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妖界放浪記  作者: 善童のぶ
古都・妖狐救済編
102/265

101話 捕らわれの幸助

この状況、一体どういう経緯でなったのか、想像してみて下さい。触れますが、具体的に触れるのは『妖界放浪記・長編』で明かすかと思います。


ここでお知らせです。まだ確定ではありませんが、このまま四章に入る可能性があります。理由としましては、キリが悪いので、ちょうど良いところまで進めようかと考えております。

もし、希望がありましたら、コメントの方お願いします。

華名達が森に入ってから見えなくなり、妲己の怒りは沸点をとっくに超えていた。

聖域陵サンクチュアリはあらゆる妖術による干渉を無効化し、太古の妖怪ですら立ち入れない。妲己の『千里眼』ですらも森の中を探れない。


見られぬという怒りが爆発し、支柱や机を粉々に破壊し、襖絵や壺も木っ端微塵にする。

手に持つお気に入りの盃を乱暴に投げ付け、窓ガラスを割る。

「なんだこの仕打ちは⁉︎ワレの癪に触る森だなっ‼︎見通せぬではないか‼︎こんな森など焼き払えばよいものを‼︎」

外へ飛んだ盃を褒姒が丁寧に回収する。戻るように褒姒の手で拾い上げられ、妲己へ返す。

「妲己様、この盃はひいきにされている物では?大事になさって——」

物腰よく渡そうとするが、妲己はそんな気遣いすらも踏み躙る。

素手で盃を吹き飛ばし、狐のような形相で睨み散らす。

盃を刎ねようと、褒姒は無表情を貫く。しかし、それが更に火に油を注ぐ。

「微塵も思ってない癖に!ワレに取り繕うとするな‼︎お前はもう褒姒ではないのだ!目障りだ!とっとと消え去ればいい‼︎」

心にない言葉が出てくる。自分の感情を抑えず、守護者あるまじき言動である。

他の者には見せられない妲己の姿を、褒姒はずっと見守ってきた。

その目に涙は浮かべず、怒気も見せず、感情の一文字もない。

「……」

「なんだその顔は?ワレを嘲笑うか九尾風情がっ‼︎醜い憎い…‼︎こんな、こんな姿……っ⁉︎笑ったな貴様っ‼︎」

酷い言い掛かりだ。褒姒は表情をどころか、眉ひとつ動かしていない。妲己の単なる勘違いの暴言がぶつけられる。

「出ていけっ!貴様なんか居なくたってどうでもいい‼︎その首を晒し首にしてやろうか⁉︎」

ここまで酷い態度を取られても、褒姒は表情に変化を見せない。

褒姒は頭を深く下げ、無言でその場を後にする。

城の一室には妲己のみ。

妲己は落ち着きを取り戻し、荒れた部屋を見る。その目に映る光景は、妲己のずさんだ心が映る。

自分の髪を触る。黒い髪は荒れ、むしった狐耳や尻尾は無惨なほどに毛が抜けていた。

だが、抜けた毛は一瞬で再生し、髪も元の麗しい輝きを取り戻す。

妲己の目に輝きは消える。

「嫌だ…こんな醜い妖怪、消えればいい。あんな女さえ消えれば、ワレは元に戻れる。全ては『九尾狐キュウビキツネ』という存在が招いた不幸。根源を殺せば……」

先程の癇癪が嘘のようにおとなしくなる。妲己は虚ろな目で割れた鏡に映る自分を見つめる。

声は震え、自分の姿を見る内に鏡に映る自分の姿に畏怖する。

その姿は妖狐の鱗片を纏い、人間からすれば美貌と野生みが混合した美女の姿。

だが妲己は違った。自分の姿を拒み、映る鏡を睨んで破壊する。

「こんな姿、ワレは欲しくない…。こんな姿をズタズタに切り裂いてやりたい。誰も望まないこんな妖怪が生きて何が悪い。ワレは悪女と恐れられた人間と妖怪の混ざりし混妖。誰も見てくれない…ワレなど、誰も認めようとしない」

