120話 欲情の代償
今回は少しおまけみたいなものです。気休めになるかと思い、幸助が目覚めてからの行動を書きました。妲己の性格は大体こんなもんですかね?こんなに色欲的に各キャラクターはあまりないですね。來嘛羅でさえも尻尾で済ましていたぐらいですので、妲己が過剰なのが分かります。ちなみに、來嘛羅の心配が的中してしまったのはここで回収しました。
雪姫の相手に対するあだ名が酷過ぎる……。これを常時呼ぶものだから侮辱に近いですね。今後もこれなので慣れて下さい。
翌日、俺は重い体を起こした。
「うぅ……体が重い…」
起きようとしたが、何か柔らかなものがのしかかり、思うように体を起き上がらせない。
眠気が酷く、あまりにも寝た心地にならない。
だけど、仄かに感じる蜂蜜のような甘い香りが鼻に入り込む。
二度寝しようとしたが、昨日の出来事を思い出す為に無理やり体を起こす。
ベットで寝ていたようで、昨日の出来事が夢のように思えた。
確か、昨日は妲己と戦ったんだよな。
昨日の出来事が嘘なら嘘であって欲しい。
「悪いことしたな……。妲己が好きだとはいえ、あんな感情的に言っちまった。おまけに熱で勝手に……」
好きな妖怪に俺の一方的な言葉の暴力があった気がして、俺が落ち着かない。
どうか、夢でありますように……。
「目が覚めたか。貴様」
横から妖しい声が囁かれた。
俺の背筋に水滴を垂らされたように冷たかった。
横を振り向くと、妲己が俺を面白そうな感じで覗き込んでいた。
覗き込む妲己を見て、俺はお化けでも見たように叫んだ。
「ぎわあああああーーーっっっ‼︎」
何絶叫しているのか分からない声で叫んだ。
至近距離であって、妲己が怯んだ。
俺が思いのほか声が大きかったか、妲己が耳を押さえていた。
「黙れ貴様…。ワレの耳が尋常なく痛いではないか!」
「あ、悪い……。で?なんで俺のベットに居るんだよ?」
「こちらが言いたいぐらいだが?ワレの寝所を借りておいて、なんだ貴様?ワレの寝所を我が物として誇張するか?」
俺がベットを自分の物として言った覚えはないんだが。単に、俺と同じベットでなんで妲己が寝ているのかに疑問を聞いたんだが。
怒っている…ようには見えないな。
豪華な着飾りはなく、あられも無い完美な肉体を晒すわけがない。
圧を感じないし、何かと嬉しそうな感じに見える。
「そんなつもりはねえよ。俺は体調崩して寝てたんだ。風邪、移したらあんたに悪いだろ」
「ワレを心配するか貴様。だが安心しろ、妖怪は風邪なる陰気なものに侵されるなどあり得ない」
妖怪は病気に罹らない。そんなもの、当然のようだな。
「で?俺が寝てる横で……そ、その……」
意識したら不味いと思い、俺は目を背けた。
何故なら、妲己が隠さないからだ。
ガン見しなくて良かった…。してたら、多分鼻血出てたかも知れねえ。
しかし、俺は一瞬とはいえ、妲己の肌を間近で見てしまった。
はだけた服から見えた鴇色の肌、重厚な衣装で隠れていたデカいアレが見えた……。
黒い尻尾が余計に色気を出してたから、色気を使った攻撃だったら瞬殺だったな。しかし、その尻尾は何故か見当たらなかったのは、心の中で残念に思った。
脳裏に焼き付いて離れねえ。
「なんだ?ワレの美肌に欲情しているか?なら、これはどうだ?」
「そうじゃねえ…よ。俺の目の前で……むぐっ⁉︎」
俺は抱き寄せられた。
むにゅっという感触が餅のように感じた。
「クククッ、好きだろ?ワレの肉体を欲する目をしていたからな、存分に堪能するがいい。なに、遠慮するなよ。ワレの婿になる貴様にだけなら触れて良いだけだ」
程よい柔らかいモノに押し付けられ、顔がソレに当たっていると思うと、心拍数がヤバいことになってきた。
妲己の鼓動が良く聴こえる。押し付けられる度、妲己も鼓動が速くなっているのが感じられた。
まさか、妲己も俺に………まさかな。
平然を装うにも、柔らかいモノの感触と甘い蜜のような匂いがあまりにも刺激的過ぎる。
「お…押し付けるなよ…‼︎」
「ほ〜れ!ワレの胸は張りがあって弾力を感じるだろ?好きに触れるのも埋めるのも許してやる。肉欲は我慢すると心が苦しくなるぞ?存分に溺れるが良い……」
妲己が肉食獣のように俺を離さない。
