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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
妖都征圧阻止編
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11話 壁を越える者

長めの戦闘描写。表現力伝わりますかね?妖怪の秘密や弱点とかも一部では紹介を通して書いていくつもりです。伝承が強いからこそ、雪女は並の妖怪と違う。それだけでこんな強さは恐ろしいですね。今後、この理由も解き明かしていきますので、楽しみにしてて下さい‼︎

 九尾狐は、雪姫に近寄る。雪姫は怯え、後ろに下がる。

 だが刀を構え直し、冷たい妖気を放つ。その瞳に宿る意思は健在。

「私を殺せば加護は消える。あなたは、私から彼を奪う気ね?」

 妖怪は死なない。だが、殺せないわけではない。加護を与える妖怪を殺せば、加護は消滅する。

 雪姫の問いに女は答えない。ただ、笑みが深まるばかり。

 雪姫はそれが気に入らない。こんな自分よりも親密など欠片もない知らない、自分の物にしようとする女を排除したいと。嫉妬と怒りが混じる。

 雪姫は燃え上がるような怒りを覚える。全身から感じる怒りが殺意へと変わる。

 早く消さないと、居なくなってしまう。

 傍に居て欲しい幸助が取られる。そんな焦りとも思える雪姫の恐怖が怒りに変換される。

 思考より身体が先に動いた。

「死ね‼︎」

 雪姫の冷たい目が、完全に九尾狐を敵と認識した。

 ゆっくり近寄る九尾狐に容赦ない刀が放たれる。

報仇雪恨(ほうきゅうせっこん)‼︎」

 恨みを込めた一振りが、九尾狐の首を襲う。

「『狐笠(きつねかさ)』」

 九尾狐は無造作に扇子を広げて、旋風を巻き起こす。風力でその太刀は届かず、雪姫は遠くに飛ばされる。

「きゃっ!」

 空間の壁に激突し、強く背中を強打する。

 血反吐を吐くがなんとか持ち直し、刀を強く握り絞める。雪姫の殺意の目を、九尾狐は興味ありげに見る。

「ほう?妾を前に気を落とさぬか。これが雪女の格というものかの」

「黙りなさい。雪女はもう違う……。私の名前は雪姫(あな)。彼から貰った大切な名よ!」

 名で呼ばれたい。そんな怒りが籠った声と呼応して、雪姫の体から禍々しい冷気の妖気(オーラ)が漏れ出てくる。

「化け狐、私の幸助を返せ。私の気がまだ保つ内に返すというならいい。だが、返さないなら…」

「妾を殺してでも取り返す。そんなくどい事を申すとは、噂に聞いていたのと全く別物じゃな。娘よ、この人間の子に何故(なにゆえ)肩入れする?その血気盛んな怒りを妾に向ける理由はなんじゃ?」

 九尾狐はもっと変化するのではという期待を雪姫に抱く。

「そこで寝ておる此奴は危機感がない。そして、どうやら妾に気があるようじゃった。尻尾から漏れ出る此奴好みの欲を掻き立てる色香でこの有り様。見捨てて置けば娘には関係ない事で済むじゃろう。なのに、何故取り返したいのじゃ?人間を幾多も救い見捨てられ、愛憎が増しておろうに。さあ、大人しく帰られよ。さもなくば、妾が一度、其方を死なすとする」

 九尾狐は火に油を注ぐように、言葉で刺激する。

 妖怪にとって人間は糧でしかない。そんな存在に肩入れすること自体がない。

 何故なら、大抵が悪意だから。

 雪姫は感情があるもので染まっていくのを感じる。純粋な感情に染まる雪姫の表情は更なる冷たさを強調する。

 嫉妬。今の雪姫の抱く最も純粋な感情に雰囲気が変わった。

 本当の自分がなんなのか?それは間違ってはいないと雪姫の心を渦巻く。渦巻く感情を鮮明に思い描く。

 今の自分では救えない。また同じ結果になるのなら……。





 シリウスの目がドス黒い青へと変貌し、口元は歪んだ笑みを浮かべている。死装束が白無垢仕様へと様変わりする。

 吹雪が舞い、雪姫の周囲が雪に覆われ、吹雪に触れた草木が凍り付く。

 本来の雪女は嫉妬深い。一途の深い愛を持つ妖怪が、他の者に愛する者を奪われたと嫉み、嫉妬に目醒める事で、本来の雪女となる。

 混妖であるが、雪女は他の妖怪と違う何かを持っていた。

 初めてだった。堂々と奪った九尾狐を殺したいと本気で思った。

「そっか……あなた、随分癪に触る言い方をするね?いいわ、殺してあげる。幸助を返さないと言うなら、立派な尾を凍らせてあげる」

 雪姫は薄ら笑いをして、無動作で猛吹雪が荒れる。

「これが嫉妬……かなり執念深い奴じゃ。妾の空間を一部とはいえ侵食するとは!よもや、『妖怪万象(ようかいばんしょう)』を混妖が獲得するとはの。完璧な人型は初めてじゃ」

