106話 雪姫VS妲己
突然現れ、果敢に挑む雪姫。それがあっても圧倒する妲己。
妲己がなぜ七星剣を使うのか?これは元々混妖だったのが由来で、所有者の人間を殺しているからです。
もっとヤバい言動も入れていいかと思ったのですが、それだと妲己のイメージが最悪になるので、まだふわりと言動を柔らかくしています。まぁ、4章に入るととんでもないヤツが出てくるのはまたの機会……。
俺は夜叉の方に顔を向ける。既に夜叉の腕はカナによってくっ付けられており、立ち上がっていた。
夜叉は何も言わずに俺を見る。
「あとは俺に任せてくれ。あんたらは悟美を助けてやってあげてくれ。俺の大事な仲間だからな」
「分かりました。私の作戦も無駄でしたので、後は任せますよ」
「ああ、任せろ」
俺はそう告げて、妲己に目を向ける。妲己は俺の行動を罵る。
「大層な余裕だな?これから死ぬというのに」
「死ぬ?そりゃあないぜ妲己。俺とあんた、他の誰も死なねえよ」
「フンッ、貴様がそう言うのは勝手だが、その剣で何ができよう?ワレに牙を向けている時点で敵対すると覚悟したようなものだ。愚か者めが!」
俺は妲己の反応で理解した。
俺はネタバラシをする事にする。
「あんた、心が読めねえんだろ?この刀剣、俺の大事な奴なんだが、誰か分かるか?」
敢えて聞く。読めるなら、こんなもん直ぐに解る。
「…?何を聞く?ワレは貴様の心など容易に読めているぞ。貴様はワレに欲情している事など、造作もない程にな」
「じゃあよ、俺があんたに敵意を向けていないのは分かりきってる筈だ。なんで読めねえんだ?」
「っ‼︎貴様……」
バツが悪そうに俺を睨む。
「へへっ、俺は妖怪に一度たりとも殺意なんか抱いちゃいねえんだ。たとえ、あんたが俺を殺そうとしてもだ」
「減らず口を吐くなぁ‼︎ワレに牙を向けた貴様には達磨の刑を与える‼︎潔く命乞いをするが良い‼︎」
身勝手に俺へ言い放った。
しかし、俺の身に何も起きなかった。
「なぁ…何故だ…何故だ!何故だ何故だ何故だっ⁉︎ワレの異能を無効化したのか⁉︎」
嵌めたか⁉︎という強い殺意がひしひしと伝わってくる。
「騙す形で悪かったぜ。俺は剣を好きな奴に向けるほど、非情になれねえんだ。もう、大丈夫だ……雪姫」
俺が握っていた【絶無】は形を変え、雪姫が現れる。
雪姫には俺の【絶無】に変化して貰っていた。
カナが姿を擬態させる能力を使い、俺の武器と同じ形に化けていたのだ。
本物の【絶無】は雪姫がしまっている。
「幸助、あなたは化け狐を救いたい、そう言った。けど、あまりにも無謀過ぎる」
開口一番、文句を言われる。でも、これには俺は文句を言い返す。
「仕方がねえだろ。最初に俺の気持ちをぶつければいけると思ったんだからよ」
「……馬鹿ね。幸助は妲己を楽観視し過ぎる。ここで死んだら、私とあなたは一緒に地獄に行く」
「洒落にならない事を言うなよな?俺は妲己を救うまで死なねえって誓ったばかりだしな」
ちなみに、俺の首に巻いている猫型のマフラーがあるんだが、それはすね子が化けている。
すね子も変化を解き、毛を逆立て威嚇をする。
「シャアーッッ‼︎」
妲己は拍子抜けしたが、すぐさま嘲笑うように俺達を見下した。
「クッハハハ!その程度の小細工がなんだ?貴様は武器を持った、その腕は必要ないだろ!」
指を指してそう告げる。
しかし、俺の腕は落ちなかった。
俺が妲己の能力を理解したわけじゃない。
そうだろうとは思っていたんだが、本物の【絶無】を握っていなかったから発動しなかったんだと思う。
悟美と夜叉は武器を手にしていた。それで落とされた。
俺は雪姫を持っていた。人だからセーフってわけ。
自分で何言ってんだろうな?でも、俺は宣告に当たらなかったわけだ。
「っ…勘はあるようだな⁉︎なら、貴様はこの手で…‼︎焼き切れろ‼︎」
そう怒相に満ちた剣の一振りが放たれた。
俺は咄嗟に体ごとしゃがみ込んだ。
俺の体をスレスレで振り抜いたようで、かなり距離が離れているのに、一振りで空間が切り裂けた。
「ふぅ……体動いて良かったぜ」
「立ち上がって幸助。私とすね子で時間を稼ぐ」
俺を心配しつつ、妲己に向かって走り出す雪姫。手には刀はなく、素手で相手するつもりだ。
「気を付けろ雪姫!刀は握るな」
「分かってる。雪の幻影、『雪幻』」
雪姫は冷静に妖術を使い、姿をくらます。
妲己は雪姫の姿が消え、その足取りを追うように静かに見据える。
【七星剣】は赤く輝き、妲己の言葉と共に振り下ろされる。
「くだらない小細工も甚だしいぞ!雪女‼︎赤の珠…赤熱香‼︎」
振ったのは斬撃ではなく熱波だ。
しかも、この熱波は『雪女』の苦手とする300度を超える熱を帯びている。熱を帯びているのは熱波だけではなく、剣から放たれる発汗させる芳香も混ぜている。雪姫は雪を操る妖精であり、これらの攻撃は雪姫には猛毒に等しい。
