113話 妲己の過去
久しぶりに六千超えての投稿です。分けても良かったのですが、自分的には1話で読み切って欲しいと思いましたので、今回は文章多めで投稿しました。
妲己の伝承。それを自己解釈しながら書いてみました。決して善と思えない悪業とその最後。そして、伝承の変化による妲己の苦しみ。それらが合わさり、今の妲己が來嘛羅を憎む理由も分かるではないでしょうか?
元々ただの人間が妖怪となり、自身を変えた元凶に殺意を覚えるのも無理はない。
ちゃんと紂王もクソ野郎で書いてみました。
ちゃんと書けてますでしょうか?
意識が混雑する。
ワレは何していたのだろうか?
確か…人間を食って。それから……分からない。
殺して…喰らって……拷問して……。
それは誰がやっていたのか?
そもそも、ワレは誰だ?
思い出せん。此処が何処で、ワレが何者なのかも……。
暗い…寒い。痛い……。
痛い?そうだ。ワレは何かと戦っていたのだな?
ワレが誰なのか?誰かがワレを呼んでおる。
男?人間の声……。
酷い興奮だな。ワレには相応しくない欲情の感情を感じる気味が悪い声。
だが、今は不快と思ってる声が愛おしく感じている。
何故だ…?これほど純情な声に聴こえてしまうのか?
ワレは己の耳を疑った。
疑う度、それは本物だと理解せざる得なかった。
本当にワレを憎んでいる訳ではない。
ただ、ワレはワレを思い出せぬ。
何でも良い。名前を呼んでくれ。
己の名を呼んで……。
切実に願った。
誰もがワレを憎んでいる。忌まわしく思われ、殺されそうになった。
「憎い!」、「お前がいなければ!」、「死んでくれ!」など幾度なくぶつけられた。
仕方がなかった。殺すしか、ワレは尊厳を保てなかった。人を殺し、ワレという存在を知ってくれなければならなかった。
この世界はワレの思い通りにならない。
伝承は穢れた。美貌も醜悪となり、望まぬ力に染まった。快楽に溺れ、幾万の生命を踏み躙った。
生きる意味がないのに、ワレは生にしがみついた。意味のない虐殺を行い、当然のように怨念を腹へ収めた。それに蝕まれるとは本末転倒だな。
死ねば解放されるというのに……。
無理だ。ワレに死ぬ勇気などない。
死にとうない。
だって、死ねば忘れ去られてしまう。ワレという存在が消えてしまうのが怖いのだ。
混妖である故、今の恐怖を忘れたくない。忘れたら繰り返す。
あの絶望を繰り返したくない。
『——妲己!』
やはりあの男だ。
気味が悪い事を散々言い散らかし、ワレを憎まない男の声。
今はこの男に縋りたい。
こんな醜い妲己を呼んでくれるのだから………。
……そうか。ワレは『妲己』というのだったな。
思い出し、鮮明に過去を思い出した。
最も儚く、最も絶望し、決して忘れられない。
そうだ………ワレは、『九尾狐』が嫌いだ。
何故、ワレが『九尾狐』にならなければいけないのか、ワレに理解ができぬ。
しかし、それは必然だったのだろう。
ワレは人間だった頃、殷の紂王に差し出され、蘇妲己の名を名乗っていた。
紂王は頭が切れた。そして、無能の人間は見捨てるような男だった。
ワレはそんな男に媚を売り、快楽という楽を教えてやった。
男は女に従う。女を楽しませる為に、如何なる快楽をも探してくれた。如何なる時代も、女が男の全てを握る。
桃源郷を造らせ、酒池肉林と呼ばれる羞恥な宴すら開かせた。
潔く紂王はワレの提案を呑み、ワレの欲は満たされる。
思い通りに動く紂王は面白い人間だった。気も合い、ワレを愛してくれていた。
嗜み、永遠とも思える快楽に入り浸る。そんな刻を過ごしていた。
ワレが変わる事がなければ………。
そうなる筈だった。
これを境に、『九尾狐』に魅入られてしまったのかも知れぬ。
ある日を境に、抑え切れぬ衝動に取り憑かれるようになり、突然、ワレは人を殺したくなった。
人の血が見たい。そう思ったのが悪行の始まりだった。
気儘に残酷な刑を執行するようになった。
大層でないと笑わぬワレだったが、罪人を殺したことで、言葉に出来ない快楽を得た。
初めて執行したのは火刑。火に悶える人間の断末魔を間近で聞いた。
嫌という感情はなかった。寧ろ、処刑した際の罪人の声が心地良かったのだ。
当時、人権は存在せず、すべてがワレと紂王の玩具に思えた。罪悪感はなかった。