 変貌を遂げた雪姫を見て、九尾狐は満悦だった。金瞳はその姿を拝められ、瞳孔が揺れる。

「黙りなさい。幸助は渡さない。それに、私は今怒ってるから、死ぬかもね?」

 刀を構え、一振りする。

 九尾狐は避けた。居た場所は大地を斬り凍結していた。雪が咲いたように、地面に雪の結晶が凍てつく。

「ほう…。興味深い事態じゃ。やはり、あの者には途轍もない力があるのじゃな?」

 幸助に対する興味が高まる九尾狐は雪姫に聞く。しかし、雪姫は全く聞く耳を持たないのか、容赦なく刀で襲う。

「速さが異質じゃの。太刀筋は読めぬか…。その力、初めて解放したのじゃろ?気分はどうじゃ?」

 扇子で全てを弾くが、一振りが致命傷に至るぐらいの攻撃に手が痺れる。押される気分も悪くないと九尾狐は愉快だと抱く。

「最悪ね!私が傍に置いておきたい幸助を奪った報い、存分に受けなさい‼︎」

 人が変わったというべきか。雪姫は嫉妬狂う雪女として、その力を振るう。

 実力は拮抗しているように見えるが、九尾狐には余裕が有り余っている。

 今の状況を整理し、興味深い真実を解き明かす。九尾狐は最初から幸助達に敵意は向けていない。

 殺すつもりならばとっくにやっている。興味ある人間であるならば、その者に好意を抱く。

 多少なりとも本気であることを見せつけることで、雪姫の実力を測っている。

 九尾狐が披露する。扇子を収め、青い炎を尻尾の先から点火する。

「我が『狐火(きつねび)』に煽られるがよい!」

 『狐火(きつねび)』を雪姫に放つ。軌道を自由自在に操り、雪姫を翻弄する。大抵の妖怪には、これだけで敵かどうかを見極められる。

 ……かに見えたがそれは間違いだと、瞬時に九尾狐は理解する。

 雪姫は襲ってくる火を全て冷気で弱体化させ、凍てついた刀身で狐火を斬り捨てる。

 先程の感情任せによる太刀ではなく、認識した上での立ち回りをしている。

 数多の妖怪や人間を見てきた九尾狐であるが、雪姫の強さが異常だとその金瞳()で見定める。

(並ならぬ芸当。しかも、己の意思だけで撥ね除けるとは…。これが先程の此奴なのか?)

 警戒まではいかないが、用心に越した事はない。そう思い、九尾狐は次の一手に出る事を躊躇わない。

 久方ぶりに指を切り、垂れた血を媒体に召喚術を行使する。

 この妖界で召喚術を身に付けている存在は僅かのみ。召喚により、妖獣か自身と所縁ある妖怪を喚び出せる。

 自身の血を贄に空中に召喚門を描く。

「口寄せ:『地孤(ちこ)』!」

 九尾狐が描いた召喚門から六匹の小狐が現れ、命令して雪姫を襲わせる。

 小狐は百年程生きた狐であるが、一個体だけでも凶暴さは凄まじく、狙いを定めた者を容赦なく噛み殺すという妖獣である。





 九尾狐は、少しは楽しんで貰えると良いと考え、雪姫の相手を小狐にさせ、自身は眠ったままの幸助に視線を向ける。

 九尾狐の能力は、人の心を読み取り、その心を捕らえる事を得意とする。元々、人間から妖怪として進化した雪姫と人間の幸助の思考を読むなど造作もない。人間には到底辿り着けない領域(いき)である。

