ご主人様はやめてほしい
「ご主人様」
それって俺のこと?
やめてくれ、そんなのになった覚えもなるつもりも毛頭ない。
「俺は君のご主人じゃないよ」
女の子はコテリと首を傾げた。
なんか仕草が可愛い。
「でも、ご主人様は前のご主人様からあたしを買いました」
あー、確かにそう見えるか。
俺は片膝をついて女の子に向き合う。
「あれは手切れ金を渡しただけだよ。君を買ったわけじゃないんだ」
「手切れ金?」
わからないか。
小さいからな。
「もう君に関わらないってことだよ。あの男が君に暴力を振るうことはもう無いんだ」
「もう、ない・・・」
現実味が徐々に湧いてきたのか、女の子の瞳に涙が溜まり、ポロポロと泣き出した。
俺は女の子を務めて優しく抱きしめて背中をポンポンと叩く。
そして、しばらくこのままでいた。
女の子が泣き止むまで。
ひとしきり女の子が泣き止んだ後で。
「君、名前は?」
「クレアって言います」
「クレアか、いい名前だね」
「あの、ご主人様。あたしはこれからご主人様に何をすればいいですか? 掃除ですか? ご飯ですか?」
うーむ、このご主人様という呼ばれ方は慣れないな。
俺はむずむずする背中をかきつつ、クレアを見る。
「クレアはもう奴隷じゃない。これから何をするも君の自由だ」
「あたしの自由」
それを聞いてもクレアにはなんの感情の変化を見られない。
何を言われているのかわかっていないようでポカンとしている。
それでも考えてはいるのか、しばらくすると口を開く。
「よく、わかりません。あたしは何をしたらいいのか」
「分からない?」
「あたしはずっと奴隷でした。そうでなかった記憶はありません。ずっと奴隷の仕事をして、殴られてばかりでした。何をしたいかと言われてもよくわかりません」
なるほど。
真から奴隷根性が染み込んでしまっているわけだな。
自由だといわれてもピンとこないわけだ。
「ご主人様。あたしに命令を下さい。あたしはそれをやります」
うーむ、困った。
「まず、もう一度言うけど、俺はクレアのご主人になったつもりはないよ。クレアはもう奴隷じゃないからね」
「では、貴方のことをなんて呼べばいいですか?」
「勢馬でいいよ」
「セイマ様」
「様はいらないよ」
「セイマ様はあたしを助けてくれました。凄い人です。凄い人には様をつけます」
「や、俺は全然凄い人じゃなくてね」
そう言ったのだけど、クレアは目をキラキラさせながら俺を見る。
や、やりにくい。
「じ、じぁあ、お兄ちゃんとでも呼んでくれ」
「お兄ちゃん?」
「そうそう」
「セイマ、お兄ちゃん・・・」
クレアは何度か復唱すると、コクコクと頷いた。
可愛い。
こんな小さい子にお兄ちゃんと呼ばれるととてもむず痒い。
なんか、新しい何かに目覚めそうだ。
「幼女にお兄ちゃんと呼ばせる。セイマの新しい性癖を垣間見たわね」
ステラがじぃっとこちらを見ている。
やめてください、そんな不審者を見るような目で見るのはどうかやめて頂きたい。
「でもどうする? クレアをこのまま連れてく? どこかに預ける?」
「う、ん。俺は連れてってもいいけど、どう? ステラ、やっぱりマズイかな?」
俺がフリーなら、どうとでもなるんだけど、今はステラの護衛中だからな。
そんな話をしていると、クレアは心細そうに見つめている。
このまま孤児院などに預けるのは少し心苦しいな。
「取り敢えず、宿を取りませんか? こんな所で立ち話も何ですし」
リーゼにそう言われて俺も頷く。確かにこのままここにいるのも何だな。
俺は立ち上がり、クレアに手を伸ばす。
「おいで。宿に行って美味しいご飯を食べよう」
「ご飯」
そう言うとクレアのお腹がぐぅと鳴った。
お腹が空いているらしい。
当然か、こんなに痩せ細っているのだから、碌な食べ物を与えられていなかったのだろう。
俺は優しくクレアと手を繋ぐ。
「じゃあ行こうか」
「は、はい。お兄ちゃん!」
「私はステラっていうの。私もお姉ちゃんて呼んでいいからね」
「ステラ、お姉ちゃん」
「うんうん。いい響きね」
ステラはお姉ちゃんと呼ばれて嬉しそうだ。
次にリーゼが自分の胸に手を当てる。
「私はリーゼ。そのままリーゼと呼んでください」
「リーゼ、さん」
「さんはいらないのですが、まあ、好きに呼んでください」
それからなんとなくクレアはアルトスを見る。
小さい子の相手は慣れていないのか、アルトスはたじろぎ、嫌そうな顔をする。
「私はアルトスだ。好きに呼べ」
「アルトス」
「・・・何故私だけ呼び捨てなのだ。ま、まあ、好きに呼ばせたのは私だが」
うん、何でだろうね。
まあ、いいんじゃないかな。
なんかあるんだろう、クレアの中ではルールが。
俺はクレアの右手を繋ぎ、ステラは左手を繋いで宿に向かった。
まだ戸惑っているけれど、クレアはなんとなく嬉しそうだった。