無実の人を殺した。なのに、ワレは満足出来なかった。
人間が玩具に見えて仕方がなかったのだ。なら、壊してやらなければ意味がない。
使い尽くせば玩具は壊れる。そしたら新しい玩具を見つければいい。
補充は効く。罪のない人間に濡れ衣を着させれば問題などない。
娯楽の為に、快楽の為に紂王を唆し、様々な刑を執行させた。
無実の人間を歩かせ、落ちる様を共に笑った。
毒蛇の中へ放り込み、断末魔を堪能した。
人肉を食わせ、人肉の親族が狂う様を嘲笑った。
肉を剥ぎ、縛られた者の苦しんだ顔を拝んだ。
どれもワレに極上の幸を見せてくれた。
狂っていた。ワレは何かに誘われるように狂っていった。
こんな人道に反した罪罰を平気で犯す。とても心地良かった。そう思えてまた胸が熱くなる。
今だから言えるが、『九尾狐』はワレの心を支配していたのだ。
支配され、悪女の名を欲する卑劣極まりのない極悪を殷にもたらした。
まさか、自分が操られているとは思いもしなかった。
ワレの意思に上手く噛み合った忌まわしき妖怪。それが『九尾狐』だ。
ただ男を、ワレに魅せたかったに過ぎない。そんな疾しい心に取り憑いてきた。
そして、紂王が治める殷は突如、終わりを告げた。
反旗を翻した周に滅ぼされ、紂王とワレは死を選ばざる得なかった。
せめて、この男と共に死ねば、死地すら共にいられる。
取り憑かれた呪いも晴れる。『九尾狐』から解き放たれる。
……そう思っていた。
『紂王…もう火の手がこちらまで』
『ああ……。周の軍も直ぐ目の前まで来ている。余は捕まれば極刑だ。死ぬしか…』
『っ……紂王よ。ワレと共に地獄へ逝かぬか?』
悪逆非道は許される行為ではない。
共に命を絶ち、地獄で裁きを受けようと言った。
極楽は決して望めない。償おうと僅かな良心が働いた。
だが……。
『貴様…余が過ちを侵したと申したか⁉︎』
『そうだ。人間を殺めた業を償い、共に穢れた心を浄化しようぞ紂王』
殷の国を自分達が狂わせた。
生物の価値観を変えた。後世に伝わることを恐れたが、二人が改心して共に命を償う事を申した。
紂王とならやり直せる。意気投合し、ワレを愛するこの男となら……。
だが、ワレが最後に望んだ良心を踏みにじられた。
『貴様と死ぬのはごめんだ。何故、余が閻魔の地へ行かなければならぬ⁉︎』
『紂王…?』
とち狂ったのか?理解できなかった。
『余は王だ!王が地獄に堕ちる筈がない!貴様こそが、この余を狂わせた張本人‼︎余は悪くない!余を狂わせた貴様が地獄へ逝け‼︎』
耳を疑うような罵詈雑言を向けられた。
怒り狂う紂王の様子が可笑しい。ワレは共に罪を背負う覚悟をしているのに、何故この男は駄々を捏ねる?
聞き違い。ワレはそう思い込んで訴えた。
『紂王……何を言っておる?ワレはお前と共に…永劫の苦しみを分かちあいたい。人間であるワレらは地獄で裁きを下されるが、共に背負う罪は変わらない。人を殺めた以上、ワレらが行き着く地獄は一緒だ。改心せよとはワレは言えない。言える権利など毛頭ない。だが、共に地獄を謳歌するのも…』
ワレも可笑しな事を言っていた。
死に際に人間は狂う。初めての感触に心情が安定しなかった。
紂王と来世で出会えるなら悪くないと、ワレは死を望んだ。
なのにこの男は………。
『黙れ!国の汚点となった異常者が‼︎余を散々人道に反する道へと歩ませたのは貴様の美貌のせいだ!その妖狐のような黒き身体に欲情したばかりに余は聖人では居られなくなった!貴様のような奴隷を娶らなければこんな事にならなかった‼︎』
ワレを裏切った。
怒号が飛び、ワレへの強い恨みを露わにした。
『っ…⁉︎紂王…何を言って…』
『もう一度言ってやろうか?人道を歪めし人間の姿をした妖怪め!余は貴様など単なる牝でしか思えなかったと言っている。自分ばかりに寵愛を受けるがあまり、余に本当に気があるとでも思ったか?妲己!貴様に余の罪を全て担う罰を下してやろう!奴隷は主人の呪いに従うしかないのだからなぁ⁉︎』
紂王は、ワレと共に死にゆく事を拒んだのだ。
心が壊れたように涙が溢れてきた。
『な…何故だ?ワレを愛してくれなかったと言うのか?』
