初めての実戦
それから俺は毎日、これまでのメニューを削り、削った時間を魔法の修業に費やした。
魔法は俺にとって全く未知の技術の為、これまで以上に習得に時間がかかった。
座禅を組んで、魔力を循環させて練り上げる修行に、属性別の修業。
風を感じ、水に接し、老子の電撃を傍で見つめていた。
が、まだ初心者の俺の魔力じゃあ、長続きはせずにすぐにへばってしまった。
なるほど、老子は魔法にも体力が必要と昔言っていたが、確かにその通りだということが分かって、基礎メニューにも力が入った。
剣術も楽しいと言えば楽しいのだけど、やはり未知であり、ずっと憧れていた魔法は思い入れがあり、俺はこれまでの修業よりもずっと魔法にのめり込んでいった。
単純に楽しかった。
だが、老子は魔法のみにのめり込ませてはくれずに、剣術も基礎鍛錬もこれまでと同様に経験を積まされた。
魔法も使い慣れ、威力も馬鹿みたいに上がってきた頃、俺に更なるステップを踏む機会が訪れた。
「勢馬君。おめでとう。君が魔法を習得して二百年が経った。つまりここに来てから四百年が経過した」
「おお、もうそんなになりますか」
普通の人間がスゲー長生きしたとして、それの四倍くらい俺はこの空間で生活していたことになる。
いやー、色々あったなぁ。
俺が今も若者の精神状態でいられるのは、老子が最初に言っていたように、俺の精神年齢をある程度の所でストップしてくれたからなんだろうな。
「そろそろじゃな。君に戦闘経験を積ませようと思うのじゃが、覚悟はあるかの?」
温和な老子の目がキラリと光った気がした。
戦闘経験。
遂に実戦か。
俺は武者震いを覚えた。
「はい。戦ってみたいです。俺がこれまでの四百年でどれだけの力を手に入れたのか、試してみたい」
「よかろう。では戦ってみなさい」
老子はそう言うと虚空から一振りの刀を取り出して、俺に手渡した。
「これで戦ってみなさい。これまで使っていた木刀と同じ長さの刃渡り、重量の筈じゃ」
「は、はい」
真剣、か。
俺はゆっくりと鞘から抜こうとしたらなんか引っかかった。
「あれ? ぬく、お、お?」
「はっは。刀は鞘から抜くにはちょっとしたコツがいるでな。まあ、それは追々ということで、焦らずにゆっくりと抜いてみなさい」
「は、はい」
マジか。
抜くのって難しかったんだな。
抜刀術とかやっぱりすげー技術がいるんだ。
漫画とかだと簡単に見えるんだけど。
俺はようやく刀を抜くと、刀身が露わになった。
こ、これが刀か。
なんか、綺麗だな。
刀は芸術品ていうけど、確かにこれは芸術品と言っても過言じゃない輝きがある。
俺が興味津々で刀を見ている横で、老子が右手をかざすと、何もない空間に揺らぎが出来上がり、そこに突然巨体が出現した。
おそらく身長三メートル弱。
身体が赤黒く、額には何やら突起のようなものが二本生えている。
そう、それは正に。
「お、鬼?」
「そう。オーガじゃ。あちらの世界では割とポピュラーなモンスターじゃな。今から君にはこれを討伐してもらう」
言うが早いか、老子はバッとその場を退避した。
ここからが戦闘開始と言うことだろう。
俺はじっとオーガを見つめる。
だ、大丈夫だ。
伊達に四百年も修業していないぞ。
でかくたって恐れるに足らずだ。
俺は間合いを詰めてオーガに斬りかかった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
オーガは咆哮を上げながら持っていた鉈を振り下ろした。
思っていたよりも速い。
くそ、こいつでかい図体してこんなに速く動けるのかよ!?
俺は刀で鉈を受け止めた。
が、重い。
さすがに重量があるその攻撃を、俺は踏ん張って受け止めるが手が痺れてしまった。
そこに決定的な隙が生まれた。
オーガは再び鉈を振り下ろし、それを完璧に回避できなかった俺は、腕を引っ込めるタイミングが遅れ、つまり、鉈で腕を切り落とされた。
「うがあああああああああああああああああああああああああ!!」
斬られた。
斬られた、俺の腕。
熱く、無くなってしまった俺の腕の先端を見つつ、俺は泣きながら跪いた。
「おーい。そんな所で蹲っている場合じゃないぞい。次来るぞ」
こんな時でも老子はのほほんと声をかけてくる。
俺が顔を上げると、オーガは再び鉈を振り下ろそうとしてる最中だった。
闘争本能が俺を突き動かして、瞬時に立ち上がって回避行動を取る。
その時、自分が思っているよりも遥かに身体が軽いことを実感した。
何故急に身体が軽くなったのか理解できない。
まさか血が流れた分だけ軽くなったとかではあるまい。
俺はある可能性に思い至り、落ちた腕を見下ろした。
そこにはずっと俺が肌身離さずつけていたリストバンドが転がっているではないか。
そうか。
あのリストバンドは俺にずっと負荷をかけ続けていたんだ。
それが無くなったから俺の身体はこんなにも軽く。
理由は分かった。
同時にちょっと余裕も出来た。
水魔法で氷を作り出して、切断された腕を凍結させ止血する。
このまま殺されてたまるか。
これまでの弛まぬ鍛錬のおかげか、片手でも刀を振るえるくらいの筋力はあるので、振るのは問題ない。
だが、あれと正面に斬り結ぶのは悪手。
俺はまず回避に専念することにした。
オーガが振るう鉈をよく観察し、丁寧に回避に努める。
神経を研ぎ澄ませ。
決して集中力を切らすな。
腕のことも忘れろ。
オーガだけに集中するんだ。
ビュンビュン振るわれる鉈に神経を集中しながら、しばらく経つと、ようやくそれに慣れてきた。
あいつは大振りをしているだけで、スピードはあるが、大雑把で技術はない。
躱すのはそれ程難しくはなかった。
そろそろ攻め時だ。
「GAAAAAAAAAA」
大声を上げてこっちにやって来るのを俺はステップを踏んで後ろに下がる。
オーガは追いかけてくるが、その足がガクンと止まる。
足元に注視するオーガが見たのは氷の塊が足に生えているという事実。
そう、俺が作り出した水魔法だ。
この隙を逃がさない!
俺は瞬時に間合いに飛び込むとジャンプ一閃。
オーガの首を跳ね飛ばした。