110話 氷獄:乖極娉華
紗夜の活躍と雪姫の必殺技。この章の戦闘描写はかなり長いです。
まだ三章は長いですが、宜しくお願いします。
俺は九尾狐の本来の姿に夢中に眺めていた。
黒き妖気に身が包まれ、その異様な気配とは裏腹の美醜を感じた。
得体の知れない妖狐の神秘なる姿を拝み、この世界に来た事を心より喜んだ。
しかし、その姿とは裏腹に感じる強い嘆き。それは、妲己に食われた人間の残穢だった。
取り込んだ人間の数は何千という桁ではないのは確か。それ以上の数を妲己は食らっている。
怒り込み上げるなら普通だろうが、俺には異常とも思える感情が込み上げている。
「なんて可哀想なんだ……辛かったんだな」
俺は食われた人間にではなく、妲己に向けて言った。
だからこそ、俺が妲己を救いたいと決心がついた。
巨大化した妲己は裕に30メートルを超える。俺は見上げ、その姿をただひたすらに瞠目しまっていた。
「幸助!気を保ちなさい!」
俺は雪姫の声に意識が戻る。
「わ、悪い!思わず見惚れちまってたぜ!」
「はぁ…幸助ね。でも、そんな流暢に考える時間はない。早く倒すしかない」
雪姫は溜息を吐いた。空かさず、刀を鞘から抜刀する。
「おい、腕持ってかれるぞ⁉︎」
妲己の能力は継続中の筈だ。そんな敵対心剥き出しの刀を見せたら腕がいっちまう。
だが、雪姫は鞘に戻す様子はなく、妙な落ち着きがある。
「大丈夫。今の化け狐は異能は使えないの」
「えっ⁉︎マジかっ!」
「本当よ。化け狐が言っていた。『妖怪万象』を解放している間、妖怪は異能を発動できない。これはどんな妖怪にも当て嵌まるの」
そんなデメリットがあるんだ。
妖怪が真の姿を晒した時、人間としての機能を失うわけなんだな。
『妖怪万象』は確かに強いんだろうけど、人間としての最低限の容姿を捨てる。恐らく、他の妖怪が容易に見せないのは何か理由があってのことなんだろう。
雪姫は……少し違う気がする。
死装束から白無垢に変化するだけで、人の型は外れてねえし。
「そうかよ。じゃあ、腕は落ちない、んだな?」
「多分。でも用心して、あれが妖術なら私は腕を失う。幸助はまだ抜かないで」
「分かった。俺は妲己を救うからな、この【絶無】は振らねえよ」
雪姫がまずは囮になって刀を妲己に向けた。
予想は当たり、妲己による宣告で腕は落ちなかった。
しかし、それを遥かに上回る力を持つのが九尾狐の底力だ。
「キィャアアアアアーーーッッ‼︎」
鼓膜が破れるような甲高い咆哮に押し返されてしまう。しかも、雪姫の耳から血が滴れる。
その程度のデメリットがないかのように、その猛威を威嚇から察した。
「大丈夫か⁉︎」
「……来ないで」
すね子で近付こうとするが、手で止められてしまう。
耳を押さえるが、それをものとせずに刀を構え直す。血を流した状態で雪姫は空を駆ける。
「『雪時雨』‼︎」
雨の如く雪が妲己を襲う。
「小賢しい‼︎雪粒など効かぬ!」
口から咆哮砲が炸裂する。『雪時雨』は簡単に消し飛び、その軌道上にいた雪姫はまともに食らってしまった。
「雪姫⁉︎」
俺は倒れた雪姫に駆け寄ろうとするが、強い眼差しで俺を拒否する。
「来ないで!私が惹きつけるから。幸助は…あの妖狐をどうにかして!」
そう言って、雪姫は再び妲己に立ち向かう。
災禍様の実力は伊達じゃない。俺はこの身でしかと感じた。
『妖怪万象』を解放しても勝ち目がない。雪姫がかなりダメージを負っている。
文字どおり、妲己は本気で古都の住民を殺そうとしている。
「すね子!俺を妲己まで連れて行ってくれるか⁉︎」
俺は聞いてみた。
すね子は「にゃっ!」と返事して頷いてくれた。
