#2
居住区に帰ったら取り敢えず夕食。自分の居住ブースに行く前に配給所で固形ブロック四個と調整飲料入り紙パックを受け取る。
「何なら私の分を少し食べる? どうせ私あまり食べないし」
アキコ姉がそう言って僕にブロック二個をくれた。
「ありがとう」
取り敢えず貰っておく。
実は僕もあまりこの固形ブロックは好きじゃ無い。お腹が空くから食べているだけ。それだけの代物だ。
配給所から居住区のブースエリアへ。ブースエリアは個人の居住ブースが上下二つずつ合計十六個並んでいる。
ブースそのものは
○ 幅が大人が両腕を広げたくらい
○ 長さは大人が足から真っ直ぐ頭の上に手を伸ばしたくらい
○ 高さは僕が座って上に手を伸ばしたくらい
の大きさだ。
なお僕のブースはアキコ姉の真上。
「それじゃ、またね」
「ええ」
挨拶して僕は自分のブースに入る。カバンから教科書類を出して横に棚に並べる。空いたカバンはその横の棚に。
決して広くは無いけれどそれなりに便利な空間だ。小さいながらに端末も戸棚も洋服収納の場所も全部揃っている。寝心地も悪くないし一人で勉強したり考えたりするには絶好のスペース。
一人になれる空間なんてこの団地全体でもここくらいしか無い。
強いて言えば閉鎖区画かな。設備が老朽化なり故障なりして使用しなくなった区画。あそこなら人が入り込まないから一人になれる。電気が非常灯以外ついていないので暗くて怖いけれど。
去年の今頃は閉鎖区画に興味を持って色々こっそり探検していたのだ。閉鎖区画と言っても実際に閉鎖されている訳じゃ無い。
使われなくなって主機能が落とされているだけだ。扉が閉まっている場所もその気になれば結構入れる。電動扉だけでなく非常用らしい手動扉があちこちにあるから。
そんな探検はある日発見した記録媒体をきっかけに終了した。媒体の中にこの団地全体の図面が入っていたのだ。
ある程度確認してみた結果、閉鎖区画も図面通りの事がわかった。だからもう探検する必要は無いと当時は思ったのだ。
図面に描かれた閉鎖区画の余りの広さに圧倒されたというのもある。それだけ図面に描かれた閉鎖区画は広かったのだ。今使われている区画よりもずっと。
何となくその図面を呼び出してみる。第六街区全体の図面が映し出された。僕がいる第二居住区の隣に今は使用していない第一居住区、そして同じく閉鎖された倉庫区画等もはっきり出ている。
こうやって見ると今使っている区画はあまり広くない。閉鎖区画の半分の半分も無いくらいだ。しかも第六街区より先の何処かに繋がっているらしい通路もある。
ふと僕は考える。もし本気になれば何処まで行けるだろうか。帰らない前提ならば何処かへ辿り着けるだろうかと。
この団地の外について授業で教えられた事は少ない。
元々は人間は外の世界で暮らしていたらしい。でも何百年も前に何かが起こった。それが何かは知らされていない。でも人々は団地に避難したそうだ。外の世界は人間が住めないようになったから。
更に残った資源等を求めて戦争が勃発。かなりの団地がこの戦争で破壊されたとされる。それでも生き残った団地はあった。ここのように。そんな団地で人々は暮らしている。
外部観測機器も通信施設も戦争で軒並み壊れてしまった。だから相互の連絡等も無いし外の環境も不明。そんなところだ。
探索もされていない。探索に要する資源が確保できないから。
でも僕が拾った図面には、この『西一四一第六街区』から他の何処かに繋がっているらしい通路が描かれていた。この通路を使えば何処かへ出られるかもしれない。他の団地か、それ以外の施設か。それとも『外』か。
何処へ行けるかまではこの図面には載っていない。ただの空白。そこまで出てしまうとこの生活可能な囲まれた空間には戻れないかもしれない。
理由も無く学校を休んだりしたら間違いなく減点される。そうしたら六年生卒業でお別れだ。
でも、今の僕には何かそうやって生き残ることが意味の無いことのように思えた。
どうせ生き延びたところで長くて25歳まで。この団地内で同じ風景を見て同じ生活を送り続ける。その行動は僕自身にとって意味があるのだろうか。
自分自身の子孫を将来に向かって残せる。その意味はどれ位あるのだろうか。
何かいつになく虚無的な感じになっている。アキコ姉が明日でお別れだと言う事もきっと理由の一つ。アキコ姉がお別れを何でもない事のように言った事もきっと理由の一つ。
そう、アキコ姉は僕の世界でそれだけ重要な人だったのだ。
「ねえ、ミナト君。まだ起きている?」
ブースを仕切るカーテンの外からアキコ姉の小さい声がした。
「起きてます」
カーテンを開けてブースから顔を出す。
「ちょっとお願いがあるんだけれど、出てきて貰っていい?」
何だろう。ブースから這い出て外へ。
「お願いって何ですか?」
真っ直ぐ前に立つとアキコ姉の顔がちょうど正面。ちょっと照れくさくて下を向いてしまう。そのせいでちょっとだけ膨らみかけた胸に目がいってしまってあわてて視線を首元に直した。
「あのね」
アキコ姉がそう言った次の瞬間。
僕はアキコ姉の両腕に捕まった。顔が近づいた後ふっと唇に柔らかい感触。そして口の中に何かが入ってくる。
接触した唇と口の中、それに触れあった身体が熱く感じる。一瞬僕は訳がわからなくなる。
アキコ姉は僕に舌を入れる深いキスをして抱きしめた後耳元で囁いた。
「私の味を覚えていてね。食べた時に私が分かるように」