氣
「何か」と言ったのは大きくて全体像がつかめなかったのだ。
ゆっくりと見上げるとそこにいたのは最強のモンスター。
「ドラゴン!」
「ガガアアアアアアア!!」
十メートルはあろうかというドランゴンの咆哮は凄まじく、衝撃波が辺りに走った。
だが、ドラゴン退治はこれが初めてではない。
俺は既にモンスターとの修行で何体も倒している。
飛び掛かって足の部分を切り裂くと、ドラゴンは悲鳴を上げた。
「どうだ!」
怒り狂い、目を赤くしたドラゴンは口を開く。
ブレスだ。
「まっず、こんな密閉されて空間でブレスを吐かれたら」
俺は今まであの何もない白い空間で、広さを十分に使って戦ってきた。
こんな狭い場所で巨大なドラゴンと戦った経験などない。
ゴウっと吐かれた灼熱のブレスに、俺は全身を水魔法の水でコーティングすると、スライディングで直撃を避け、ドラゴンの腕を渡り、その巨大な顔目掛けて刀を振り下ろした。
一閃。
ドラゴンの首を斬り落として勝負ありだ。
「ふぅ。ヒヤッとしたな」
やはりダンジョン。
広い空間での戦いとは戦い方を変えないと駄目だな。
老子はこの辺りを教える為に俺にダンジョンに潜らせたのだろう。
「さて、ここが最終地点ぽいな」
俺は辺りを見渡して先がないことを確認していると、何やら宝箱を発見した。
「おお、やっぱりお宝があると嬉しいよな」
俺は喜び、宝箱を開けると、中からいきなり小型の矢が飛んできた。
「っと、危ねぇ」
俺はそれを躱して小さく息を吐く。
「油断させておいたこれかよ。まったく老子の用意した宝箱は油断も隙も無いな」
気を取り直して中を見てみると、そこには一つの袋があった。
何の変哲もないような革袋なので、俺はがっかりとしたが、説明文が横に添えられており、それを読んでみると驚くべきことが分かった。
『次元収納袋。あらゆる物を収納することが出来る。上限はない』
す、スゲー。
つまりは『四次元ポケ〇ト』
とても便利な道具を手に入れたぞ。
俺は飛び上がって嬉しさを表現すると、ホクホク顔で帰路についた。
帰って来た俺は戦利品を老子に見せびらかす。
「老子。とっても良い物を手に入れましたよ!」
「ほっ。それはよかったの。君が異世界に旅立つ時に役に立つだろう。大切にしなさい」
「はい!」
俺は大きく頷いた。
それからも、俺はダンジョンに入った。
洞窟型のダンジョンだったり、塔型のダンジョンだったりお城とか、館とかのダンジョンなどいくつものダンジョンに入り、経験を積んでいった。
そんな生活がしばらく続き、
「君がここに来て六百年が経った。もう一端の戦士と言っても良いじゃろう」
「これも老子の教えのたまものです」
「ほっほ、謙虚にもなったものじゃな。以前の君からは想像も出来ん」
「いや、止めてくださいよ。精神年齢が止まったと言っても、いつまでもガキじゃないんですから」
恥ずかしくなって俺は頭をかいた。
実際、俺は軟弱な子供だっただろう。
老子にしごかれてここまで成長することが出来た。
老子は厳しいし、正直今でも鬼と思うことはあるが、しっかりと愛を感じることが出来るし、なんだかんだと面倒見がいい。
ここまで成長できたのは全て老子のおかげだ。
もう、一生頭が上がらない。
「さて、そろそろいいじゃろう。君にはこれから奥義を授ける」
「・・・奥義、ですか?」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
あの老子が奥義と言うとは、一体どんな技を教えてくれるんだろうか?
「君に、氣を教えよう」
氣!