「よし!俺が妲己を正気に戻してやる‼︎あいつが抱える闇、見てはっきりした!説得に失敗したら、その時は…悪いな」
自信はある。だが、本当に妲己を救い出せるかと言われると可能性は高くない。
錯乱状態の妲己を、雪姫がたった一人で引き受けている。
悟美の奴は離脱して不参加みたいだが、カナが治療してくれているから心配はないだろう。
俺はすね子にしがみつく。離れねえように、顔をすね子の毛に埋めるぐらい強く抱きしめる。
「行ってくれすね子ぉ!」
「にゃあぁーっ‼︎」
すね子は風を切るように走り出す。
俺の体の負担まで考えているのか、俺は風を感じなかった。
目を開け、ただ妲己を見る。
雪姫と紗夜が撹乱し、妲己の意識をこちらに向かせないようにしてくれている。
思いのほか、俺は妲己の目を盗んで近くまで行けた。
だが、咆哮や空気圧縮がとにかくヤバい。近付けたが、その後の行動に移れない。
俺は妲己が鎮まるのを待つしかなく、出鱈目な妲己が鎮まるのを待つ。
「どうだ!ワレを醜い化け物に変えた屈辱は‼︎人間の貴様らが勝手に創り上げた醜鬼な姿に恐れをなしたか⁉︎」
黒い妖狐が暴れる。
とても、妲己とは思えない容赦のない純粋な物理攻撃。
純粋な殺傷能力のある武器へと変わった尻尾は恐ろしく、まともに受ければ無事じゃ済まない。
咆哮による雄叫び、それと同時に発生する音波は空間に傷跡をつける。
妖術を使わず、異能もなしでの攻撃は、自然災害そのものだった。
天地が生きているのではと思わせる狂変ぶりだ。
雪姫はその攻撃を『雪陽炎』で身を自然に変える事で避けているが、ダメージを負っている。
それでも逃げようとはせず、俺が動くのを待っていた。
時偶に俺を見ている雪姫は、俺を信じているような目を向けていた。
俺がこの場を去らないのは、雪姫が俺の為に時間を稼いでくれているからだ。
妲己の影が妙に濃くなり、それと同時に妲己が地面に沈む。
「誰だ⁉︎影を媒体にした異能か⁉︎」
影に落ちる体を必死に外へ脱出しようとする。
しかし、その影は生きているように妖狐となった妲己の肉体を引き摺り込もうとする。
「おい、あれどうなってるんだ⁉︎影が捕食してんのか⁉︎」
そう思ってしまうほどに、影が妲己を離さんと食らっている。
抵抗する妲己に、影から紗夜が顔を出した。
黄色い目は殺意に満ちた暗殺者のようだった。
「悟美ちゃんの血を抜き取って……許さない‼︎貴女は死んでぇっ‼︎」
紗夜は怨嗟を吐き、妲己の影から短剣で足の筋肉を剥ぐ。その削り具合は豪快で、とても短剣とは思えない切れ味だった。
しかも両足の筋肉を根こそぎいきやがった。
「ギャアァアアアアッッ‼︎」
激痛に晒された悲鳴が辺りに響く。
紗夜が持っている短剣は対妖怪に特化した【退魔の剣】。
この世界で稀少な陰陽術という妖術を無効にする効果が付与され、肉体を斬る量や深さによって妖力を祓う。陰陽術は妖怪には死を与える威力を持つとされ、人間にしか扱う事が許されない。とても強力な聖なる力で斬り裂かれるのは目を覆いたい。
俺にとって許し難い能力を帯びた短剣。
何故、【退魔の剣】が短剣なのか?その理由は、元々はちゃんとした剣だったのだが、紗夜が所有者になった事で短剣に変化したのだという。
その短剣で斬られた者は激痛に襲われ、“怨妖”なら即死効果である。
俺の意思を無駄にするように、切り裂く手を止めない。
その目に涙を浮かべ、狂気に斬り刻む恐ろしい般若がいた。
「もっと喚けよ‼︎悟美ちゃんは腕がもがれても叫ばなかったですよ⁉︎血を抜かれても笑ってましたよ⁉︎悟美ちゃん以上に強い人はいないんですよ!なのに…傲慢な貴女が私の悟美ちゃんを貶した!侮辱した‼︎弄んだぁ‼︎叫ぶ暇があったら死んで下さい‼︎」
