別れ、旅立ち
「ふむ。寂しいかな?」
「・・・はい。寂しい、ですね。正直、自分でも驚くくらい寂しいです」
俺は肩を落とした。
「貴方にもです、老子。もう貴方に会えないかと思うと、やはり寂しい」
俺が日本で過ごしたのはたかが十九年。
ここでは千年を過ごした。
この人がいなければ、俺は根性の入っていないガキだっただろう。
俺を一人前にしてくれたのはこの人なのだ。
厳しかったが、それでもとても、親身に、丁寧に教えてくれた。
本当に感謝しかない。
「ほっほ、嬉しいことを言ってくれるの」
「まだ、俺は貴方に勝てていません。もっとここにいてはいけませんか? もっと貴方と一緒にいてはいけませんか?」
縋る気持ちでそう言ったが、老子は首を横に振る。
「十分じゃ。十分じゃよ勢馬君。君は見違えるほど強くなった」
「・・・老子」
「そんな顔をするな。今日は君の門出なのじゃから」
老子はそう言うと、俺の肩をポンポン叩いた。
「以前、君が取って来た次元収納袋,持っとるな?」
「あ、はい」
俺はそう言うと次元収納袋を取り出した。
「その中に、いままでダンジョンで採取した宝や、モンスターの素材もあるだろう?」
「入ってます」
「それは、これから行く異世界で価値のある物ばかりじゃ。活用するもよし、売るもよし。好きにするといい」
「はい。いただいていきます」
「それと、君が今まで使っていた刀。それも持っていくといい」
「これ、ですか?」
今まで打ち合っていた刀に目を向ける。
ずっと一緒に戦ってきた相棒である。
「このわしと打ち合っても刃こぼれを起こさない名刀。天羽々斬と言う。餞別じゃ、持っていくがいい」
「あ、ありがとうございます」
そ、そんな名刀だったのか。
いや、よく考えてみるとこれまで何百万というモンスターを斬り、あの神様と打ち合えたのだから、普通の刀なはずがない。
そうか。
そんな凄い刀を使っていたのか俺。
相棒を見る目がちょっと変わった瞬間である。
「さて、これから異世界に行くわけじゃが、君は赤ん坊から転生するのではなく、その身体のまま転生する。するとなると、あちらでの一般常識に欠ける。記憶喪失を装うのがいいと思うがどうじゃ?」
「あ、確かにそうですね」
今さらまた赤ん坊からやり直すのもあれだし、この身体のまま異世界に行けるのならありがたい。
とすると、常識のない人間の出来上がりと言うわけか。
記憶喪失。
確かにうまい手かもしれない。
「そうじゃな。ファオに会ったとでも言っておけ」
「ファオ? なんですかそれ?」
聞きなれない単語に首を傾げて聞き返す。
「自然災害みたいなもんじゃよ。あちらでは恐怖の対象となっておる。それがショックで実際に記憶喪失になった人間はいるでな。それ程不自然には見られないだろう」
「分かりました。ファオですね」
聞きなれない言葉だから忘れないようにしないと。
「さて、これから出発するわけじゃが、その前に千年前の、つまり、ここにやって来たばかりの頃の記憶を蘇らせてあげよう」
「え?」
「精神年齢はそれ程変化はないと言っても、あの頃の純粋な異世界へと憧れとか、薄れておるじゃろ。それにずっと修業続きで、それ以外の記憶もほとんどあるまい。それで異世界に放りだすのも心苦しいでな」
「はぁ」
別にそんなに困ることじゃないと思うが、まあいいか。
老子は俺の頭を触ると、その瞬間に俺の中に、かつての記憶が流れ込んできた、久しく忘れていたあの千年前の記憶。
片思いの子に告白できずに卒業したとか。
異世界作品に触れて感動して中二に走ったとか。
テストで一喜一憂したとかそんな記憶を。
思い出した。
全て思い出した時、俺は泣いていた。
「あ、れ?」
涙を服で拭う。
だけど、後から後から流れてくる。
「父さん、母さん・・・」
ああ、俺はなんて親不孝だったんだろう。
せっかく生んでくれたのに。
あんなに子供の頃は可愛がってくれたのに。
受験に失敗して不貞腐れて、部屋に閉じこもって、それでもなんだかんだご飯を作ってくれて、趣味に使うお小遣いをくれて、それだっていうのに、ウザがって、俺は一体何をやっていたんだろう。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめん」
手で顔を覆い、ワンワンと泣いた。
しばらく泣き続けた。
「その言葉が聞きたかったんじゃよ」
老子はそう言って、俺にハンカチをくれた。
「今の君ならば、両親の大切さが、どれだけ君を想ってくれていたのかが解ると思っておった。成長したな、勢馬君」
「老子」
「これは、君には余計なことをしたのではないかと思ったが、わしは一つ、ある処置をした」
「何をですか?」
老子が眉を寄せている。
何かに悩んで決断したことなのだろう。
「君は、死んだことになっておらん」
「は?」
じゃあ、今の俺は何だというのか?
「いや、君は死んだよ。じゃがな、君の死体は、全く同じ身体と記憶を持つものが引き継いだ。そう、君の身代わりのコピーロボットのようなものが君の代わりをしておる」
「はい?」
じゃあ何か?
俺の代わりに全く別の人間が、俺をやってるってことか?
「君の人生を誰かに取られたと感じるかね? じゃがな」
「よかった」
老子が続きを言う前に、俺は安堵の言葉を吐いた。
「じゃあ、両親は俺が死んだと知らないんですね。俺が死んだことで悲しんではいないんですね」
老子は目を丸くしたが、酷く慈愛の籠った目で「そうじゃ」と頷いた。
「憂いが無くなりました」
「そうか」
老子はそう言うと、くるりと手首を回す。
すると、大きな扉が目の前に出現した。
「この先は異世界。君の新天地じゃ」
「この扉の先が」
俺はゴクリと喉を鳴らし扉に手をかける。
蘇ってきた記憶。
異世界へと憧れ。
それがこの先にあると思うと、俺は武者震いが起こった。
「そうそう。リストバンドはつけておけよ。滅多なことで外すでないぞ?」
「分かりました」
「ではな。我が弟子よ。良い、第二、いや、第三の人生を味わうがいい」
「はい。行ってきます老子! 今まで本当にお世話になりました!」
俺は深々と頭を下げると、扉をくぐった。
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