 それ以外にも、どんな存在にも成り済ませる妖怪変化。

 自他の視覚や聴覚などの五感を操る幻術。

 全知全能の力を使い熟せる程の技術力と精神力。

 そんな九尾狐は、幸助という一人の人間を見て、何を思ったのだろう…。

「フッフッフ、遂に…遂に出会えたぞ。数多の人間の中でお主は奇跡の力を持つ者。妖怪に愛を抱き、その愛を今も抱き続ける純粋者。妾は欲しかったのじゃ!妾を本気にしてくれるお主を‼︎」

 刮目せよと言わんばかりに、九尾狐は幸助を強く抱きしめた。

 その表情は妖艶で、誰も見せたことがないばかりの満足した表情だった。まるで、愛したいものを離さんばかりに嬉しさを表現する。

「おおっ‼︎異能(いのう)もやはり初物じゃ!妾が大事にお主を保護せねば。うむ、この者が秋水とやらに支配されなくて安堵した。…違うな。九尾狐である妾に恋するから巡り会えたのじゃ。雪女には感謝せねば。後で謝罪の一つでもしてやろうかの〜」

 幸助をこの手で抱え、想いが溢れてくる。数百年ぶりの熱情に心が生き返る心地を感じた。

 九尾狐は多幸で幸助を抱きしめる。

 雪姫は必死に幸助を助けようとする。声は聞こえ、その様子を見た雪姫の殺意は更に増す。

「また…幸助。そっか、殺せばいい話ね」

 雪姫は噛み付く地狐を真っ二つに斬り裂く。だが、ただ斬ると地狐は瞬く間に復活する。

 九尾狐の血を得た地狐は並の妖怪とは違う。一個体が純妖に勝る強さなのだ。混妖の雪姫では武が悪過ぎる。

 刀身に冷気を込め、地狐を斬り捨てる。今度は再生せず、傷は癒えない。

 突然変異した雪姫の強さは格段に上がっていた。この現象に似た力を持つ存在は純妖に限られた話である。

 『妖怪万象(ようかいばんしょう)』と呼ばれる、純妖が潜在的に持つ逸脱した伝承を元に解放した姿。人型で留まることの多い純妖は力を隠し持っている。力を抑制することで、人型である状態で妖術を自在に操れるように制御している。

 真の姿とも言われる『真体(しんたい)』とも呼ばれ、純妖にとって切り札であり、同時に己の尊厳を捨てた姿を得る。

 感情由来、精神的影響、伝承左右となり、人型を愛する妖怪にとって本来の姿とは醜いものでしかないのだ。人間に化ける妖怪は人間の姿に愛着を抱き、その姿で人間界も妖界も生きている。

 力を得る代わりの代償とは、妖怪にとって屈辱でしかない。妖怪同士は兎も角、人間相手に使うとなった時の屈辱は計り知れないだろう。

 人型で制御する『妖怪万象(ようかいばんしょう)』は、今だに確認されていない。

 たった今、その壁を越えたと思われる存在が出現した。






 20分ほど時が経ち、異様な静けさになった。

 視覚とは違う、別の感覚器官が九尾狐に危険を知らせた。

 それを感じ、視線を向ける。九尾狐は静かに感心した。

「ほぉう……妾の子達が」

 目に映るのは、雪姫が小狐達を全て倒し、九尾狐を睨み付けていた。

 雪姫の強さを認める。

「よくぞ倒した。妾の血を飲んだ小狐らを倒せる実力を持つとは。じゃが…」

 九尾狐は笑う。

 雪姫はさっきの小狐達を相手にして倒せたものの、その身は既に疲労し、息が上がっていた。

 それでも尚、その目に殺意が満ちたまま、恐ろしい程の執着心が渦巻いていた。

「黙りなさい…。幸助を返して貰うまでは……」

「もう良いじゃろう。妾も満足した。もう此処らで終わりにせぬか?」

 雪姫は諦める様子がない。それどころか、ますます殺意が高まる。

 力を引き出してしまった雪姫は止まらない。

「私から奪うな化け狐!返せ…返しなさい‼︎」

 疲労した肉体を無理やり動かし、雪姫は刀と妖術を放つ。

「愛を知ったか雪女。それも一興じゃが、今は鎮まれ。妾は其方を—っ‼︎」

「黙れ黙れ黙れ‼︎お前なんか消えろ!幸助を返しなさい‼︎」

 殺さんとばかりに襲う雪姫。一度解放された衝動、そう簡単に抑えられない。

 仕方がなく、九尾狐は再び扇子を取り出し、本当の実力を見せつけようとする。

 唯一、雪姫を止められるのは、ただ1人。

 幸助は眠っていた体を起こす。


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