*サプライズプレゼント
彼と付き合って初めてのクリスマスだ。
今までいろいろなプレゼントをくれたけれど、クリスマスはサプライズを用意していると言っていた。
ちょっと前までは、サプライズを用意、と聞くと矛盾しているように感じていたけれど、彼のプレゼントは本当に不意打ちで、いつも嬉しいものばかりだった。だから少し期待しちゃっている。
ただ残念なのは、今日、クリスマス当日は忙しくて会えないということ。
まあもう大人だし、記念日当日は絶対に会いたいとかそういうわがままは言わないけれど、うん、少しくらいはさみしいかな。
でも、彼から今日は家にいてくれって言われている。たぶんそういうことだろう。
本当に気が利く人で、もらってばかりでいいのかなって罪悪感を覚えるほどだ。
最初は時計だった。朝が苦手だという話をさり気なくしたのを覚えていてくれたらしく、可愛い目覚まし時計をデートの時に持ってきてくれた。しかも優しいのが、別れ際に渡してくれたってところ。デート中、私の荷物にならないように気を遣ってくれていたようだ。
その次はたしか鞄だった。底の角っこの部分がよれてきていて、そろそろ変え時かなって思っていた矢先「似合うと思って」と言って渡してくれた。本当に私好みのデザインですごく嬉しかった。
部屋を見渡せば彼との思い出のものがたくさんある。
小物から家電まで彼は私に合うものを見つけてくれた。さすがに高いものは全額払ってもらうことはしなかったし、彼に良いものを選んでもらって買うのは私ってこともあった。
正直こんなに優しくて気の利く人だとは思っていなかった。
友達の紹介で仕方なく会ったのが、彼との出会い。理系の大学を出ていて、パソコン関係の仕事をしていると聞いていたので、根暗な人を想像していた。今思えば完全に偏見。
会ってみたら爽やかだけど真面目そうな人で、かなりの好印象だった。
それから二人で会ってみて、お付き合いに発展した。私としては彼とだったら素敵な夫婦になれるんじゃないかなって思っている。でもとりあえず同棲からスタートだな。
ピンポーン
不意にインターフォンがなった。
モニターを確認すると、配達のお兄さんが立っていた。
「お届け物でーす」
玄関で住所の確認をする。私宛のものだ。送り主は彼。
荷物を受け取りリビングに戻る。
包装紙を空けるとメリークリスマスと書かれた可愛らしい箱だった。
開けると中からクマのぬいぐるみが出てきた。
「子供じゃないんだから」
思わず言葉が出るが、私の表情は緩んでいる。
そして箱にはメッセージカードが同封されていた。
「ん? クマのぬいぐるみの後ろのスイッチをオンにしてください?」
クマのぬいぐるみの背中を見てみると、スイッチらしきものがあった。
メッセージカードの指示通りそれを押してみる。
――あーあー。聞こえるかな? メリークリスマス! サプライズです。
彼の声だ。こんなものを仕込んでいたのか。
――付き合って初めてのクリスマスだね。本当は一緒にいたいけれど、仕事もあるし、サプライズもしたかったらこんな感じです。喜んでくれているかな?
決しておしゃべりの得意な人ではない。一生懸命セリフを考えて録音してくれたんだろう。
「喜んでるわよ」
彼の代わりにクマのぬいぐるみに伝える。
――ほんと? やったー。
彼の策略にまんまとはまってしまった。私が「喜んでる」って言うってわかっていたか。
――えーっと、こんなので言うのもあれなんですが、言います。まあそうですね。あの、ちゃんとあったときにも言いますけれど……。
急に彼が緊張するように話し出した。私も身構えてしまう。
――あのですね。はい、僕は、あなたと結婚したいと思っています。
意を決したように彼は言った。音声だけだけれど、勇気を出していったと伝わってくる。
「はい。私もそう思っています」
クマのぬいぐるみを抱きしめた。
「でもまた会った時ちゃんと言ってよ」
膝をついて指輪の箱をパカッとするやつをやってほしいとは言わない。でも対面で目を見て言ってほしい。
――もちろんだよ。会った時にも言うよ。
また策略にはまってしまった。私が「私も結婚したい」と思ってるってわかっていたのか。
って、あれ? 今、会話した?
私の「会った時また言って」の返事じゃない? それだったらいくらなんでも先読みしすぎだ。
気味が悪くなって私は思わずクマのぬいぐるみを落としてしまった。
――あーちょっとよく見えなくなっちゃった。ぬいぐるみの顔を正面に向けてくれ。
どういうこと?カメラがついているの?
気持ちが悪い。
――ねえ、見えないからぬいぐるみの正面にきてよ。
私は嫌な気持ちになったので、ぬいぐるみを箱に戻して蓋をした。
――おい、なあ、箱から出してくれよ!
彼の声のボリュームは小さくなった。
しかし嫌悪感が拭えないので、後で処分しようと玄関横の物置に押し込んだ。
これで彼の声が聞こえなくなった。
あのぬいぐるみの中にはスピーカーがあって録音した音声が流れるわけではなく、無線機みたいになっていて、しかもカメラもついていたということだ。
こんなのはサプライズとは言わない。私にとってはただの嫌がらせ、恐怖行為だ。
「絶対に別れる!」
恐怖を感じたけれど、怒りも覚えた。私は大声で決意した。
こんな気持ち悪い人とは付き合えない。私がばかだった。
――ねえ、そんなこと言わないでよ。
どこからともなく彼の声が聞こえた。
「どこ!? どこからなの!?」
――そんなに大きな声を出さないでよ。
部屋を見渡して音源を探す。
――君のためを思って前々から用意してたんだから。
あの目覚まし時計だ。
彼の声の聞こえる目覚まし時計を床に叩きつける。
大きな音が鳴って、時計は粉々になった。
今までこも目覚まし時計に起こされていたと思うと、ずっと枕元に置いてあったと思うと、ぞっとする。
怒りは消え、恐怖が私を支配する。
「もうやめて……」
――やめないよ。
彼の声が再び聞こえる。
「今度はどこ……」
もう怒りはない。ただただ怖い。
――ねえ、今日は一日家にいてって言ったよね? 何で出歩いちゃうかな?
今までは優しいと感じていた彼の口調が逆に怖い。
彼は怒ったことがない。でも今は私を責めているように聞こえる。
――プレゼントを受け取れなくて台無しになっちゃうところだったよ。
どうして知っているの……。もしかして、あの鞄に!?
急いで鞄の中をひっくり返す。そして中の生地を切り割く。
小さな機械が出てきた。
――それだよ。GPS。
台所から持ってきたフライパンを振り下ろし叩き壊す。
ちょっとまって。見えているの? それだよって、なんでわかるの?
「どこから見てるの!?」
私がそう言うと彼の声が再び聞こえた。
――どこからって、色んな所からだよ?
もしかして今まで、ずっと見られていたのかもしれない。そう思うとさらにぞっとする。
私の生活が覗かれていた。筒抜けだった。
そして今も見られている。
私は座り込み身を小さくする。
「もうやめてよ……」
――ちょっと待ってね。接続してるからさ。
マイペースな彼の言葉の後に、ノイズが部屋中に響いた。
しばらくして部屋が静かになると、消えていたはずのテレビが付いた。
画面に映ったのはサンタの帽子をかぶった彼だった。
――メリークリスマス!
部屋のありとあらゆるものからクリスマスを祝う彼の声が聞こえた。