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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
妖都征圧阻止編
11/265

10話 九尾狐

妖怪の嫉妬というのは時に恐ろしいものです。しかも、伝承にきちんと書かれている妖怪も存在するので、暴発でもすれば大変なことになるでしょうね。


今日から3日間は連続投稿しますので、是非読んでください。話の内容も増やしていこうと思っていますので、楽しみにしててください‼︎

 今度は先程とは違う存在が見ていると、雪姫は気付いた。

「気持ち悪い…」

「おいどうした?体調でも悪いのか?」

「……違う。幸助、私から離れないで」

 雪姫は不安をかけないようにいつもの表情を保つ。

 視線や空気、妖力の全てを探るが、一向にその気配が消えない。それどころか、何故か気持ち悪さを増しているのだ。

(私達を知っている。間違いないね。でも…私達が此処を訪れるのは知らない筈。私に興味がある……これはあり得る。けど、本当に狙っているわけではない。本当の狙いは…)

 幸助に目を向ける。だが、幸助は必死に服を探しているのに夢中で雪姫の視線に気付かない。

 雪姫に不安が募る。この妖都に長居は無用と判断する。

 雪姫は幸助の腕を掴んでこの場所から立ち去ろうと考えた。

「幸助。帰りましょ?」

 堪らなくなった雪姫は焦りを見せた。しかし、幸助にはその焦りが分からない。

「なんだよ?まだ何も買ってねえよ。帰るなんて早過ぎる」

「違う。そんな悠長にはいられない。早く」

「何言ってんだよ。此処は大丈夫なんだろ?妖怪達や人も見てるから、こんな所で襲う奴は居ねえーよ」

 幸助の無警戒さに呆れ、感情を露わにする。

「幸助!誰かが狙ってる‼︎早く逃げるの‼︎」

 その声に幸助は驚き、雪姫から少し離れてしまう。

「な、なんだよ⁉︎急に大声出しやがって。俺はまだ楽しめてないんだよ‼︎」

 堪忍袋(かんにんぶくろ)()が切れた。ここまで、言っても駄目なら実力行使してでも連れ去ろうと心理が働く。

 その時だった。

「そうじゃろうな。お主はまだまだ遊び足りぬじゃろ?妾が連れてやろう」




 艶めかしい声が俺の背後から聞こえた。足音立てずに俺の背後に堂々とした気配を感じた。

「むぐっ!」

 俺が振り向こうとした瞬間、俺の目と鼻、口が瞬く間に何かで覆われ、視界が遮られた。

 なんだ⁉︎何も…見えねえ!ヤバい!敵か⁉︎

 俺は身体を動かそうと力を入れた。

 だが、俺の鼻につく匂いで身体が動かない。それどころか、凄く気持ちいい。

 甘くて…俺好(おれご)みの……。なんだか、ムラムラしてくるぅ…。

思考が正常に機能しない。思考を完全に支配され、身動き一つ取れない。

 だ……めだ、もう……。

 俺の意識は途切れてしまった。




「幸助⁉︎おのれぇ…‼︎」

 雪姫は殺意を剥き出し、腰に巻いた刀を瞬時に抜き、幸助を抑えた者に斬り掛かろうとする。

 だが、その女は一瞬でその太刀筋を躱し、上空へと逃げた。