『ふんっ!宮中に召された奴隷に欲情する愛があると思ったか?本当の愛を知らずして育った貴様など、本当に面白い女だ。悪業も貴様が全て原因に他ならない。そう!貴様の行いは後世に伝わる筈だ。貴様の死後も世に語り継がれ、貴様は怪物として…悪女として…美の姿も醜へと変わる忌々しい妖怪になるであろう!余の宣告が叶った暁には……ククク…クッーハッハッハ‼︎これで余は罪罰から解放されるぞ!』
恨み言葉と呪いを擦り付けられた。
そして、男は躊躇いなく、ワレを置いて自ら命を絶った。
この時、感じた感情は酷いものだ。
この男を楽しませようとした自分が馬鹿らしくなり、愛想も尽きた。
同時に、心奪われた事に腹が煮え返る。抑えられない怒りの発散が出来なくなった。
こんな男に献上された自分が穢らわしく思えてならない。
ワレは人間扱いしてくれなかったというのか?これほど貴様に愛を注いだというのに⁉︎
ワレが奴隷だと思われたから、人間と扱わないのか……。
その瞬間、ワレは『九尾狐』として自分を受け入れてしまった。
人間を捨て、ワレは『妲己』になった。
混乱の中、ワレは兵士に捕らわれた。
囚われの身となり、首に剣を向けられた時、一人の兵士を虜にした。
妖術が使えると、この時に初めて知った。
首が刎ねられる直前、ワレはこう呪った。。
『悪女は再び現れる。ワレの首を刎ねてみろ?体を蝕む邪悪は外へ漏れ、やがて、次の災いが周を滅ぼすだろう。周だけじゃないぞ。ワレが孕んだ呪いはやがて世界へ放たれるであろう!』
怨言を言い残し、ワレの首は刎ねられた。
その言葉どおり、ワレの死後、『褒姒』・『華陽夫人』・『玉藻前』が生まれた。
全員が『九尾狐』として伝承を持ち、ワレの意思を最も色濃く引き継いだ玉藻前は今でさえ厄介な妖怪として生きている。悔しいが、アレはワレが生んだ負の妖怪でも過言ではない。
『クミホ』はワレから生まれたのではなく、独自の国の固有伝承だ。故にワレの意思はない。
その後、気が付いたら妖界に転生していた。
妖術をものとし、多くの人間と妖怪を殺めた。
死後ですら、ワレは『九尾狐』に取り憑かれていた。
妖怪に取り憑かれ妖怪になったワレを、誰も止める者はいない。
『九尾狐』の妖術で簡単に人は死ぬ。木々も有機物も無機物も殺せる。殺していくうちに、再び心が溺れていった。
《獄罰》はワレが絶えず人を殺したいと強く望み、人間を食らい条件を満たし、自ら異能の名を明かした。
異能は素晴らしく、命令しただけで背いた者をいとも簡単に殺せる。
血抜き、達磨、火刑、水攻め、臓物抉り、串刺しの刑、鋸の刑、ワレが条件を提示すればなんでも出来た。
一人、孤独に殺害を楽しむ日々。それは純妖になった直後に幕が下ろされる。
本物の『九尾狐』と出会った。
『これこれ、民を傷付けるとは何様じゃ?其方、悪戯に人間妖怪を殺しなんと心得る』
初対面の筈なのに、込み上げてくる殺意。憎き声、憎き姿を持つあの女を見た途端、心の底から殺したいという激情が湧いた。
本能的に感じ取った。
この女こそが、ワレを『九尾狐』に魅入られた元凶。
殺す以外、ワレの恨みは晴れない。
親の仇の如く、烈火の情が抑えられない。
『貴様が九尾狐か⁉︎ワレに何用か‼︎』
『そうじゃ。とは言っても、其方が生まれてきてくれて嬉しく思うぞ。まさか、九尾狐に名が与えられる未来がくるとは、人間とは面白いの』
『黙れよ狐の妖怪。ワレが貴様と同じ妖怪である筈がないだろうが‼︎』
一緒にされたくなかった。ワレは激怒し、『九尾狐』を滅してやろうと奮闘する。
『やれやれ、初物は破綻者とは。これでは、妾が喧しい存在になってしまうではないか』
『何を破綻者と言うのだ!貴様はワレを誑かしに来たんだな⁉︎』
『フッフッフッ、それは誤解じゃよ。其方がこれから『九尾狐』となる未来を見たのじゃ。だがその前に、妾の付き人にでもと誘ったのじゃよ』
この女はワレを勧誘してきた。
当然、ワレは断り、迷いなく殺す事を決した。
『ふざけるな!ワレを誰と思って発言してる⁉︎』
『殷の紂王の妃。幾千の人間を殺した妲己じゃろ?』
『っ⁉︎貴様もかぁーーー‼︎ワレを侮辱するなよ妖怪の分際がぁ‼︎』
造作もない。所詮は妖怪、人間に創られた哀れな存在。
ワレは妲己だ。人間としての人格も記憶も残っている。
