107話 尊厳を捨てた代償
昨日は夜勤明けでだいぶ寝込んでしまいました。やはり夜勤は頻繁にやるようなものではありませんね。暫くは休みたいと思う気分です。
週末の土日のどちらかを『妖界放浪記・長編』にしたいと思います。少し、描写は増やしています。
気配が変わった。
妲己は今までに感じたこと無い寒気を肌で感じ取る。
(なんだこの阿寒は?この女が発する冷気が肺を冷たく冷やす。妖力が凍り、女を囲う冷気の形状が変化する。変化というより、また違う変貌と言ったところか…)
気温が一気に下がり、この場にいる者は極寒の寒さを味わう。
妲己は冷気に対する耐性を持つ為、あまり大した効果はない。しかし、妙な気配に疑問を持つ。
「貴様、一体何をした?」
目の前の姿に疑問を持つ妲己。
「あなたを懲らしめる為になったのよ。死の妖怪…雪女にね」
「クククッ!なんだ、ハッタリか⁉︎擬態でワレの攻撃を止められる筈がなかろう。その首を生花にしてやろう!」
一蹴して笑う妲己。
そうなのだ。妲己は『妖怪万象』とは思っていないのだ。
混妖のままでは使用出来ず、純妖でなければ『妖怪万象』は使えない。
妲己も使えるが、使えば妖狐として肉体が大きく変化を伴う。
それに対し、雪姫の『妖怪万象』は服装と気配が変わった程度。
常識からすれば、単なる擬態と思っても仕方がないのだ。
期待はずれもいいところだ。そう妲己は油断する。
白と黒の珠が輝き、雪姫に目掛けて振るう。
「死なぬようにその首を斬り落としてやる。白黒の珠…御首剥離!」
平行線を裂くような斬撃。喰らえば斬られた箇所が切り離され、たとえ心臓を斬っても死ぬ事はない。
但し、斬られた箇所の肉体機能は失う強力な技である。
【七星剣】の効力は、人間であればその効力を最大限まで発揮する。
混妖は人間を含む為、妲己はこの武器を使用する事が出来る。
当たる直前、雪姫は薄く笑う。
「あなたこそ知らないのね?愚かなこと」
同一人物とは思えない程、その笑みは気味が悪かった。
だが斬れば勝負あり。
斬ったと勝機を確信した妲己。
しかし、斬った感触が全く感じない。降る雪を斬った感覚で、ほぼ無感覚。
見失ったとばかりに辺りに睨みを分散する。
「何処に行った⁉︎」
数秒全く気配を掴めなかった。
しかし、その気配が突如背後に現れる。
「私はここに居る」
いつの間に妲己の腰は大きく斬られていた。
「っ‼︎いつの間に…⁉︎」
痛覚を感じない。冷気による凍結麻痺が起きていた。
斬られた感覚を抱かなかった。気付くのが遅れ、妲己は顔を顰める。
「ユフフ。あなたのその顔が見れて心が晴れる。化け狐を斬れたと思うと」
雪姫の感覚では、來嘛羅を斬れたと思い、気分が昂揚している。
幸助を狙う『九尾狐』を攻撃する。取り憑かれるように、その笑みは冷たさを増す。
「ククク…ククククッ、そうでなくてはな雪女よ。ワレを存分に楽しませてくれ!」
雪姫に釣られるように妲己も悪女の笑みを見せる。
最悪な睨み合いとなった。
このままでは状況は悪化する一方。
雪姫は『妖怪万象』を解き放ち、既に制御出来る程の理性が働いていない。
理性を代償に、ただ本能で妲己へ刀を向ける。
それ故、本来の力を解放した妖怪の能力値を大幅に上げる。
変身した雪姫の身体能力の上昇は目を疑うものだった。
悟美と戦った時よりも洗練された動きで妲己の攻撃を躱していく。
それだけじゃない。刀を使わずとも妖術で刃を生成し、妲己に打ち込んでいく。
妲己は、雪姫の変貌した妖術に翻弄される。
「ちょこまかと!雪女の分際がぁ‼︎」
俺に見せた時の余裕と恍惚とした顔はなく、ただ怒り任せに振るう妲己。それに対して、愉悦とした笑みで襲い掛かる雪姫。
「あなたを凍死させてあげる。大事な人を奪われる気持ちを教えてあげる」
「くっ!ほざけ女!ワレの剣に沈められるがよい‼︎」
斬撃と乱銃のような攻撃が雨となって広範囲に散らばる。
俺は勝負に気を取られ、斬撃が飛んできたのに反応できなかった。
気付いた時には、俺の首を刎ねる位置まで迫っていた。
そう思った時、俺はなんかの拍子で体が吹っ飛んだ。
「ゴフッ‼︎……っいてて…なぁっ⁉︎」
だが、俺は驚かされた。
「にゃあー‼︎」
俺はすね子に拾われたみたいだ。
タックルされた拍子に背中に乗せられ、俺はしがみつくように毛にしがみつく。
すね子が俺を助けてくれたみたいだ。
「助かったぜすね子!」
この際、なんですね子が大きくなって俺を乗せられているのかが聞けなかった。
助かったのが幸いだ。雪姫が妲己を足止めしている間に、妲己を救う方法を考えなければならない。
雪姫と妲己では実力が大きく離れている訳ではなく、互いに元々混妖であり、來嘛羅に比べると雪姫が善戦している。