自分の姿を見る度、この屈辱の罰を思い出す。

人間であった妲己は人間を強く恨み、『九尾狐キュウビキツネ』である來嘛羅を呪う。

だから、來嘛羅の加護を受けた人間である松下幸助に目を付けた。


初めて見せた機会すき、來嘛羅が人間に“ある禁忌”を犯させ、名を賜った。その人間を消せば、自分と同じ痛みを与えられる。


そう強く恨み続けた結果、妲己は『九尾狐キュウビキツネ』としての怨念いしに取り込まれた。


人間だった自分を捨てた。その憎悪は幸助へ向けられる。

「来い、九尾狐に気に入られし愚か者よ。ワレの恨み、貴様の命を持って晴らせて貰おう。“放浪者”松下幸助、あの女の加護を受けた運命を呪うがいい」

紅い瞳は幸助達がいる方角へ向けられる。

妲己は妖狐としてその身に負の感情を蓄える。

装束が黒に染まり、死の風格を思わせる妖気オーラが漏れる。

妖狐となり、全盛期に匹敵する妖力を取り込んだ今、たった一人の人間を殺すため、妲己は積年の恨みを全て賭ける。




妲己の負の妖気オーラを感じ取った褒姒は、この状況に危機感を抱く。

「妲己様……どうか、目を覚まして下さい。貴女様は伝承そのものに操られてしまっている。わたくしめの力ではお救いできない…。どうか、これ以上恨みに囚われないで下さい」

心底からの願い。褒姒は妲己の恨みをこの目で見てきた。

恨みは晴れず、どんどん膨らむ。

呪いは身を滅ぼす。褒姒は何度もそれを見てきた。

“四霊神獣”は妲己に愛想を尽かしたのではないことも知る。

「貴女様は人間を殺し、人間に殺され、妖怪となり、生きる存在を殺し、妖怪に負け、妖怪の呪いを受けました。何が貴女様の苦しみなのかを転生後に調べ尽くしました。そして、わたくしめと貴女様は同じ『九尾狐キュウビキツネ』でした。前のわたくしめに気を向けて下さっていたことも知っております。……本当は、貴女様は心優しい御方の筈。幸助さん、どうか、妲己様をお救いして下さい」

褒姒は古都を出て、幸助達の元へ行く。


褒姒は勝手に動いた。これが知られれば、自分は用済みと殺される。


それでも、彼女は妲己を救う為に身を犠牲にして幸助達を迎えに行く。


一刻も早く、妲己を救えなければ手に負えなくなると、そう予感がしていたのだ。


あとひと月も待ってはいられない。今すぐにでも幸助を連れてくるべきと急いだ。




古都を出た褒姒は、自身の血を使って門を喚ぶ。

一瞬で望む場所へ跳び、果たすべき己の使命を優先する。

門を潜り、幸助達の居る聖域陵の前で待機する。

(規則を破りし者には死刑。わたくしめはこの罰を潔く受けます。その代わり、妲己様を救える者をお連れします。そして、失敗したとしても……わたくしめは何度でも妲己様をお救いするまで、転生し、その役目を継続させて頂きます)

魂に刻んだ使命さえあれば、例え混妖でも、死を迎え転生後、その役目を果たす為に肉体が勝手に行動するように刻める。

それにより、褒姒は記憶を失っても、妲己に従うことを忘れなかった。

褒姒はこの手段を使い、妲己に仕えるのを強く望んだ。

彼女を救う為に、褒姒は迷いを捨てた。



褒姒が聖域陵の前で待つこと3日、一切微動だせず、目を瞑り幸助達が森から出てくるのをひたすら待つ。


一言も喋らず、何も食さず、何も見ずに沈黙で待機する姿を目撃した他の妖怪は、あまりの異様さに、誰も近付けなかった。


妖怪は妖力さえあれば食を必要としない。しかし、それでも立ち続ける褒姒の姿は威厳すら感じる。


3日間待ち続け、幸助達が現れた。漸く目を開き、彼らを目にする。


現れたのは、華名と夜叉、夜叉に担がれた瀕死状態の幸助の3人だけだった。

幸助の体は傷だらけアザだらけ。意識もほぼなく、夜叉の肩とその足元には血が滴る。

「うっ……ぅ」

褒姒は驚きもせず、幸助達を迎える。

「お待ちしておりました、泉華名様、夜叉様。そこに担がれているのは松下幸助で間違いないですか?」

華名と夜叉は膝をつき、夜叉が褒姒に報告する。

「はい。マツシタコウスケはこの通り、殺す寸前まで痛め付け、妲己様の贈り物として献上致します。他の付き人である『雪女ユキオンナ』であった雪姫、新城悟美、十六夜紗夜、すね子の四名は聖域陵内で始末完了済みです」