最初は抵抗するが、俺も好きな妖怪に捕まって興奮しないわけがない。
クソォ……完全に罠に落ちたぜ。
しかし、そんな永遠は一瞬で終わると悟った。
俺の目に僅かに映る先に、閻魔大王を彷彿させる妖怪が立っていた。
いや、最初から立っていたのだろう。冷たい冷気が殺意を纏い、鋭い鷹の目をした彼女が立ち尽くしている。
俺が目を覚ますまで、俺を寝ずに見守ってくれていた。
なのに、俺が満更でもない態度を取ったことで、彼女の不快を買ってしまった。
俺が最悪な反応をしたせいで、雪姫の顔が怖いことになっていた。
冷たい顔に怒りが宿り、雪姫じゃない形相で近付く。
「離れろ淫乱狐っ‼︎おまえが欲情して誘惑するなぁっ‼︎」
ゴミを見る目をした雪姫が、妲己に対して怒りを露わにしていた。
雪姫から信じられない怒号が飛んできた。久しぶり…いや、初めて聞いたかも知れねえ……。
ヤバい……マジギレしてやがる。
雪姫の怒気に心底から震え、貞操以前に命の危機を感じた。
だが、そんな雪姫に妲己は煽るように笑う。
「なんだ雪女よ?ワレはスキンシップとやらを試しているだけだ。それに、この男は貴様の男でもない。ワレが貰おうが構わないだろ?つまり、ワレがどんな事をしても咎めなどできない」
更に抱きしめられ、妲己は俺を自分のモノと主張し始めた。
「胸……締め付け過ぎだぁ…」
しかし、この豊満な胸に埋もれるのに慣れ、すっかり抵抗しなくなった。
「人間は人の肌が恋しい生き物だ。ワレの肉体に溺情していれば良いだろ?この胸など、貴様にくれてやる」
容赦なく雪姫に見せ付ける妲己。
嬉しい状況であるが、それを心から喜べない自分がいる。
「…離れろ」
だって、雪姫が激怒している状況で色欲が湧くわけがねえだろ。
「なんだ?」
「離れなさいと言っている!化け狐に似た色気で幸助を化かすな‼︎」
俺、好きな人間違えたか?
俺が悪いのか?妲己が悪いのか?
なんか、悪い原因になってるのが俺なのも納得しねえ…。
『九尾狐』の伝承を持つ妖怪が俺は好きだけなのに。妲己はもう『妲己』としてしか見てないが、嫌いになる事はない。
妖怪なら良いんだよ、妖怪なら。
結局、雪姫から説教を食らった。
正座させられ、雪姫とすね子が俺を見る。すね子は哀れむばかりの目を向けてくれるが、雪姫の態度は不機嫌だった。
悪いことしてねえのに…。
「幸助、あなたが化け狐と淫乱狐を想うところはあるけど黙ってあげる。でも、あなたはまだ成人したばかり。人の子が妖怪の誘惑に乗れば食われる。何度も話した……なのに、幸助は何も理解していない」
「うっ…もう妲己は大丈夫だって」
「それはあり得ない。あなたがそう思っているだけ。実際、玉藻前があなたの心を奪えばどうなるか…考えるだけで嫌。この旅であなたは誘惑に乗せられ過ぎてる」
俺は反論する。
「俺は何も悪いことしてねえよ!妲己の時だって事故だろうが‼︎俺は巻き込まれただけで…」
「そう……でも、鼻の下伸ばしていた。顔も赤らめていた」
冷たく俺を睨む。
いやいや!俺は何も悪い事に手は出してない。
「仕方がねえだろ!裸を見たりしたら疾しい気持ちになっちまうんだよ‼︎」
「………」
やっと静かになった。
けど、雪姫の冷めた表情が深くなる。
「なあ?俺だって男なんだ。あんなの見せられちまうと……なあ、分かるだろ?」
「………」
「ドン引きしないでくれよ!」
雪姫の表情が青褪め、俺を人として見ていない感じがする。
「無理ね。あなたが欲情するだなんて……認められない」
俺は反論したが、謝るしかないと思い土下座をした。
「悪かったって‼︎あんたにそんな風に見られるのはごめんだって‼︎頼むっ!俺が悪かったからそんな目で見ないでくれ!」
これ以上雪姫に失望されるのは俺が死ぬ。
俺は必死に頭を下げた。頭に擦るぐらいの姿勢で謝った。
雪姫に凍らされる。そんな思いをしたくないと必死に熱意を見せた。
雪姫は沈黙する。チラッと周りを確認する仕草をし、俺を再度見下す。
「……分かった。幸助なら、仕方がない。抑制の効かない欲を抑えるのは至難の業。それだったら仕方がないね」
「っ‼︎なら…」
「でも、幸助が化け狐と淫乱狐に欲情するのは違う。あくまで、好意は認める。けど、獣欲みたいなのは駄目」
「え……?」
雪姫は何言っているんだ?
