111話 危険な賭け
今回は5000字以内でかなりのボリュームになりました。大分詰め込んでいるので、どんな戦闘になっているのか想像にお任せします。そして、妲己の勝手な我儘のような悪行もサラッと……。これぐらいはするでしょうという事で書きました。
一話だけで全員参戦。これが初めてかと思います。
……かに思われた。
妲己は辛うじて意識が停止していなかった。
狐目はギロリと動き、すぐさま『氷獄:乖極娉華』の氷結から抜けようとする。多少、妖力を消失したが、抜け出す余力はまだある。
だが、妲己は『妖怪万象』を解放してから、自身の肉体に起きている異常を無視していた。
これまで、妲己が人間界と妖界で殺した人間妖怪の数は数十万人と数え切れない。それらが怨念の集合体に変貌し、妲己の中へ入り込み始めた。
黒い泥のような黒い感情が入り込み、妲己は心の中で耐え切れずに叫ぶ。
(やめろ‼︎ワレが殺した亡者が今更出しゃばるなぁ‼︎いや…嫌だ‼︎ワレに入るなあっ‼︎)
亡者の戯言が妲己を狂わすように聞こえてくる。
『お前がァ死んで当然だぁあ…妖狐ぉぉっ!』
男の憎しみの叫び。
『かぁ…様をかぃシェ‼︎』
肉親を天秤に殺した童の嘆き。
『妖怪の分際が!人様を誑かすな‼︎』
正義を掲げ、無様に散った勇敢なる者の怒号。
『苦しぃィィ!苦しいよお…』
全身の肉を剥ぎ取り、時間を掛けて殺した少女の苦しみ。
その声は妲己に向けられたかつての亡者の最期。
愉悦に思えた声が、今は不快極まりない声に耳を塞ぎたくなる。
(黙れ!弱い貴様らが悪いだけだ!ワレの腹に入ってくるな‼︎)
妲己は人間を食らい過ぎた。
様々な死を与え、自らの腹に収めた。同時に呪いも喰らった。
血肉を食らい、生気を喰らい、自ら望む願望を手にした。自ら望むがままに虐殺を楽しんだ。
しかし、それは妲己が手の付けられぬからであって、決して恨まれない事はなかった。
妲己が肉体の生命を閉ざされ動けない今、殺めた者達の怨嗟が増幅し、妲己に反旗を翻す。
いずれは起きたであろう自らの消滅。それを受け入れなければならない時が来たのだ。
それが今、彼女の肉体を蝕み、精神を乗っ取ろうとしている。
『お前は終わりダァァ。お前も来たのだぁぁ‼︎』
(い、嫌…やめるのだ!)
亡者の声は妲己の精神を深く抉る。迫り来る本能が、妲己の僅かな理性を奪おうとしている。
『認めろぉ…お前は人間に見捨てられた哀れな狐。誰もぉお前ぇを人と思わない』
(あり得ん!ワレは認めてくれた!ワレを認めるヤツはいたぞ⁉︎)
それは、自らの虚言を否定するような発言だった。
妲己に幸助の言葉はしっかり聞き届いていたのだ。自分を知ってくれていると、妲己は心の中で幸助に感謝していたのだ。
人から、妖怪から否まれ、それらを否定する為に殺した。自らの伝承を悪く言う彼らを、妲己は一言も耳を貸さなかった。
妲己は己の存在を認めてくれなかった。ただ『九尾狐』を除いて……。
漸く、自身を悪意のない気持ちを向けられたのは初めてだった。
口では否定したが、それは自身の気持ちを認めたくなかっただけである。
亡者を拒んだところで、妲己がその侵食を防ぐ気力はなかった。侵食は加速し、その意識は闇へ堕ちる。
『なぁい!そんなお前にしあぁせはなぁあい‼︎』
『そうだぁれ!妖怪が人間に情をくれるなど間違うてる!罪人にふぁわしい罰を受けなきゃぁあ‼︎』
妲己に訪れるのは、そんな事情も知らない怨恨を募らせた亡者からの罰。
強いて言うなら、妲己が純妖じゃないのが亡者にとって許し難いものだった。
純粋な純妖は怨念や亡者の影響を受けない。それは架空の存在に留まり、恨みが向けられることなど、本来はない。幾ら憎んでも、所詮は架空なる空想上に過ぎないと。
しかし、『妲己』は元は人間。史実に悪女として有名だ。
とある娘を喰らい、その皮を被ったのが今の『妲己』となり、人間を取り込んだ彼女は純妖ではなかった。
混妖は元人間という理由で人間に憎まれ易い。史実を知る者から恨みを向けられる。
妲己は生前に人間として悪行を行った。非人道的な素行の末の憎悪が、生前から今日まで積み重ねられたに過ぎない。
その全てが、罰という名の呪いを生み、やがて蓄積された怨恨が妲己へ向けられた。
抵抗し、彼らに贖罪の意を最後まで示そうとしない。我儘な彼女に謝罪というものはなかった。
身勝手に奪った命の重さに耐え切れず、その重圧に押し潰さてしまった。
肉体を奪った怨念が妖狐を支配した。本能の赴くままに襲うであろう。
俺は割れていく氷を見て叫んだ。
「おい‼︎氷結が割れてるぞ⁉︎」
「……無駄みたいね」
雪姫は戦意喪失しても可笑しくないのに、立ち上がって刀を構える。
氷は砕け、封印された妲己が出鱈目な咆哮で氷から出てきた。
「グゥアアアーーーッッ‼︎」
大分機嫌に触ったのか、その怒涛は火山の如く荒れ狂う。
