118話 小さな嫉妬
雪姫が少し心情的に変化を起こしてます。この先の物語、本当に幸助の身が心配で書いている自分です。正直、物語が進むにつれ、雪姫の怖い一面が浮き彫りになっていってます。『雪女』がそもそも嫉妬深いので、心配と裏腹に嫉妬心もある複雑な心境です。
暫くは二人の言い合いが続いたが、來嘛羅が本題に入りたいということで話を止める。
「もうよいじゃろう。じゃから、今は戯れあいに浸る暇はないぞ。幸助殿の滞在期限も迫っておるからの」
いたずらに時間を使えない。
幸助は閻魔大王の刑罰により、全ての都市における滞在期間が定められている。
それを考慮し、來嘛羅は話を進める。
「漸くね。化け狐、嘘を言ったら…」
「それはせぬ。幸助殿を騙すのは三度までじゃよ。それ以上、彼奴を困らせたり、誑かしたりはせぬから安心せい」
「三回も嘘言っているんですね……」
具体的に嘘を吐くことを定めるあたり、來嘛羅が的を射た真面目なんだと、華名は思った。
「さて…これからやらねばならぬ事は変わらぬ。“三妖魔”の三妖怪を捕らえ、妖都に引き連れてくることじゃ」
閻魔大王に提言した目的。それは嘘ではなく、しなければならない目標である。
妲己は興味深く思う。
「なるほど、貴様は閻魔に嘘は吐かなかったようだな?」
「嘘はいずれバレる。それと、幸助殿には悪いからの」
「神使の狐も怖い、か?」
「そうかも知れぬな」
來嘛羅はそう一蹴する。
「化け狐、“三妖魔”の『大嶽丸』・『酒呑童子』・『玉藻前』の居場所を掴めていないと言った。探す手段はあるの?」
雪姫は來嘛羅を睨む。
騙されたと怒りを燃やし、より一層、來嘛羅に対する信頼を失った。
「玉藻前は妾と同等の『九尾狐』の眷属。場所ならつい先日、判明したのじゃ」
「さっき…?」
信じられない。雪姫は來嘛羅を疑う。
「そうじゃ。妾は幸助殿に名を賜った事で、妾の血を受け継ぐ者の所在を把握出来るようになった」
來嘛羅に“変化”が起きた。その変化は穏やかに緩く、自らの意思が幸助の影響を受け入れるに時間を掛けてしまった。
受け入れた事で、紛れもなく自身の妖術や異能に変化を及ぼした。
唯一、幸助の異能を全て知る來嘛羅からすれば、これほど他者に嬉しく感じる事はない。
だが、目論みと企みを好み、本性を晒さない姿勢を崩すこともまたない。
「名を襲名したんだったな?來嘛羅…実に拘りを感じる名前だな?」
妲己が問うと來嘛羅は嬉しそうに微笑を漏らす。
「そうかの?幸助殿の《名》は素晴らしくての〜。ここまで変化を齎すとは嬉々なのじゃ!」
しかし、表立つ感情は演技。それを見抜けるのは、感情を読める妲己のみ。
「どうせ破滅を導いた寵愛者に近い異能だったのだろ?貴様の嬌笑も見飽きた。いい加減、玉藻前の場所を吐いて貰おうか⁉︎」
來嘛羅の演技も白々しいと、玉藻前の詳細を聞こうと睨む。
だが、これに素直に答えて良いのか。來嘛羅は妲己を金瞳で凝視める。
「別に良いが、場所があまりにも都合が悪いのじゃ。怪都の方が入り込めるんじゃがな……」
重たげな表情を作り上の空を見る。
雪姫はある都市の名を口にした。
「もしかして……最都だから?」
現代妖怪が発生する元凶。その場所は未だ謎に包まれている未開域。
最都は霧隠れた都市の故、來嘛羅の全知全能を持っても探し出せない。
各都市の周辺や浮浪する人間や妖怪を脅かし、甚大な被害を起こし、最都:新来を捜索した“災禍様”以下の中国妖怪と日本妖怪が痕跡なく全滅した。
そんな都市に玉藻前がいると推測した。
「察しが早くて助かるの。その通りじゃ、玉藻前は最都:新来を根城としておる」
ここまで玉藻前の素性が判明する事はなかった。
今だに閻魔大王ですら掴めず、來嘛羅ですらその居場所に辿り着けていなかった。
1000年近く行方不明の妖怪が見つかった。それだけで、大事に発展する事実である。すぐさま、噂として広まっても可笑しくない。
「では最都に行きましょ。居場所が分かる妖怪から捕まえ…」
居場所が掴めているのなら話は早いと、雪姫は言う。
だが、來嘛羅は首を横に振る。
「無理じゃ」
「っ…どうして?」
「最都は三大都市とは全く異なる都市じゃ。迂闊に足を踏み込めば容易く命を落としかねない」
雪姫は否定しようとするが、來嘛羅の真剣な眼差しを疑うことが出来なかった。
まるで、他人事ではない事態に発展していると匂わせる。
「急いだ方が…」
