秋のト音記号
これは、とても、とても、とても、遠いむかしのお話かもしれませんし、つい最近のお話かもしれません。
そして、とても、とても、とても、遠い町でのお話かもしれませんし、すぐ近くの町でのお話かもしれません。
町中の木のはの色があか・きいろ・ちゃいろに変わってきたころ、かさかさとゆれる葉っぱの、こもれびのなかから秋の妖精たちは生まれてきます。
秋の妖精たちが生まれるころは、あちらこちらで、おまつりがひらかれています。おまつりをする広場では、ゆかいな音楽がながれ、はなやかなかざりつけがされていて、たくさんの人でにぎわいます。おいしそうな食べ物のにおいもしています。
秋の妖精たちは木のかげや、屋根の上から、それらをそうっとながめます。
「わぁ、みんな、たのしそうだね」
「うん、ステキな服をきているね」
「あっちのお店には、果物があるよ。どれもあまそうな、おいしそうな色をしてる」
「そうだね、リンゴもブドウもとてもいい色をしてるね」
「見て! あっちのお店は、なんだろう?」
妖精たちは、はじめて見るおまつりを、わくわくしてながめます。
たべもののほかにも、ししゅうがされたハンカチや、ちょっとした小物を入れるふくろ、それに、手づくりと分かるつみ木やお人形といったオモチャも売られています。
妖精たちはさまざまな売り物を見て、たのしく話しあうのでした。
お店がならんだ広場の真ん中には、きかざったひとがあつまって、おどりをおどっています。
おまつりのおどりは儀式です。季節がめぐることへ感謝の気きもちで、おいわいをするのです。また来年も実りおおい年になるよう、いのりをこめて……。
こうしておまつりの夜は、ふけていったのでした。
つぎの日の朝の、まだ夜があけきらない時間のことです。妖精たちは朝もやの中にさしこむあわい日のひかりと、色のうすい月のひかりをあつめて、魔法の杖をつくりました。
くらやみいろの絵の具に、少しずつ白い絵の具をたしてまぜていくかのように、ちょっとずつ朝がやって来ます。
秋の妖精たちはねがいます。これからはじめるしごとが、きちんとこなせるように、と……。
「いよいよ、はじまってしまうのね」
妖精のソリィーノが小さくつぶやくと、フェメリが話しかけてきました。
「ソリィーノ、まだそんなことをいっているの?」
「だって……」
ソリィーノがこう言うのにはわけがあります。
「しょうがないじゃない。私たち、秋の妖精たちのしごとは、冬ごもりや冬眠をするいきものたちの、おてつだいをすることなんだもの」
「うん。それは分かってるけど、さみしくかんじるの」
フェメリはやさしくソリィーノにほほえみました。
「それならみんなに、楽しい夢をみてもらえるような魔法をかければいいのよ」
「どうやって?」
ソリィーノはびっくりして、フェメリを見つめかえしました。
「さあ? それをかんがえるのも、わたしたちのしごとかもね?」
フェメリはいたずらっぽく笑いました。
そこへ、妖精のみんなが集まって来ました。フェメリはみんなにもきこえるような大きな声でよびかけました。
「みんな、秋の妖精のしごとのじかんよ! これからいそがしくなるけど、がんばりましょう!」
妖精のみんなはうなづくと、空へとび上がりました。そうして魔法を木にかけました。
すると、木についていた色とりどりの枯れ葉が枝からはなれて、くるくると空をまいました。
妖精たちはたくみに杖をうごかします。枯れ葉はおどるようにところどころに集まっていきます。
「そこの枯れ葉を、ヤマネコさんのところへ届けてちょうだい。そっちは野ウサギさんにわたしてくれる? あとはミミズクさんと、それからムササビさんのところへも持っていかなくちゃ。それから枯れ葉をあつめおわったら、木の実もあつめましょう」
ヤマネコさんや野ウサギさん、ミミズクさんやムササビさんは、赤ちゃんが生まれたばかり。寒い冬をむかえるため、たくさんの枯れ葉や木の実がひつようです。
枯れ葉をあつめるのは、動物たちのためだけではありません。木のためでもあるのです。きちんときれいに枯れ葉がとれることで、春になって、新しい葉が出やすくなります。新しい葉はたくさんの日の光をあびて、木がもっと大きくなり、また、おいしい木の実をつけることができるのです。
なので妖精たちは、町中や野山をとびまわり、魔法でつむじ風をおこし、色とりどりの枯れ葉をあつめるのでした。
とおくの大きな山のかげに、日がおちるころになって、妖精たちが広場へもどってきました。
そのとき、ぴゅうっと冷たい風がふきました。冬がちかづいてきたのです。
空のオレンジ色が、お日さまをおいかけていくのにあわせ、くらい夜の世界が広がっていきます。
そのときでした。ソリィーノは、アリさんの行列を見つけました。
