115話 妖狐堕ちる
これで漸く方がつきました。
妲己が今後どうなるか、楽しみにしてて下さい。
しかし忘れてはいけません。玉藻前が予言したことが的中した今、次なる策へと移行します。
投稿は金曜日から再開します!
眼前で足がピタリと止まる。
その足は震え、爪が突き刺さる事もなかった。
安堵したが、緊張が解けた訳じゃない。
体が硬直し、立ち尽くした状態から動けなくなった。
「っ……やっぱりな」
「貴様。ワレの恐怖を克服したのか?」
驚きが枯れたように聞く妲己。
俺は硬直した体で全てを吐く。
「なあ、俺分かったんだ。あんたが妖術を使わず、あんな暴れ方をしていたのは、自分で傷付けていたのを隠す為だろ?」
「……気付いていたか」
隠す気がなくなったのか、自らの行いを打ち明けた。
「ああ、雪姫と紗夜は血は流していない。あんたの血が隠し切れてねえんだ。自分の姿がそんなに醜いか?」
「っ……」
妲己は再び沈黙に入る。
肯定も否定もしないが、少なくとも、今の獣みたいな容姿を受け入れたいとは思っていない。
「まぁ、自分が嫌いになるよな。あんたは『妲己』という人間で、本当は惨虐を働いたのも本心ではないんだろ?『九尾狐』が憎たらしく嫌いなのも十分に伝わった。俺も思い出すまで、あんたを九尾狐の一人だと思ってた。それは謝るよ。ちゃんと伝承を知っていれば、あんたが『九尾狐』として見てはいなかっただろう」
俺は妲己の頭に触れ、心から謝る。
嘘はよくない。だから、俺が妲己を不快な認識で見ていた事を謝った。
妲己の気持ちに響いたのだろうか……。
「何故だ…?何故、ワレに謝る?貴様は一方的に殺そうとしたのだぞ⁉︎剣の一つを抜き、ワレをこのまま刺すなど造作もない筈。何故殺さない⁉︎」
勘違いしているのか困惑してるのか、俺の謝罪を違う形で受け取ったようだ。
俺は呆れた。
「あんたが好きだからだよ。妲己」
気持ちを口にした。
「ぬぁっ……キィィ…き、貴様⁉︎」
激しく動揺した。
ま、ここまで正直に言ったらそうなるよな。
「ホントだ。嘘で言ってると思うなら、その目で見てみろ。嘘なら殺しても構わない」
本当に思考が可笑しくなってる。俺はこんな事を平然と聞ける勇気があることに驚いたが、気持ちを知って貰いたいという一心が勝る。
頭上の俺を見ようとはしないが、暫くの沈黙で静まる。
俺を見ようとはしてなくて、寧ろ、俺の言葉で見てくれているようだった。
「貴様……やはり狂っている。これほど無慈悲に人を殺められる妖怪が好きとはな。貴様をおいて聞いたことがないぞ⁉︎こんなに醜い醜悪な妖狐を愛するなど誰もできぬ。なのに……」
噛み締め、悲痛に唸る。
妲己が、初めて弱みを見せてくれた。
妲己の頭の上からでも分かる、悲痛な思いが伝わる。
「諦めんのかよ⁉︎あんたは妲己なのに、伝承に左右されてどうするんだよ‼︎俺はもう、あんたを『九尾狐』じゃなく『妲己』としてあんたを認識する。これから会う時、俺と話す時があれば、俺は妲己としか思わない。九尾狐の妲己じゃなくて、殷の国の傾国の美女妲己としてな」
俺は妲己を九尾狐として見る事を諦めた。
「それは、どういうことだ…?」
何か求めているように弱々しく聞く妲己。
「あんたは妖怪。だが、俺は『妲己』として接すると此処で誓ってやる。九尾狐と見られたくないならそうする。人間としては見てあげられないが、妲己を俺は意識してやると約束する!全員を恨んでも誰かに心許せる安心感を抱いて欲しい」
だが、決して嫌いになった訳じゃねえ。
妖怪なら好きになれる。俺は妲己を一人の妖怪としての認識はやめないつもりだ。
俺自身、妲己に尻尾が消えたその時は、俺は絶望の淵に立たされるだろうけど。
なんて考えているが、俺の現状はどうなのか?妲己が俺を殺すならそれで終わりだ。
古都の皆んなを皆殺しにする事になった時は、俺は本当の意味で大罪人と処罰されちまうな。
地獄に行ったら、來嘛羅にも会えなくなるのか。そう思うと、俺は後悔している。
しかし、喚いたり諦めようとほざくものだから、つい、強めに言ってしまった。
半分以上は俺の理想論とか感情論をぶつけるように言ってしまった。
でも、俺は太古の妖怪に自分の感情を訴えたんだ。自信持って、この世を去るのも悪くないな。
來嘛羅に見せた覚悟とは違う。妲己には自信を見せられた。
後悔は……ない。
妲己の体が震える。怒らせちまったか…?