「何故焦るのじゃ?もしや、幸助殿の為と言わぬじゃろうて……そうか、其方は…」
「黙りなさい!お前なんかに…くっ‼︎」
珍しく、戦闘以外で簡単に感情が昂る雪姫。
玉藻前の話になってから、雪姫の情緒はいつもより乱れていた。
これでは埒が明かないと思い、來嘛羅も鬼を演じる。
「其方に何が出来るというのじゃ?歴然な事を申すと、現代妖怪の怪異に勝てない。それも、玉藻前の配下ですらない者にじゃ。脆弱な“災厄”如きが無駄に命を散らして其方は満足するかの⁉︎」
浴びせた事のない覇気を雪姫にのみに絞り当てる。
妖怪ですら畏怖する恐怖を引き出させる作用があり、雪姫の心髄を震え上がらせる。
「うっ‼︎」
褒姒だからと油断した。思わず、雪姫の体が痙攣を起こす。
太古の妖怪という格の違いは、未知の恐怖をその魂まで刻み付ける。
「妾の伝承にひれ伏さなかっただけ途上があるの。じゃが、所詮は己の知覚が出来ぬ未完全な妖怪。妲己に勝てたのも偶然じゃな」
來嘛羅は何ひとつ間違った事を言っていない。
事実、雪姫が最都へ辿り着けても返り討ちに遭う。
冷静になっていく思考で、雪姫の殺意は消沈する。
今度は妲己が來嘛羅に尋問する。
「どういうことか説明して貰うぞ?貴様が口を開けばいつも大事の時だ。ワレにも他の者にも関係がある話だろ?」
1000年の付き合いは無駄ではない。
妲己とて、ただ恨むだけでしかなかった來嘛羅を知らないわけではない。
秋水が攻めてくる前に一度、自分の目の前に現れた來嘛羅は予言していた。予言は的中し、幸助の介入で収束した。
口は災いの元と言うように、來嘛羅が言う言葉は、大抵が不穏の始まりである。
「そうじゃな……。まず、妖界の秩序がひと月を跨いだ刻より崩壊する。理由は簡単じゃ。玉藻前が遂に本性を露わにしおった。妾や妲己、他の九尾狐を始末する腹じゃ。妲己が幸助殿に負けたと自覚した瞬間、妾は恐ろしい未来を視てしまった」
妖艶な笑みなどなく、ただ褒姒の無表情よりも冷たい顔が浮かぶ。
怒りより、事態の深刻さに顔が暗くなっていく。
「負け……そうか、ワレはあの男に負かされた。それは心から受け入れてしまった」
妲己は下を向く。來嘛羅の言葉の深刻さを理解し、玉藻前の行動に納得する。
「そうじゃ、これはもう始まった災いじゃ。思考は読めぬが、玉藻前はこの事態に乗じて動く筈じゃ。数日後に玉藻前の手練れが其方を始末しにくるであろう。その時、幸助殿も同席させ、事態を呑み込ませるのじゃ」
幸助を玉藻前の刺客と会わせる。そう聞こえる。
雪姫の心の中で不安が過ぎる。
不安を抱いた理由は玉藻前に対してではなく、幸助の心情を心配した。
「駄目。幸助に会わせない。化け狐のせいで幸助は精神的に不安に陥ってる。直接会わせたら……兎に角、その刺客は私が迎え撃つ」
その不安を口にしていた。
しかし、その不安は嫉妬に限りなく近かった。
玉藻前に対する嫉妬。身勝手な嫉妬心で幸助を遠ざけようとしている。
「駄目じゃ。其方が勝てる相手ではない」
そんな浮ついた心を見透かす來嘛羅は諭す。
「っ…幸助に嘘を吐いた化け狐に言われたくはない!」
「怒りを堪えるのじゃ雪姫よ。…うむ、ではこうしよう。其方は幸助殿を命懸けで守れば良い。夜叉とカナ、悟美が祓えば問題ない。三人おれば心配無用じゃよ」
雪姫が止まらぬと思い、敢えて幸助の名を口にする。
再び息を潜めるように、雪姫は静かになった。
「で?いつ来るか分かるものなのか?」
「分かっていれば楽なものじゃ。玉藻前は用心深く、自身が妾の前に現れるほどの甘い相手ではない。妾とて、彼奴の姿は一度も見たことがないのじゃ。妲己、其方は知っておるか?」
「知るか!ワレが知ってる筈がないだろうが!」
妲己は知らないと強気な態度で言う。
玉藻前の行方を知っているのは、來嘛羅のみ。当然の反応に來嘛羅は思い悩む。
「困ったのう……」
場所は分かったが、今後の動きで玉藻前が表に現れる事はない。
裏でしか動かない玉藻前の全貌は、『未来視』でも『千里眼』ですらも見透せない。
容姿も判明せず、女である以外は何も手掛かりがない。
視た未来にすらも、玉藻前の姿は鮮明には映らなかった。
おぼろげで霞がかかったように姿が隠れてしまい、大嶽丸と酒呑童子しか姿を知らない。
妖怪の容姿は伝承によって変わる。
その姿を見ない限り、如何なる妖怪なのかを知る術はない。
考えるだけでは話が進まない。