叫び踠く妲己の攻撃を影に潜みながら躱し、容赦なく手足の肉と骨に短剣を斬り込む姿は、明らかに人間とは思えない動きだった。
異質なほどに叫ぶ紗夜の顔は、血涙を流しているかのような怨恨のある般若の相をしていた。
悟美は面白そうに笑い、カナはガクガクと震えている。
これがそうなのか……。
俺は悟美の言ったことを信じるしかなくなった。
人は怒ると感情的になると聞いたが、紗夜の怒りは度が超えている。
その顔に悟美のような笑みはなく、純粋に殺す事を目的とした殺意を宿している。
殺意、それ以上に悟美への感情で動く紗夜の強さの認識を改めさせられた日になったのである。
「女めぇ…‼︎ワレを斬り刻むとは良い度胸だなぁー⁉︎」
妲己もただやられる事はない。
影に捕まった四股を無理やり引き千切り、すぐさま再生をさせてみせた。
しかし、回復によって妲己は大幅に妖力を消費した。
「今ね……」
雪姫はチャンスとばかりに、真正面から突っ込んでいった。
滅茶苦茶な攻防が繰り広げられ、俺がとても参加出来る隙がない。
攻撃の手が止まらず、妖怪同士の死闘が繰り広げられる。
俺は動けない。迂闊に動いたら首が跳ぶ気がした。
じっと待つ。それしか………。
「グッハッハッハッ‼︎さあどうした雪女⁉︎この程度でくたばっては殺し甲斐がないぞ!ワレを殺すつもりで狙わなければ食らってくれぅ——うっ‼︎」
強気でいた妲己が苦しさを見せ始める。紗夜の痛みがこたえたのか、その顔に険しさを増した。
治癒によって体は傷がなく、傷を負ったとしても瞬時に再生する能力を持つ。妖狐としての才覚は失っていない。
外見からではダメージを与えられているのかが分からない。でも、明らかに妲己の様子が可笑しくなっていた。
僅かな呻き声、明らかに動きに支障をきたし始めている。動きが鈍くなり、攻撃頻度も格段と少なくなりつつあった。
と思いきや、妲己は自分の肉体を爪で自傷を始めた。
苦しく、そして何かを拒絶するような必死さ。
「自傷行為に走る?…どういうこと?」
妲己の様子に困惑するものの、雪姫はその隙に容赦なく攻撃を仕掛ける。
「が…ぐっ、クソッ‼︎この毛が…この尻尾など…‼︎」
紗夜が大活躍してくれたお陰で、妲己が精神的に疲弊したに違いない。そう思った雪姫は、ついに大技に賭けた。
上空へ勢いよく高跳び、八双の構えをする。姿勢を縮め、妲己に目掛けて落ちていく。
本来、この打ち方は腹部が大きく晒し、不意を突かれれば致命傷になりかねないと雪姫が言っていた。
しかし、雪姫はこの構えをしたとなれば、アレが来る……。
「『氷獄:乖極娉華』‼︎」
雪姫が全妖力を使って放つ技が放たれる。
この技は雪姫が持ちうる中でも最強妖術。喰らった相手を永久凍土に封印する。
空気中と自身の妖力を結合させ、妖力の全てを解放して攻撃する広範囲氷結妖術。
妲己の禍々しい妖力を吸い取るように自身に取り込み、一気に放出させる。他者の妖力を吸い上げ、
その命中率は必中。格上の相手であっても、この攻撃を防ぐ術はない。
刀身が妲己の額を斬り掛かった瞬間、刀から信じられない速度で妲己の肉体を氷獄が覆った。
声を発するまでもなく、妲己は生命活動を停止した。
最大火力と広範囲の妖術で発生した巨大な氷は、妖狐となった妲己を閉じ込めた。
雪姫は大半の妖力を使い果たし、『妖怪万象』が解けてしまった。
もう立てないぐらい消耗をした雪姫。しかし、その目氷に灯火は消えていなかった。
「はぁ…はぁ…はぁ……なんとか、なった…」
決着がついた。妲己が動かなくなり、静けさが空間に訪れる……。




