走れ、ただひたすらに
「君に与える能力は『成長限界突破』じゃ」
「え、『成長限界突破』、ですか?」
うーん、確かにチートっちゃチートだが、ちょっとばかり微妙。
もっとこう、スゲー破壊力をもたらす能力とか、時を止める能力とかが良かったな。
誰もがあっと驚く能力は絵的にも分かりやすいし、時を止める能力は正にチートオブチート。
絶対に無敵だし、ちょっとした悪戯も、ぐへへ、できるしぃ?
それに『成長限界突破』って、詰まる所鍛えないといけないってことだろ?
レベル上げとか俺面倒なタイプなんだけど。
「えっと、もうちょっと違う能力とかないですかね?」
ダメもとで聞いてみると、神様はにこっと笑った。
あ、だんだん解ってきたぞ。
この人がこういう笑いをする時は俺に対して嫌なことを言う時だ。
「そう言うと思ったよ。君、努力もせんで強い力を得ようとしておるじゃろう? いかんなそんなことでは。君にはこの『成長限界突破』が一番いい。この能力は便利じゃよ。人間はどんなに鍛えてもいずれは限界を迎えて頭打ちになる。それはどんな天才でもそうじゃ。だか、この能力があればその頭打ちがないんじゃからな。歩みは遅くともな。あ、因みに君は凡人じゃよ? 間違っても天才ではないからの」
それ、わざわざ言う必要ありますかね?
ほんとこのじーさん、性格悪いわー。
「で、でも。それだと俺、異世界に行っても全く普通の人ってことですよね? 異世界ってモンスターとか出てくるでしょ? それなのに何にも力がないって言うと、生きていくのもきついんじゃ?」
異世界無双どころの騒ぎじゃない。
せこせこと逃げ回って生きていかなければならなくなる。
俺の無双ライフが始まる前から頓挫してしまう。
だが、神様は心配いらないとばかりに首を振る。
「その辺はちゃんと考えておるよ。君にはここで修業をしてもらう」
「・・・修行、ですか?」
ええ~、修業かー。
やっぱきついのかなぁ?
「心配せんでも、あっちに行った時には、身の危険がないくらいには強くしてやるから安心するがよい」
いや、そういう心配じゃないんですけど。
「ふっふっふ。君の考えは顔に書いてある。努力が嫌い。そう言うんじゃろ?」
「えーと、まあその。能力もらって戦いの素人でもすぐに無双する話が星の数ほどあるわけでして」
「創作物は創作物じゃろ」
「・・・それはまあ、そう言われちゃうとそれまでなんですが・・・」
不味いよ、このままじゃ修業させられちゃう。
なんとかしないと。
「それと、ここは時間が止まっておる。何年でも修業できるぞ。そうさの、ざっと千年は修業してもらおうか」
「千年!?」
今千年て言った?
え、何言ってんだこの人?
「君のような、今まで戦いなど全く経験したこともない人間が、異世界で無双するにはそれくらいの年月が必要じゃよ。安心せよ、千年後には君はとても強くなっておるよ。因みに、精神年齢はある一定の所で止まるようにしておこう。いざ異世界に行った時に、仙人のような思考はしたくないじゃろ」
「いやいやいや、千年とかおかしいでしょう! その間こんな何もないところで!?」
「うむ」
「うむって、テレビは!? 漫画やラノベ、ゲームは!!」
「そんなもんあるわけないじゃろ。因みにそんな余裕もない。君はここでするべきなのは一に修行、二に修行、三四が食事睡眠、五に修行じゃ」
い、嫌だそんな生活!!
俺は絶叫を上げた。
「さて、まずは最初の修業と行こうかの」
うう、この人やる気になってる。
一体何をやらされるんだろうか?
ここは一つ、こっちから提案してみたほうがいいんじゃないだろうか?
やりたい修業って言うか、やってみたいことって言うとやっぱり魔法かな。
せっかくファンタジー世界に行くんだから魔法は必須でしょ。
俺は勢いよく手を上げた。
「はい!」
「何かね勢馬君」
「魔法が使えるようになりたいです!」
俺が鼻息を荒くしてそう告げると、神様はニコリと笑った。
・・・あ、これは。
「いずれの」
はぁん~、だめか。
どうやら神様にはしっかりとしたトレーニングプランがすでに用意されているらしいと察した。
これじゃあ、俺が何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
てか、さっきも言ってたけど、この人って俺のこと嫌いだよな。
やんわり言ってるけど、俺の話なんて聞く耳持ってくれない感じするもん。
「そうじゃの。まずは走ってもらおうか」
「・・・は? 走る?」
俺はポカンと口を開けた。
修業っていうからまた滝にでも打たれるのかと思った。
まあ、ここに滝はないけど、神様なら用意できそうだし。
「体力は全ての基本じゃ。体力がないと魔法も使えんぞ」
「魔法って魔力とかで使えるもんじゃないんですか?」
知らんけど。
「もちろん魔力も必要じゃがの。体力がないと魔力が残っていてもすぐにバテるんじゃよ」
そうなのか。
魔法も中々面倒くさい感じなんだな。
「そんなわけで走ってもらおうか。そうじゃな、こう何もないと気分が乗らんか。では、ほっ!」
神様が気合を入れると周りが大きく変動し始めた。
何かが下からせり上がって来て、俺の立っている地面もぐにゃりと歪む。
おいおいおい、天変地異かよ、一体何が起こってるんだ!
俺は恐怖で頭を低くして座り込むと、しばらく揺れは続いてやっと揺れが収まったので、俺は恐る恐るその目を開けると、そこにあったものは、なんと陸上競技場であった。
ウソ、だろ?
今度は競技場を創ったっていうのか?
やっぱり神様だとなんでもありだな。
「では、走ってもらおう。そうさな、まずは軽く十キロ程」
「じゅ、十キロ!?」
ウソだろ、ずっと家に引きこもっていた俺に?
マラソン大会でも途中棄権したこの俺に十キロを走れだって?
「いや、それ無理って言うか。最初は一キロくらいに・・・」
「つべこべ言わずに走らんか」
神様はそう言うと、指先をこちらに向けたかと思うと、なんかそこからレーザーのような光線が飛び出して俺に直撃した。
「ぎゃーーーーーーーーーーーー!!!!」
電撃でも食らったかのような、てかこれって電撃なのか? 激痛と痺れが体を駆け巡り、俺はそのまま倒れ伏した。
「い、痛い、痺れる。い、今のって」
「君、泣き言ばっかり言うからのぉ。今度から口答えしたら問答無用で今のいくぞ?」
「ひぃ!」
「ほれ、早く走らんか」
「い、いや、今体中痺れてて無理って言うか」
神様は無言で指先をこちらに向ける。
「走ります。走らせていただきますぅ!」
俺は痺れる体に鞭を打って、ノロノロと駆け出した。
「うむうむ。走れ走れ。どんなに疲れても休むなよ。歩くことも許さん。遅くてもいいから走り続けるのじゃ」
「は、はひ」
「それが終わったら腕立て、腹筋、背筋、スクワット百回を三セットじゃ。頑張るのじゃぞ」
「ええええええ!!」
「つべこべ」
「やります。やりますから指をこっちに向けないでーー!!」
こうして俺の地獄の修業が幕を開けた。