でも、此処で死ぬなら本望だ。なんせ、好きな妖怪の一人に殺されるなら……。
………。
……。
…。
「クッ…ククク、貴様が好きとほざいたあの女に抗えと言うのか?」
どうやら杞憂に終わったようだ。妲己が大きな口で調子良い調子で話し始めた。
「お、おう。あんたが『九尾狐』が嫌いなら別に構わねえよ。けど、悪く言う奴は許さねえけどな」
「そうか……。なら貴様の言う通り、あの女の好きにならないとしよう」
そう来たか。
でも、初対面の時よりは話しやすい。ちょっと高貴な態度が軟化したみたいで馴染みやすい。
「まあ、そこは好きにしてくれ。俺も何を言われようが、妖怪は嫌いにならねえって事を言っておくぜ?」
「くだらないな。妖怪は貴様ら人間が創り出した贋作。ワレは人間だった、故に、このような伝承は消し滅ぼしたい」
「やっぱ不満があるじゃねえか。あんたがずっと殺意剥き出しにするからよ、俺が嫌われたのかと思ったぜ」
妖怪に嫌われるのは大嫌いだ。俺にとって、好きな人に拒絶されるのが何よりも苦痛だからな。
「それは間違っていないな。ワレは人間を今でも恨み忘れられない。ワレを『妲己』としての本当の意味で記す者を期待していた。それを踏み躙られた屈辱は今でも心に焼き付いている。誰も、『九尾狐』の妲己としてではなく、『妲己』本来として見てくれなかった。それがワレには酷く、死に値する苦しみだった……」
「みたいだな」
体が縮むように、妲己が人型へと戻っていく。
俺は頭に乗っていたから、妲己に振り下ろされた。
と思いきや、俺は妲己に抱き抱えられていた。
「だが、貴様のその戯言に興味が湧いた。ワレがあの女に負けぬ自分となれば良い。思考を読めないのは、心の底ではあの女に屈してなどいなかった。最初から、ワレはワレでしかない。思い出させてくれた貴様の欲情からの言葉。得体が知れず面白いぞ」
「それ、俺をなんか性欲紛いの何かで見てます?」
「事実だろ?貴様はワレを相手に欲情したであろうが。そして、抱いているこの時でも、貴様はワレにゾクゾクしているではないか」
心読んでないのにそこまで見抜かれると恥ずかしいな。
人が変わったのか、妲己の表情に怖さを感じない。
「恥ずい……」
俺は恥ずかしさのあまり、顔を手で隠した。
「クククッ、その手邪魔だろ?引き離すぞ」
「やっ、やめろ!」
能力は使わず、妲己に強引に手をどけられた。
思わず妲己の顔を見た時、俺は恥ずかしさを忘れ、ドキッとしてしまった。
「案ずるな、ワレの負けだ。賭けに勝った貴様の望みを叶えるとしよう」
負け惜しみの台詞を言う妲己の表情は生き生きとし、とても悔しそうな表情にも見えなかった。
歪な笑みはなく、心からの笑顔に思えた。
「えっ?」
「《獄罰》の強い縛りで科した契約とは重いのだ。ワレは心底から敗北を認め、死と同等のものを与えられた。それに限った話なのだ」
妲己が死に近いものを受け入れたって、とんでもないものじゃ……。
「屈辱、だったのか?」
「そうだな……堕ちたと言えば、貴様も納得するだろ?」
何を言い出すのかと思えば、意味が分からない。
「堕ちた?」
聞いた。妲己は俺へ不敵な笑みを見せた。
「貴様のワレへの想いに屈した。それ以外にあるか?」
もう、完全に殺し合いという雰囲気はなく、そんな気も起きなくなったのか、妲己は俺達を空間から解放してくれた。




