100話 妖怪だから…
今日で記念すべき100話目です!
意外と早いものですね。今後もこの調子で続けていきますので、よろしくお願いします。
数千年前の『妲己』の伝承は本物だ。
多くの国民の命を理不尽に奪い、その命すらも侮辱した非情で残忍な悪女と謳われし妖怪。
殷王朝末期に生きた辛帝の后であると伝えられる。
しかし、今はその伝承が正しきものかは不明となり、出生は兎も角、実在したすら疑わしかった。
だが、人間界に数千年前に実在した人物として存在した。妲己は、歴史に存在した妖怪なのであると、夜叉が証明した。
「ある日、今は來嘛羅と名を賜った『九尾狐』様が突如、古都に初めて姿を現せた。妲己は狐の化け物と吐き捨て追い払おうとするが、太古より生きた彼女の力の前に敗北するという屈辱を受けました。激戦荒野で繰り広げられた痕跡は今でも残っています。妲己は本来ならば人間として閻魔大王に殺される始末、ですが、來嘛羅の情緒酌量により始末は免れた。代わりに、古都の守護者権限の剥奪。1000年間、來嘛羅の従者として生かされた。それがあまりにも屈辱的だったのでしょう。更には、彼女が好む私刑すら出来なくなり、その発散できない恨みは呪いのように溜まり、何度も衝突することとなりました」
文字通り、血のぶつかり合いが起きた。しかし、結果は見えて当然だったという。
來嘛羅が妲己を屈服させ、その眷属としておこうとした。
その後も、『九尾狐』と『妲己』の喧嘩という名の戦闘が何度も起き、その度に打ち負かされる。それは、妲己からすれば死をも超える屈辱に違いない。
同じ九尾狐だと言うのに意見が合わないのは、その時代にあった伝承が噛み合わず、違う存在としてぶつかるのは当然。
伝承は、固有名詞で刻まれる。総称でまとめるほど、伝承は簡単ではない。
「幾度もぶつかり、その影響なのか産物なのか、衝突してから暫く経った頃には、妲己は『九尾狐』の力を獲得していた。それは人間界で『九尾狐』の伝承が広がり、『妲己』は九尾狐の仲間入りを果たした。そうなることで、九尾狐に勝てると思ったのでしょう。しかし、挑む前に來嘛羅様は既に妖都へとその身を置いてしまった。相手を失い、守護者と再度戻った妲己は挑発するように、影で殺したい人間を探して殺したりしていました。『契り』の穴を見つけ、來嘛羅様を誘き出すために数千の命を奪い……」
他人事とは思えば楽なのだろうが、妲己は妖界においては非常に悲しき妖怪だった。
正直、これを悪だと定義した方が気分がスッキリする話だ。
雪姫やカナはこの話を聞いて、助けるより倒すのが妥当だと考えたのだろう。
事実、こんな悪人みたいな妖怪を助ける方が可笑しい。それは話を聞いてそう思うのも仕方がない。
夜叉の話は、何か惹きつけられるような優しさだった。話を聞いていたというのに、夜叉の一語一句に感情があり、話に割り込むことができなかった。
真に訴えているようにはっきり理解した。
夜叉は、敢えて重要なことを僅かしか話していない。多分、夜叉は本当のことを切実に言うのではなく、俺に気付いて欲しいと意図を挟んでいる。
妲己は悪女、その認識を植え付ける話し方をする一方、妲己は不幸な妖怪。
夜叉はそんな事を話した。
夜叉の話に意味があるのを俺は見抜き、為すべき事を言った。
「話は終わりだな?」
「はい、長くはありませんが、これが全てです」
夜叉は含み笑いをする。俺が気付いたと読んでの笑み。
「じゃあ、古都に連れて行ってくれ。俺が妲己を助けてやるよ」
意思は揺らがないのをはっきり言う。
俺は『九尾狐』が好きだ。それだけで、助ける価値がある。
