それなら……。シンジョウサトミについてです。彼女は貴方の仲間ですよね?」
ちょっと拍子抜けした。
なんで悟美の奴が話で出てくるんだよ?
俺はそう文句言いたかったが、余計なことは言わないように別の答えを言う。
「一応そうだな。あいつは俺の付き人でこの旅に参加してくれたんだ。なんか可笑しいか?」
そう言うと、夜叉が数秒答えなかった。
まるで、何か不味い事を聞いてしまったような。そんな顔を感じた。
口を開き、バツが悪そうにする。
「私が勝手に申し上げるのも不愉快だとは思います。彼女を置いて行く選択肢は選ばなかったのですか?」
「……なんだよ?変な質問しやがって」
「ふざけてなどいません。彼女は貴方を見ている時の目、本気で殺そうと見てましたよ?」
背筋に悪寒を感じた。
「いや…あいつが?まさか。ははは…」
殺意は全く感じなかった。
悟美は俺を殺そうとしたが、あれは遊びと言っていた。
まさか、こんな弱い俺に目を付ける筈がない。そう思っていた。
「正確には、殺したいという感情ではなく、壊したい破壊衝動でしょう。あのような人間は、自分より強い存在を力で壊したい破壊衝動を持っているのですが、大抵は力がなく、敵わず早死します。普通、強者に弱者が挑んだところで勝てないのですから。ですが、シンジョウサトミは違う。悦楽した人間性と解放的な狂気を有しています。初めて見ました。あれ程、圧倒的強者に怯えず、私や妲己殿に殺気ではなく快楽を向ける狂人は。まるで、感情が失せたような女でしたよ」
思わず笑いたいのだが、悟美の事になると本気で笑えなくなる。
以前、あいつは感情を失ったと言ってたのを思い出す。
殺意を発しない人間は怖くない。
そう思っていた。
今思えば、殺気だと思ったアレは全く違うものだったのかも知れない。
「感情が失せた、か。心当たりがねえな。自分で言っている事以外、別に悟美のことは知らねえよ。悪いが、あいつは來嘛羅に能力を教えて貰ったぐらいしか知らねえぞ?大体…」
俺がその先を言おうとした瞬間、もの凄い腕力で床にねじ伏せられた。
一瞬、誰にやられたのか認識出来なかった。
意識が飛びそうだったが、俺を倒した本人が蒼い瞳で、信じられないと顔を浮かべて睨んでいた。
「っ⁉︎まさか……今の話、本当ですか?」
震える声。そして微かに混じる怒り。
夜叉が尋常じゃない態度に、俺は思わず身体が硬直する。
「さ、悟美が言ってた。なんで怒ってるんだよ…?」
「なんという事でしょう……‼︎來嘛羅様は手を出してはいけない禁忌を犯してしまったのですか⁉︎これはいけません……他者の異能の開示。この世界における“ある禁忌”の中で度し難い行為。この世界に定められし禁忌を破り、それを受けた人間がいるとは⁉︎來嘛羅様がそれを犯したとなれば……この事実が知られれば由々しき事態に…‼︎そうなればシンジョウサトミのあの強さと感情の欠落の辻褄が合ってしまう⁉︎彼女はもう助かりません。シンジョウサトミは永遠に……」
哀絶と焦燥に苦しむ。
最後まで言おうとするが、言葉がぐちゃぐちゃで聞き取れなかった。
異常事態…まさにそうなんだろうと俺は察した。
夜叉が取り乱す事がないと思ったが、思った以上に恐ろしぐらい取り乱している。
それに、名付け以外の“ある禁忌”が存在する事も初めて知った。
「おい。悟美が永遠にどうなるんだよ⁉︎」
「異能を他人から言伝し、異能を自覚してしまった者は邪悪に取り憑かれるのです。その呪いとも呼べる力は万物を逸脱した邪竜を呼び覚まし、人間の器に似合わぬ力を与えてしまうのです。その代償に、力を得た者は常軌を逸した狂乱と殺戮に精神が崩壊し、廃人になります……」
冗談じみた内容だが、最後の部分はちょっと理解した。理解した上で不味いのだと驚いた。
「なんだと⁉︎」
悟美は最初から狂っていたわけじゃない。
そんな理由で悟美が狂ったというのかと思うと、俺は悟美に対する態度を気を付けなきゃいけない。
いや、かえって悪化するだけだ。
あいつは壊れていない。そう信じている。
ただ狂っているだけなんだ。