純妖と混妖の力の差が現れ、本来、人間であった妲己の身体能力はそれほど高くはなく、剣を振り回す以外に大きく動く事ができない。
鍛錬をものとしなかった妲己には、剣を振るう攻撃が精一杯。
筋力、体力、耐久力は圧倒的に劣る。
雪姫は混妖から妖精となり、純妖に匹敵しうる力を得た。
それだけじゃない。雪姫は人を守る為に鍛錬を400年間積んでいる。
単なる鍛錬ではなく、血の滲むような苦痛を伴う鍛錬を積んでいる。
これ程の鍛錬を積んだ妖怪はいない。妲己は武器を持たない雪姫に押される。
「何を舐めている雪女ぁ‼︎ワレの攻撃を全てすり抜けおって‼︎」
妲己からすれば、すり抜けているのだろうが、実際は上手く躱されているに過ぎない。
武器を失った際の戦い方を心得る雪姫からすれば、妲己の憤懣は単なる単純攻撃。
よく観察し、よく分析し、妲己が放つ攻撃をしっかり見る。
「私は雪女じゃない。幸助から『雪姫』と名を貰った」
雪姫は淡々と名乗る。
妲己は歯を剥き出しにする。次の刑を下す。
「貴様は妖術を使うな!その肉体、切り裂かれてしまうぞ⁉︎」
雪姫は咄嗟に行動を変える。刀を取り出し、妲己に向かって刃を向けた。
「考えたね化け狐。でも無駄」
刀身には自然発生の冷気に染まる。
妖術ではなく、雪姫の体から発する冷気を使うことで、妲己の刑の対象外となる。
妲己にはその一太刀を見抜けなかった。【七星剣】で辛うじて防いだが、首を刎ねられかけていた。
首は出血せず、斬った箇所は結露で濡れ凍る。
「何故、読まれた…?」
「あなたの異能は単純。一つの宣言を言い渡した後、前に言った宣言は消滅する。だから、妖術を使わずに事前に刀に付与した冷気であなたを斬った」
雪姫は宣言の直前、妲己が自分の行動を制限すると踏んでいた。
それに合わせ、刀を取り出せるように準備していた。
妲己は唾液を手に湿らせ、首に当てて回復させる。
「元“自然妖怪”に属していた分際が…厄介な妖怪で苛つくな。くっ…いっそ、ワレの首を刎ねれば良かったものを…」
仕留めて貰えず、妲己は雪姫の手加減に苛つく。
雪姫は妲己を殺すつもりはなかった。
それは、幸助の要望を叶える為。幸助の言葉を否定しつつも、彼の望みに忠実に従う。
「幸助はあなたを殺そうとしない。だから殺さない。化け狐であろうと、幸助の願いは叶えてあげる。だけど……私は堪らなくあなたが目障りよ」
本当なら、目の前の妲己を殺したい。
散々、自分を振り回した『九尾狐』の一人を手にかけられる。恨みはないとは言い切れず、自分を呪った相手の目に殺意が湧いた。
しかし、それをたった一人の人間を想うことで殺意を抑え、冷酷に振る舞う。
雪姫の心は常に幸助を想う。
「他者を信じない筈の貴様があのガキに何を求めている?あんな何処にでもいる人間に欲情するとはな⁉︎伝承に狂ったか⁉︎」
妲己は雪姫に問う。しかし、答えようとはしない雪姫を見て、妲己の怒りは収まらない。
「……」
「貴様!現在においても現世では名が広い貴様は常に変化をしてきた。人間に愛されて、さぞ旨い思いをしただろうな?気に入らない…実に気に入らん!何故、何故貴様は人間に愛されている⁉︎」
「伝承に聞いてみたら?私はただ、人の子に書かれるだけの存在。何もできない」
「…無駄、だと?貴様、人任せか⁉︎」
「その通りでは?人間が私達を作った。今までも、そして…これからも」
雪姫はこの世界の残酷さを語る。
妖怪は自分を変えられない。たとえ、意思や価値観を変えられようが、容姿や悪業、伝承を書き換えるなどできない。
主に恐怖心から生まれた存在は特に根強い呪いがあり、『雪女』もまた、その一人である。
自分ではその在り方を変えられない。
願うは人間の伝承にかかり、人間の気紛れに委ねられる。
しかし、それを心からよく思わず、妲己は諦めきれていなかった。
人間に都合よく改変され、自分は悪女と名が広まった。雪姫とは比べられない程の年月を生きた者の我慢は限界を迎えていた。
「そんな目で見るなぁ…‼︎ワレはそんな…そんな人間の勝手な物言いが大嫌いじゃあーーーっ‼︎」
心を侵す闇が妲己を侵食する。
天に向かい叫び、その心は怨念に支配される。
殺意や憤怒とは違う悍ましい化身が空間全部を闇に包む。
「っ⁉︎まさか‼︎」
雪姫は胸のざわめきを覚える。
「もう良い‼︎やはりこの体は妖怪に侵されている!今更こんな醜悪なワレに恥などない‼︎潔く人間の理性など捨ててやろう‼︎」
空間中に存在する妖力が妲己の肉体へと吸い込まれていく。
これまでに感じたことのない膨大な妖力を取り込み、妲己は悶絶するような苦しみに襲われる。。
初めて『九尾狐』の『妲己』として力を解放する。
今、妲己に起こる変化。それを感じ取ったのだ。
自分と同じ、切り札を切ったのだと………。