だが、その様子は明らかに可笑しかった。
先程まで人の理性があったのだが、今の妲己から全く感じられない。
全身が先程よりも色濃くなり、完全に妖狐と同化していた。
体が黒くなったのは、妲己の犠牲になった怨念の意思。妲己は意識を取り込まれたに違いない。
先程の緊張感と比べるまでもない。完全な死を彷彿させる咆哮が発せられた。
「おい妲己‼︎大丈夫か⁉︎」
咆哮が止んだ後、俺は安否を確認した。
だが、妲己と思われるような理性的な答えは得られない。
「グォオオォォ……」
獣となり、涎を垂らしながら唸る。俺達を見る目が別物のように異質。
唯ならぬ死の気配。俺は正直、逃げ出したい恐怖を抱いた。
それでも雪姫は諦めず、俺に言った。
「幸助…これが最後。私と紗夜で時間を稼ぐ。少しでも弱った妖狐の隙をあなたが突いて」
「分かった。俺に任せてくれ」
俺が全て片付ける。そう告げると、雪姫は力無く笑った。
「馬鹿ね……本当に成功したら天地がひっくり返るでしょ」
雪姫が俺を小馬鹿にするが、信頼してくれているのが伝わった。
「悪いな。ここまでやっても勝てる気がしないんだよな。“災禍様”…舐めてたぜ」
「だったら殺す方が楽ね。出来なかったらどうする?」
「その時は一緒に地獄をエンジョイして良いぜ。なんせ、こうやって期待してくれるあんたがいるから出来る気しかしねえんだ。成功したら、少しは俺を大人扱いしてくれよな?」
無理な作戦を率先して引き受けてくれるその覚悟。俺は無駄に出来ない。
走り、妲己へ勇敢に挑む姿を見て、俺は雪姫に奮い立たされたように行動に移した。
妲己は何か訴えるように苦渋の険相を浮かべる。
だが、それは雪姫にも言える事だった。疲労で速度が下がり、妖術の精度も落ちている。
強さはほぼ互角…いや、妲己の方が武がある。
太古の妖怪と恐れられる妖怪である妲己なら、來嘛羅に近い実力を持つ筈だ。
さっきからずっと見ていたが、妲己は一度も使っていないものがあった。
積年の恨みとも取れる発言をした時から感じたあの失望したような怒り。
雪姫のチャンスを無駄にしてはいけねえ。だから、ラストチャンスだ。
「すね子、妲己の背後に回ってくれ!」
状況打開のチャンスを掴み、俺はすね子に指示を出す。
俺が動いたと同時に、妲己が俺達に目を付けた。
「ガキ如きが…ワレに触れるな!愚か者めがぁー‼︎」
余裕の感じられない尻尾の一振りが俺達を襲う。
「すね子!もっと走ってくれ‼︎」
「にゃあーーーっ‼︎」
俺の声に応じ、更に加速する。猫にしてはチーターのように速く、獣毛のお陰で俺はしがみついていられる。
しかし、状況は更に悪化を加速させていた。
妲己の意識がないのか、その攻撃に一切の躊躇がなかった。
野太い唸り声をし、空気を貫通させる咆哮を連発。雪姫や紗夜は俺が隙を狙う為に時間を稼いでくれたが、二人だけでは無理だと判断した。
すると、思わぬ助っ人が参戦する。
先頭復帰が不可能だと思っていた悟美も動き出し、カナと夜叉も参戦する。
「シシシッ‼︎呪いがビンビン感じるわ‼︎流石のキツネも耐えられなかったのかしら⁉︎」
三節棍を振り回し、咆哮を弾く。人間離れした芸で足止めをしてくれる。
「妲己。今こそ呪いと向かい合って下さい。その呪いは貴女の食われた者の嘆き、苦しみ、憎悪です。それに抗い、初めて救われるのです」
夜叉はこの状況を読んでいたように、最も有効な攻撃を与えていく。喉笛を抉り、肺を潰していく。
俺は確信した。夜叉はこの状況を狙って手を抜いていたのだと。
それを証明するように、雪姫を上回る俊敏な動きを披露し始めた。
カナも詠唱を唱え、様々な精霊を召喚。
精霊一体が強力な使い魔として、妲己に妖術を畳み掛ける。
「妲己さん!流石にこれは暴れ過ぎです‼︎殺されそうになった仇をちょっと返させて貰います!」
私怨混じりに攻撃を始める。
「不味いですよカナ様。貴女が本気になったら……」
「行きます!集う精霊よ。怨念に囚われし者共へ神威をこの身に宿せ。暗礁…崩壊、怨霊…祓い、残穢…消滅!『アストラルブラスト』‼︎」
意味不明な詠唱を唱えた後、閃光を放つ球体がカナの両腕から放たれる。妲己の胸元目掛けて放たれた攻撃は、触れた途端に拡散し、爆発を起こした。
雪姫達の攻撃に比べ、注意を引くには十分過ぎる殺傷能力だった。
紗夜でも抉れなかった心臓がぽっかり消えていた。しかも、肉体の3割を今の衝撃で削り切った。
しかし、簡単に倒れないのがやはり生命力を感じる。妲己の肉体再生は弱まったが、怨念の意思が妲己を簡単に死なせようとしない。
攻撃は効いているようだが、これでは埒があかない。
今度は、妲己がカナを異様に狙い始めた。
怨念が呼応し、カナを即座に敵だと認識したからだ。
「カナ様⁉︎」
「待って!夜叉助けて‼︎私狙われてるんですが⁉︎」
カナは即座に距離を取る。
たく、さっきの威勢は何だったんだよ?