そう思いたいが、夜叉の切羽詰まる態度を見て思えなくなった。
「口が軽い貴方の発言に嘘は見えませんでした。それに…この事実は秘匿致します。彼女の為、そして貴方の為に」
ただ、一つ疑問があった。
「なあ夜叉?俺も來嘛羅に異能バラされたぞ?俺が気付く前にな。どういう事だ?」
「………」
夜叉は俺を睨む。目の前から夜叉は消える。
次の瞬間、夜叉は俺を転がすように地面に倒した。
暗殺者のような俊敏な動き。女性とは思えぬ締め技と全身関節外し。一瞬で首も絞められ、息も出来なくなった。
「がぁ……ぁ…ぁ」
力が入らず、俺は目の前に見える夜叉と長刀に成す術がない。
「なんという大罪。二人も生み出してしまった來嘛羅様は何を考えているのでしょうか?意識が消え、その身が邪竜に侵蝕されれば己を保てなくなる。かつて、禁忌を破った者が地獄へ堕ちました。人間を廃人に至らしめる極悪非道は許されていないのです。秋水…そして他の“怨妖”ですら、その過ちは犯しませんでした。閻魔大王が見ているかも知れませんが、被害者は殺さなければならないのです。貴方に恨みはありませんが、カナ様…そして妖界の秩序の為にその命…絶たなければ‼︎」
本気の殺意、無慈悲な刃が俺の首を………。
なんでだよ…。
俺は妖怪に殺される為に生まれたんじゃねえよ‼︎
こんな結末…もう嫌だ。
好きな妖怪に殺されたい。そう何度も思った。
死んで分かったんだ。妖怪と住み、妖怪と一緒に苦楽を共にした。そこで俺は知った。
永遠で良いから生きていたい。妖怪になってでも生きていたい。
俺は自分が強いだなんて思えなかった。雪姫や來嘛羅の強さを知って強さを求めたいと思わなくなった。
だって、俺は誰かが居ないと何も出来ない。無力な人間でしかなく、ただ妖怪が好きでしかない。
死ぬ間際、後悔の念を頭の中で呟いた。
俺の中である意識が飛び込んでくる。
身体が乗っ取られた様に、俺の肉体が動いた。
自然と【絶無】を引き抜き、夜叉の右肩に切り傷を入れた。
「っ⁉︎今のは一体……」
動けない俺が動いて夜叉は混乱している。
俺もそうだ。
自分が動ける事態に、俺は戸惑っている。
なんで外された関節が勝手に戻ったのか?
力が漲ってくるこの感覚。明らかに俺じゃない。
いや、俺の体じゃない。
【絶無】が俺を助けたのだ。
そして、その【絶無】が意思を持つように俺を生かしてくれたのだ。
「生きてる…」
たった一言。俺は噛み締める安心感を抱いた。
夜叉は幸助の突然の行動に動揺を見せた。
腕を斬られるが、鬼の伝承を引く夜叉は容易く傷を治癒する。
鬼の妖怪に属する者は、その命が尽きるまで再生を可能とし、戦闘種族としての身体能力は妖怪の中でも最強の一角を担う。
『夜叉』という妖怪は種族の豊富さに恵まれている。悪魔も精霊も妖怪も属し、その強さは“災禍様”に相応しい。
そんな彼女は、非常に“ある禁忌”を重んじる。
悟美の精神が崩壊していたのは言動から察した。察した上で、後々に始末するつもりである。
だが、幸助も“秘匿開示”を破り、自らの異能を知った。目の前の罪人を目の当たりにして見過ごすなど許さない。死をもって罪を晴らそうと動いた。
禁忌を犯した者を排除する事を厭わない。
「取り乱しました。では、その命は確実に断ち切らせて……っ‼︎マツシタコウスケ…貴方は何を憑依させたのですか?」
しかし、夜叉は視えてしまう。
幸助の加護する者の中に、異質な妖怪の加護が視え、握る長刀が勝手に震えた。
加護を受けた人間は、妖怪にその加護した者を見抜かれてしまう。妖怪であればその加護を覗くことができる術を持つ。
妖怪は正体を隠し切れない。文字通り、加護を与える事は即ち、その人間に関与していると意味する。
それ故、幸助は四人からの加護を受けた事は既に明かされている。
無名・雪姫・來嘛羅・妲己の四人が幸助に加担している。
夜叉が視たのは、その四人の内の誰でもなかった。
居たのだ。幸助の中に、本来ならばあり得ない存在が。
(この拒絶…死を与える事に戸惑う。いいえ、この拒絶反応は気合いでどうこうなるものではない……。この刀を彼に向けたら…私は殺される!)