來嘛羅と出会い、上手く利用されていると雪姫に言われるが、それはあながち間違っていない。俺は『九尾狐』に目がなく、何を言われても信じる一択をする。
でも、不思議と嫌な事ではないのは実感してるんだよな。
好きな妖怪に従うっていうのは、案外悪いことではない。
それが、最初に來嘛羅だったのが幸いだったに過ぎない。
仮に、來嘛羅以外の『九尾狐』に従っていたら、俺は違う人間になっていたと思う。
『妲己』に従えば虐殺を躊躇いなくしただろう。
『褒姒』に従っていたなら、何をしてでも喜ばせようと尽力したのかも知れない。
『玉藻前』に仕えたのなら、その人の為にこの身を捧げたのかも知れない。
好きな妖怪の為に動く人間。俺はそんな性格だ。
結局俺には、妖怪を助ける選択肢しかない。
「幸助、本気で化け狐を助けるの?」
疑いの目を向ける雪姫。
「当然だろ?俺は妖怪が好きだから、救われていねえ奴を放って置けねえよ。妖都の時、俺は妖怪達を救った。今回は、古都で一人苦しむ妲己を助けるんだよ」
きな臭い台詞が言えたものだ。
でも、これが今の本心だから仕方がない。
嘘で救うなんて、善人者じゃねえしな俺は。俺の意思で助けたいのなら止めたくはねえ。
それで死ぬなら、俺は本望かもな。
「そう…幸助が言うのなら私は止めない。好きな妖怪を救うのなら……止めない」
なんか不満げだなホント。『九尾狐』だからって、そこまで嫌な顔をしなくていいのに。
だが、雪姫がこんな顔をするのに理由があるから否めない。
「不満かも知れねえが、俺は“三妖魔”を探さねえといけないんだ。結局、俺一人じゃあ捕まえられる未来が遅くなっちまう。妲己に協力でも出来るなら…」
俺が真剣にそう言っていると、笑いが抑えられないのか、信じられないぐらいの女性の高笑いが聞こえてくる。
「フフフ…フハハハハッ!ハハハハッ‼︎」
「夜叉⁉︎」
声の主は夜叉だった。
官能的な美女の高笑いは一段と狂気を感じる。
「フフ…これは失礼しました。まさか、妲己を救済するだけではなく、自分の協力者として取り込もうとする考え、普通思い付きませんので、面白く笑ってしまいました。生きる者を容赦なく手にかける妖怪に対しての心意気としては、まさに異常者みたいな発言。しかし、それはある意味、妲己の目を覚ませられるかも知れません」
「い、意外だな。あんたがそんな風に笑うだなんて」
「それはこちらの台詞です。貴方が私の笑いに問いかける方こそ不思議なものです。來嘛羅様が貴方を加護したのも、なんとなく分かる気がします」
夜叉は上機嫌に上品に笑みを浮かべる。
カナはこんな夜叉を見たことがないらしく、ボケた顔で夜叉を見ていた。
悟美は面白そうにカナに絡む。
「いい顔してるわね〜?自分の知らない一面を持つ素性を知って驚いているわ‼︎シシシッ、旅に出て良かったわ〜」
「あ…はい……」
カナはただ唖然として夜叉を見ているだけで、返事は気が抜けていた。
そうか。俺はこんな光景を見たかったんだな。
人と妖怪が普通に話して、喜怒哀楽が見えるものを俺は望んでいた。
ちょっとばかり、俺は無謀な目標ができた。しかし、これは叶わないだろうと思っている。
なんせ、本気で好きになった奴の大事なものを見てみたい。
そうだ!この世界には半妖が存在してないんだったな。
「好きな人の子供、見てみたいもんだな…」
俺は小さく願望を呟いた。
なんでこんなアホな台詞を吐いたのか。後に、俺が大きな選択を迫られるとは思いもしなかった。
この一言を、一番近くにいる奴に聞かれていると知らず………。