それを喰らい、雪姫は大きな火傷を覆う。
「きゃあああーーーっ‼︎」
見るに堪えない。雪姫の皮膚を容赦なく焼く。常人なら、熱で皮膚が溶けるのだが、雪姫は熱による耐熱耐性がない為、その侵食度は骨まで届く。
それを見て恍惚と楽しむ妲己。
「焼けろ雪女!この剣の裁きをくれてやる!さあ、存分に踊り焼けるのだ‼︎」
「うぅっ‼︎『癒氷』!」
熱よりも氷点下を超える氷結で体を癒す。
だが、それはあまり意味をなさない。妲己の攻撃は止まない。
「黄の珠…石火妖光‼︎」
今度は雪姫の体を貫くように、弾丸に似せた石礫が弾け飛ぶ。
この攻撃は雪姫の体を簡単に焼き焦がす。
これもまた喰らい、雪姫の肩と胸を貫く。
痛みのあまり、雪姫は姿を解いた。
地面に倒れず、火傷を治癒するが治りが遅い。熱による攻撃を受けてしまうと、雪姫の肉体は冷えなくなり、肉体が維持出来ない。
「貴様など熟知しているのだよ。名だけが取り柄の女が、よく男を惚れ込ませて殺せたものだな?」
勝ちを確信したのか、焼けた雪姫を見て嘲笑う。
「…何が言いたい?」
雪姫は睨む。それを見て妲己は心の中で興奮が抑えられない。
「ククククッ、その殺気立つ目はいつ見ても心地が良いぞ。ワレの馳走には程遠いがな?『雪女』という名は呪いの名だな?まるでワレと似ておる。他者を騙し、麗しき美の姿で男共を死へと誘う。貴様は容赦なく人間を見捨てた畜生なのだよ」
「……言うな」
自分の伝承を侮辱され、僅かに怒りを見せる。
「ワレは言い足りないぞ?貴様のした事はワレとさほど変わらない。違うか?」
妲己は雪姫に容赦なく【七星剣】を振るう。
火炎を纏った刃、不死鳥の炎、火炎放射の絶え間ない攻撃が襲う。
妖術を使用し、炎への耐性と回避を試みるが、雪姫の皮膚に激痛を与える。
「っ…痛…」
それで口が止まる訳がなく、雪姫の心を刺すような言葉を次々に口にする。
「雪女の伝承とやらは非常に哀れだ。そして滑稽だ。人間の男を娶る逸話があると言うのに男を見捨てた。気に入らない男であればその命を吸い尽くす。性根が腐ったような妖怪だ貴様は。どうせそこの男も殺すのだろ?好きでもない男と判ればその美貌で殺すのだろ⁉︎実に人間が哀れで可哀想だ。だが安心するがよい。その男はワレがゆっくりじっくり時間をかけて苦しんだ末に殺す。さぞワレの匙加減の方が幸せに死ねるだろう。人間にしか惚れない女は大人しくしているんだな!」
妲己の言葉は雪姫には辛いものだった。
自分の呪いを強く恨み、強い絶望感に心が壊れかかった。
何度も味わった悲劇をこれ以上繰り返したくなかった。けど、それを止める術はなかった。
救えない。なのに、周りからは弄んだ妖怪と蔑まされ、憎まれた。
呪いが自分の行動を伝承通りにさせてしまうのだ。
玉藻前の呪いを受けた自分は妖怪でいるしかなく、人間を助けられない。
悔しくて堪らない。自殺しようとまで考えさせられるほど追い込まれていた。
しかし、思い留まったのは、僅かにある人間としての良心。
そして、最も大きな心の拠り所が幸助の存在である。
「言うな化け狐!私はそんな事の為に人の子を殺めようとは一度も思っていない!取り消しなさい!」
血の滲むような思いをし続けて400年。その募った怒りが全身を奮い立たせる。
「何度も言うぞ雪女!貴様は人間を見捨て殺したのだ!それは変わらぬ事実だ。否定するならば、『雪女』として生まれた己を呪うのだな⁉︎罪を背負ったガキすら殺す人殺し。地に堕ちた憐れな妖怪。貴様は人間の敵でしかないのだ!」
雪姫の我慢の糸が切れた。
心底から抑えていた感情が雪姫を衝動的に走らす。
妲己の発言は、状況を変化させるきっかけを与えてしまう。
容易に発言した言葉は、時に人を恐ろしい衝動へと駆り立てる。
雪姫の中で猛烈に込み上げる悪感情。
自身への侮辱の数々。幸助への冒涜。許されざる禁忌に触れた妲己に向け、凍てついた心は開く。
一人の人間の尊厳を守る為、自らは屈辱を呑む事を……。
心の傷を抉られ、侮辱されたことで、彼女の殺意が滾り爆発し、信じ難い力を発揮する。
「今…幸助を子供扱い、した?」
殺意が満ちる目が妲己に訴える。
「そうだ。ワレがそう思ったからそう言ったまでだ」
「そう……それを聞いて安心した。あなたに心置きなく屈辱を与えられる」
「クッハハハ!屈辱だと?ワレを楽しませるの間違いではないか?…っ‼︎」
体が吹雪に覆われ、空気中の妖力が雪姫を侵蝕する。取り込まれる妖力は雪姫に順応し、姿を変える。
火傷した肉体は一瞬で消滅し、新たな肉体として作り変えられる。
「そうね。屈辱も楽しませる一つだと思わない?」
「…?」
白無垢へと纏う姿が変わり、そこには冷たい薄笑いをした雪姫が立つ。
「さ…お互い屈辱を舐め合いましょ」