震える手は長刀を支えるだけで精一杯。
夜叉の恐怖心が握力を弱め、加護する妖怪に恐れ慄く。
初めて戸惑う恐怖。夜叉は、己の力が如何に無謀で愚かなのを悟ってしまう。
強大な存在を放つ妖怪。その圧倒的な気配は加護というのを忘れ、目の前に立ちはだかる生霊の如く夜叉を威圧する。
“三妖魔”の最格と呼ばれし妖怪の一柱、白き化身を想起させる純白の妖狐。
加護である筈なのに、目の前に存在しない幻像に首を絞められたような視線を感じた。
声が出ない。思考も支配されたように停止し、恐怖で握力のない手から長刀は地に落ちる。
脳に直接何かが聞こえてくる。その声に、夜叉は冷静さを保つのがやっとだった。
『この人間は殺してはならないですよ中国妖怪。大人しく見逃して差し上げなさい。そして、二度とこの男に殺意を向けてはなりませんよ?』
夜叉にしか聞こえない幻聴。
その言葉に逆らい、目の前の幸助を殺す胆力があれば斬りかかったのだろう。
しかし、今の夜叉にはそれを成す精神力が削られていた。
「何者……いいえ。褒姒様や妲己、來嘛羅様とは全く違う気配‼︎貴様は玉藻前か⁉︎」
夜叉の疑惑は尽きない。
辰元の襲撃まで見ていなかった幸助の加護に『玉藻前』が居るのだ。しかも、『無名』よりもその加護は馴染んでおり、深く浸透している。
短期間でこれ程侵蝕された加護は見た事がなかった。
幸助が動けたのは、『玉藻前』の加護の影響が大きかった。
『そうですね。強いて言うならば、この子はワタシへの最高のプレゼント。この子は特別な存在。故に、低俗な中国妖怪に殺されてはいけない。だから警告したのですよ』
返ってきた返事は自ら望んだ答えではなかった。
幻聴は自分を蝕む。
夜叉は振り払おうと一喝する。
「大概にしろ罪深き日本妖怪の大罪人が!お前は來嘛羅様の情けで生きているのです!その気になれば、隠れ潜むお前など……」
大罪人と吐き、自身の恐怖を打ち消す。
そんな夜叉に、幻聴は冷たく声を刺す。
『情け?そのようなもの、このワタシには必要なくて。寧ろ、貴女の方が情けをかけられている事を理解しているのかしら?その身は『呪詛』に蝕まれ、既にワタシの素性を明かす事は許されていません』
「なんだと…?」
独り言を話す夜叉は気味が悪く、幸助はそそくさと褒姒のいる茶の間へ走った。
それでも夜叉の幻聴も独り言も止むことはなかった。
幻聴と思っていた声は本物だと徐々に理解する。
『秩序に沿う妖怪に殺されてはならない。ワタシの元に着くまで無事でいて貰わなければならない』
独り言のように発する声に夜叉は天を睨む。
「何が目的だ。お前はマツシタコウスケに如何なる価値を見ているのか⁉︎」
止まない声。夜叉は嫌に振り払おうとは出来ず、彼女の声を聴くしかない。
『狐に唆されている。あの子はそれを勘違いしているだけ。つまり、あなたの正当と思い込んでいる価値に触れてはいません。どうですか?勝手な思い込みで自分が愚かだと思う羞恥は?』
「言わせておけば…!」
『これ以上は『九尾狐』に悟られてしまうので、これにて退散させて頂きます。それと…ワタシを公言すれば、貴女の魂は跡形も無く滅ぶ呪いが掛かっております。冗談だと思うのなら、公言しても構いませんよ』
彼女の声はそこで止んだ。
夜叉は幸助の後を追おうとするが、玉藻前に監視されていると分かり、引き下がるしかないとただ睨んだ。