 女の容姿は、黒髪で長髪。質素でありながら何処か気品ある生地と証明するが如く光を帯び、胸あたりには柄がなく下半身のみにジギタリスの花柄がついている。

 一番の特徴は、狐の獣耳と一本の尻尾が生えており、狐の尾で神々しい輝きを放っている。その尻尾と女の体に密着するように幸助がくっ付いている。

 それを見た雪姫は怒りに震える。

「返しなさい!化け狐‼︎」

 雪姫は上空を見上げながら叫ぶ。それに対し、上空に浮かぶ女は見下し、面白そうに言う。

「化け狐とは。随分、面白うことを言う娘じゃな。じゃが、今用(いまよう)あるのはこの者じゃよ」

 そう言いながら、尻尾を器用に使い、幸助を尻尾で包み込む。丁重に扱っているのか、幸助に苦しそうな様子はなく、スヤスヤと夢の中に落ちていた。

 雪姫はその様子を見て、嫉妬した。

「いい加減にしなさい。さもなくば、私の刀で鎮める‼︎」

「それはどうじゃろうな?その刃が通じることを祈るぞ」

 女は上から目線で雪姫に言う。

 雪姫は奪われた悔しさを押し殺し、女を睨む。

 歩む妖怪達に気を遣わず、上空へ高く飛躍。妖力を自在に操れる雪姫なら、空気中の埃を足場へと変える事は造作無い。

 上空へ上がれないと油断していると雪姫は睨み、僅かに表情に余裕が生まれる。

 一瞬で同じ目線に飛び、女と目が合った。

「跳躍、なかなかのものじゃ」

 だが、女は余裕かました笑みをやめない。

「終わりね」

 雪姫の癪に触る。だが、討ち取れば幸助を助けられると一心で首を狙う。

 瞬息の太刀が首を襲う。雪姫の一瞬の太刀筋は妖怪の中でも異才。簡単に弾く事など出来ない攻撃を奮った。

 だが、雪姫は一瞬自分の耳を疑った。

 鋼のような硬い澄んだ音が、雪姫の耳に聞こえたのだ。

「嘘…⁉︎」

 雪姫は息を呑んだ。目の前で起きた光景に目が離せなかった。

 雪姫の間合いの攻撃を綴じた扇子で受け止め、

「ふふっ、お主も罪よのう。こんな愛らしく寝ておって」

 雪姫を煽るように、幸助を尻尾で撫でていた。雪姫の冷静さを奪うには十分過ぎた。

「巫山戯るな…。私の子に手を出すなぁっー‼︎」

 その光景を見せつけられた雪姫は、もはや冷静ではいられない。歯を剥き出して、血が滲むような目で刀に力を入れる。

 刀を頭上から振り下ろす。渾身の一振りとは違う。感情(怒り)任せの一振りだ。

 その攻撃も、容易く扇子で受け止められる。

「くっ!」

 二度も簡単に受け止められた事が偶然ではないと、雪姫は納得して冷静さを取り戻す。

「なんじゃ?そんなに妾と戯れたいというのか?」

「違う。幸助を返して欲しい。だから…」

「ほう?手を引けと申すのか?」

 雪姫が怒りを堪えて言っているのに、女は悪びれなく割り込んでくる。

 巫山戯るなと吐き捨てたい。そう雪姫の思いに、刀に伝わる力が増す。

 女の目を見た瞬間、雪姫は感じた事のない恐怖に駆られた。

心底から恐怖で震えた。

 女は、受け止めた刀を軽く押し返し、眼力だけで雪姫を萎縮させる。

「なんじゃ…。妾の見当違いのようじゃな?名を頂戴した妖怪が、如何なる存在かと期待しておったのじゃが。なんと哀れなもんじゃ。よくそんな力で、妾に相手して貰えるとつけ上がっておったな」