妖怪如きにワレが負ける筈がない。
ワレは『妲己』としての妖術を使おうとした。
しかし、使用する事が出来なかった。
『はて?伝承が生まれたばかりだと、妖術すらまともに使えぬのか?それとも、己の持つ術を知らぬのか』
『何故だ…?使えぬのか⁉︎』
ワレの肉体からワレの伝承が消えたように発動しない。
あの女が言った言葉の通りだった。
自身の伝承に通ずる力が解明出来ない。伝承が知らなければ、妖力を妖術に変換することは不可能。
『妾が教えを解いてやろうか?なら、少しぐらいは楽しめるであろう』
『黙れ!貴様の教えを乞うぐらいなら死んでやる‼︎腸を裂いて、ワレの機嫌を良くせよ‼︎』
ワレが生まれて数十年使用していたのは、『九尾狐』の肩書という妖術と自らの異能だけだった。
一度たりとも、自分の名に関した妖術を使った事がなかった。
使い方を知らない。ワレは今だに自分を知らない。
『妲己』とは一体……。
異能だけで倒そうと必死に考えたが、まともに相手をして貰えなかった。手を抜かれ、多彩な妖術の前に、ワレは敗れた。
ワレは『九尾狐』に屈服した。
そして、古都の守護者の権限は全て剥奪され、1000年は従者として監視された。
その時は、ワレは容姿は人間のままだった。
恨みあるものの、『九尾狐』を心底嫌うというのはあり得なかった。
殺さずに生かされたが、特に何もされず、刻を過ごした。
妖界と人間界の情報を常に入手し、変化に耳を傾けることで、殺せない鬱憤を抑えた。
ワレに変化が起きたのは、人間界で『玉藻前』という妖怪が知られるようになってからだ。
『妲己』が『玉藻前』と同じ九尾狐と認識されたことで、ワレは単なる人間妖怪ではいられなくなった。
穢らわしい容姿に変化していた。
『なんだ……この尻尾は?』
ワレは言葉を失った。
『九尾狐』にしかない筈の九本の尻尾が腰から突然、生えてきた。
耳も生え、ワレは『九尾狐』の妖術を容易く扱えるようになった。
つまり、あの女と同化している事を意味する。
獣のような姿に、ワレの心は怒りに満ちた。
ケダモノのような醜い姿と、それを認めざる得ない『九尾狐』の妖術。こんなにも欲しくないものはない。
自分が自分でいられない状況が確立されていき、徐々に伝承に自分が書き換えられていく恐怖を味わった。
ワレは他人に侵食された。伝承はワレを『九尾狐』と記した。
身勝手に記され、その度に『九尾狐』としての種族に色濃く染まる。
やがて、人間という伝承が消えていき、本物の妖怪となってしまったのだ。
人間に失望した。そして、人間を恨むようになった。
ただ、ワレを一人として見て欲しかった。
妖怪と慄く人間は大罪人だ。ワレを畏怖し、罵る者も万死に値する。
ワレを『妲己』と見る者は居ない……。
この怨みは消える事なく、幾千万の命を食い散らかした。
怒りでワレを忘れていたのだ。
しかし、心の何処かでは限界を迎えていた。拷問しても、人を食らっても、あれ程心躍った人の死が恐ろしくなっていた。
華名というガキを殺そうとした時、強い罪悪感で実行に移せなかった。
臆病者に成り下がったワレを、今更探してくれる者などいない。
今、ワレは怨念の圧に抗っていた。
しかし、ワレの心を刺した光がワレを祓わなかった。
いつでも殺せた筈だ。ここで助けても苦しめるに越したことは……。
散々、欲情の言葉を並べるコウスケというガキに期待している自分がいる。
気持ち悪い…なのに、コイツは不思議なものを感じる。
助けてくれる。そんな期待をしてしまう何かを宿している。
黒く汚れた珠を、元の輝く珠へと変えてくれそうな期待をしてしまう。
『九尾狐』ではなく、『妲己』とずっと見続けてくれるこのガキに期待したい。
紂王の時のような結末を迎えたくはない。
もう伝承に左右されたくないのだ。
ワレも所詮は人間。死が怖くない訳がない。
だが貴様は、ワレに畏怖の念や憎悪を一切向けない。いや、ワレに向けようと考えていないだけだろう。
発情するヤツに期待するなど、ワレは人間のようではないか。
認めよう。ワレは貴様という人間が胸が裂けるほど欲しくなった。
ワレを認めてくれ。『九尾狐』を愛する熱情する愚か者め。傲慢で些かな願いを叶えてくれ。
……ワレを拾え。貴様の全てを捧げろ。




