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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
古都・妖狐救済編
131/281

130話 雪女として……

雪姫の感情が乱れる。そりゃあ寄り添った人が会ったばかりの妖怪に盗られるなんて滅茶苦茶になりますよ。


最近疲れてきたので、投稿時間は遅めになります。もう少し早く出来るかもしれませんが、正直焦って書くよりゆっくり修正したいのでそうしています。

容器うつわは杯のようなものが存在する。感情の受け皿と呼ばれる

しかし、積み重なった許容外の感情を溜め込むと、その綻びは感情の崩壊として出てしまう。

溜め込み、相対する感情がぶつかり、その心は限界がきてしまった。


シリウスの目から溢れんばかりの涙が溢れ、自分の感情が滅茶苦茶になっていた。

妖怪の婚姻を邪魔はしてはならない。

この世界における婚約とは重き契りとされ、婚姻をせがまれた者以外の口出しは禁忌とされている。

雪姫には止めようがなく、割り込む権利などなかった。

それでも、辛うじて幸助に迫る妲己に睨みを利かせていた。


しかし、もう耐えられなかった。


幸助の文句を理由に玉座の間を退出し、見えないところから覗いていた。

何を思っての表情なのか分からず、笑顔を作ろうにも口も目も笑おうとしない。

「おめでとう幸助…好きな妖怪と結ばれて……」

祝福の言葉とは真逆に、雪姫の顔には静かに涙が零れる。

自分でも何を思って発した言葉なのか理解出来ていない。

頭を抱えたい気持ちを抑え、その様子に祝福とは言い難い涙を流し、幸助の幸せを願おうと必死に襲う感情を殺す。

幸助がいずれ妖怪と結ばれることを願っていた。辛辣な言葉を送るも心中は彼の望みを叶えてあげたい一心で願っていた。

自分を好きではない事を知り、救ってくれた恩として縋り付くように献身的に幸助を支えていく事を決心した。

それでも、心の底では不満が残っていた。


——どうしてそのままで居てくれないの?


雪姫は状況の変化に苦しみ、今の状況にすら胸が引き裂かれる思いに駆り立てられる。

自分は変化してでも他者を助けたい。でも、他は変わって欲しくない。

我の強い我儘を吐かず、雪姫は無情に振る舞おうとした。

だが、自分の知らぬ“変化”に戸惑う。

以前ならば、妖界で幸せに寄り添おうとは思えなかった。人間と自分が関われば命は尽きてしまい、『雪女ユキオンナ』の呪いで死が訪れるからだ。

自分は幸せに至らなくても、相手だけを救うことだけを求めてきた。


だが、幸助から貰った『雪姫あな』になってから、薄々感じ始めていた。

話す時、怒る時、料理している時、隣にいる時、共に空間に居る時、拐われた時、他の女に誑かされそうになった時、それぞれに喜怒哀楽の激しい感情を抱くようになった。

特に、他の者に幸助が侵害されたと感じた時、激しい憎悪と嫉妬に狂い、『妖怪万象ヨウカイバンショウ』を躊躇いなく使った。

更に言えば女である時こそ、雪姫の感情は限りなく狂気を逸していた。

雪姫は疲れたとばかりに、その場で座り込んだ。

「ここまで短かったのかもね。幸助が私の前に現れた時…ちゃんと追い出していたら、こんな生活なんて出来なかった。意外と、あの家屋での生活は楽しかった。見守って…ご飯作ってあげて…一緒に寝た。もう……幸助と生活が出来なくなるのね。淫乱狐と婚姻を結んだら、此処で生活することに……。駄目、そんなの見たくない…‼︎」

浮かぶ最悪な光景に意識が狂いそうになる。

幸助の今の現状を無視しての嘆き。

本当は、雪姫には望みたいことがある。


ぶつぶつと呟く雪姫に、すね子が音も無く近寄る。

「キミはもっと自分を知らないとダメだよ?そんなに後悔するなら、最初から手放せば良かったじゃん」

「っ……すね子。あなたは何を言ってるの?」

「コウスケくんに執着していること、まさか気付いてないのかな?」

雪姫の心を見透かした発言をする。

抱く不安がなんなのかを、すね子には視えていた。

「執着?私は幸助を幸せにする為なら……」

「じゃあさ?キミはコウスケくんのなんの幸せを願っているの?」

「……え?」

幸せ。それは至って簡単なものの筈なのに、雪姫の頭にはそれが浮かんでこなかった。

質問の意図を理解出来ていない。

「私は…幸助のなんの幸せの為に?幸せを叶える為で、それで付いてきた筈。あれ…?幸助の幸せって……なに?私が居るから幸せなのかな?…違う。私が傍に居るから幸助が幸せであって……可笑しい。変なことばかり考えてる。幸助は私を考えてくれて……違う!そんな事、絶対にあり得ない!」