するっていうとあれか、バトル漫画でお約束の。
「氣、氣を打ち出すことが出来ますか!」
俺は「波ー!」と構えを取った。
「遠当てか。出来るよ。だが、そんなに使う機会があるかの。君は魔法も使えるしな」
「あー、確かに」
「あまり攻撃手段の選択肢が増えすぎるのも考え物じゃよ。瞬時に判断が出来んようになるでな」
ふむ。
あれも出来るこれも出来るとなると、刹那の瞬間にどんな攻撃をしようか迷うこともあるか。
となると、遠距離攻撃は魔法と決めておいたほうがいいのかもしれん。
「氣とは本来体内で作用し、身体能力を極限まで高めるもの。飛び道具はその副産物よ」
「それで、氣とはどのように使うのですか?」
「慌てるな。これから教えていくからの」
老子は手を顎に当てて考え始める。
また地獄メニューを考えているんだろうか?
俺は戦々恐々としてしまう。
「では、走ってみよ。全力でな」
「走るんですか?」
「そうじゃ、早う行け」
「わかりました」
俺は疑問を持たずに走り出した。
全力で走った俺の時速は既に数百キロを優に超える。
どれだけ走ればいいんだろう?
そう考えていると、老子が俺に追走してきた。
流石に老子。
枯れた老人の身体で俺の速度に楽々ついてきている。
「もっとじゃ。限界まで走れ」
「はい!」
更に速度を上げる。
限界まで、速度を引き上げる。
「もっともっと。限界のその向こう側まで走れ」
「ん、ぐ、ぐぅ、ぎぃ ぃ ぃ い ぃ!!」
ソニックブームが発生し、俺の身体は音速を超えた。
「今、君の身体は氣に包まれておる。それが解るかの?」
「え、氣!? 俺の身体から氣、出てます?」
「出ておるよ。君の身体に問いかけてみよ。それが氣じゃ」
走りながら目を閉じて、自分の身体と対話する。
確かに、魔力に似ているがそれとは異なる何かが俺の中で火を噴いているような感覚。
これが、氣?
「止まってよいよ」
「は、はい」
一気には止まれずに、ゆっくりと速度を落としていく。
流石に息が切れた。
顎を上げて呼吸を整える。
「はぁ、はぁ。これが氣、ですか? 走っただけで使えるようになるなんて」
「限界まで走ったことで君の中に眠る氣が呼応をしたんじゃな」
「でも、走っただけで氣が使えるなんて、それじゃあ、アスリートの大半が氣を使えるってことですか?」
「中にはそんな逸材もいるかもしれんが、滅多におらんよ。そもそも限界を超えた力の引き出し方など、誰でも出来るものではない。君はこれまで何百年も修業をした。そして、限界の超え方も学んだ。だからじゃ」
「はぁ」
「そもそも修業を積んだ高僧でないと氣など使えんよ。君はもうすでに天仙と呼ばれても問題ないほどの力を秘めておる」
テンセンて何?
まあいいか。
とにかく、氣をこれまで教えてなかったのは、俺の下地作りをするためだったのだろう。
ようやくそれが出来るようになったということか。
「記憶に新しいうちに氣の感覚をマスターしておこう。座禅を組んで」
「はい」
言われるままに座禅を組んでゆっくりと目を閉じる。
「そして、さっきの氣を使った感覚を思い出して。氣は丹田から生まれる。それをゆっくりと身体に循環させていくイメージ」
「魔法となんか似てますね」
「一種のエネルギーという面では変わらんからな。君の中には今、二つの異なる力が宿っているのじゃよ」
「なるほど」
イメージしてみると、確かにお腹の中に氣を感じる。
これを循環させて練り上げていくイメージ。
「お、いいぞ。その調子じゃ。今日はずっとそれをやっとれ」
「はい」
「一旦、ダンジョン探索メニューを終える。基礎トレーニングなどと並行して氣を学ぶのじゃ。またしばらく続けるぞ」
「分かりました。老子」
こうして俺は、魔法と並んで氣という特殊能力を身に着けた。
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