「今後、あの二人の欲情に誘惑されないこと。顔の緩みも許さない。あの二人に対して、獣欲を掻き立てないこと。私の前で、絶対にしない。私の許可なく女性に鼻の下を伸ばさない。また、私があなたがされている現場を見たその時は、私が容赦なく介入させて貰う」
目も口も冷淡として、無表情で笑っていない。
内容は完全に縛るようなものだ。俺の意識改革にしては酷過ぎる。後半は、來嘛羅と妲己の二人以外も対象になってるのは気のせいか?
雪姫が感情的に敵視してる気がするのだが……。
俺を完全に冷たく見てる。
「あの…俺は仮にも男ですよ?性欲って、溜まらない訳がないんですよ?無性でない限り、俺が我慢できる訳ないじゃん?」
男には、どうしても逆らえない欲がある。
旅で意識してなかったが、禁欲に近い生活をしていた。
俺は別に善人とかじゃねえ。普通の人間だ。
「幸助は優しい人。人の子を、ましては、好きな妖怪にそんな目を向けないでしょ?私はそう信じてるから」
話聞いてんのか⁉︎
俺、流石にそんな聖人なんか無理だ!はっきり言う、無理だ‼︎
「そんなの無理に決まってる‼︎俺、嫌でもそんな気持ち持っちまうんだよ。なぁ……⁉︎」
こんな恥ずかしい会話、あっちの世界でやったらドン引きものだろうぜ。
声が消えそうに、俺は切実に無理だと首を横に振った。
「……」
「頼む……雪姫にそんな風に思われるのは嬉しいが、俺が疾しい気持ちを消すのは無理だと分かってくれ!」
俺はもういっそ、性癖すら暴露しないと駄目かと思った。
恥ずかしいし……俺の尊厳がなくなっちまうがそれしか……。
雪姫が小さく口を動かす。
「分かった…」
漸く望んだ返事を答えてくれた。
俺は頭を上げる。
「分かってくれたの、か?」
「うん……。その代わり、化け狐と淫乱狐に欲情はやめて欲しい。もし、玉藻前があなたを魅了する事があった時、犬みたいに従いそうだから」
またしても駄目か。でも、納得するしかない。
俺の観点での『玉藻前』は相手を堕とす術を持っている。それに引っ掛かれば俺は終わりだ。
『九尾狐』好きの俺にとって、雪姫のお咎めは恐ろしく正論だ。
欲情しない訳がなく、ほぼ禁欲状態を保たなければならない。
雪姫は俺の腕を掴み、何か結晶のようなものを手首に刻み始めた。
青白い雪結晶の模様で、少し俺好みのマークが浮かび上がる。
「これは…?」
嫌な予感がした。
「あなたが九尾狐を見て欲情した場合、結晶は赤く染まり、腕から凍り始めるようになってる。もし、この印を取り除こうとするならば、その時も同じ事が起きる」
本気で殺しに来ているのだと、雪姫が恐ろしさを見せた。
俺、雪姫に守るって言われたのに殺されるの⁉︎
「殺す、のか?」
「まさか……幸助は殺さない。ただ、痛い目を見て精神を鍛えて貰うのが目的。あなたを殺したいとは一切思っていない……」
「えぇ…怖ぁ」
悲しげに言う雪姫のその言葉に少し恐怖を感じる。
雪姫が俺に求めるものは命の安全。それを考慮してのこの印なんだろうな。
俺は手首に付けられたマークを見て、雪姫の気紛れを知った。
妖怪の機嫌を損なえばどうなるか、俺は身をもって体験した。