 同情というかより、完全に雪姫を下で見ている。確かに女は強いが、今の雪姫に負けるという思考はなかった。

 欲しい…。早く幸助を取り戻さないと。雪姫は、その気力で押し通そうとする。

「化け狐に私の噂が伝わるとはね。相当、私は危険視されているみたいね…。こんな欲を持て余す妖狐に取られるだなんて…」

 こんな妖都に自分達の存在が知られているのは覚悟していた。

 それでも、雪姫だけの記憶で留まってくれなかった。いっそ、知っている人全員始末すれば方が付く。あり得ない思考を簡単にしてしまう。

 雪姫は冷静さを装っているが、内心は、彼を取られてから考えがまともじゃなくなっている。

 そんな雪姫を見て、女は目を凝らし、呆れていた。

「はぁ……。娘よ、頭が硬いの。既に妾の正体など察しておろうに。もしや、我が子可愛がるあまり、周りが見えておらぬのか?」

「嫌な事を突いてくる化け狐ね。私の気を知っているように…。煩い」

 女はお得意の煽りで雪姫の心理を掻き乱す。

 女の今の気持ちは愉快だった。雪姫の空中滞在時間が限界に近い事も視野に入れている。

 女は雪姫の刀を素手で掴み、平然と生み出した自分の空間に、自分ごと引き込みながら提案をする。

「此処では目立つ。妾の住処へ連れて行くぞ!」

 女は艶然と笑って、雪姫を自分の空間へと引っ張っていく。







 一瞬、目の前が暗くなり、不思議な感覚に陥る。明るくなった瞬間、目の前に広がる光景に目が痛いと手で覆い隠す。

 妖都には無かった筈の城が立派にそびえ立ち、鮮やかな空間と相応う。雪姫が立っている地表面からは濃厚な妖力を感じる。植物が茂り、果物が実り、川が流れている。此処に住むというなら、これほど適した空間はない。

 まるで、何処かの町を創り出した所だ。

(空間転移……違う!これほど妖力を膨大に感じる町など存在しない)

 雪姫は先程の焦りが消えたように、すっかり冷静になっていた。

 その為、雪姫は周りの空間を眺めて違和感を抱く。

 幸助を捕まえている女は、悠々と上空から降りてくる。階段に降り、その身を一瞬で清める。

 だが、女の姿は雪姫が見たものとは全く違っていた。

 先程とは比べるまでもない別人がそこにはいた。

 黒髪が金髪となり、何処か王族が纏うような雰囲気のある宝髻とそれに見合う立派な生地。質素な着物から華やかな肩と胸元がはだけた着物へと様変わり。鮮やかな赤を基調とした着物には、ピンクの胡蝶蘭の花柄が上半身と下半身に縫い込まれている。

 目立たなかった胸が一気に膨らみ、谷間がはっきりと分かるほど着崩している。顔は人間と変わりないが、その瞳は金瞳である。

 絶世(ぜっせい)の美女と誰もが認める美貌とその堂々たる佇まい。

 手には扇子を持ち、尻尾で幸助を持っている。

 ただ、雪姫が最も驚愕した事実は、女の尻尾の本数だ。

 一本の神々しい尻尾では物足りないか、女の尻尾は九本に割れていた。背丈の数倍の尻尾が目に付く。それだけ存在感を放っている。

 別人として処理した方が早い。思考が混乱する。

 雪姫は目の前の女が、何者なのかに気付いてしまった。

 警告が鳴り響く。

 逃げろと……。

 雪姫は無視する。幸助を取り戻さないといけないから。

 雪姫は震えた。目の前の女は、桁違いだと…。

 この妖界で、最も出会ってはならない存在を前にした雪姫の心情は最悪だった。

 目の前に人知を超えた妖怪を前にして、心身が萎縮してしまう。

 そんな雪姫の様子を気にする素振りはなく、尻尾で包んだ幸助を階段に丁寧に横に寝かせる。

 艶めかしい笑みをする女は口を開く。

「さて、妾の空間に招いたのじゃ。妾の気に惚れ込む芸でも見せて貰おうかのう?」

 九本の尻尾をゆっくり揺れ、その中心にいる妖怪は異様な笑みをした。

「まさか、あなた…」

 雪姫は悟った。

「ほう?恐怖よりも返却を望むか。じゃが、妾と戯れて貰わなければこちらとしては気が済まぬ。自己紹介が遅れたかの?」

 今、雪姫の目の前には、幾千の時を生きる太古の妖怪の1人。その存在を知る者は数多くいるが、出会った者はほんの一握りしかいない。

 その女は、自分の名を語る。

「妾の名は九尾狐(キュウビキツネ)。幾千の時を生きる妖狐と仙狐を持つ古の妖怪じゃ。この大地が誕生した時より生きる災禍(わざわい)。またの名を天上に立つ妖怪の一柱。人間の繁栄と破滅を望み、数多の人間の命を食らい、数多くの戦争を引き起こした妖狐として恐れられる祟り神である」

 九尾狐。この妖界で最も力を持つ妖怪の一人。純妖の中でも高い富と権力を持ち、この妖界では有名な災禍様(さいかさま)として崇められている。

 その存在は未知数。人に化け、多くの者を食らい、国を傾けるような事件まで起こした妖怪。

儚いほど美しく、そして悍ましい化け狐と。雪姫は心底から恐怖を抱く。

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