すね子の質問に直ぐには答えられず、自分の思考が上手く回らない。

戸惑い、涙を拭えずに感情の蓋が閉じない。自ら発言した言葉に違和感を抱く。

「困惑してるみたいだね?はぁー…キミはさ?一体、コウスケくんの何を知っているんだい?」

「あなたよりは知ってる。少なくとも、幸助をよく知るのは私をおいて他にはいない!」

「それがキミがコウスケくんに求める幸せなんだよ?」

すね子の素直な答えに、雪姫は言葉を失った。

雪姫が幸助に抱く感情を、すね子が知覚させる。

「キミは感情の起伏が穏やか…ううん、欠落しているように淡々としてる。『雪女ユキオンナ』は元来、愛するべき者以外には頓着しない性根。それなのに、キミはコウスケくんに関わりある事を口にされると感情を大きく露わにしている。これはつまり、キミは……」

すね子はよく知っている。雪姫には自分を受け入れられない部分があった。

伝承じしんをよく知る者が最も陥り易い穴に雪姫が嵌っていることを。

異形で怪異である妖怪が見落とす部分が存在する。


「言わないで頂戴!私がそんな邪な感情を幸助に抱いている筈がない!」

強く否定した。

この感情を抱いてはならない。不純極まりないと否定する。

「キミがコウスケくんを匿っていたのは、期待していた筈だ!自分を変えてくれる。こんな自分すらも受け入れてくれると。彼はキミを受け入れてくれる筈だ。だから、その感情を殺さないで欲しい。ボクは…」

「黙りなさいすね子!あなたが私の何を分かっているのか知らない!気色悪い耳のいい言葉にして話さないで。私は雪姫だけど…元は『雪女ユキオンナ』なのよ?こんな私が…そんな人道に反した行動に走ってしまっては——」

感情を露わにするも、雪姫には戸惑いがあった。

すね子は真っ直ぐ凝視める。

「彼は認めてくれるさ!ボクはキミに素直になって欲しいんだ!たとえ、誰からも認められなくても、コウスケくんはキミを心から受け入れてくれる筈だ!」

駄目だと思った。しかし、心の底ではすね子の言葉に縋りたい。

「っ⁉︎幸助は妖怪の『雪女ユキオンナ』が三番のうちに入ると好きと言った。だから、『雪姫わたし』はもう……違うのよ」

「そんな事ないよ!キミの名が変わったところで、コウスケくんはキミを認識してくれているさ。現に、彼はキミは力を失っていない!臆病なコウスケくんだからこそ、キミは彼に必要とされているんだ!気付いてくれ雪姫。ボクは事実しか言ってないんだ‼︎」