「あら? アリさんたち、もう夜がくるのに、どこへいくのかしら?」
それを聞いたフェメリも、アリさんたちを見つめます。
よく見ると、そのアリさんたちは、とてもくたびれているようです。
「ああ、ことしの秋の妖精さんたちだね。こんなおそい時間まで、ごくろうさんだったね。みんなのために、ありがとう」
1ぴきのアリさんが、ソリィーノたちに気づいて、妖精のみんなをいたわってくれました。
ありがとう、と言われた妖精たちは、なんだかくすぐったいような気持ちになりました。
けれどソリィーノは、アリさんたちの方が、つかれているように思えました。
「あの、とってもつかれているみたいなのに、こんなさむい時間に、どこへいこうとしているの?」
「あの山の上さ」
妖精たちがいるところから、少しはなれたところに、小さな山がありました。その山へいくのは、小さなアリさんたちでは、とても時間がかかるように思えました。
「もう夜になるのに? 風も冷たく、強くなってきているのに?」
「なあに、わたしたちはもう年老いて、時間なんてかんけいないのさ。つまり、時間はたっぷりある、ということさ」
「どうしても今行かなければいけないの? 時間がたっぷりあるなら、あしたの明るいときにいけばいいじゃない」
アリさんは、首をよこにふりました。
「わたしたちはね、種子になりにいくんだよ。こんな明るい月の夜は、お月さまから魔法の光がふりそそぐ……。その魔法にたすけてもらって、種子になり、この世界におんがえしをするんだよ」
「からだは山にすいこまれ、山になり。心は土へとけ大地をおおい、すべてのいきものを見守り。……やがて、いきものすべてを、はぐくむのさ」
アリさんたちは歌うように、口々(くちぐち)にいいました。
はぐくむ、それは何かを大切に、つつむようにまもり、そだてることです。
妖精たちはそれをきいて、なにもいえませんでした。いきものをみまもり、はぐくむ……。みんな、どきどきしていました。
「わたしたちに、お手伝いできることはありますか……?」
ソリィーノはアリさんたちの話をきいて、自分にもなにかできることがあるかもしれない、と思っていいました。
「そうさねぇ。……こんなに風が強くっちゃあ、鼻もきかないだろう。山へのみちも、まちがえるかもしれない。だから、わたしたちを、みちあんないしてもらおうかねぇ」
「わかりました」
ソリィーノの返事をうけ、妖精たちも力強くうなずくのでした。
妖精たちは杖の先るを、好きないろに光らせ、一ぴきのアリさんとひとりの妖精、というふうにならびました。
妖精たちの灯した赤や青、きいろやみどりなどの光が、かれ草の影を楽しげにおどらせます。そうして山をめざして、すすんだのでした。
かれ草はかわいて、かさかさと音をたてます。石ころは夏や春より、なんだかとがっているようにかんじます。空気はつめたく、空には星がまたたいて、一行を見まもっていました。
山へたどりつくと、アリさんたちは、空をあおいでいいました。
「わたしたちはこれから、山になる。そして、ずうっと、みんなを見まもっていけますように」
小さな黒いアリさんたちの体は夜露にぬれ、月や星の光がはんしゃして、きらりと光っています。
「いまよ! ソリィーノ。秋のト音記号を書いて!」
フェメリがいいました。
「えっ? わたし? それはフェメリのほうが……」
「あなたがいちばん、いきものたちをしんぱいしていたじゃない。だから、あなたが書くの。さあ!」
ソリィーノが妖精のみんなの方を向くと、妖精のみんなが力づよくうなづいてくれました。
ソリィーノはアリさんたちのきもちをかんがえ、それから、ヤマネコさんや野ウサギさんたちのことを思いました。
「みんなが眠りについているあいだ、すてきなゆめを見られますように。アリさんたちのねがいがかないますように」
ソリィーノは小さくつぶやくと、空たかくとびあがりました。そうして魔法の杖を大きくふりあげて、大きな大きな、ト音記号をかきました。
フェメリたち、妖精のみんなも空へとびあがり、五線譜をかきました。そこへぴゅうっと風がふいて、妖精たちがあつめきれなかった、赤や黄色のかれ葉がくっつきました。
すると夜空に、ゆったりとしてやわらかな、音楽がなりだしました。
音楽は風にのり、ヤマネコさんや野ウサギさん、ミミズクさん、ムササビさんたちのところへとどきました。赤ちゃんたちはあくびをして、お母さんとお父さんにあまえます。お父さん、お母さんは赤ちゃんによりそい、そっと目をとじました。
アリさんたちは月の光をあびて、ますますかがやき、種子のように、かれ葉のふとんのなかへ、もぐっていきました。
すこしずつさむくなって、秋はふかまっていきます。けれど、ほんとうは、秋はとてもあたたかいのかもしれません。
おしまい