俺への注意が完全になくなった今、俺はすね子を走らせた。
尻尾の攻撃を避け、俺は背後へ回った。
近付いたのを悟られたのか、俺の方に鋭い眼孔を向けてきた。
「ガァアアアアアーーー‼︎」
妲己の尻尾九本が同時に俺に集中する。
上空から大きな尻尾が襲い、背後に下がる以外選択肢がない。
しかし、尻尾は自由自在に形を変え、俺達の退路まで阻まれてしまう。
「ヤバいっ‼︎」
「幸助‼︎」
一気に逃げ場を失い、俺は立ち止まった。
襲ってくる尻尾を前に、俺は目を瞑った。
ドゴーンと地面が砕ける音が響く。
直ぐに目を開けた。生きている、俺はそう思った。
雪姫に助けてくれたのだと思ったが、それは違った。足止めをしている雪姫が間に合う筈がない。
悟美も紗夜も助けに入らなかった。
じゃあ、なんで助かったのか?
俺は尻尾の放った痕を見て、思わずハッとした。
今がチャンスと、すね子から降りる。
「ありがとなすね子!」
俺は迷わずに尻尾を掴み、体を振って登っていく。
柔らかい毛並みに思わず思考が停止しかけたが、今成す為に邪念を祓う。
登り、妲己の次の攻撃が来るまでに辿り着かなければならない。
俺が言わないと意味がない。他の奴じゃ、今の妲己には響かない。
さっき、俺は確実に殺されていた。
尻尾に押し潰され、見るも無惨な姿で死ぬ筈だった。
俺は『未来視』でその未来を視た。
未来を視て、俺は避けれないと諦めた。
それを変えたのは俺じゃなく、妲己だ。
『九尾狐』は同じ能力を有する。種族特有の妖術といえば分かりやすい。
九尾狐から名を得た妖怪は、來嘛羅と同様の妖術を使用する。
俺が使える理由は分からねえが、妲己も『未来視』や『千里眼』を駆使できる筈。
俺に攻撃した時、間違いなく殺せた筈。俺は避ける事を諦めていた、簡単に殺すことは造作もない。
容易かった筈だ。なのに、妲己は俺を意図的に攻撃してこなかった。
俺とすね子の周りに尻尾が落ちたのが何よりの証拠だ。
妲己は俺を殺そうとしていない。嘘を吐いている。
俺を信じているんだ。俺が妲己に死に匹敵する救済を与えられるかを。
そう思うと、俺の心がこれ以上にない嬉しさで鼓動を高鳴らせる。
好きな妖怪『九尾狐』の一人が俺に助けを求めている。
心が躍らないわけがねんだ‼︎
30メートルの妖狐の体を登るのは命懸けだ。揺られ、落ち掛けそうになる。一歩ミスればあの世行きだ。
妲己は俺を待ってくれている。
攻撃する余裕があるのに、妲己は俺に目もくれず、雪姫達を攻撃する。
「つ…いた。よし、あんたの頭に乗ったぞ‼︎妲己!」
俺は妲己の頭に乗った。
宣言すれば、本来なら攻撃してくるだろう。
だが、妲己は俺が頭に乗っても抵抗をせず、俺を無視して雪姫達を襲っている。
足元は安定しないが、俺は妲己の頭にうつ伏せになる。しがみついて離さないように毛を握りしめる。
立派な耳に近付き、俺は妲己に話しかけた。
妲己の悪夢を解放する為に………。