諦めずにすね子は訴える。




新たな愛を育む伝承を拒絶している。

雪女ユキオンナ』は、自分が他者に好意を抱いた時にこそ本領発揮する。

呪いが解けたのにも、実はこれに由来する。


幸助に救われた。その些細な行動に心情が大きく変化した。


雪姫の心は彼を受け入れようと準備していた。

だが、『雪女ユキオンナ』は純情でなければならない。

想い人を人間界で一度作ってしまった。多くの子供を授かり、妻として、一人の人間に愛を捧ぐ。そして、別れも告げ、自ら人間界へ跳ぶ行為をそれっきり限りで線を引いた。


一人を愛さなければならないと概念に捉われ、不純な心と、今の自分を責め立てる。


雪女ユキオンナ』としての伝承に固執するあまり、幸助に対する恋愛感情を抱く事を無意識のうちに拒否しようとしていた。

だが、それは理性であって本能ではない。

理性が無意識に働いているだけで、今の心はそれを我慢出来なくなっている。

その理性はとある事象の度に、徐々に崩壊していっている。

偶然ではなく、雪姫の本性を引き出そうと理性の崩壊が起きている。

心の底から手を伸ばしたい存在を前にして、『雪女ユキオンナ』と『雪姫あな』の齟齬する理性と本能に葛藤する。

約1年が経とうとする今まで、幸助に熱情される事がなく、見向きもされない。

そこに沸々と沸く苛立ち。更に言えば、度重なる不本意な異性との接触による嫉妬。

雪姫あな』となってから、自分の心理変化に戸惑うものの本気で嫌とは思えなかった。

寧ろ、今はそれが自分だと受け入れている。

今の自分を真に受け入れていれば、雪姫は感情に素直になれたのかも知れないだろう。


しかし、雪姫はその心を無理やり蓋で閉じた。


人が様変わりしたように、その目は生気が感じられないぐらい光を失う。

元の『雪女ユキオンナ』として自分りせいを保つ。

「幸助は淫乱狐の婿になってしまった。ただそれだけ。すね子、それ以上私を探るようなら、その身体を凍らせてあげる」

「自ら蓋をしないでくれ雪姫!たとえ契りを結んだとしても、コウスケくんはキミから離れることは…」

必死に訴えるすね子に冷たく笑う。

「そうね。幸助は私が好きではない。私も幸助が好きではない。なら、別に…私には関係ない。幸助が私を連れて行くならそれまで。私は人の子に従うだけ」

しかし、その笑みは本当に笑えていない。

心が静まった今、雪姫にどんな言葉を投げかけても無駄であろう。

察したすね子は、雪姫を哀しげな目で見た。

「キミは自分に素直になれば、もっと我儘なら、苦しまないで済んだのに……。どうして伝承なんかに拘るんだ?」

「口を閉じなさいすね子。私は一人を愛してしまったの。それを破れば幸助は悲しむ。そして雪女を軽視してしまう。それは望まれたくない。あくまで…私は幸助の保護者」

自由に生きられる妖界の世界で、雪姫は自分を『雪女ユキオンナ』と強く思い込んでしまった。

呪いをかけられ、自らの伝承を呪うがあまり、ありのままの欲望を求める事を諦めたのだった。


話し終えた幸助が扉の近くに現れた。

すね子は自分が喋れる妖怪と悟られないように、猫を被る。

雪姫は言いかけそうになったのを堪え、冷静を保つ。

「あれ?あんた外に出て行ったんじゃねえのか?」

気配を消していた筈の雪姫に気付く。

「幸助……」

「ん?なんか暗いぞ?しかも、ちょっと目が赤いぞ?」

雪姫は動揺せずに目を触る。

「目やみが入っただけ。それよりも淫乱狐との婚姻…おめでとう」

冷淡に祝う。

雪姫は幸助が結んだと思っている。やり取りを聞いていたのではなく様子を見ていただけ。

幸助は溜息を吐く。

「何言ってやがるんだ?あんたが後ろめたい事を避けろって言うから保留にして貰ったんだけど?それに、俺的にもあんたとの関係を壊したくねえんだわ。妲己には結婚前提で俺達に力を貸してくれるって許して貰ったよ。まあ、俺も俺で勝手な話進めて悪いな。雪姫には黙っておくのは良くないと思って喋ることにしたんだ。なんか……悪いな」

その瞬間、雪姫は幸助の言葉を理解し、表情に明るみが戻る。

「…ううん、幸助が私に隠し事をせずに話してくれたのなら良い。あなたが嘘偽りなく私に話してくれて嬉しい。そう言う事なら、今日はゆっくり休みましょ?残り7日しかない滞在を寛ぎましょ……」

「そうだな!この都市で食いたいヤツがあるんだ。一緒に食うか?」

「……うん。でも幸助、あなたは来た時に悪く思われてるかも知れない。襲われる可能性も考えて行動して」

「分かってるよ。罪人だったし……そうだ!妲己に誤解を解いて貰えるか聞いてくるぜ!」

幸助は雪姫の本音を知らない。いつも通り気遣いを配ったに過ぎない。


すね子は見逃さなかった。

幸助と会話する雪姫の表情に、先程まで死んだような失せた瞳に光が灯り、自然と笑みに歪んでいる口を確認した。何か強く期待するような、将又、それを超す強い執着。

(キミは恐ろしいよ。妲己との結婚が遅れただけで期待してるんだね。本当は、キミも心の底で彼を欲してるんだよ。コウスケくんの出会いにキミはこの上なく幸せを抱き、そして生き霊のように執着してる……ボクには、キミがとても恐ろしい妖怪に見えるよ)

比喩などではない。

動物妖怪である立場から見た私観だが、雪姫の底の知れない本性の恐ろしさに気付いた。

得体の知れないものはただ恐ろしく、身近に存在するからこそすね子は幸助を心から心配する。

(ボクを救ってくれたキミには助言をしてあげたいね。もし、キミが彼女を考えられる人間のままならボクは喋らないで見守るよ。だけどね、キミが彼女を蔑ろにするならボクはキミに全てを伝えに足を絡めに来るよ?ボクも気儘に今を楽しみたいから、なるべく避けておきたいけど。少しでも理性あるうちは、ね)

同時に、自分自身の変化にも敏感である。


すね子も、実は幸助の名付けに影響を受けてしまっている。

妲己との戦闘の際、幸助の為とは言え『妖怪万象ヨウカイバンショウ』が使えてしまった。

それはつまり、自分は代償を払わなければならず、その力を頻繁に使うとなれば自らを失う危険がある。

何を代償として支払うかは個人によって変わる。

決して些細なものではなく、その人物に求められる代償は計り知れない。


幸助・雪姫・すね子は一心同体の如く、『妖怪万象ヨウカイバンショウ』を使用した代償に徐々に蝕まれていた。

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