剣術
それから俺は連日走らされ、筋トレとかの基礎メニューを徹底的にやらされた。
柔軟などもしっかりやらされ、身体作りを叩きこまれた。
修業は徐々に過酷さを増していき、最初は十キロだったランニングが段々と伸びて行き、マラソンランナー並みになっていく。
全く運動をしていなかった俺にそんな過酷なメニューが耐えられる筈もなく、何度も膝をつき、気持ち悪くて吐いた。
震えている俺に神様は「吐いてからが本番じゃ。ほれ、誰が休んでいいと言った? 走れ走れ」と、にこやかに笑いながら俺をせっつかせた。
どうもこの空間、時間は止まっても腹は空くし、睡眠も必要なようだ。
いや、ぶっちゃけるとそれで餓死などはしないらしいんだけど、それでも食事も睡眠も取っていいらしい。
だから、二十四時間ひたすら休みなしってことはなかったんだけど、それでも毎日が過酷だった。
一体いつまでこんなことをやらされるんだろう?
「あの、老子。俺はいつまでこの基礎メニューをこなさないといけないんでしょうか?」
俺は神様を『老子』と呼ぶようになっていた。
教えてもらっているんだからそれっぽい名前の方がいいと思ったので、考えてみたのだが、師匠とどっちがいいか迷った末に『老子』にしてみた。
見た目おじいちゃんだし。
「わしがいいと言うまでじゃ」
にべもなくそう言われた。
うう、魔法はいつ教えてもらえるんだろうか?
「今日はもう寝なさい。そろそろ身体も慣れてきたじゃろ。明日は百キロいってみようかの」
「ひぃ!」
この人、鬼だ。
そうして、なんと五十年が経った。
「九千九百九十八。九千九百九十九。一万」
俺は逆立ち指立伏せのメニューを終わらせるとタオルで汗をぬぐった。
そう、最初は百回の腕立て伏せでも根を上げていた俺が、なんとこれだけの回数をこなせるようになったのである。
やはり、これも『成長限界突破』のスキルのおかげであろう。
俺は鍛えれば鍛える程に筋力が増していった。
心配したボディービルダーみたいな筋肉の付き方はしなくて正直ホッとしている。
今の俺は所謂細マッチョな体系である。
「終わったかの勢馬君」
「はい。老子」
最近老子は、ずっと俺に付きっきりではなく、どこかにいっていることが多い。
そりゃそうだ。
神様なんだから仕事もあるだろう。
俺一人に構ってはいられないだろうし、もはや俺のメニュー量は化け物級になっており、ずっと見ていても暇を持て余す。
それでも最近、今のメニューにも慣れてきたところだけど。
「大分、ましになってきたの。終わる時間も早くなってきた」
「鍛えられましたからね」
最初は泣き言ばかりだった俺も、今は黙々とこなせるようになってきた。
今では自分がどれだけ出来るのか試してみたいと思うほど前向きになってきている。
これも五十年の修行の成果だろうか。
精神面はかなり鍛えられたと思う。
「では、このリストバンドをつけてみよ」
「なんですかそれ?」
見た目、何の変哲もないリストバンドを手渡され、特に疑問もなく俺はそれを装着した。
すると、とんでもない重量が俺にのしかかり、思わず膝をついた。
「なっ、ぐ、くぅ。ろ、老子。これは?」
「君も大分身体が出来上がってきたからの。次の段階に移る。今感じているようにそのリストバンドは君の身体に負荷をかける道具じゃ。これからはいついかなる時もそれをつけて生活しなさい」
「い、いや。まともに動けないんですが」
「それは困るの。それで日常生活が送れるようになってくれなくては困る。慣れる為にそれで十キロ程走っておいで」
「こ、これでですか? 動くのもきついんですが!」
「大丈夫。今の君なら出来るよ。さ、走った走った」
「ぬ、く」
これまでの経験で、こう言い出した老子には何を言っても無駄だと解っている俺は歯を食いしばって走った。
倒れそうになっても走り続けた。
久しぶりにゲボった。
筋肉が悲鳴を上げる中で俺は走り続けた。
幸か不幸か、時間だけはタップリとあるので、どれだけかかろうとも、死に物狂いで走り続けた。
これをつけてまま筋トレもすると思うと眩暈を覚えるが、老子が一度「やれ」と言ったことは絶対なので、口答えすると最近はなかったが、あの電撃が飛んでくる。
俺はただ黙ってそれに従うしかなかった。
そして、更に五十年。つまり俺がこの空間にやって来て百年が経った。
「勢馬君。百年間よく頑張ったのぉ」
「なんですか老子?」
いつものメニューを終わらせると老子はそんなことを言った。
「いや、最初は泣き言ばかり言っておったが、ここ数十年は黙々とわしの与えた課題に取り組んでおったじゃろう。見事と言っておこうかの」
老子が俺を誉めた。
明日は槍でも降るのか?
ちょっと背中が寒くなって来た。
「何か、失礼なことを考えておるの?」
「いえ、とんでもありません!」
もう俺は条件反射で姿勢を正した。
この百年で老子との接し方は完全に出来上がっている。
「今から君に剣を教えよう」
「剣! ついに基礎トレから剣の修業に移れるんですね!」
やった。
遂にこの地味な修業から抜けられる。
いや、もうすっかり慣れちゃったから嫌にはなってないんだけど、マンネリと言ってしまえばマンネリだし、修業ってもうずっとこれだと思っていたから驚きもする。
「ほれ、持ってみよ」
老子は何処からともなく木刀を取り出すと、俺に向かって放った。
キャッチするとずっしりと重い。
「重いですね。木刀ってこんなに重いものなんですか?」
「真剣と同じ重量に調整しとるからの。いざ実戦で木刀と言うわけにもいかんじゃろう? その時にいつもの同じ重量の武器でないと戸惑うからの」
確かにその通りだな。
「まずはわしが手本を見せよう。わしと同じようにやってみよ」
「は、はい」
老子も虚空から木刀を取り出すと構えを取った。
うーむ、構えただけで雰囲気ある。
あれが達人の構えってやつか。
まあ、老子は神様だから達人なんてレベルじゃないんだろうけど。
老子は、ゆっくりと木刀を振る。
俺は真似て木刀を振った。
「もっと脇を閉めて、足はこうだの」
「はい」
老子は俺の所までやって来ると、脇を閉めさせ、足の位置を微調整する。
「もう一回」
俺はもう一度素振りをした。
「ふむ。今度は腰がなっておらんな。剣は足腰が大事じゃ。腰で振るんじゃよ。腰で」
「は、はい」
そうして老子はずっとつきっきりで俺に素振りを教えた。
それからというもの、俺は基礎トレを今まで通りにこなしつつ、この素振りがメニューに加わった。
老子の教えは厳しく、ミリ単位で調整が入り、ゆっくりでもいいから徹底して正しい姿勢での素振りを心掛けさせた。
それをただひたすらに何十年もこなし、次は簡単な型を教えてもらった。
最初は一つの型を、慣れてくるとまたもう一つ。
そんな調子でまたも何十年も同じことを繰り返し、身体に覚えさせていった。
そして、ここにやって来て二百年。