「そのようですね。では、妲己様は古都の城にてお待ちしております。刺客を放ちましたが、返り討ちに遭い、彼らは全員始末すると激怒されております。彼らとはお会いしましたか?」

「残念ながら、彼らは既に故人であるかと思われます。弱き妖怪は滅ぶが定め。所詮、彼らは妲己様の期待に応えられなかったに過ぎません」

二人は冷酷に会話を交わす。感情はなく、ただ与えられた命令について語る。

「当たり前のことを仰いますこと。御二方は妲己様のご期待に応えれば済む話です。そこに感情を入れ込んではならない。そう、あの御方は決められています。命令・秩序・規則を破れば死があるのみ。それを踏まえ、わたくしめは問います」

褒姒は最後の確認をする。

「妲己様にお会いしても、問題はございませんか?」

その意図は、この場の三人しか理解ができない。

華名と夜叉は同時に答える。

「「問題ありません」」

口を揃え、その言葉に疑いがないと判断したのか、褒姒は血で門を召喚する。

「では、この門を通過することを許可致します。まずは、マツシタコウスケの醜態を晒すことから致します。既に騎乗する馬と告知文を手配しております。晒し人とし、松下幸助を古都の城まで歩かせる罰を行います」

これから市中引き回しが行われる。

死刑以上の罪を背負った者を馬に乗せ、罪状を書いた捨札等と共に、刑場まで公開で連行していく。

妲己は、幸助が日本人ということで、日本史に残る刑を執行することを強く望み、褒姒が去った後に手配を済ましていた。

妲己の機嫌は最悪だったが、幸助の姿を確認したことで、有頂天に心が躍る。

褒姒の身勝手な行動に一度腹を立てたが、やり取りを確認したことで、褒姒に対する怒りはさっぱり消えていた。

妲己の頭は、幸助をどのように苦しめるのか、拷問や量刑で頭がいっぱいだった。


幸助は連行され、古都の町をきちんと拝むことなく、意識を失ったまま一日かけて城へと入城した。


幸助の容態は酷く、人道にあるまじき大怪我を負っている。

とても会話が出来る状態ではなく、市中引き回しをされている間、幸助は完全に意識を失っていた。


1日かけ、城へと入城した幸助達を待っていたのは妲己だった。


華名と夜叉は膝をつき頭を垂れる。

「御苦労。このガキが松下幸助で間違っていないな?」

馬に乗る幸助を指差す。夜叉は口で発さず、頷いて答える。

妲己は馬に乗る幸助が、偽りではないかを『千里眼』で見抜く。

「ほう、間違いなく本物だ。まさか、本当に半殺しで連れてきてくれるとはな。執拗に思うところがあったか?」

夜叉に問う。

「はい、できればこの者と交渉が出来るかと考えておりましたが、残念ながら叶いませんでした。この者は他の者とは違う…そう思っていた己が愚かだと浅はかでした」

「クハハハ、そうであろうな。所詮はワレを苦しめる人間に過ぎない生き物。死ぬことこそが人間にとって至極の苦しみというもの。丁重に治療しながら、1年は苦痛の表情を見せて貰おうか」

妲己はそう言うと幸助を触れずに持ち上げ、自身の空間へ繋げる。

「貴様らも来てよい。褒美を取らせてやる」

妲己はご機嫌に笑うが、その頭で考える事は惨虐なもの。

華名と夜叉を空間に招き、自らの手で殺めると思考する。

「ご褒美ですか⁉︎」

華名は食いつく。

妲己はこれ見よがしに大層に笑う。

「クッハハハ‼︎貴様は人間でありながら、よくぞ同胞をその手で捕らえた。躊躇するなら殺すところだったが、今回はその男嫌いを称賛するぞ!好きな褒美をワレから与えよう」

「あ、ありがとうございます!」

「どんな褒美を切望に願うか、この者を苦しめ終えるまで考えておくとよいぞ?時間はないからな」

妲己は華名の喜ぶ姿を見て、その笑顔が絶望に変わる様を想像する。

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